Episode 33:星の絵本読み聞かせ
星月亭の窓から漏れる琥珀色の柔らかな灯りが、夜の帳が下りた星屑の道を優しく、温かく照らし出していた。
ルミとルナが営むこの宿屋の広間は今夜、里の子供たちだけが集まる特別な空間となっていた。
「夜の星月亭は、子供たちの夢の時間」という、この地で古くから守られてきた優しいしきたりに従い、大人たちは誰も中に入らず、外の広場で静かに見守っている。
暖かく淹れられたルミナティーの甘い香りが漂い、床にはふわふわとした雲クッションが並ぶ。その小さな読み聞かせスペースの中央に、ティアの半透明な魂がふわりと腰を下ろしていた。
「みんな、集まって〜! 今夜はティアが、とっておきの星の絵本を読んであげるね!」
ティアは目を細め、どこまでも優しい声で周囲の子供たちに呼びかけた。
「『ふわふわ雲のお城と、最後の星の花』っていうお話だよ」
「わー! ティアお姉ちゃんの読み聞かせだ!」
集まった子供たちは一斉に目をキラキラと輝かせ、雲クッションに身をうずめてティアを取り囲んだ。
ティアは膝の上に大きな星の絵本を大切そうに抱え、その年季の入った表紙をそっと開いた。
ページをめくるたび、カサリ、カサリと心地よい紙の音が静かな室内に響き、挿絵に描かれた星の粒が魔導の力でほのかに、生き生きと光り始める。
「むかしむかし、星霧の海に、ふわふわの雲のお城がありました」
ティアはゆっくりと、語りかけるように温かく話し始めた。
「お城に住む小さな雲の子・モコは、毎日『もっとふわふわになりたいな』って願っていました。でも、どんなにたくさんの星屑の欠片を集めても、お城はまだ、少しだけ寂しかったんです……」
「えー……」
子供たちはすっかり物語に引き込まれ、小さな息を呑んだ。
「モコちゃん、お城に一人ぼっちで寂しいの……?」
「ふふ、大丈夫だよ」ティアは微笑みながら、次のページをそっとめくった。
「ある夜のこと、暗い空から一輪の美しい星の花が、ふわり、ふわりと降ってきました。その花は、モコのお城のてっぺんにそっと根を下ろして、優しい声で言いました。
『私は、最後に残された星の花。たくさんの、たくさんの願いが重なった時だけ咲くことができる、特別な花なの。もしあなたが本当のふわふわのお城を作りたいなら、私の力を貸してあげる』」
ティアの声が優しく響くたび、絵本のページから淡い光の粒子が溢れ出し、聞き入る子供たちの小さな頬を五色に照らした。
宿屋の主人であるルミとルナも、その様子を壁際で静かに微笑みながら見守り、子供たちの手元へ温かい星蜜ミルクをそっと配って回っている。
「モコは大喜びで、毎日いろんな子に『一緒に雲のお城を作ろう!』って声をかけました」
ティアは少しだけ声を低くして、抑揚をつけて続きを読み進める。
「影の子、星鈴虫の子、紙翅の子……。最初はみんな、お城を少し怖がって遠巻きに見ていましたが、モコの『みんなでふわふわになりたい』っていう純粋な願いにふれて、だんだんと心を開いていきました。みんなで欠片を集め、雲を重ねて、楽しい歌を歌い……。お城は、どんどん、どんどん大きくなっていきました」
ページをめくる規則正しい音が、静まり返った星月亭に心地よく響く。
「そして、優しくて賑やかな毎日が続いたある夜のこと、最後の星の花が静かに言いました」
ティアの声に、優しく、でも少しだけ切ない色彩が混ざる。
「『たくさんの、みんなの願いが重なったね。私はもう、静かな夜空へ還らなければならないの。でもね、還ってしまうその前に……最後にもう一度だけ、みんなで一緒に、あのふわふわの歌を歌いましょう』」
その劇的な瞬間だった。
ノワールの肩から飛び立ったユウが、導かれるようにティアのすぐそばへと留まり、その半透明な翅を静かに、大きく広げたのだ。
ティアが物語の結びとなる最後のページをめくった、まさにその時──。
「……『しかし、最後の花は、自ら還る道を選ぶことができる。たくさんの小さな願いが重なった時、花は寂しがることなく、優しく夜空へ還るのだ』……」
絵本に記されたその一節を読み上げた瞬間、ユウの翅に刻まれた魔導文字がこれまでになく強く発光した。呼応するように、先日からティアの胸元に大切に仕舞われていた、あの小さな『虹の欠片の種』が激しく共鳴を始める。
