第九話:安全な高所作業
「……本日の依頼は、街の防壁近くにある『監視塔の屋根に絡みついた有毒植物・吸血蔦の駆除』です。あらかじめ言っておきますが、今回の最大リスクは魔物の襲撃ではなく『墜落・転落災害』です」
定例の朝礼で、セインは監視塔の図面を机に広げ、指先でコンコンと叩いた。
「えーっ!? 戦闘じゃなくて、高いところの草むしり!? そんなの斥候の私がパパッと登って、双牙でチョチョイと刻めば終わりじゃん!」
カノンが『借金回避の双牙』を誇示するように身を乗り出す。
「カノン、その『パパッと登る』という横着な不安全行動が、墜落死への直行便です。高さ十メートルからの墜落は、人間であれ悪魔族であれ、地面に叩きつけられれば内臓破裂で即死します。というわけで、ケットル」
「おうよ! ウチの職人魂を込めた特製『高所作業用安全帯』と『親綱』の出番だね!」
ケットルが巨大な背負い袋から、頑丈な革のベルトと、いくつもの金属製フックがついた太いロープを取り出した。
「これを腰にガッチリ巻きつけて、塔の支柱にフックを引っ掛けながら登るんだ! 万が一足が滑っても、この安全帯が体を空中で支えてくれるから、地面まで真っ逆さまってことは絶対にないよ!」
「素晴らしい、完璧な墜落防護策です。さらにミル、あなたには『浮遊』の魔法の待機を命じます。今回は移動用ではなく、万が一の墜落時にクッションとして発動させる『緊急減速用』として魔力を保持しなさい」
「はーい! みんなが落ちてきたら、ふんわりキャッチできるように準備しておくね!」
ミルが『もう壊さない杖』を両手で握り、真剣な顔で頷く。
「そしてクレア。あなたは地上待機です。上空から植物の破片や、カノンが落とした工具などが降ってくる危険性(飛来・落下物災害)があります。大盾を頭上に構え、下を通る一般市民や仲間の安全を確保する『立ち入り禁止区域の監視員』を務めなさい」
「は、はいっ! 上から何が降ってきても、この大盾で絶対に弾き返します! でも……上を見上げたままだと、首が痛くなってちょっと切ないです……」
「無駄な弱音を吐かない。ヘルメットの顎紐をしっかり締めなさい。……安全帯の装着ヨシ、親綱の強度ヨシ、地上立ち入り禁止措置ヨシ。……作業を開始します」
現地である石造りの監視塔。
その最上階の屋根には、赤黒い不気味な蔦が、とげのついた触手のようにうねりながら絡みついていた。
「カノン、登る際は常に『三点支持』を徹底しなさい。両手両足のうち、必ず三箇所は頑丈な足場を確保すること。フックの掛け替えも一歩ずつです」
「は、はーい……。これ、結構緊張するね……」
セインの厳しい指示の元、安全帯を着用したカノンが慎重に壁を登っていく。
普段は軽快に飛び跳ねるカノンだが、命綱と安全帯の重み、そしてセインの監視の目があるため、絶対に無理なジャンプなどはしなかった。
カノンが屋根に到達し、『借金回避の双牙』で慎重に吸血蔦の根元を切り離そうとした、その時。
切り付けられた蔦が生き物のように暴れ、鋭いとげのついた先端を、カノンの顔めがけて鞭のように叩きつけてきた。
「うわっ!? っととと!」
不意の衝撃に驚いたカノンが、足を乗せていた石の出っ張りから滑り落ちてしまう。
「きゃあああ!? カノンちゃんが落ちるー!」
地上のクレアが悲鳴を上げる。
ガツンッ!
