第二十話 詐欺師幼女と自己紹介
「あなたのお友達の所に私も付いて行っていいですか?」
ソフィアが、にこやかな笑顔を浮かべてアリシアにそう尋ねる。
「えっ!...いや、それはちょっと...」
突然の申し出に驚いた様子のアリシアは、困り顔でそう呟く。
「絶対にご迷惑はお掛けしません。ただ少しお話させていただければそれで結構ですから」
ソフィアは笑顔のままそう続けた。しかし、アリシアは
「いやでも...」
と困った表情のまま、受け入れがたいといった様子でソフィアの顔をチラチラ見返していた。
普通に考えて、こんな見知らぬ変わり者の幼女を友達の所に連れていくことに抵抗を憶えない者などそういないだろう。彼女のこの反応は至極まっとうなものであった。
...しかし、それではソフィアとしてはこの異世界で今最も気になる人物の一人に会えないままになってしまう。それでは面白くない...という事で彼女は次の行動に移った。
「そうですか...残念ですね...残念過ぎて大声で泣きたくなってきちゃいました...」
ソフィアは哀しそうな雰囲気の声音を出しながらそう言ったが、口元にいじわるな笑みを作っているのを見れば作り声である事は明らかだった。
「なっ!さっき大声は出さないって言ったじゃないですか!?」
アリシアが血相を変えて抗議をしてきた。目の前の幼女はついさっき神に誓うと言って交わした約束の事をもう忘れてしまったのか…と。しかし...
「私が約束したのは『守衛に突き出したりしない』とい事と『何をしていたのか口外しない』という事だけですよ?大声をあげないなどという事は口に出して誓約してません。」
「あなた本当に幼女ですか!?なんでそんな詐欺みたいなことが平然とできるんですか!」
「誉め言葉として受け取っておきましょう。」
いとも容易く行われた詐欺行為に愕然とするアリシア。こんなまだ小さな幼女が...黙っていれば純真無垢そうに見える年ごろの幼女が...ここまであっさりと自分の事を謀ってくるとは思いもしなかったのだからその驚きは凄まじかった。
まぁしかし、精神年齢はアリシアの父に近いのだから少女であるアリシアを手玉に取って詐欺のような事をするのは造作もないことだし、それを考慮すれば、あまりに大人げないだけでそれ以外に驚くことはないだろう...その事をアリシアが気づく術は勿論ないのだが。
「それでは、改めてお聞きします。私も付いて行っていいですか?」
満面の笑みでそう言うソフィア。アリシアにはこの質問に対する拒否権が自分に与えられていないという事が分かっており、できることと言えば目の前の幼女を怪訝な目で見ることくらいだった。
「~っ...分かりました...一緒に来てもらって構いません...」
負けた...といった様子で、アリシアはどんよりとした顔を俯かせ、少し肩を落としながら首肯してそう言った
「ありがとうございます!それでは行きましょうか!」
対照的に珍しくニコニコと晴れやかな笑みを浮かべるソフィアはそう言うとアリシアの背中を押すようにして、敷地内に広がる森の奥に進んでいくのであった。
「それで...今更なんですけどお名前を聞いても...?」
「へ...あ!そういえば名乗ってませんでしたね。失礼しました。」
アリシアがおずおずと尋ねてきてようやく自分がまだ名乗っていないことに気づくソフィア。前世からそうだが、このようにソフィアはどこか抜けたところがある。本人はあまり気にしていない...というより気づいていないようだが、前世における周囲の人物は平常時の聡明な『彼』とどこか抜けているときの『彼』との間のギャップにいつも面食らっていたのだ...
