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素描万化④

 一台の軍用ジープが夜の〈廃都〉を走っていた。

 三列の座席と小さな荷物スペース。四方のガラスとボディは防弾仕様で、タイヤは強化ゴム製。四つのライトで夜道の闇を照らす。

 ジープには〈金族〉の六人が乗り込んでいた。運転席には鋭利が座り、助手席に銀架。二列目には畳んだ車椅子を間に挟んで、鼎と虚呂。最後列では屏風とフィリアの二人が顔を寄せ合い、内緒話会議を講じていた。議題は今回の作戦について。

「……やっぱ反対だわー! チャンスとは言えあたしらだって万全じゃないし、信憑性だって怪しいものじゃない! せめて、浅部の組織と連携を図って……」

「……そうだよなー! 流石にいきなり敵陣特攻は危険度高すぎだよな! 幹部が機能してないって言っても本拠地には何百人もの部下たちがいるだろうしな! ここはじっくり腰を据えて作戦を練りに練ってから……」

 それを鋭利は、ラジオニュースのように聞き流していた。

 鋭利以外の五人は、華龍で偶然『苦色』の二人が話しているのを盗み聞きしたらしい。その内容をまとめると、暗殺者にすでに三人やられてしまった。あと三人の行方が不明だから探しに行こう。そして、その二人は店を出ていった。

 お手洗いから戻った鋭利はそれを聞き、すぐに〈彩〉本部への特攻を決断した。

 屏風とフィリアが猛反対したが、時間が惜しい鋭利は急ぎ足で貸しガレージ屋に行き、ジープを出した。武闘派の四人がさっさと乗り込み、反対派の二人もとりあえず乗って、その上でやっぱり特攻には賛成できないと二人して抗議しているのだった。

 鋭利は運転席で、何となく感覚が合わないハンドルを操りながら、

「他の作戦を練ってる暇はないね。幹部が何人も倒れて、命令系統が狂っているだろう今だけがチャンスだ。時が経てば混乱は収まり、警備は必要以上に堅くなる。今以上に絶好のチャンスはない」

 鋭利は、とうとう違和感に耐え切れずハンドルを引っこ抜き、後ろに放り投げた。わぎゃあ、と度肝を抜かれた皆の叫び。それでもアクセルは踏みっ放しで、

「屏風、後ろに一回り小さいハンドルがあると思うから取って。急いでね」

「い、言われんでも急ぐわ! これか?」

 屏風は座ってた席を前に倒し、貨物スペースにあった新品のハンドルを、乱暴に包装ビニールを破って前に送る。虚呂の手を経由して、鋭利に渡る。

 ん、と鋭利はハンドルを所定の位置に嵌め込み、

「おっし切り替え完了。気分爽快! 〈彩〉の内情が分かれば楽なんだが、まだダメか? 雲水。音だけでも良いから拾えない?」

「……んんー、ジクジクした痛みが伝わってくるだけで、何も分かんねえ。こっちの気が滅入っちまいそうだぜ……」

「幻肢痛かも知れないわね。切断されてもう六時間。これ以上を越えると私でも繋げられなくなるわ。そんなの御免だったら、位置ぐらいは把握しときなさい」

「ああ、わあってる。……ッ、いてー」

 タイヤが石を踏み、弾き飛ばす。縦に揺れる車内にて、屏風が指を折りつつ、

「っとに、今日は濃い一日だったなあ。暗殺者を拾って、鋭利に解雇処分されかけて、〈彩〉と戦争することになって、毒殺未遂を二回されかけて、女の子拷問して、細菌の群れに食われかけて、で、仲間の自爆に巻き込まれる、と」

「おー? 何だその人生。ロクなもんじゃねェな。たははははははっ!」

「内三回がてめぇなんだがそこらどうよ!」

「知らないねえ。あえて訂正するのなら、今日はまだ終わってねえよ。まだまだパーティは続いてるんだぜ?」

 バラ色人生真っ盛り。世界がバラ色。ビバ、ラビアンローズ!