激しい金属音が響いたが、カノンの体は地面に落ちなかった。
ケットル特製の安全帯と、ガッチリと支柱に噛み合っていたフックが、カノンの体を地上五メートルの空中でピタリと繋ぎ止めたのだ。
「ひ、ひえぇぇ……! 止まった、止まったよぅ!」
「ミル、そのまま『浮遊』の魔法でカノンの体をゆっくり地上へ下ろしなさい! ケットル、安全帯の損傷チェックを!」
「了解!」「おまかせあれ、えいっ!」
ミルの優しい魔法に包まれ、カノンは安全に地面へと着地した。バタバタと駆け寄ったケットルが、ベルトの縫い目や金属フックを素早く点検する。
「ベルトの破断なし! フックの変形もなし! 安全帯の機能は完全に生きてるよ!」
「……ふぅ。全員、無傷ですね。カノン、怪我はありませんか?」
セインが駆け寄り、カノンの体を構造解析の目で素早くスキャンする。
「う、うん……どこも痛くない。ただ、心臓がバクバクしてるだけ……。セインちゃん、ウチ、もしあの紐がなかったら……」
「……だから言ったのです。高所作業を甘く見るな、と」
セインは乱れた息を整えると、手帳を開き、今日の致命的な一歩手前の事象を忘れないうちに記録し始めた。
◆ 労働安全管理報告(ヒヤリハット事例)
発生日時: 監視塔・高所蔦駆除任務にて
件名: 高所作業中の足場崩落(滑落)による墜落危機事象
現象(ヒヤリとした状況):
高度約7メートルの壁面にて吸血蔦の駆除作業中、生物的な反撃を回避しようとした作業員が足場を踏み外し滑落。一歩間違えればそのまま地表へ叩きつけられ、致命的な墜落災害(死亡災害)を引き起こす危険性が極めて高かった。
防げた理由(要因解析):
1. ケットル特製の『高所作業用安全帯(2丁掛けフック)』の完全着用。
2. 三点支持の徹底により、滑落の瞬間の衝撃荷重をフックが確実に受け止めたこと。
3. ミルによる『緊急浮遊魔法』への迅速な移行と、地上への安全なレスキュー。
4. クレアが地上で『立ち入り禁止区域』を維持していたため、落下軌道上に一般市民等の第三者が存在せず、二次災害を防げたこと。
今後の対策:
植物系魔物の駆除など、高所で「対象が動く(反撃する)」ことが予想される作業においては、単独の登攀は原則禁止とする。今後は、ケットルのパチンコ等による地上からの事前先制攻撃、あるいはミルの魔法による「安全な距離からの事前駆除」を先行工程とし、高所作業員の肉体的接触リスクを最小限に抑える。
「……よし。これで次からの高所作業の安全基準が一段階上がりました」
手帳を閉じたセインが、眼鏡の位置を直しながら静かに告げた。
「セインちゃん……ありがとう。私、本当に舐めてた。高いところなんて慣れてるって思ってたけど、戦闘中に足が滑ったらどうしようもないもんね。この命綱、私の本物の命の綱だったよ……」
カノンが、自分の腰に巻かれた安全帯を愛おしそうに撫でながら、心からの感謝を口にした。
「分かればよろしい。二度と同じ不安全行動を起こさないように。さあ、残りの蔦は、ミルの魔法で地上から安全に焼き払いましょう。二次災害防止のため、再度立ち入り禁止ラインを厳守してください」
「はーい! どっかーーん……じゃなくて、ピンポイントで燃やすね!」
「はいっ! 私の盾で、火の粉は絶対に外に通しません!」
クレアが誇らしげに大盾を構える。その姿には、かつての「最弱」の怯えは消え、安全を支えるプロとしての頼もしさが宿りつつあった。
最弱パーティの、安全第一な高所作業。
ハプニングを確実な成長へと書き換える彼女たちの歩みは、今日も少しずつ、しかし絶対に崩れない盤石さで、前へと進んでいく。
カノン「みんなー! ここまで読んでくれてありがとう! 楽しんでもらえた?」
クレア「あの……もしよろしければ、私たちの旅をこれからも見守っていただけると嬉しいです……!」
セイン「画面下部にある**【ブックマークに追加】や、評価の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】**に染めて応援してくださると、作者の執筆モチベーションが跳ね上がります。……もちろん、私の精神安定にも繋がります」
ケットル「みんなのポチッとが、ウチらの大きな支えになるからね! よろしくおくれ!」
ミル「次のお話も、絶対見にきてねー!」
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