1. 出会いと目覚め
あらゆる目に見えないお導きのもと、この世以外に霊界や異界が存在するという事実を一人でも多くの人に気づいてほしい思いと、後の世への記録としてこの小説を書いております。
信じるか信じないかはさておき、この小説は半分ノンフィクションで、私自身の霊体が体験したことに基づいています。
私の霊的な体験と些細な知識が必要な人の元に届きますように。
最近よく見る夢がある。
この世のものとは思えないほど美しい鳥の背中に乗り、大空を飛んでいる夢だ。鳥と共に知らない場所に着陸すると、さっきまで乗っていた鳥がみるみるうちに翼の生えた美しい女性に変わる。温かな空気と光に包まれたその人がこちらに微笑みかけて何かを話そうとした瞬間、いつもそこで目が覚める。
俺は日本のどこかの一般家庭にいる、容姿もステータスも平凡な大学生だ。頭脳も人生の出来事も普通だが、目立って人と違うところがあるとすれば、変わった夢を繰り返し見るところだろう。
特にこの一年間、友達や周囲の人々の「今日こんな夢見てさあ~」というお決まりのフレーズに続く展開に耳を澄ませてきたが、自分ほど不思議な夢を何度も見ている人はいなかった。
あの夢を見続けてもう一年くらいは経つ。俺は自分でも気づかないうちに夢の中の彼女に恋をしていた。そのせいかロマンスが花開く大学一年生半ばの今でも恋愛経験がゼロである。夢の彼女が人間より美しすぎるせいだ。
俺の理想の異性のレベルが高すぎるが故に現実の女性に興味が湧かない……いや単に俺がモテないだけですごめんなさい。
夢で逢う彼女の姿は最初ぼやけて見えており、何者か分からない時期もあったが、日に日に鮮明になり今では自分の隣にいるように彼女の美しい姿かたちがはっきりと見えるようになった。
その姿は上半身が人間、下半身は鳥で、足までの長さの薄い水色の軽くウェーブがかった、毛先だけが淡い青色に染まった髪をなびかせ、頭から腰までは人型だが腕はなく、代わりに鳥の翼が生え、下半身は完全に鳥の脚だった。ケンタウロスの鳥バージョンというと分かりやすいかもしれない。
彼女の大きな翼は淡い群青とコーラルピンクやオレンジ色のグラデーションに染まっており、夜明けの空のごとき美しさをたたえている。肌は色白で瞳はエメラルドグリーンに輝いている。あの宝石のような瞳で見つめられたら誰だって恋に落ちるだろう。
彼女の顔は童顔寄りでアジア人とも西洋人ともつかない絶世の美女で、たわわな胸の辺りは羽毛に覆われており、乳房が丸出しということはないようだ。スタイルが良く、腰には光り輝く白い布をまとっているため、胸同様見えない仕様となっている。
通学中も食事のときも麗しい彼女の姿だけが俺の脳内を支配しているため、傍から見ると常にボーっとしている変な奴なのである。
「やっぱり胸デカいよな…」
なんて聞かれたら他人から訝しげな顔を向けられるような独り言を呟いていると突然思考が現実に戻された。
「樹―。また妄想か?」
通学中に数少ない友達に声をかけられ「ちげーよw」と談笑しながらキャンパスに到着し、その日は講義だのメシだの課題だのをテキトーに終わらせて帰宅した。
ご覧の通り何もやりたいことのない無味乾燥な学生生活と我が人生だ。俺は現状人間として送っているこの生活にほとんど興味がない。
だがそんな俺にも楽しみにしていることはある。これからそのお楽しみタイムだ。
一人暮らしの部屋のベッドを整えて布団に潜り込み電気を消す。目を瞑り、あの愛しい彼女に会うために夢の世界へ旅立った。
ふと気がつくと、いつも彼女と空を飛んでから降り立つ温かな緑の丘にいた。そこには見たことのない綺麗な花がちらほら咲いている。彼女はまだいないようだ。
心地よい感覚にまどろんでいると頭上からバサバサと翼をはためかせる音が聞こえた。彼女かもしれないと思い、期待と興奮で顔を上げると、待ち望んだあの娘が翼を折りたたんで木の上にしゃがんでいる。
「あ、あの!俺だよ!鳥の彼女!」
今日は初めて声をかけられた!彼女にまた一歩近づいたことは嬉しいけど、肝心の彼女の名前を知らないのが何ともくやしいところだ。さっさと彼女に訊けばいいだろうと思うかもしれないが、夢の中では上手く声が出せないのだ。
すると彼女は軽やかに木から降りて俺の目の前に立った。
「ルルだよ。ルル。」
「あ、俺、樹!上代樹!」
どぎまぎしながらも俺たちはついにお互いの名前を交わした。俺は歓喜に満ちあふれていた。
ていうかルルって名前可愛くない?!
