第29話 馬鹿
魔界に黄金の孔雀の羽が広がり黄昏に染まる。
ヒノツジカミが放った雷撃が受け止められ扇状に拡散されたのだ。
地から天に扇状に広がって登っていく稲妻はやがて雪のように細かく拡散し魔界の空を黄金に染め上げていく。魔界だと言うのに神々しいとしか言いようがない光景であった。
「なっ何が起きているんですかい旦那」
てんぷらは振り返りつつ走る。
てんぷらはヒノツジカミから感じる力の高まりにどこか逃げ切れないと諦めていた。あれはニンゲンの手に余る力、だからこそ神として崇めようとするマカイビトが生まれる。そして力が放たれたのを感じた時てんぷらは柄にもなく神様仏様と天に祈った。
それを人が受け止めるなど信じられなかった。もう一度人の可能性を信じてもいいと思えるほどの奇跡。
あれを人の身で受け止めただけで偉業。其の上無事であるとは一寸たりとも思い浮かばなかった。
「きれい」
てんぷらに担がれていたナァシフォは目に入った光景に素直な感想を呟いた。
「起きたのですかい?」
「私はなんでこんな米俵のように担がれているの?」
トランス状態だった意識が戻って来るに連れナァシフォはこの状況が理解できず担がれたままに左右を見渡す。
「ははっどうやら正気に戻ったようで安心しました。今は兎に角逃げるのが先決、下に降り切るまで大人しくしてて下さいね」
「そういえばガイガさんはどうしたの?」
ナァシフォは周りにガイガがいないことに気付き不安そうに尋ねる。ガイガが自分を見捨てて逃げることなど考えが浮かびもしない。ガイガが傍にいない状況に良くないことが起きたと思うだけであった。
「旦那はあっしらを逃げす為に残りました」
「それじゃあこの光景は・・・」
いつもおちゃらけているてんぷらが声を絞り出すように言う様にナァシフォの顔は曇る。
「ヒノツジノカミがあっしらに放った雷を防いでくれた結果です」
「こんな世界の光景が一変する攻撃を受けたら・・・」
普通に考えれば消し炭になっているだろう。それは恐ろしくナァシフォは言えなかった。
「今は兎に角旦那が作ってくれた時間を無駄にするわけにはいきません」
その後はてんぷらは無言で沢を駆け下りていく。
以前のてんぷらならガイガがいなくなったことを幸いにとナァシフォにセクハラしようとしただろうが、今はそんな気は微塵も感じられない。ガイガによって託されたナァシフォを無事脱出させるのが己の使命と思い定めたかのようであった。それを感じとったのかナァシフォも大人しくてんぷらに担がれたままにしている。
やがて二人は沢の入口に辿り着いた。途中にいたはずの魔物もヒノツジノカミの一撃に驚いて皆逃げてしまったようで戦闘はなかった。
「ふう~無事ここまでこれましたな」
「ここからは自分で歩くから降ろして」
「分かりました」
てんぷらは言われるがままにナァシフォを丁寧に降ろした。
「はあっはあっ、少しだけ休憩させて下さい。追い掛けてくる様子はありませんが急いで魔界を脱出しましょう」
てんぷらは息も絶え絶えに言いつつへたり込んだ。情けない姿を晒しているがナァシフォを担いで沢の入口まで全力で駆け下りきれただけで驚嘆に値する。
「そうね」
答えるナァシフォは寂しげな表情で沢の方を見ている。その表情にてんぷらは掛ける声が出なかった。
私のしたことは子供の我儘に過ぎなかったのだろうか?
その我儘にガイガさんを巻き込み、取り返しのつかないことになった。
大人しくガイガさんが言う通り逃げていればその後に惨めな生活が待っていたとしても命だけは助かったかも知れない。
いつもそうだ私はガイガさんに甘えて迷惑を掛けてしまう。でもあの人はいつもそんな私を笑って受け入れてくれた。その結果ついに取り返しのつかないことになってしまった。
考えれば心がぎゅっと暗闇に吸い込まれ潰れそうになる。だが考えるのを辞める訳には如何ない。
我儘を続ければもっと犠牲が出るかも知れない。いやそもそも自分の我儘に付き合ってくれたのはガイガさんだけだった。これからは誰にも理解されること無く一人で事を為さねばならないかもしれない。
昔のように皆に嘲笑され蔑まれ恨まれるかも知れない。
それでも
私は
逃げることが正解だと思えない。
人類は魔に侵略され負けて逃げまくっている。その結果が今だ。人類はこの先も逃げ続けるしか無いのなら、いつかは逃げる先すら無くなってしまう。
逃げる以外の選択があるのなら、どんなに細い希望の糸でも縋り付き手繰り寄せるべきだ。
くやみ底に一筋の光があるのなら私は諦めない。
「我が夫となるべきガイガ。今は泣きません。弔いもしません。全てが終わった後に。
だから今は私を見守っていて下さい」
ナァシフォは決意と覚悟を込めて宣言するのであった。
「見守るだけでいいのか?」
「へっ?」
ナァシフォは目の前の光景が信じられなかった。
ガイガが沢から降りてきたのである。
「ガイガさんなの?」
「魔道士を舐めんなよ」
ガイガは番傘で肩をとんとんと叩きながら誇らしげに笑う。
「あなたって人はどれだけ心配したと思っているんですか」
「えっいやそうは言ってもこれはしょうがなくない」
「しょうがなくない。人を心配させるなっーーーーーーーー」
ナァシフォは拳を振り上げガイガに挑みかかりそのまま胸に飛び込んだ。
「全てが終わるまで泣かないんじゃなかったのか」
「馬鹿、馬鹿、ばかーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
ナァシフォはただただ泣くじゃくり、ガイガはそれを優しい目で見守るのであった。




