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第45章 危篤へ、そして希望へ

 問い詰められ、クロノは顔を真っ赤にして頬っぺたを膨らませ、俯いていた。ぷるぷる小刻みに震えている。


「クロノ。あんた、何か深い訳があるのかい?」

「クロノちゃんは気まぐれさんなのかな!?あははっ」

「クロノ様、本当のところはどうなんです?黙ってちゃ、わかりませんよ。俺達は人間なんで」


「むうう……だって」クロノは涙目。




 ……神様にも、ルールみたいなものが存在するんだろうか。人間に言ってはいけない類いの。


 だとしたら、三人で寄って集って詰問するというのもかわいそうだな。


 クロノは下唇を噛み、もじもじと着ている衣を握りしめている。いじめられっ子といった感じで、それを見た俺は、この弱々しい神様を、小さな頃の妹の姿と重ねていた。



「言えないことが、あるんですか?」


「……だって、だって、怖いじゃん!いくら綺麗なまま、っていったって、死んだエルフが部屋いっぱいに並んでるんだよ!?さっきの鎧みたいに、何十体も並んでるんだもん!


行きたくないじゃん、そんな部屋ぁ!」


「……へ?」


 俺は思わず変な声を出してしまったが、一方クロノはもうぽろぽろ泣きだしている。


 と思ったら、ばっと俺の胸に飛び込んできた。


「ふええええん」


「……なるほど。そっか、さっきからそれが見えてたから、ずっと怖かったんですね。


我慢してたんですね、よしよし」


「こわい、こわいよおぉぉ」

「大丈夫ですよ。ちゃんと素直に言ってくれて、ありがとう」


「……ちょっと。あんたらのやりとり、どう解釈したらいいんだい?」

「まあ解釈っていうか、俺の口から言うとして。クロノ様は初めのうちから全部お見通しだった、ってのは本当みたいです。


で、死体を直接見るのが怖いから、行きたくなくて場所を言わなかった、と。まあ確かに、誰もクロノ様に直接は訊かなかったですからね」


「うーん……頭が痛くなってきたよ、あたしゃ」

「く、くふふっ」マッドは笑いをこらえて後ろ向きになった。腕で口を覆い、声が漏れないよう頑張っている。


「ごめんなさいぃううぅ」


 まだ全然、泣き止む気配もない。


 そろそろ俺も恥ずかしくなってきたぞ。この場に人と猫がいるんだよ、見られてるんだよクロノ。


 それにしても、撫でてやっているクロノの頭は汗びっしょりなのに、なんでこんないい匂いがするんだ。



「……チャラ坊」

「どうしたの?お婆ちゃん」

「ちょっとね、肩に、乗せとくれ。しんどくてさ」


「……わかった。イリス、まだ大丈夫かな?」

「わからんよ。人間が、いつ死ぬか、なんてねぇ」


 その会話がクロノにも聞こえたようで、ふと泣き止んだ。


「……ぐじゅ」

「クロノ様、イリスの様子が」

「ぐすん、わかっておる。イリス、おぬし、キーレ家で寝ているほうが、いよいよ危ないのだな」

「……どうも、さっきの頭痛は、気のせいじゃないみたいだねぇ。ひゃひゃ」


 強がってはいるが、イリスの声は明らかに苦しそうだった。


「体のほうが、危篤ってことですか?」

「そうみたいだね。とにかく先を急ごうか。クロノちゃん、案内お願いしていいかい?」

「うん。マッドの見立て通り、上じゃよ」


 パーティの空気が、一気に張りつめた。


 イリスの命が危ない。




 階段を上がっていく。一段一段が小さくて幅は広く、何故こんな造りになっているのか不思議だった。エルフ族の文化なんだろうか。


 イリスの小さな体は、マッドが大事に抱えている。まだ反応はしてくれているが、苦しそうなのは変わりない。耳は寝てきており、三本のしっぽも、ぐったりとマッドの手から垂れ下がっていた。


「イリスは寝ててください。クロノ様、罠はありますか?」

「もう仕掛けられてはない。ただ……」

「何があるんですか」


「人間がいる。しかも、わずかにだが動いておる。一人だけ」


「一人だけ……そうか」マッドの表情が変わった。今までほとんど見ることのなかった、険しい顔だった。


「マッド、人間って」

「まだわからないけど、知ってるかも。ひょっとしたら、僕がパーティを組んでいた誰か……


あの状況で生きているとしたら、おそらく勇者、キーヴァインだろう。キーヴァイン・リローネ」


 リローネ。


 それは、遠い昔に聞いたことがあった。まだ俺が小さかった頃、隣村に、勇者の印を持って生まれた者の姓。


 羨望か、嫉妬と言うべきか。俺のなかにそういう感情が渦巻いた。あの時代、突如としてリローネ家に現れた勇者は、300年後にもその血を繋いでいたらしい。




「リローネ、ですか」

「そう。代々続いてきた勇者の家系だよ。それをキーヴァインの奴、いつも自慢してやがったなー。あはは」


 マッドの笑い声に、乾いたような印象を受けた。


「……生きてたのか。誰にしても、僕のパーティなら僕を除く全員が『ギフト』を持っていた。才能って大きいものだね」

「そうですね。『持たざる者』には、その感覚はわかりませんけど」

「まったくだ」


 階段が終わり、廊下に出た。道が3方向に分かれている。ぱっと見た感じ、それぞれかなり長いようだ。


「クロノちゃん、どっちに行けばいい?」

「こっちじゃ」クロノはひとつの方向を指した。


「ありがとう」


 マッドの胸で寝ているイリスが気になる。それほど時間は経っていないし、まだ大丈夫だとは思うけれど。


 ……わからない。人間が、いつ死ぬかなんて。死の最も近くにいるイリスの言葉だからこそ、強烈な真実味があった。




「その扉じゃ。鍵が二重に掛けてある」

「了解っす」


 メキュゥッ。


 俺はできるだけ静かに、扉の全体を壁から毟り取った。


「マット、もう君は何でもありだね。あははは!さあ行くよイリス、しっかり!」

「ああ、まだ生きてるさ。なんたって、希望を抱いてるからねぇ」

「『希望に抱かれてる』のほうが適切じゃないかなぁ?ははっ」

「入りますか、あ。これは……」




 部屋に入って数歩、マッドも俺も、言葉を失った。


「だから、言ったじゃろ」


 背負われているクロノが、俺の肩に掛けていた腕は、固く強張っていた。


 必死にしがみつき、自身の震えを抑えつけているクロノ。

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