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【一章】王からの招集

 アイラのまぶたに朝日が降ってきたことにより目が覚めた。

 なんだかとても長い夢を見ていたような気がする。

 とても悲しくて、とても痛くて、とても──怖い、夢。

 ああ、それよりもだ。これだけ部屋に朝日が入り込んでいるということは……。

 一瞬後にアイラの部屋の扉がけたたましく叩かれた。まずい、今日も寝坊してしまった。今日一日、またもや機嫌が悪いんだろうな……と憂鬱な気持ちになりながらアイラは寝具から抜け出した。


「アイラっ! おまえはいつまで俺を待たせる気なんだ!」

「ふわぁい、師匠。すぐに起きます~」

「俺は腹が減っているんだ! 着替えなんてどーでもいいから今すぐ朝飯を作れ!」

「……はいはい」


 寝坊したアイラが悪いのだが、しかし、着替える時間くらいくれてもいいのに。

 そんなことをぶつぶつ呟きながら薄手の上着を羽織り、入口に掛けている前掛けを付けて部屋を出た。


「遅い!」


 部屋を出ると扉の前に目をつり上げて立っている男が一人。

 名をユリウス=ヤルヴィレフトといい、この国の宮廷魔術師の長を勤めている。

 今までの言動を見る限りではそうは見えないのだが事実なのだ。

 茶色の髪は長さがまちまちだが後ろは長いので紐でいつも縛っている。横と前髪は短くて紐では縛れなくて流したままだ。

 瞳は深い紫色。魔術を使うときのきらきらした輝きを宿した瞳をアイラはきれいだなと思うけれど、今はとても不機嫌で怒りに燃えているから嫌になる。


「ったく、どうして俺より早く寝て起きるのが遅いんだよ」

「それは師匠が歳……あ、いえ、なんでも」

「おまえ今、歳だと言ったか?」

「え? 言ってませんよ? そう聞こえました?」


 アイラはしれっと答えてユリウスの横をすり抜け、台所へと向かった。


「くっそ! 絶対おまえ、歳って言った!」


 後ろでぎゃんぎゃん喚いていたが、アイラはいつものことなので相手にしないままでいた。


 アイラは前日のスープを温め直し、村で買って来たパンを切り分けて軽く炙り、炒り卵を作り、干し肉をパンの横で温めて表面がこんがり焼けたパンに挟んでお皿に乗せた。温まったスープと果実のジュースをコップに注ぎ、ユリウスとアイラの席へと置いた頃、ようやくユリウスが戻ってきた。


「冷めますよ」

「冷めたら作り直せ」

「なんでそんなもったいないことをしないといけないのですか。そうなったら無理矢理わたしが口に突っ込んであげますよ。なんなら口移しでもいいですよ?」

「……おまえな、その言葉は俺が言うことだと思うが」

「師匠が言ったら性的嫌がらせになりますよね」

「……嫌なのか?」

「嫌ですね。どうして師匠に口づけされないといけないんですか」

「おまえからならしてくれるのか?」

「嫌です」

「……矛盾してないか?」

「してますけどわたしが嫌だから早くとっとと食べろってことです」

「…………。まあ、いい。それでは、本日もこうしてお腹を満たすことをできることに感謝して」

「感謝して」

「いただきます!」


 ユリウスは食事前の祈りが終わると同時に焼かれたパンを口いっぱいにほおばった。温めた干し肉は適度に柔らかくなっていてじわっと肉汁がしみ出してきて口の中に広がる。それが少し香ばしいパンと合っていてなんとも言えない味わいになっていた。

 アイラは絞りたての果実のジュースを飲んでから炒り卵に手を出した。


「そういえば台所に卵が置いてあったから使いましたけど、これ、どうしたんですか?」

「ん……? ああ、なんとかっていう人が持ってきた」

「……なんとかって……。名前くらい聞いてくださいよ」

「あー。名乗っていたような気がするけど……。なんかこう……おまえのその金色よりももっと茶色っぽい髪で縦にくるくると巻いた髪をした人」

「……イコラ伯爵令嬢のヘルッタさまではないですか」

「すごいなあ。こんなワケの分からない特徴でだれか分かるなんて」

「師匠、いい加減に人の名前と顔を覚えてくださいよ」

「覚えてるよ。……おっさんなら」

「普通なら女性の顔と名前を覚えるものなんですけど。もしかして師匠、あちらの人なんですか?」

「あちらの人ってなんだ」

「言ってもいいんですか?」

「はっきり言えよ。おまえらしくない」

「それでは言いますけど。師匠って男色なんですか?」

「ダンショク……? ってなんだ?」

「男が好きってことですよ、よーするに」

「……おまえなあ。どの口がそんなことを」

「いや別に襲って欲しいとかそういう関係になりたいとかまったく願望はありませんけどね、一応、わたしもそれなりに年頃の女性なわけですよ」

「……アイラ、聞いておくが、おまえ、いくつになった?」

「十八ですよ。村にいた歳の近い子たち全員、すでに結婚しているし、二人目、三人目と子どもを産んでるくらいですよ」

「……子どもが欲しいのか?」

「……師匠、わたしの話を聞いていましたか?」

「聞いていた。だから聞いている」


 アイラははーとため息をつき、ジュースを口にした。酸味と甘みがちょうどよくて美味しい。


「確かにわたしはそこらに生えている木のようにすっとーんとした体型をしてますけど」

「なんだ、分かってるんだ」

「……今、師匠に殺意を覚えました」

「そうか。それで?」

「…………。続けますけど。まあ、幼児体型のわたしに萌えないってのは分かってますからそれはまあそれでいいんですけどね、師匠も男ならばあんなに綺麗な娘さんに言い寄られても顔も名前も覚えないってどんだけ理想が高いんですか」

