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さまよう鎧は今日も帰れない!──毎夜姿を変える星屑の迷宮を歩く、夜になると消えてしまう少女と漆黒の生ける鎧。  作者: nanananaca
第二幕:「みんなと一緒にいたい」の答え

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Episode 47:心のありか

微かな光の筋に導かれて進んでいたそのとき、ノワールは胸の奥に、はっきりとした予感を抱いた。


──何か、来る。


紫色の霧が、突然、音もなくその動きを変えた。今まで一行を優しく包み込んでいた霧が、まるで大気が深く息を吐き出したかのように、船の前方でゆっくりと大きな渦を巻き始めたのだ。空気が不自然にねじれるような感覚が走り、濃い紫の帯が幾重にも重なって、行く手を完全に阻むように立ち塞がる。


「……なんか、急に霧が……。モコ、変な感じがするよ……」


モコが身体を少し縮めながら不安そうに言う。それに合わせるように船の進行が急に重くなり、足元の雲がふわふわと不安定に揺れ始めた。瞬く間に方向感覚が奪われていく。


ノワールは雲のクッションから立ち上がり、星うさぎを腕に抱きしめたまま、静かにその場に立ち止まった。


「……これは……」


警戒を込めたノワールの呟きに応じるように、渦の中心から無数の光の粒がこぼれ落ちるように集まり始めた。星砂のようにきらめく粒子は互いに寄り添うように結合し、やがて小さな「子ども」のような輪郭を成していく。


それは霧が実体化した化身だった。さらさらと崩れてはまた集まる不定形の身体には明確な顔立ちこそないが、体全体の色がその感情を雄弁に物語っている。今は青白く、強い不安を帯びた色合いに染まっていた。


彼らは攻撃してくる風でもなく、ただ静かに船の進路を優しく、しかし確実に塞いでいた。ノワールは兜の奥で目を細め、その不可解な動きを慎重に観察する。


攻撃してくる様子はない。だが、頑なに道を塞いでいる。何をしようとしているのだ。俺たちの旅を阻もうとしているのか……それとも、何かを確かめようとしているのか。


そのとき、化身たちのうちの一体が、ゆっくりとノワールの目の前まで近づいてきた。そして境界線を越えるように、ノワールの胸の星槽の位置にそっと触れようと手を伸ばす。


ノワールは咄嗟に身構えたが、化身の手は装甲に触れる寸前でぴたりと止まり、ただ静かに漂っていた。だが、間近に迫られた瞬間、ノワールの胸の奥に突き刺さるような疼きが走る。それは自分で傷つけた星槽のひび割れだった。


同時に、化身の身体が深い青へと一気に色を濃くしていく。


この疼きは……星槽のひびか。霧が、俺の胸の傷を映し出しているというのか。攻撃ではない。だとするならば、一体何をしようとしている?


化身たちは、ただ静かに漂いながら、ノワールの心の輪郭をじっと確かめようとしているようだった。ノワールは星うさぎを抱きしめたまま、低く問いかけた。


「……お前たちは、何を求めている? 俺たちを阻むのか……それとも、確かめているのか……?」


その言葉に反応するように、化身たちの色はさらに深い青へと染まっていく。その様子を見て、ノワールは電撃が走ったようにようやく理解した。


心の揺らぎをそのまま映しているのだ。この霧は、俺たちの本当の想いを試している。攻撃ではなく、これは問いかけなのだ。『あなたの心は、今どこにあるのか』と。


そのとき、化身の一体がさらさらと崩れ、一瞬だけティアの記憶の光をその身に映し出した。


その温かい光が現れた瞬間、ノワールの肩にいたユウの翅が、はっきりと脈動して淡い光を放った。


「……いまの光……どうして……こんな……」


ユウが小さく身震いする。同時に、セレンの腰にある鈴が、まるでその光と調律するように柔らかく共鳴した。


「……この響き……ティアさんの光に……とても似ている……」


セレンは自らの胸にそっと手を当てたが、深い霧の揺らぎがすぐにその音を飲み込んでしまい、二人の微小な反応に深く気づく者はまだ誰もいなかった。


重苦しい沈黙が船を支配しかけたその時、船の縁から小さな、しかしはっきりとした声が響き渡った。


「……みんな……こっちが、正しい道だと思う……! わたし、ノワールが信じてる方向が……絶対に正しいと思う……!」


ミルフィの声は不器用で、けれど一点の曇りもない真っ直ぐなものだった。


彼女の純粋な声が霧の粒子を優しく震わせると、青く不安げだった化身たちの体色が、嘘のようにゆっくりと温かい桃色へと変わり始めた。冷たかった空間がみるみるうちに溶け、穏やかな光が満ちていく。化身たちは納得したかのように、静かに道を譲り始めた。


同時に、ノワールの腕の中にいた星うさぎが嬉しそうに小さく鳴き、腕からすり抜けて船の床へと軽やかに跳ね降りた。化身たちはその愛らしい跳躍に合わせて霧を優しく左右へと割き、星うさぎを先導役として完全に道を開けていった。


ノワールはその白い後ろ姿を見つめ、短く、確かな感謝を呟いた。


「……ありがとう。お前も、俺たちに道を示してくれているんだな」


役割を終えた化身たちが消える瞬間、さらさらと崩れた星砂は、一瞬だけ誰かの記憶の断片をスクリーンを用意するように映し出す。それが誰のものかは判然としなかったが、どれも温かく、懐かしい匂いを残すものばかりだった。

やがて、すべての化身が静かに紫の霧の中に溶けて消えていった。


周囲の霧は徐々に薄くなり、船の前方には、薄く光る出口のような筋がはっきりと見え始めていた。張り詰めていた試練は、終わったのだ。


ミルフィは、自分の声が試練を突破する決定的なきっかけになったことに気づくと、急に顔を赤らめた。照れくさそうにもじもじしながらも、その表情には誇らしげな笑みが浮かんでいる。


「……わたし……少しは役に立てた……?」


そんなミルフィの様子に、セレンが優しく微笑みながらその小さな頭をそっと撫でた。


「ええ、あなたの声、すごく綺麗だったわ。この深い霧を震わせるほど、本当に綺麗だった」


ジグは新装置の数値を睨み、消え去った霧の粒子を観察しながら、興奮と戸惑いを混ぜた複雑な表情を浮かべていた。モコはまだ少し緊張で身体を強張らせていたが、仲間たちの無事を確認すると、胸を撫で下ろすように大きな息をついた。


ノワールは修復された胸の星槽を鉄の手でそっと押さえ、霧の奥の光を見据えた。


最初の試練は越えた。だが、まだ天星界への道は始まったばかりだ。ティア……どうかもう少しだけ、待っていてくれ。


星うさぎの形をした雲の船は、再びゆっくりと力強く動き出した。船の前方には、霧を割って生まれた薄く光る出口の筋が、彼らの行く手を祝福するように眩しく輝き始めていた。

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