Episode 1:星屑の道で「おはよう、ノワール」
全身をどす黒い漆黒の鉄で覆った、重厚でありながら優美な丸みを帯びた全身鎧。
それが、星屑の道を静かに歩いていた。
誰が見ても恐れるであろう凶悪な自動人形──。
だが、その胸元にある六角形の凹んだ『星の器』が柔らかな金色の光を灯すと、驚くべき変化が起きる。
カチャ、と重々しい金属音が響き、兜の面甲がゆっくりと半分ほど上がった。
そこから覗いたのは、鉄のパーツではなく──
淡い金色の粒子をまとったクリームゴールドの髪。そして、きょとんとした大きな瞳をもつ、十五歳ほどの可憐な少女の顔だった。
少女の魂が宿る時だけ起こる“星霊融”
星屑が魂の輪郭を写し取り、恐ろしい鎧の外観すら、どこか柔らかく整えていく。
「ノワール……今日こそ、おじいちゃんの村に着けるよね?」
可愛らしくも儚い声が、鎧の内側から響く。
ティア。
病でやせ細り、指一本動かせぬまま十五歳で逝った少女。その魂は今、彼女の祖父である老魔導師が最後に遺した生ける鎧──ノワールに宿っていた。
ノワールは低く、少し籠った重厚な声で答える。
「……ああ。今日こそ、連れて帰る」
二人が踏み締める『星屑の道』は、遥か昔の大星災で夜空が砕け落ちた傷跡だ。夜空そのものが大地に落ちて冷たい石畳となり、浮遊しながら連なっている。
この道は「生きている」。
毎夜零時を境に、道が生き物のように組み替わる『星屑シフト』を繰り返すのだ。
変化は劇的ではない。夢の中で道が息をするような優しくも残酷な揺らぎ。だから旅人はいつも「あと少し」で目的地に辿り着けず、朝を迎えてしまう。
(……あの日も、そうだった)
ノワールの思考の底で、あの青白い魔法灯が点滅する地下実験室の記憶がよみがえる。
『王国の魔導院は、ティアを“研究材料”として奪おうとしている。私は禁を破った。だから、行け……! ティアを、あの子の帰る場所へ……!』
迫り来る追手の魔導兵、粉砕した鉄扉。暗闇の中、死んだティアの魂を胸の星槽に抱き守る術式『星魂抱』を起動し、ノワールはこの星屑の道へと命がけで飛び出したのだ。ティアのおじいちゃんとの約束を守るために。
「よし! 一緒にがんばろうね、ノワール!」
ティアの元気な声が、ノワールを過去の闇から引き戻す。朝の陽光を浴びたティアの魂は、すっかり明るさを取り戻していた。
「……ああ。でも無理はするな。まだ魂が馴染んでいない」
二人が歩みを進めると、道の真ん中にぽつんと丸くなったピンク色の小さな生き物が目に入った。子猫サイズのミニドラゴンだ。
「わあ……! なんてかわいいの……! ノワール、見て見て!」
ティアが目を輝かせると、その温かな光に誘われるように、ミニドラゴンが「にゅう……?」と寝ぼけ眼を開け、小さな尻尾を振った。
「ねえノワール、この子も一緒に村まで行こうよ!……そうだ、ピンクでふわふわだから、名前は『ミルフィ』にしよっ! 今日からよろしくね、ミルフィちゃん!」
「……勝手に名付けて、勝手に懐かせるな」
呆れるノワールを余所に、ミルフィは「にゅう!」と元気よく返事をしてノワールの肩に飛び乗った。初めての小さな仲間だ。
さらに道中、手のひらサイズのピクシー三姉妹が大はしゃぎで「近道教えるよー!」と先導してくれる。
その先で見つけた『星の裂け目』から淡い青色の六角結晶を手に入れ、ノワールが胸の星槽に嵌め込むと、視界に次の道の繋がりがぼんやりと浮かび上がった。
「すごーい! ノワール、かっこいい! これで今日こそ着けるね!」
午後を過ぎ、夕陽が道を金色に染め始めた頃。ついに、目的の村まであとわずかを示す、古びた看板が浮かぶ分岐点が見えた。
「ノワール、見て! あそこだよ!」
ティアが興奮して叫んだ、その瞬間だった。沈みかけた夕陽が完全に地平線に隠れ、星屑の道全体がほのかに紫色に輝く。
──『星屑シフト』だ。
音もなく分岐がずれ、目の前にあったはずの村への橋が、深い森の奥へと消えていく。代わりに現れたのは、見知らぬ断崖絶壁。
「……また、シフトしたか」
ノワールが静かに呟いたとき、異変が起きた。
ティアの魂がふわりとノワールから浮き上がり、その身体がゆっくりと透き通っていく。
「……あれ……どうして……体が浮いちゃうの……? 暗くなる……怖いよ……ノワール……!」
「ティア……!」
ノワールは慌てて漆黒の手を伸ばしたが、その指先は虚しくティアの魂をすり抜けた。
肩のミルフィが「にゅうううっ!?」と驚いて茂みへと逃げ出す。
「大丈夫だ……! また明日、絶対に会える……!」
ノワールの必死の声も届かず、ティアの魂は淡い金色の光の粒となり、夜空に溶けるように消えてしまった。
カチャン……。
主を失った兜の面甲が、ゆっくりと、静かに下りて完全に閉じる。隙間には、冷たい星のような淡い光だけが残された。
ノワールは道の真ん中に立ち尽くし、深く兜を伏せて、鉄の拳を強く握りしめた。
ティアのおじいちゃんが遺した術式は、朝の光を浴びれば再びティアの魂を呼び戻すはずだ。そう信じるしかない。胸の星槽には、まだ微かに彼女の温もりが残っていた。
──長い夜が過ぎ、東の空が白み始める。
朝の柔らかな陽光が星屑の道を銀色に照らした瞬間、ノワールの胸の星槽がドクン、と確かに脈打った。
金色の粒子が集まり、再び少女の輪郭を形作っていく。
面甲が半分上がり、懐かしい瞳が開く。
「……ノワール……? 朝……来たんだね……! 怖かったよ……でも、ちゃんと戻ってこれた……!」
ノワールは低く、深い安堵を込めて応じた。
「……ああ。戻ってきてくれて、よかった」
茂みからミルフィが「にゅう……?」と恐る恐る顔を出し、再びティアの瞳に星のような輝きが戻る。
今日も届かなかった。けれど、朝になればまた始められる。
二人の、切なくて優しい足踏みの旅が、今日もここから始まる。
──けれどその朝。
星屑の道のずっと奥で、ほんの一瞬だけ。誰も知らない“別の光”が、怪しく揺れていた。




