素描万化⑥
定石として、上からの攻撃は厄介だといわれる。それが垂直なら尚更のこと。
本来攻撃とは平行の敵に向けてするものであり、上からの相手には想定されてない場合が多い。しかもそれが、落下エネルギーの付与された落ちてくる相手だとしたら、防御も迎撃もとてもではないが意味を持たない。
そういう意味では、大蜘蛛の攻撃は凶悪極まりないものだった。
踏みつけ。大跳躍の後に、硬殻に覆われた八本の脚でこちらを狙って落ちてくる。一本が直径一メートルを超える巨大節足、それが八本だ。喰らわないためには大きく回避する必要があった。そして着地した蜘蛛はこちらが距離を詰めるより早く、再び跳躍。繰り返し八本の鉄槌を振り下ろしてくるのだ。
銀架と二手に分かれたが、蜘蛛は始めから標的を定めていたようで、鋭利だけを狙って落ちてくる。銀架も懸命に援護しようとするものの、相手の速度と距離が常時変動するので照準を定められずにいる。鋭利が大蜘蛛の足元をちょこまか動いているので、巻き込まないよう考慮してるのもあるだろう。
鋭利の現在の武装はオートマでは最大口径を誇るデザートイーグルと、近接用にコンバットナイフ一本。同じ体格の者だったら心強い装備だが、このほどの大物となると豆鉄砲にしかならないのが現実。外殻に弾かれるのが目に見える。
現時刻が夜なのも大きい。光が街灯の下にしか無いにも関わらず、蜘蛛は夜の空を悠々と跳び回る。視力の良さを証明するのが、寸分外さず落ちてくる足だ。暗闇は向こうのテリトリー。鋭利が左義眼の赤外線感光モード『赤眼』で見返してやろうにも、映像処理が相手の速度に対応できず、ブれた敵影しか映してくれない。
さぁて、どうしようか。鋭利はかつてない強敵に冷や汗を浮かべた。
逃げ続けていても、いつかは折れる。体力切れか精神疲労か。流れを変えねば。
ならば原点回帰だ、と鋭利が逃げた先は、蜘蛛の初撃が落ちて来た地点だった。
大蜘蛛はこちらの逃走を捕捉後、すかさず跳躍。闇の空にフェードしていく。
落ちてくるまでに僅かな間隔がある。空から大重量の風と音が落ちてくる。それを小耳に挟みながら、鋭利は広い戦場を眺めた。
六車線の高架道路。崩れる気配は微塵も感じさせないが、幾度もの貫きを経てどこもかしこも穴だらけだ。もうここを車で通ることは不可能だろう。
さあ、と鋭利は一つの大穴を跨いだ。かなり深くまで貫かれた穴の上に。
これは挑発だ。ここを動かないから攻撃してみろ。しかし外したら、貴様は自分の空けた穴にその足を取られることになるぞ、と。
上からの圧力が弱まった気がする。向こうも気付いている。ここの穴が他の穴よりも深く、あと少しの衝撃で貫通してしまうことを。ミスとは言わない。逆にここ以降は貫き過ぎぬよう力をセーブしているのだから、とんでもない奴だ。
ここは相手にとって鬼門である。また鋭利にしても崖っぷちだ。鋭利はギリギリまで引き付けてから避けたい。蜘蛛はこちらの最終的な逃げ場を見据えて落ちたい。しかし鋭利はずっとここを動かない、かもしれない。大蜘蛛もこのまま落ちてくる、かもしれない。鋭利は避け切れなければ潰されるし、蜘蛛も避けられてしまったら、地面を踏み抜いて動けなくなるという無様を晒す上、致命的な隙を与えることになる。
これはお互いの度胸を試したチキンレース。ベッドは命とプライド。賞金はバトルの主導権。大蜘蛛の鬼は果敢にもこれに乗るか、それとも賢明に降りるか。
その答えは、巨大生物の落下軌道が変わったことで示される。
大蜘蛛は糸をどこかに引っ掛け、振り子式の体当たりに切り替えてきた。道路を縦断しての蜘蛛足ラリアット。速度は乗ってないが重量は乗っている。
鋭利は相手が勝負を降りたのを見て、足を閉じ直径一メートルの穴に身を投じた。地面と頭すれすれを敵の脚が通り過ぎる。鋭利の意識はもうそっちに向けられていない。
目の前に道路の断面図がある。
薄いアスファルト。分厚いコンクリ。鉄筋。厚いコンクリ。幾本かの鉄管。大量の電気コード。分厚いコンクリ。工の字の鉄柱。最後の足元に、厚いコンクリ。
ところどころがひしゃげて潰れて、立体の黒白マーブルを描く。
