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第二十一話 精緻な街並みと口滑らし

 アリスの隠してあった抜け穴を使って市街区北側へと2人は駆けて行った。

 幸いなことに衛兵に見つかる事もなく、特に問題なく市街地の歩道まで来た二人は頃合いを見て、走るのをやめゆったりと歩き始めた。通りを走っているとそれだけで目立って仕方がないからだ。

 「はぁ...なんとか見つからずに市街区まで来れたわね」


 「ぜぇ...ぜぇ...そうみたいですね...」


 相も変わらず少し走っただけで呼吸が乱れてしまうソフィアだったが、少し立ち止まって一息つくと、次第にそれも落ち着いた。

 

 「ふぅ...『...回復が早いのも若い体の特権だな...』」

 

 などと思いながら息を整えたソフィアはアリスと並んで歩道を北に向かって歩き始めるのだった。


 「それで、お友達の居る研究所(アンスティテュ)というのはここから遠いのですか?」


 「うーん、ちょっと市街北区のはずれの方にあるけど、近道を通っていけばそんなに時間を掛けずに行けるよ」


 「そうですか...一時間以内に行けますか?」


 「あー、多分行けると思うけど...早く帰らないとまずいの...?」


 ソフィアがあまりにも時間の事を気にしている様子なので、アリスが少し心配そうにそう尋ねる。


 「まぁ、そのくらいの時間で着くのなら問題ないですよ。晩餐の時間までは両親が留守にしているので、日没前までに屋敷に帰れれば大丈夫です。」


 「なるほどね...まだ三時過ぎだし日没にはまだ結構時間があるから大丈夫だと思うけど、それじゃあ少し早足で行く事にしましょ。」


 そう言うとアリスはソフィアの手を取り先導しながら、少しだけ歩く速度を上げて大通りを北に向かって行った。ソフィアも早ければ早いに越したことはないので、黙って手を引かれながら付いて行った。


 ...歩きながら街並みを見渡すソフィアは次々と視界に入ってくる古典的美しさを備えた建築物の数々や、道を頻繁に行き交う人やモノの流れなどが織りなす皇都の...この世界の『生の都市生活』を初めてその目にして興奮を抑えられないでいた。

 来るときは市街に入る前に馬車のカーテンを閉められたために見ることができなかった皇都市街区がこんなにも活気に満ち、文化・経済的に極めて成熟した都市だったとは正直予想していなかったのだ。

 いや、厳密にいえばここ数か月の教育を受けて知ったこの国の規模や生活様式、その他様々な文化レベルを示す情報や皇都に来るまでに立ち寄ってきた街や宿などの...例のごとく市街に近づくと毎度カーテンを閉められていた為に街の様子は殆ど知れなかったが...様子からどうやらこの国と地域がエフェレシア地方の生家に居た時にソフィアが推察した通り、中世末期から近世頃の欧州(特に西洋)と極めて近しい文明レベルを有しているらしいという結論に達していたので、『その国の首都ともなればさぞかし立派な都市なのだろうな』位には考えていたのだ。

 

 一方でソフィアが心のどこかで少々皇都市街の『文明レベル』を甘く見ていたのも事実だった。所詮は元の世界でいえば数世紀前の欧州世界の都市と変わらない程度の文明力の街であろうから、教会や神殿といった宗教施設や宮殿などの行政施設などの権威の象徴である重要施設...つまり一部の建築物は壮麗かも知れないが、あくまでそれは部分的に過ぎず、都市全体としての成熟度は恐らく大したことはないだろう...と、どこかでそう考えていたのだ。

 

 しかし現実に目の前に広がる都市はそんな予想をあざ笑うかのように、非の打ちどころのない...極めて完成された姿をソフィアにありありと見せつけていた。高度に洗練された古典系建築様式を備えた建築物が均整の取れた調和を成して都市全体を一つの完成された芸術作品であるかのようにその外観を彩る一方で、実務的な部分...則ち大都市・首都に必要とされるような都市機能も十全に兼ね備えていることは少し『観察』をしていれば明らかだった。

  

 端的に言って、この都市は前の世界の中世・近世の都市...いや場合によっては近代の都市ですら...では同水準に達する都市がほとんど存在しなかっただろうと言えるほどの衛生レベルや交通利便性の高さを誇っているのだ。

 

 「...(悪臭が全くしない...それにこの道路...工業化された時代でもないのに全く、なんという技術力の高さだろう...!!)

 

 ソフィアがまず一番驚いたのは、悪臭が全くと言って良いほどしないという事だった。

 現代の公衆衛生環境が整った国に生まれ育ち、暮らす人には想像しづらいことかもしれないが普通、これだけの多くの人口を誇る中世・近世の都市には...それどころか、多くの近代の都市や現代の発展途上国などの都市にですら...付き物の一つとして劣悪な公衆衛生環境、その象徴性としての鼻を突く不快な悪臭があげられるのだが、この都市にはそれがなかった。

 その理由としては恐らく、目に見えないところに上下水道が張り巡らされているのだろうことが容易に想像される...それもかなり精緻に作られた水路がこの街の至るところまで網羅できるようにおびただしい数で張り巡らされているのだろうという事も。

 