「……綺麗か?」

「綺麗な人ですよ。わたしは横に並びたくないですね」

「……そうなのか?」

「師匠の美意識がおかしいのは前から分かってましたけど、それならどんな女性が好みなんですかっ!」

「それは……言わせんなよ、恥ずかしい」

「なるほど。幼女趣味、と」

「…………それならおまえが襲われてない理由は?」

「わたしは体型は幼児体型ですけど、顔は別に童顔ではないですけど?」

「ああ、そうか。なるほど、そういうことか」

「どういうことですか!」

「いや、それはこちらの話だ。……それはまあ、うん、今日の飯も美味かった。ごちそうさま」

「え……と、はい。おかわりは大丈夫ですか?」

「ああ、今日はこれから出掛けるからいい」

「そうですか。……って、え? 今日、出掛けるって聞いてませんけどっ」

「あー。さっき、その伯爵の娘が来る前に城から呼び出しがかかったんだ」

「ちょっと! それ、早く言ってくださいよ! 準備がっ!」

「心配するな。王が非公式で来るようにと連絡をしてきたから」

「ああああ! それならそうと早く言ってください! お待たせしちゃってるじゃないですか!」

「呼ばれているといっても昼前だから大丈夫だ」

「いえいえいえいえ、大丈夫じゃないですよ! 今から準備をしたって間に合うかどうか」

「非公式だから目立つ恰好は避けろと」

「だーかーらー! あんたのその恰好は目立つから地味な服を探すのに時間がかかると!」

「問題ないだろ?」

「問題、おおありですよ! なんで今日に限ってそんな真っ赤な上衣に紫色の下衣を穿いてるんですかっ!」

「これにいつもの白いマントを羽織れば目立たないだろ」

「目立ちますって! どこが地味なんですか! あああ、こうしてはいられない!」

「アイラ、とりあえずぺったん胸を気にしているのなら飯をきちんと食え」

「うっさい、黙れっ!」


 といいつつもアイラは結局、朝食の残りをすべて食べ終わるまで席を立てずにいた。


 食器を洗って時間を確認すると思っているよりも時間がない。

 アイラは慌てて家を飛び出し、隣に立つ倉庫へと向かった。

 ユリウスは宮廷魔術師という肩書きを持つが、呼ばれない限りは城へ行くことはない。とはいえ、王からの呼び出しはいつも唐突なので呼ばれてすぐに行ける場所にいなければならないため、遠出をすることができない身ではある。

 そのため、アイラが身の回りの世話をしているのだが……。

 アイラが来るまでにもユリウスの弟子になろうと何人もの人たちがやってきたらしいのだが、気まぐれでわがままなユリウスを相手にするのに疲れて去って行った。


「まあ……あんな変な人の嫁になろうなんて酔狂な人はいないよなあ」

「だれが酔狂だって?」

「師匠がですよ」

「ほう。おまえの口はほんと、遠慮がないな? 口づけてふさいでやろうか」

「丁重にお断りします」

「……まあ、いい。俺だっておまえとそんなことをしたくて来たわけではない」

「なんですか。わたしが忙しいのはご存知ですよね?」

「知っているが、言い忘れたことがあったから伝えに来た」

「なんですか。手短に」

「王から呼ばれているのは俺とおまえのふたりだからな」

「……は? なんですか、それ! 早く言えっ!」

「いやだからこうして言いに来て」

「それよりも、なんでわたしまで行かないといけないのですか! 冗談じゃないですよ! わたしが行ったら城が壊れますよ?」

「だからこそ、俺が同行するんだろう?」

「……え? ちょっと待ってください」

「なんだ」

「今日、王さまから呼ばれているのは師匠では?」

「ああ、肝心なことを言い忘れていたけれど、呼ばれたのは俺ではなくてアイラだ。ただ、単体で城へ行かせるのはいろいろと危険だから俺も同行するってだけだ」

「なんでですか! どうしてわたしが呼ばれるのか意味が分からないですよ!」

「俺もわからん。おまえみたいな樹木体型」

「……人が気にしていることを」

「ちょ、待て! 今ここで魔法をぶちかますなって! 俺のお気に入りのこの赤い上衣がっ! それに俺はともかく、アイラ。おまえ、自分の準備があるのを忘れてないか?」

「……くそがっ!」

「女の子がそんな汚い言葉を使わないの」

「うっせー、黙れ! そういう大切なことは先に言え! ああああっ! 師匠、とりあえずこれに着替えろ! わたしは部屋で着替えてくる!」

「……こんな地味なの?」

「マントも非公式なら短いのでいい! はい、これ! それはともかく、着替え中はのぞくなよ!」


 アイラはそれだけ口にするとユリウスに着替えとマントを押しつけ、全速力で部屋へと戻った。


「な……なんでわたしが呼ばれているの」


 身に覚えがないアイラは恐慌に陥りそうになりながらも戸棚を開け、城に着ていってもおかしくない服を必死になって探し始めた。


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