恋い焦がれた相手の名前をついに知ることができて、俺がうっとりしていると、ルルは急に態度を変えぶっきらぼうに言い放った。
「やっとしゃべれるようになったか、ニンゲン。はあー連れてくの?めんどくせえ。」
俺は予想もしなかった彼女の素にうろたえた。勝手に彼女を麗しいお姫様のようなタイプだと解釈していたので、自分の心の中で解釈違いを起こしフリーズした。
ルルはかなりだるそうに「早く乗って。」と俺に背中を向けた。長年の片思いにヒビが入り立ち尽くし動けない俺にしびれを切らしたルルは突如鳥の足で俺の首をガッと掴んだ。
鳥の爪が俺の皮膚に刺さっている!地面に押し付けられて身動きが取れないし苦しい。
美しさはそのままに、けれど眉間にしわを寄せて俺を睨みつけるルルの顔は化け物そのもので、俺は衝撃と恐怖で泣きそうになっていた。
「やめなさい、やめなさい」
誰かの声がする。誰でもいいから助けて!と知らぬ声に懇願すると、視界が光で溢れ、次の瞬間俺はガラス張りの温室に移動していた。
その美しい建物の中には数えきれないほどの植物が綺麗に植えられており、しかもどれも俺の生きる世界には存在しないものだった。
先ほどの恐怖の時間から光に包まれた暖かな場所に瞬間移動したため、何が起きたのか全く理解できず、俺は辺りをきょろきょろ見回していた。
すると視線の先にひげの生えた恰幅の良い男性が現れた。自分より少し年上だが中年というほどの見た目ではない。
「いや~うちのペットがごめんね、綺麗でしょ?でも中身はご覧の通りめちゃ乱暴なんだよ~」
いかにも人間ではありませんといわんばかりの白く長いローブを着たその男は福の神のように顔も体もぷっくりもちもちしている。そんな彼が朗らかに笑いながらこちらに近づき、俺の目の前まで来ると
「あ、ごめんね、自己紹介が遅れたな。ええと、神様です。よろしくね~」
…今なんて言った?か、神様?あ、これ夢だった。そうだった何でもありだったわ。
自称神様は美しいガラスの椅子に座り、俺もいつのまにか同じような椅子に座らせてもらっていた。
神様は腕を組み、これまでなぜ俺が不思議な夢を見ていたのか、その理由を語ってくれた。
「まずは霊界へようこそ。歓迎するよ樹くん。ええと、君はこの世とあの世とか魂の存在とか信じてるかな?」
「えーっと…死んだら肉体から魂が抜けて魂はあの世に行って生まれ変わりまであの世で待つ…みたいな?」
俺が小さな声で呟くと神様は満足そうに微笑んだ。
「うん。目に見えない世界は存在するってことを信じてくれてるみたいだね。完璧だ。追加知識で肉体以外にあの世での姿【霊体】があるってことを知っておいてね。
今君は霊体でこの場所に存在しているんだ。」
ぽかんとする俺を優しく見つめながら、神様は話し続ける。
「この世界には君が肉体を持って生きるこの世、これからは【現世】と呼ぶね。君たち人間が生きている現世以外に霊界があって、ざっくり言うとその中には神の住まう神界、仙人や天狗などがいる神仙界、天に住む天人の天人界や魔界、地獄界などなど様々な世界があるんだ。
その一つひとつも次元ごとに霊階層が分かれていて、その上地球や宇宙の惑星すべてにも並行世界が数え切れないほどあって~、まあつまり無数の異界があるんだよ。」
「まず君の霊体は異界から異界を旅する能力がある稀有な霊体でね、君と同じく異界渡りができるルルと協力していろんな世界を僕の目の代わりになって見てもらいたんだよね」
…しんかい? れいかい? いかい??