さておきソフィアは自分の名前を洋々と名乗りだした。
「私の名前はソフィア。ソフィア・ペルフェクトゥス・ヴィクトワール・ド・エフェレシアです」
相変わらず途中で噛みそうになってしまう仰々しい名前だ...と内心で毒づいているソフィアをよそに、アリシアはその名を聞いて驚きのあまり硬直していた。
「...ソ、ソフィア...エフェレシア...じゃあこの子があの...」
「...?何か言いましたか?」
「い、いいえっ!何も!?」
小さな声で何か呟くアリシアにソフィアがそう尋ねたが、彼女は何やら慌てながら取り繕うばかりで何も教えてくれる様子はなかった。
ソフィアとしては少し疑問が残るものの、レオ達が戻るまでに屋敷に戻らなければならない以上、こんなところで時間を食っている場合ではないので気にせず先に進むことにした。
「それで...なんとお呼びすればいいでしょうか...?」
「あ、普通にソフィアでいいですよ。それとあなたの方がかなり年上ですし、私に敬語を使わなくてもいいですよ。なんだか変な感じがしますし...普通に話して下さって結構です」
「いやでも初対面ですし...そういう訳には...」
「ここには二人しかいないですし、マナーを守ったしゃべり方をする必要もないでしょう?敬語ってなんだか堅苦しいですし、もっと親しみやすい...普通の話し方をして下さりませんか?」
前にも言ったがソフィアは堅苦しいのが苦手だ。礼儀を守った会話は嫌いではないけれど、必要以上に堅苦しいのは彼女にとって居心地が悪くて仕方がないのだ。
アリシアも最初はこの申し出に戸惑っていたが、ソフィアにお願いされると快く首を縦に振りながらこう言った。
「わかったわ。じゃあよろしくねソフィアちゃ...」
そこまで言ったところで急にソフィアの形相が変わって鋭い目つきで睨め付けながら、冷たい口調でこういった。
「...『ちゃん』と呼んだら貴女を守衛に突き出して今回のお出かけはここでお終いにしますよ?」
「ひっ...ご、ごめんなさい...ソフィア...」
この年代の子供相手に“ちゃん"を付けるのは全くもって普通の事だというのに、思わぬところで琴線に触れてしまいそうになり、慌てて謝りながら言い直すアリシア。
あまりにも理不尽だが、ソフィアにとってそこだけは譲れないポイントであった。
...例え見た目は幼女でも中身はれっきとしたおじさんである故にちゃんと呼ばれると侮られている気がして、すこぶる嫌な気分にさせられてしまうのだ。
「よろしい!それで、私は貴女を何と呼べば...?」
そう尋ねると一瞬戸惑いながらアリシアはこう言った。
「...アリス。親しい人たちは私の事をそう呼んでいます。あなたもよければそう呼んで。」
「アリス...分かりました!よろしくお願いしますねアリスさん!」
「えぇ、こちらこそよろしくね」
そう言うと二人は握手を交わして、更に先へと進んでいくのであった。
...暫く歩き続けると、延々と続いていた木々が急に無くなる地点にやってきた。
どうやらここで森は終わり、皇宮や離宮が密集する宮廷敷地内の外周を大きく取り囲むようにして続いている環状道路に出てきたようであった。
道路の方を見ると、幅が25mは優にありそうな広い道の向こう側に、6m程の高さがある背の高い柵がずらりと並んでいた。
「...よしっ、それじゃまずは合図したらあそこに見える皇国旗が掲げられた柵の下にある茂みまで全力で走ってね...分かった?」
「えぇ、分かりました。」
アリシアが指さした方向を見ながら、ソフィアは頷いてそう言った。
先ほどから馬車や衛兵の巡回が目の前の道路を定期的に行き来しているので、それらが居ないタイミングで走るという事なのだろう。
ソフィアもタイミングを計る必要性がある事くらいは分かっているが、いつもここを通っているであろうアリシアにタイミングを決めてもらうのが一番確かだろう...という事で黙って従うことにした。