溢れ出た淡く美しい虹色の光が、絵本のページ全体、そして星月亭の空間全体へと優しく広がっていき、子供たちの驚く顔を温かく染め上げた。
「わあ……! 光ってる、本当に光ってるよ……!」
子供たちは驚きと感動で一斉に歓声を上げた。
「ティアお姉ちゃん、すごい! 魔法みたい!」
「えへへ……」
ティアは自分でも少し驚きながら、胸元の欠片を愛おしそうに見つめて優しく微笑んだ。
「ユウちゃんの詩と、絵本のお話がぴったり重なっちゃったね。……このお話に出てくる『最後の花』……なんだか、今の私みたい、かな?」
ユウは翅を優しく、労わるように震わせながら静かに告げた。
「……『最後の花は、自ら還る道を選ぶ』……。ティア、この絵本に書かれている一節は、あの古い儀式跡に残されていた太古の詩句と完全に同じものだよ。君の失われた記憶の底と……どこかで、深く繋がっているんだ」
ティアは開いていた最後のページをゆっくりと、慈しむように閉じ、集まった子供たち一人ひとりの顔を真っ直ぐに見つめた。
「だからね、最後の花は、みんなの綺麗な願いをいっぱい集めて、最後にはきれいな夜空に還るんだよ」
ティアの声は、どこまでも穏やかで温かかった。
「でも、還っちゃう前に、みんなとたくさん笑って、たくさんお話しして、たくさん遊んで……。一日の終わりに『明日も、がんばろー?』って、みんなで元気に言えると、それだけでとっても素敵だよね」
ティアのその言葉に、子供たちは一斉に、小さな拳を突き上げて元気よく応じた。
「うん! 明日も、がんばろー!」
ノワールは、少し離れた広間の太い柱の陰に身を潜め、静かにその光景を見守っていた。
無骨な漆黒の鎧の胸の奥──その星槽が、ティアの胸元の種と呼応し、淡く切ない虹色の輝きを放ち続けている。
やがて夜が深く更け渡り、世界の境界が鳴動する『星屑シフト』の時間が静かに訪れた。
約束の時間がきて、ティアの魂がふわりと天井へ向けて浮き上がっていく。
今夜はいつもより少しだけ長く、絵本の物語から溢れ出た、優しい虹色の光の余韻をその身にまとったまま。
「えへへ……今夜も、おじいちゃんの村には帰れなかったね」
ティアは穏やかで、そして心からの幸せそうな声を宿して、柱の陰のノワールへと微笑みかけた。
「でもね、みんなと一緒に大好きな絵本を読めて……なんだか、心がとっても、ぽかぽかに温かくなったよ。だから、明日も絶対にがんばろーね?」
愛しい子供たちの笑顔に守られた無垢な微笑みを残し、彼女の魂は夜空の星々へと溶けるように消え去っていった。
子供たちが寝静まった静かな星月亭の中で、ユウは誰もいない空中に翅を広げ、絵本の一節と同じ古い詩句を、夜風にのせるようにして静かに繰り返した。
ノワールはその光の残滓をじっと見つめ、面甲の奥の瞳を小さく揺らしながら、独りごとのように低く呟くのだった。
「……『最後の花は、自ら還る道を選ぶ』、か。ティア……たとえお前がその『花』だとしても。俺はまだ、お前をこの寂しい星屑の道に留めておきたい。お前を失う覚悟など、この鎧にはまだ、どこを探しても存在しないのだから……」
【星月亭 人気絵本ランキング(子どもたち投票)】
ルミ&ルナが読み聞かせの後に子どもたちに聞いた
「今、一番好きな星の絵本」ランキングです♪
第1位 『ふわふわ雲のお城と、最後の星の花』
ティアお姉ちゃんが今夜読んだばかり!
票数:圧倒的1位!
子どもたちの声:
「最後の花が還るシーンで泣きそうになった……
でも、がんばろー!って言ったところが好き!」
第2位 『影の中で見つけたキラキラ星』
影の子たちが特に好きな一冊。
ルカ「この本読むと、影の中でも勇気が出る……」
第3位 『モコと星鈴虫のふわふわ合唱団』
モコが登場する絵本。
「ユウちゃんや星鈴虫ちゃんが出てきて、歌いたくなる!」
特別部門:ティアお姉ちゃん効果賞
『ふわふわ雲のお城と、最後の星の花』
→ ティアお姉ちゃんが読むと、
全部が10倍ふわふわになる魔法がかかるらしいです。
ルミ
「ティアちゃんが来てくれると、ランキングが毎回変わっちゃうの〜」
ルナ
「次はどんな絵本を持ってきてくれるのかな……楽しみ♪」