頭上で強い光が瞬く。白いフラッシュ。銀架の能力の残照だ。振り子で迫ってくる蜘蛛にカウンターで銀光を放ったのだろう。音から判断して当たっていないが、牽制になったはず。チンタラしてたら狙い撃つぞ、と。
鋭利が飛び込んだここは待避場所であり、出張工房。武器を作る鍛冶場だ。
イメージは組み立てておいた。鋭利は右腕の袖を捲くり、ナイフを躊躇いなく突き立てる。鋭利の体は金属を含んでいるため、垂直でないと刃が通らない。通ったとしても刃は欠けるし刀身は歪むし、場合によっては折れることも。
これお気にだったのになー、と無念にナイフを一つ駄目にして傷を作る、血を流す。溢れ出てくる熱い血はすぐに凝固を始める。堅く鋭い鋼にと。
溢れた黒い血が腕の周りを覆う。滾々と湧き出る鋼の水を右腕にまとわせ、まるで始めからそういう腕だったかのように、冷たい黒に輝いた武殻を装着していく。
あっという間に完成したのは、右腕と一体化している巨大な穂先のランス。長さは肘から先が一・二メートル。肘から後ろがその半分。末端に行くほど太くなっていき、最後部の直径は腕の五倍もある。
内部のグリップを握り、腕との一体感を高める。その感触に満足してからから出っ張った層に足を掛け、穴の外へと駆け上がる。
「………!」
巨大なスタンプが来た。雷神の鉄槌を思わせる大脚は、こちらが出てくるのを待ち構えていたのだろう、完璧なタイミングで鋭利に振り下ろされる。
だがその完璧さが仇となった。
「……ぅおお……っ!」
空中で全身を伸長、ランスを上に向けて突き出す。狙うは蜘蛛の足の裏。平たい接地部分を刺し貫こうと、鋭い先端を垂直に立てる。
面と点。二つが接触する。
ズク、とランスの穂先が蜘蛛の足裏に食い込んだ。だが浅い。上からの利点が活かされ、突貫の勢いが潰されてしまう。でありながら向こうの攻撃はまだ生きている。鋭利の身体がランスごと押し返される。このままではペシャンコの運命だ。
鋭利はそれでもランスを保つ。その貫き刺した角度を。道路との垂直を。
まず鋭利の体が地面とぶつかった。空中でランスを振るったものだから、肩からという格好付かないもの。まあ受け身を取れたとしても、大して意味があるとは思えないが。
そして腕に装着していたランスは、
『――――ッッ!』
蜘蛛の脚に深く、抉り込んで刺さっていた。蜘蛛の脚は直立したランスによって、しっかりと受け止められている。仰向けに倒れるこちらの目前二十センチにまで迫った蜘蛛の脚の裏。それがしずしずと引き戻される。
「針治療はお嫌いかな? 何本も造ってやるぜ」
『………………』
蜘蛛は棘の刺さった脚を外側に振る。だが、かなり深く食い込んだのでそう簡単に抜けてくれそうもない。それを悟ったか、諦めてそおっと脚を下ろす。
「さあてと」
鋭利の腕から血が噴き出し、同型のランスを形成する。ドリルにも似た鬼の牙を。
「あと何発で、オマエを倒せるかねえ?」
『………………』
自分の乱れた呼吸が聞こえる。焦りか痛みか、それとも怒りか。
落下による突貫はこれで二度防がれた。一度目はこちらが勝負から逃げ、二度目は自滅するかたちでだ。ゆえに『渦色』は迷う。果たして次はどのように攻撃するべきか。その攻撃は先とは違って攻略されないものだろうか、と。
自分の肉体で最も硬い部分は恐らく脚だ。そこを貫いた大槍は、当たり前のように柔らかい単眼や胴体を貫けるに違いない。
銀髪の少女の光線にもヒヤリとした。第一に、いきなりの膨大な光量に眼をやられてしまったこと。避けれたのはほんの偶然だ。第二に、戦闘開始から徐々に高まってきているエネルギーの気配が、ここで来たかと思ったのだ。
力のオーラは未だ感じる。次こそそれが飛んでくるかも知れない。どれほどの威力なのか計りようがないが、食らってはいけないと魂が警告してくる。
『渦色』は動揺を抑えるため、一度、八本の脚を地面に着けた。待望のチャンスに、すかさず突進してくる黒髪の女。バックステップで逃げるが、彼女の疾走と比較すると自分の初動は遅い。レースをするならまだしも、バトルではその差が不利に働く。それが出る前に決着を付けたかったのだが。