 そんな希望に満ち満ちた瞳をバックミラーで見たか、屏風が根を上げる。

「うげっ。うわうわ。いやいや俺マジ本気出すから特攻だけは止めね? バッドエンドルート全速力だよ、それは。ねえプラちゃんもそう思うだろ」

「あんたって懲りねーのね……。図太いわ、マジで」

 夜の道。走っているのはこの車だけだが、どこに何があって誰が隠れているのか分からないのが〈廃都〉だ。昨日はあった道が壊滅してたり、対向車線を鬼が走ってきたり、罠が仕掛けられているかも知れない。余程のことでない限り対処できる自信はあるが、万が一ということもある。少しだけ走行速度を落とすことにした。

 虚呂の口案内で道を進んでると、サイドミラーに何かが映った。一度映ったそれは左右に揺れながら何度もミラーに映り、その度に近付いてくる。

「……虚呂。オマエの知り合いか? あれは」

「顔見知り程度さ。会議室にいた時と同じ気配、『渦色』だね」

「あ? 二人して何を言っ……って、まさか!」

 いの一に察した鼎が後方を振り返り見て、顔を青ざめさせる。

「……っ、追いついて来てるだと……っ? 車の速度にか?」

「虚呂、運転頼めるか?」

「え? まあ良いけど。でも、鋭利が行くのかい?」

「他に適格者はいないだろ?」

 と鋭利は運転席のドアを開けた。ぶつかってくる風が車内を駆け巡る。虚呂も鋭利が本気なのだということを悟り、身体を捻って運転席に回ってくる。

 銀架が外に乗り出したこちらを不安そうに見てくる。それに笑いを返してやり、

「あいつ強そーだから。銀架、一緒について来てくれない?」

 少女の顔に大輪の花が咲く。銀架は溌剌に頷いてから腰の短槍を手に取り、もう一度頷く。そして助手席のドアを開け、上半身を出して後ろのソレを見る。

 徐々に迫ってきている、巨大生物の紅い眼光を。

「じゃあみんな、無事〈彩〉に辿り着いてね。虚呂も交渉の方は任せたぜ」

「……僕が行きたいとこだけど、『彩色』での知り合いは僕しかいないからねえ。君たちだけで〈彩〉に特攻させるのも不安だし、仕方ない、か。くれぐれも捕まってこっちの足を引っ張らないようにね」

「ん。負けれないプレッシャー燃えるねえ。じゃ、行ってきまーす」

 鋭利はドアから手を離し、爆走中の車から飛び降りていった。

 少し遅れて銀架も飛んでくる。道路を転がって受身を取る鋭利と対照的に、銀架は生来の身軽さを発揮して、側転・バク転を重ねて勢いを消していく。

 ふう、と起き上がると、二人のボロボロとさっぱりの差が歴然と現れる。戦いの前からこの違い何だよ、と些細な足掻きだが、汚れを叩き落とす。

 敵はすぐに現れた。こちらが車を飛び降りたのが見えてたのか、やけにゆったりとした歩きだ。赤い八つの眼を持った巨大生物は近付くごとにその全貌を顕わにする。

 街灯が照らし出す高架道路の中央でそいつは足を止めた。

『……………』

 クチャァ、と唾液がその顎から漏れる。その位置さえ鋭利の背より高い。

「うーん。こいつは、目算より全然でけーや」

「大きいですね。十五メーターはありますね、この人」

『……………』

 そいつ、生物のタガが外された巨大蜘蛛を目にし、二人は驚嘆する。

 当の大蜘蛛は、鋭利たちを見て不思議な息遣いをすると、身を屈めた。

 前口上は無しか、と自分らも急いでいるのだが、それはそれで寂しい鋭利。ま、死合いで語り合えば良いか、とすぐに切り替えて拳を構える。

 隣の銀架も短槍を構え、彼女の能力である銀光を溜め始めている。〈金族〉で最も瞬間破壊力を持つ力だ。当たればどんな相手でも沈められる。弱点は直線的にしか飛んでいってくれないことと一撃のチャージに時間が掛かりすぎること。

「ま、他人に頼らず、頑張ろうかなっ」

 鋭利の宣言と同時に、巨大蜘蛛は高く高く跳躍した。

 街灯を軽々と超え、何も見えない闇の空から、蜘蛛の足が雷のように降ってくる。

 鋭利と銀架は前後に分かれる。空いた道路を八つの怒槌が貫いた。


          Fe


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