008
中へ入ると、やはりと言うべきか見事な門構えに見合った豪勢な内装であった。外観から、組積造と呼ばれる石や煉瓦、コンクリートブロックなどを積み上げて建築されていることは分かっていたが、総石造りのところを見るに、余程の富豪が建てたのだろうと推測するのは容易だった。
サラシュタット地方では、木造建築が主流だ。ある程度の金持ちや、貴重品を置いておく納屋を立てる場合に限っては、防火や盗難防止の目的などで組積式を用いた石造建築がされる。
しかし、屋根や床まで石造作りをする者はあまり多くなく、煉瓦を積み上げ、表面を石材で覆い、木製の床や天井であり、切妻造りの屋根を備えたものが主流であった。つまり、総石造りであるということは同時に、金持ちの家だと言っている様なものだった。
奥へと進むと、広いテーブルに大きな暖炉。高価な壺や分厚い書籍が収められた本棚と、あまり見掛けることの無いような代物まである。ノルトが生活感のない家だと言っていた理由も頷けた。そもそも、この家が生活をする為の家では無く、趣味として購入した収集物を置いておく為の家だからだ。
商人としては、非常に興味深い家ではあったが、それが目的では無いので、今は止めておくことにした。取り敢えず、この別荘を把握する為にも、一度全体的に部屋を見て回る必要があったからだ。
そして、フロイドは上から下まで一通り見て回ったものの、これと言って不思議に思う点は無かった。勇者の言っていたあいつと言うのが、一体誰を指しているのかも分からず、結果として骨折り損となってしまった。
「結局、何も見つからないか……」
だだっ広い部屋の中で、一人ぽつりと小さく呟やいた。そもそも、聖教会が散々調べ尽くした後からここへやって来て、駄目でもともとのつもりで来たのだから、何も見つからないことが普通なのだ。
フロイドは休憩がてら、近くのロッキングチェアへ腰掛けていると外から雨音が聞こえて来る。窓の方を見遣ると、やはり雨が降り始めていた。雨の多い地方なだけに、降ってしまったこと自体は仕方が無い。だが、その雨が何も見つけることの出来なかったフロイドへの追い打ちの様にも感じられて、少しばかし気が滅入ってしまった。
「仕方が無い、雨宿りさせて貰うとするか」
そして、ロッキングチェアから腰を上げ暖炉へと薪をくべ、再び座り直す。その緩やかに揺れる優美な椅子と、優しく温かい暖炉の火とが合わされば、眠りに付いてしまうまでそう時間は掛からなかった。
「ああ、寝てしまったか……」
そう呟き、眠た眼を擦りながら外を見遣ると、もう既に陽は落ち、すっかり暗くなっていた。さすがに、今から街へ戻るのは危険だと判断し、ここで一泊させて貰うことにした。
そして、フロイドはあることに気が付いた。
シャンデリアや室内灯の蝋燭に火が点けられているのだ。フロイドがここへ訪れた時には、火は付けられていなかったはずだ。更に、さっきまでくべていたはずの薪が綺麗さっぱりと消えているのだ。
眠っている間に誰かがここを訪れたのだろうか。しかし、蝋燭に火を点け、薪を綺麗に片付けると言うその行動の意味が理解出来ない。そもそも、こんな辺鄙な土地へと誰が訪れると言うのだろうか。
そして、フロイドの頭をある言葉が過る。
岬の別荘にいるあいつに聞け――もしかしたら、勇者があいつと呼ぶ人物がこの別荘にいるのではないだろうか。しかし、それでもやはり王国や聖教会に狙われている様な人物が、悠長にも蝋燭に火を点け、暖炉を掃除する理由には成り得ない。
いや、可笑しいことはそれだけでは無かった。
王国や聖教会が勇者の言葉を聞き、ここへ間違いなくその人物を探しに来たはずだ。だとしたら、生活感が無いにせよ、整理整頓されているこの状況は可笑しくは無いだろうか。
もし、慌ただしく探しに来るとしたら戸棚は開かれ、本棚の書籍は床に落ちると言った荒らされた形跡が残らなければ可笑しい。しかし、この部屋に入った時にはそんなことなど微塵も感じさせなかった。
もう一度、隈なく調べる必要がありそうであった。
それも、王国や聖教会が調べていないようなところを――いや、調べる必要のないところを調べる必要があった。これだけの豪邸であれば、隠し扉があっても不思議では無いのだ。
そう、例えば暖炉だ。
暖炉の本来の用途から考えるならば、室内を暖める暖房装置でしかない。隠し扉を作るのなら、常識の裏側である非常識と隣接させて作る必要がある。暖炉の向こう側がまさか扉になっており、その先に通路が広がっているなんてことを誰が想像するであろうか。
フロイドは、暖炉へと潜り込み、軽く小突いてみる。すると、石造りなら鈍い音が聞こえて来るはずだが、有り得ない高い音が聞こえて来る。どうやら、フロイドの読みは正しかったようだ。
暖炉の奥側を押してみるが、暖炉の壁は動く気配が無い。それならばと、暖炉を横へずらしてみると見事にそれは動き――そして、奥からは狭く薄暗い通路が露わとなった。
「やっぱりな……」
フロイドは、昔に一度だけこういった造りの家を見たことがあった。一見ただの棚でしかない家具が実は扉であったり、何の変哲も無い壁を押すと通路が現れわれたり、階段を下からめくり上げると通路が出て来るような俗に言うミステリーハウスと呼ばれるものだった。
それは、王国の騎士では無く、教会の神父でも無く、商人だからこそ気付くことが出来たのであろう。