『大喰』との差がなくなる。彼女の右腕のランスが溜められる。
やられる、と感じ、迷いなく『渦色』は跳躍した。八本の脚を地面に叩きつけるようにして巨大な身体を跳ね上げ、『大喰』を置き去りにする。
『渦色』は斜め上に跳んでいきながら、敵の挙動を確認する。
相手の足は止まっていた。彼女は、こっちの足跡が刻まれている手前で大きく膝を折り曲げ、肉食獣の視線をこちらに合わせた。その眼が、笑って見えた。
その時、『渦色』は自分のミスを悟った。迂闊に飛んでしまった、と。
距離を離していってるはずの敵に、身震いを覚えた。
彼女の膝が、もはや座りこむ深さにまでなる。限界まで曲げられた両足は、
『…………っ!』
刹那、黒髪の女を中心に地面が爆ぜ、土煙の中から突槍が飛んできた。
右腕と肉体を一本の柄とした、巨大なランスが。
その初速は巨大蜘蛛の自分とは比較にならない。自分は巨大な図体が枷となる。空気抵抗と慣性が邪魔をして、一度の跳躍では速度に乗り切れない。対して、相手は小柄でありそこに鋭角な穂先を先端にして飛んでくる。空気抵抗は大幅にカットされ、爆発のような跳躍エネルギーをフルに伝えるだろう。
空中で距離を潰される。『渦色』は右の一脚で水平に殴りつける。だが相手の速度に合わせられず外してしまう。だがまだ脚はある。二本目三本目の脚をすでに動かしている。左右の脚を交差して面を作り、上から殴りつける。
「……こおぉの!」
黒髪の女は空中で身体を捻り、ランスの払い上げで応えた。鋼の打撃と脚の重圧がぶつかり合い、しかし打ち勝った巨大脚が女を蠅のように叩き落とす。
『渦色』は蜘蛛の胴体を屈し、尻の先端を『大喰』に向ける。白い束を発射した。束の正体は強靭な糸で、狙いは敵の無力化だ。蜘蛛糸の束は落ちながら広がっていき、ドーム状の網となる。糸は強粘着性。一度捕らわれれば逃亡は不可能である。
『大喰』は殴られた勢いのまま落下し、左手、右足裏、左爪先の三点着地を決める。すぐに頭上に迫る糸のドームに気付きダッシュを掛けるが、もう遅い。このまま網に捕らえて繭にしてしまえば終わりだ。
『…………!』
その時、銀色の閃光が蜘蛛の視力を奪った。
聴力だけが頼りの中、まず烈風の音が響き、アスファルトが抉られる荒っぽい音が走ってきて、「おわっ、っと銀架!?」と声がして足元の地面を抜けていく。八つの単眼が回復した時には蜘蛛の網は落下しており、しかしその中には誰もいなかった。
何も捕らえていない蜘蛛の巣に『渦色』は着地する。
背後から、銀の光線が襲ってきた。
振り返らないまま、後脚の二本を突き出して胴体をガードする。
脚の先端に、重く弾ける光が衝突した。衝撃に耐え切れず二本の外殻が砕け、脚がデタラメに弾かれるが、結果として光の攻撃は相殺される。
すぐさま反転。光撃の来た方向を捉える。
短い槍が放物線を描いて飛んでいくのが見えた。それを目で追っていくと短槍が落ちた先に『大喰』と銀髪の少女の二人がいた。『大喰』の方は尻もちを着いている。
銀髪の少女は、全身が銀色の光に包まれていた。
その全ての光が片腕に収束する。集まり、異様な密度になった銀光を、たった今拾った短槍に封入していく。短槍は銀の光を鯨飲していくが、少女の方も負けじと光を生産して、短槍に篭めていく。
『………………』
再び強力かつ凶悪なオーラが少女に溜まっていく。
さっき食らったのはあの槍か。『渦色』は動かなくなった二本の感覚を確かめながら分析する。先端から三分の一までが不能となった。しかも一発で二本もだ。いや、一本だったらガードできなかった可能性がある。大丈夫だ、最悪あと三回は防げる。
しかもあの攻撃には充分な溜めが必要なようだ。溜めに要する時間は、一回目の光線からさっきの投擲までの、おおよそ六〇秒。
今はまだ十秒。大丈夫、時間は充分にある。次が来る前に、打ち倒す!
『渦色』は残った六本の脚に力を込めた。跳びかかる前の一拍の静寂が訪れ、
「飛んでけ『グングニル』!」
『……ッ、ッ!』
神滅の槍が十四秒で来た。
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