 更にソフィアを驚かせたのは街に張り巡らされた道路だ。皇都に来るまで通ってきたのと同様の大規模な幹線道路や、それよりもサイズは幾分小さいが基本構造は同種の大小さまざまな街道路が規則的に整然と、そして網の目のように無数に都市中に張り巡らされているらしかった。

 その道の広さと、以前にも述べた舗装された路面の耐久性の高い複層構造設計と材質、更には幹線道路脇には必ず張り巡らされている排水溝、乗馬道、歩道などによって実現された利便性の高さと、極めて精緻な冠水対策及び修繕の手間がほとんどかからない耐久度は、仮にこの都市で『車』の往来が開始されたとしてもほとんど改修せずに使えるだろうと言えるほどの高水準な技術レベルのものであった。

 「...(一体どれほどの財源と技術力があるんだこの国は...それともこれだけの事を安価に行えるだけの優秀な職人や工事事業従事者といった技術人材がこの国にはそんなに豊富にいるという事なのか...?)」


 一見、上下水道を張り巡らし、精緻に舗装されているとはいえ基本材料が石の道路を張り巡らせるくらい簡単な事に思えるが、実際にこのような都市を計画的に作ろうとすればかなりの費用が掛かることになるだろう。

 その事が建築に関する知識を少しは学んだソフィアには嫌でも分かってしまうのだった。それ故彼女は次のように呟いた。


 「こんなあらゆる点で美しい街を...それにここまでの大規模で精緻なインフラを作れるなんてこの国の財源は無尽蔵なの...?」


 それに対しアリシアがきょとんとした顔で


 「インフラ?っていうのが何なのか分からないけど...国の財源はいつも足りない!ってよくお父様が仰ってるわね」

 

 茫然とした顔で呟くソフィアに質問されたのかと思ったアリスがそう返事をする。別にソフィアとしては質問したつもりは一切なかったのだが、質問と取れなくもない独り言だったし、アリスがそう感じたのだから仕方がなかった。

 

 「あーそうなんですね、因みにインフラっていうのは道路とか上下水道のような国や都市に住む住人の生活やそこで行われる経済活動をするのに必要な基本的な施設とかシステムとかの事なんだけど...ん?お父様が良く言ってる...?」


 「あっ」


 生返事をしながらも、インフラについて面倒ながら一応答えないといけないだろうと思って説明をしていたソフィアだったが、アリスの先ほどの発言に少し気になる点がある事に気が付いた。

 そして、それに言及しようとしたところでアリスの方も気が付いたのか気まずそうな顔をするのだった。

 そんなアリスを不思議に思いながらソフィアは質問を切り出した。


 「アリスさんのお父様は財務に関するお仕事をなさっているのですか?」


 アリスの今の言葉を受けて思いついたソフィアの素朴な推測としては、彼女の父はこの国の財務官職に類する役職かそれに関連する役職に就いている宮廷貴族で、彼女は宮廷貴族...恐らく大臣クラスに当たる城伯か場合によっては侯爵家クラスの家格のいわゆる上級貴族の令嬢なのだろうという事だった。

 そうであれば彼女が人に見つかるのを過度に嫌がったことや宮殿区画内に居たこと、それに頻繁に宮殿区画を抜け出して市街区に行っているようであるということも説明が付くのだった。

 結論を言えばこの推測はハズレだったのだが、ソフィアは自分の推測になぜかかなり自信を持っていてこれ以外の可能性を考えることをこの時放棄してしまっていた。

 

 その様子をみて内心安堵したアリスは、いかにも『やってしまった...』といった感じの様子で額に手を当てるといったような演技をしながら、しぶしぶと首を縦に振りながら言った。


 「...えぇ、あまり知られたくはなかったのだけど実はそうなのよ」


 「やはりそうでしたか。大丈夫です。お約束通り誰にも貴女の事は言いませんし、ボロを出して貴女が友人の所に行けなくなるような事はしないと誓いますよ。」

 

 「ふふ...ありがとう。」


 アリスの彼女の父に関する言葉は嘘ではなかったが、ある意味では真実でもなかった。しかし、この事にソフィアが気づくのはまだ少し先の話であり、今の彼女は自分の予想通りだといった感じで満足そうにしていた。

 そんな彼女の様子が少しばかりおかしくてアリスはクスクスと笑いながらも、約束を守ると真摯に誓約してくれるソフィアに対し心から感謝の言葉を口にしていた。

 彼女にとっては宮殿区画を抜け出して友人の所に行くというのはかけがえのない大切な時間であり、絶対に失いたくないものなので、それを秘密にしておいてくれるというのは、例え相手がよく分からない変わり者の幼女だとしても感謝してもしきれない事なのだった。

 

多忙にかまけて三週間以上執筆活動を休止してしまい申し訳ございませんでした。

特に更新を待ってくださっていた方々、大変申し訳ございませんでした!ようやく本業の方もひと段落着いたのでまた更新していこうと思います!ぜひこれからも作品をご覧いただければ幸いです!


 今後の更新頻度は週1~3程度になってしまうかもしれませんが、長くゆるりとやっていこうと思いますのでご容赦ください。

次作は本日中(10/23)に投稿する予定なのでよろしければそちらもご覧ください!それでは良い一日を!

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