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さまよう鎧は今日も帰れない!──毎夜姿を変える星屑の迷宮を歩く、夜になると消えてしまう少女と漆黒の生ける鎧。  作者: nanananaca
第一幕:星屑の道は今日も遠くて

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Episode 29:白の欠片の夢

星屑の道の少し開けた、見晴らしの良い丘の上。そこでティアがふと、何かに吸い寄せられるようにして足を止めた。


「ノワール、ユウ……見て! この欠片、白くてとっても綺麗……」


彼女が指差す先、白銀の土壌に半ば埋もれるようにして、一つの純白の魔導の欠片が、周囲の星屑を吸い込んで静かに、淡く輝いていた。これまで道すがら集めてきたどの結晶よりも、ひときわ異彩を放つ、美しく珍しい白の欠片だった。


ノワールは無言で歩み寄ると、漆黒の胸の星槽せいそうを静かに開帳し、その純白の欠片をそっと中央へ嵌め込んだ。


カチリ、と硬質な音が響いた直後、ノワールの身体が微かに震える。


「……白の欠片、か。これは……記憶が、今までにないほど強く呼び起こされる……!」


瞬間、星槽から溢れ出たのは、視界を白く染め上げるほどの柔らかな光だった。その光の濁流は、ティアの淡い金色の魂全体を優しく、包み込むようにして包創していく。


「あ……」


ティアは心地よさそうに目を細め、懐かしさに胸を詰まらせるように呟いた。


「おじいちゃんの……においがする」


眩い光の向こう側で、ティアの「生前」の、最も大切で温かな記憶の情景が鮮やかに広がっていった。





そこは、今は亡き星屑塔せいくずとうの最上階。柔らかな茜色の夕陽が大きな窓から差し込む、こぢんまりとした小さな研究室だった。


当時、十歳ほどだった幼い頃のティアは、ベッドの上で祖父である老魔導師の膝に甘えるように寄りかかっていた。老魔導師は優しく目を細め、愛おしそうにティアの白髪を撫でながら、星葉樹の薄い葉を幾重にも重ねて作った、魔導の「詩紙しし」をティアの小さな手に手渡していた。


「ティア、今日はおじいちゃんと一緒に、新しい歌を作ろうか」


老魔導師は穏やかな笑顔を浮かべ、皺の刻まれた手でティアの手を包んだ。


「星屑の道はね、いつも心の中で『明日もがんばろー』って呟きながら繋がっているんだよ。その温かい気持ちを、二人でふわふわした歌にしてみないかい?」


「うん!」幼いティアは大きな瞳をキラキラと輝かせた。「おじいちゃん、ティアと一緒に作ってくれるの!? ふわふわの歌、いいね! ティア、うたいたい!」


その言葉に応じるように、窓外からユウの原型である小さな紙翅ししモスの群れが、ふわりと風に乗って部屋へと舞い込んできた。


さらに、部屋の隅の植木鉢の影から、チリン、チリンと小さな鈴を転がすような愛らしい音が響き始める。きらきらと虹色に光る薄い翅を持った『星鈴虫ほしすずむし』の群れが集まってきたのだ。彼らは主人の歌声に呼応して、透明な羽を細かく震わせることで優しいメロディを奏でる、心優しい魔導生物だった。


「わあ! 星鈴虫ちゃんたちも来てくれた!」幼いティアは大喜びで手を叩いた。「みんなで一緒に歌おうね!」


老魔導師が口ずさみ、ティアがそれに声を合わせ、ユウの原型と星鈴虫たちが一斉に音を重ねていく。


「星屑の道は、ゆらゆら、ゆらゆら。ふわふわ雲みたいに、明日へつながるよ~」と、老魔導師が温かく歌えば、「えへへ、ティアも!」と、幼い少女が満面の笑顔でソプラノの声を響かせる。


「『今日もダメだったね、でも明日もがんばろー! みんなと一緒に、ぽかぽか道を歩こうね~』」


星鈴虫たちはその鈴のような羽の音で幾重にも美しい和音を重ね、紙翅モスの群れは翅の放つ明滅の光で小気味よくリズムを刻んだ。


部屋の中が、まるで夢のようにふわふわとした星の粒子と、優しくゆるやかな音色でいっぱいになり、二人は何度も、何度も繰り返しその歌を歌った。


それはどこまでも、ゆるくて、可愛くて、ただ聴いているだけで凍えた胸がじんわりと温かくなるような、不思議な魔法の歌だった。


――しかし、光の情景は、やがて切ない病室の「最後の夜」へと移り変わっていく。


老魔導師は管に繋がれた弱々しい手で、泣きじゃくるティアの頬をそっと撫でた。そして、ベッドの傍らに静かに佇む、完成したばかりのノワールの無骨な兜に触れながら、途切れ途切れの声で告げたのだ。


「ティア……おじいちゃんが作ったこの鎧と一緒に……おじいちゃんの故郷の村まで、絶対に帰っておくれ。約束だよ……?」


ティアは大きな涙をポロポロとこぼしながらも、必死にいつもの笑顔を作って、祖父の手を握り返した。


「うん……! おじいちゃん、約束だよ! ノワールと一緒に、絶対に村に帰って……村のみんなに、おじいちゃんが大好きな星蜜パンをいっぱい焼いてあげるね! だから……明日も、がんばろー?」





