第44章 鎧と矢の雨
「罠が作動する条件は?」
「さっきと同じさ。足元にセンサーがあって、何かが触れれば動きだす」
「それも、全体が連動するようじゃ。まず武器を持った鎧どもが暴れ始めて、そちらに意識が向いた頃に、天井や壁から矢の雨が降る」
「あの鎧の大群って、中身は?」
「魔力だけじゃよ。人が入ってたりはしない」
時間差の罠か。畑に出るイノシシを捕まえる時なんか、そういうのがあれば便利だろうな。小さな頃、父に罠の仕掛け方を教わった記憶が、俺の頭をよぎっていた。
そして、仕掛ける側が、されたら嫌なことも。
「じゃあ、今回も先に作動させましょうか」
「マット。良い方法があるのか?」
「矢は、この壁の穴のほうにも飛んできますかね?」
「少しだと思うが、抜けてくるじゃろうな」
「そうですか。それじゃあ」俺は足元に転がっていたゴーレムの破片を手に取った。破片といっても、クロノの体くらいある大きさのものだ。
「みんな、壁に張り付いときましょう。穴から離れて。
そう、これで大丈夫。では今からこれを、ここから向こうの部屋に向けてッ、投げまぁすッッ!」
バォォッ、バラタタタガガガタタ。
振りかぶってオーバーハンドで投擲、あちらの部屋の床、中央あたりに着弾。その破片は散弾となり、部屋の床や壁や、鎧のいくつかを破壊していた。
思った通り、衝撃で罠が作動した。鎧の姿をした罠の、生き残りが一斉に動き始める。まだまだ大群であることには変わりない。
しかし、そっちの部屋内には誰も侵入していない。攻撃の対象を見失った数十体が、中央あたりでうろうろしているだけだ。
「よし。じゃ、あの辺に。今度は、これをッ」
俺はさっきの倍ほどある、ついさっきまでゴーレムだった塊を持ち上げた。
「ちょいなッッ」
ブォン、ドバァァァン。
右腕をしならせ、ほぼ全力で投げた。
鎧達は一斉に弾け跳ぶ。ゴーレムの破片がもたらす直接的な衝撃だけでなく、鎧同士が当たった勢いで飛び散っているものも多数。
……投石1回で何体倒せるか、そういうルールの遊びがあったら楽しいかも知れないな。そんなことを思った。
鎧は半身が吹き飛んだもの、頭だけが転がっているもの、ぺしゃんこに潰れたものなど、その多様性を示していた。
「で、そろそろっすかね。矢は」
ガジャッ、ピュピュピュン。
凄まじい物量の矢が、暴風雨のように降りそそぐ。
俺はそれを目で追いつつ、壁の穴からこっちへ飛び込んできた6本を手で捕まえた。
矢の雨は、数秒で止んだ。
「6本だけか。もっと来てくれたら、動体視力のトレーニングになったんですけどね」
そう言いながらも、俺はゴーレムの破片を投げた2投目のことが頭に残っていた。
腕のしなりを活かして投げるには、流石に重すぎたらしい。リリースの瞬間、右肘の内側側副靭帯に多少のストレスを感じた。
もっとフォロースルーを大きくとれば、肘の負担は軽減できたかも知れないな。
いや、それに加えて、肘関節の保護のために、上腕筋や二頭筋、腕橈骨筋といった屈筋をもっと強化する必要がある。
「まだまだ、反省点がいっぱいだな」
「……おぬし、何をぶつぶつ言っとるのじゃ?一人で部屋ごと破壊しておいて」
「あっははは、毎度オバケ具合が増してくるね!君は。そういえば実際、出会った時よりデカくなってる気がするなぁ!」
「もうめちゃくちゃだわ。多分あんた、この建物の設計者の想定を、あっさり超えてきちまってるよ。
まったく、脳みそまで筋肉になってるんじゃないかい!?」
「まあ、マットは神の想定すら超えるからな。エルフが頭でこねて拵えた罠など、もはや意味をなさぬ」
神の想定すら超える、か。確かにあの時は、クロノの先輩方の神々まで集まってきちゃったもんな。
「仕掛ける側が、されたら嫌なことを考えただけっすよ。さて、もう罠は大丈夫ですよね?行きましょう」
鎧とゴーレムの残骸が残り、数えきれないほどの矢が床に散らばっている。
その奥に、階段が見えた。
マッドが、はっとした表情を見せた。
「上り階段だね。この遺跡に入って以来、ここの階層から深く潜って行ったことは何度もあったけど、上に向かったことは一度もなかったよ。
……これは盲点だった。ずっと地底へと下ってきたから、頭の何処かで、より下へ行かなければいけないと思い込んでたね。今までのパーティ、その全員が」
「探知の魔法でも、見つからなかったんですか?」
「ははっ、そうみたいだね。魔法の指向性を、みんな下にしか出力していなかった」
「……いや、それだけではないな。壁や天井そのものが、魔法による探知を遮る仕組みになっておる。
あの一面に描かれた模様が、それに当たるものじゃ」
「クロノちゃんの魔力でも、マットが壊すまでは探知できなかったのかい?」
「ふっ、見くびるな。我の力は、その程度のものではない」
……え?
今のクロノの言葉で、突如、俺のなかに強い疑念が湧いた。
「クロノ様、それって」
「クロノ、あんたの探知なら、全てお見通しだってことかい?」
俺とイリス、二人の言葉が被った。
「……え?いや、あの、まあ……」
「何をもじもじしてんすか。まず、ここにエルフの体が安置されてるか否か。それと、この建物全体の見取り図。
クロノ様は、最初の探知で全部、把握していた。それで合ってます?そうですよね?」
「……むう」
「むう、じゃないですよ。なんでそれを俺達に……
あ、そうか。人間の行動の結果は、『最低限のコントロール』しか、やっちゃダメなんでしたっけ。
それで、黙ってたんですか?」