さらに神様は続ける。
「現世では人間として生きる君が、君の霊体とつながるのを僕はずっと待ってたんだ。ついに今その時が来て、僕が作ったこの楽園に君は来れたんだよ!
あの妖魔のルルちゃんはね、君を迎えに行くように僕が遣わしたペットなんだ」
神様は椅子からスッと立ち上がって俺の両肩を優しく掴み、「でもこれからは君がルルの飼い主だよ。樹くん。」とまさかの宣言をしたのだった。
神様はにっこり笑っている。まだ俺にルルへの恋心が残っているとはいえ、自分に襲い掛かってきた化け物の所有者になるなんて冗談じゃない。
「あの、せっかくですけどごめんなさい。俺にはあの子を扱うのは無理です。今度こそしんじゃいます。」と断ると、さっきの神様の話を聞いた件の化け物が温室のガラス屋根を開け、血相を変えて飛び入ってきた。
「はあ?!ふざけんな!誰がこんな弱小下等生物と!」
妖魔のルルは完全に怒り心頭だが、神様は口角を上げたまま微動だにしていない。流石神様といったところだろうか。いや感心してる場合か。より丁重にお断りしなければ。
「あの、あのとおり鳥さんも嫌がってることですし、大変申し訳ないのですが辞退させてください…。」
恐る恐る神様に自分の意志を告げたが、神様は無慈悲にも「頼むね~」の一点張りで、その上俺に何かを手渡してきた。
神様がくれたのは手のひらサイズの羅針盤だった。それは八角形の青いクリスタルでできていて、八方向に方角を示す黄金の線が石の表面に彫られており、同じ色の鋭く太い針と細い針、もっと細い針の三本が中央にある、美しいが使うには少々骨の折れそうな羅針盤だ。なんで針が三本もあるんだろう。
神様は微笑みながら「この羅針盤は僕が君のために用意した霊界の簡易マップだよ。
君たち二人が行くべき世界の正しい座標を定めてくれる優れものなんだ。」と不思議なアイテムについて説明してくれた。
俺が神様から渡された反動で羅針盤を受け取ってしまったのを確認した神様は再び話し始めた。
「ルルも君と同じように異界を渡る力があるんだけど、あの娘の波長と合う世界にしか行けないんだ。あの娘は正邪併せ持つ妖魔で、あんなに暴力的だけど穏やかな光の世界にも行けるし、こうして僕のような神とも繋がれるんだけど…。」
「君も知っての通りルルは好戦的かつ好奇心旺盛。だから僕が指示していない世界にも行っちゃうし、座標も安定しないから高解像度で長時間の異界渡りができないんだよ。」
神様はにっこり笑って俺の方を見る。
「そこでだ。この羅針盤を使うことで二人それぞれの波長と繋がれる世界の数が増える上に、異界渡りの質も上がるんだ。
これを使って座標を定めて、霊界を飛べるルルに乗り、異界に行くことができるってわけ。我ながら優れものだな。」
神様はふふんと得意げな顔を俺に見せてからルルの元へ行き、樹くんに危害をくわえてはならないなどいろいろ言いつけをしていた。
神様に叱られてふくれっ面のルルがずんずんと俺の方に向かって歩いて来る。そして俺から羅針盤を乱暴に奪い取り起動させた。
盤上の三本の針がくるくるとスピンし続け、そしてゆっくりと止まり各々がバラバラの方角を指している。俺が見ただけではまったく意味が分からない状態だ。
ルルは羅針盤の指す方角をまじまじと見つめた後、無言で俺の手首に自分の左羽を絡めて一気に屋根の高さまで飛び上がってあっという間に温室の外に出た。
(え?!もしかして俺もう異界とやらに行くの?)
「ちょ、ちょ、ちょっと待って!」
あまりにもいろんなことが怒涛の勢いで展開していく様に頭も体もついていけず、俺は初めての異界渡りを拒否した。だが俺の言葉は彼女には届かず、俺たちはものすごい速さで空の彼方に飛んでいき、耐えがたい風圧と光に襲われて、俺は意識を手放した。
第二話へつづく…
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