そこで白い光はゆっくりと引き波のように遠のいていき、視界は元の、少し物寂しい星屑の道の丘へと戻ってきた。


ティアは少しだけ目を潤ませ、半透明の手で目元を拭いながらも、どこまでも優しい笑顔をノワールに向けた。


「……おじいちゃんとの歌、ちゃんと覚えてたよ。ユウちゃんと星鈴虫ちゃんたちが、一緒に楽しそうに奏でてくれた、あのふわふわの歌……。今でも、私の胸の中でずうっと響いてるよ」


ユウはノワールの肩の上で、感じ入るように翅をそっと大きく広げ、今日呼び起こされた美しい記憶の旋律を、新しい詩片へとそっと刻み込んでいった。


「……『ふわふわの歌は、冷たき影も、眩き光も、すべてを優しく包み込む』……。ティア、君のその大切な想いと歌は、ずっと、ずっとここにあるからね」


ノワールは静かに重厚な兜を下げ、純白の欠片が収まった胸の星槽へと大きな鉄の手を当てた。


(……あの最後の夜の約束を、俺のこの魂は、今も一刻たりとも忘れることなく守り続けている。ティアのその笑顔と、あのおじい殿と作ったふわふわの歌を、俺の命に代えても、絶対にこの道で絶やしはしない……!)





夕陽がゆっくりと世界の端へと沈み、一日の終わりを告げる『星屑シフト』の地鳴りが静かに響き渡った。里の灯りは遠ざかり、過酷な距離へと引き戻される。


約束の時間が訪れ、ティアの魂がふわりと夜空へ向けて浮き上がっていった。


今日はいつもより少しだけ長く、優しく温かな純白の光の余韻を、星屑の道に残しながら。


「えへへ……今日も、里には帰れなかったね」


ティアは穏やかで、しかし心からの確かな前向きさをその声に宿して微笑んだ。


「でも、おじいちゃんとの大切な歌を思い出せたら……なんだか、明日への力が心の奥からいっぱいに湧いてきたよ。だから、明日も絶対にがんばろー!」


愛しい記憶に守られた無垢な笑顔を残し、彼女の魂は夜空の星々へと溶けるように消え去っていった。


ユウは、今日呼び起こされた温かな歌の記憶の残響を、そっと愛おしむように翅で受け止め、ノワールの胸へと引き渡す。ノワールはあの子の歌声を今一度胸の中で反芻しながら、夜の帳が下りた道を、次の朝を信じて一歩、また一歩と静かに歩み進めるのだった。

【作詞家ユウへのスペシャルインタビュー】


■ インタビュアー:ノワール


(星屑の道の静かな丘の上、

ユウが翅を休めているところをノワールが珍しく質問する)



ノワール(低く、照れくさそうに)

「……ユウ。今日、白の欠片で見た記憶……

お前も、あの頃からティアの歌を翅に刻んでいたんだな。

少し、聞かせてくれ。作詞家として、どう思っている?」


ユウ(翅を小さく広げ、恥ずかしそうに文字を光らせる)

「……ノワールさんが聞いてくれるなんて、珍しいね。

うん……答えるよ。」



Q1. ティアと初めて歌を作った時の思い出は?


ユウ

「……ティアが病室で、

破れた詩紙を一生懸命繕いながら小さな声で歌ってた。


『今日もダメだったね、でも明日もがんばろー』って。

僕の翅が初めて震えた瞬間だった。


あの歌は、ただの言葉じゃなくて、

ティアの『希望の温度』だったよ。」



Q2. ジグが作った頭巾を被るとき、歌を作るのに影響はある?


ユウ(翅をぴょこっと震わせて)

「……星霧のふわふわ詩頭巾を被ると、言葉が少し甘くなる。


宵花のリボン頭巾だと、詩がほんのりピンク色になる。

でも、一番好きなのは……ティアちゃんスマイル頭巾。


被ると、ティアの笑顔が浮かんで、

自然と『明日もがんばろー』って詩が出てくるんだ。」



Q3. これから作りたい歌は?


ユウ

「……『影も光も、ふわふわ包む歌』。

ルカちゃんやモコちゃん、星影の子たちみんなが、

影の中で自信を持って歌えるような歌。


そして……ティアが天星界に行ったとしても、

いつでも思い出せる歌かな。」



Q4. あの歌を作った時、星鈴虫たちも一緒にメロディを奏でていたな。あれは……?


ユウ

「……星鈴虫ちゃんたちは、

ティアの歌声に反応して

自然に音を重ねてくれる子たちだよ。


ユウの翅の光と、

星鈴虫の鈴のような羽の音が重なると、

すごくふわふわしたメロディになる。


いつか、ティアが元気になったら……

また三人(ユウ・星鈴虫・ティア)で、

新しい歌を一緒に作りたい。


ノワールさんも、

低い声でコーラスしてくれると嬉しいな。」



ノワール(兜を少し下げて、静かに)

「……ああ。お前が紡ぐ詩なら、俺も声を出す。

ティアが喜ぶ歌を、これからも作ってくれ。」


ユウ(翅を優しく光らせて)

「……うん。

『ノワールさんの低くて渋い声と、ティアのふわふわ笑顔』……

それが、僕の最高の作詞だよ。」

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