「...よし、それじゃ行くよ.......今!」
そう言うと、二人は一斉に茂みの中から勢いよく飛び出し、わき目も振らず一目散に目的地である柵のある塀の下を目指して走った。
「はぁ...はぁ...何とか見つからずに辿り着いたわね。」
「ぜぇ...ぜぇ...え、えぇ...」
問題なく走り切り、茂みの中に隠れた二人は息を整えながらそう話す。
アリシアの方はなれているという事もあってだろうか、あまり息を切らした様子もなくすぐに息を整っていたが、ソフィアの方は今にも死んでしまうと言わんばかりの苦しそうな顔をしながら肩で息をしており、中々息が整わなかった。それはまともに会話をするのが困難なほどであった。
「(はぁ...はぁ...な、慣れないことをしているとはいえ、ここまで体力がないとは...なんて不便な体だ...!)」
そんな風に思いながらも、よく考えればようやく5歳にならんとする...しかも普段走らない幼女の体であんな走り方をすれば息があがっても仕方のない事だった。寧ろ転んだり足をくじいたりせずに走りきれただけでも喜ぶべきだろう。
ソフィアもすぐにそれを理解して、自分の体への不満を募らせるのはやめにした。
それにソフィアの体はこれから成長期に入るし、体力だってその内ついてくるだろう...と考えれば今の体に対する不満も幾分解消された。
そうこうしているうちに、ソフィアの息も随分と整い会話ができる程度に体力が回復してきたもだった。
息が整ったソフィアはアリシアの方に向きながらこう尋ねた。
「はぁ...それで、ここからどうやって市街地の方へと行くのですか?門は遠そうですし、柵は超えるにはあまりに高いようですが...」
柵をちらりと見ながらソフィアがそう言う。
確かに門は視界内に見当たらず、左右どちらを見ても延々と柵と土台の塀が続いていることから間違いなくかなり遠い位置にあるし、目の前の柵も見るからに子供が飛び越えるにはあまりに高いものであった。
故にソフィアはどこから柵の向こうの市街区の方に行くのかが分からなかったのでこのように呟いたのだった。
「ふっふっふっ...それはね...」
アリシアは得意気にそう言うと何やらごぞごぞとアリシアの腹部位の高さがある、柵の土台部分の塀を触り始めた。すると...
「!隠し通路!?」
アリシアが塀の一部を押すと、その部分が動いて人ひとりが何とかくぐり通れるくらいの穴が出来たのだった。
「随分前にカティ...今から会いに行く友達と一緒に抜け出す方法を考えているときに、ここの塀の一部をずらせるように細工する事を思いついたのよ。此処は衛兵の巡回が多い場所だけど、その分いくつかある衛兵の屯所や門からは一番離れてる地点だからタイミングさえ見計らえば一番抜け出しやすい場所でもあるの。」
「なるほど...巡回が多い事を逆手に取った経路という事ですか...」
ここにきてソフィアは感心していた。先ほどまで、なぜこんな衛兵の巡回が多い所を選んでいるのか?と、疑問に思っていたが今の説明を聞いて得心がいった。
兵法において奇襲は相手の予想外の地点を突くことに最大の注意・労力が割かれるのと同様、人目を避けるには却って警備が厳重なところの方がいいこともあるという事なのだろう。
この事からソフィアは内心で、まだ少女の年齢でその事に気づくとは中々機知に富んでいるな...とアリスの事を高く評価するのだった。
「さ、次の巡回がくる前に行きましょう」
「そうですね、長居する理由もありませんし」
そう言うと二人は穴を通って柵の向こう側に出て、出終わったのちにまた穴を塞いで、そのまま市街地北側の方向へと駆けて行った。
久しぶりの投稿となりましたが第二十話お待たせしました!
明日からは通常運行に戻して、毎日もしくは二日に一度の更新にしていきたいと思いますのでよろしくお願いします!
次話では遂にアリシアの友達の登場です!研究所に居るという『彼女』は一体何者なのか...!?
乞うご期待!ぜひお楽しみに!




