第十九話 気になる人
ソフィアはアリシアと名乗った見た目の頃が十歳程の少女の名前に、どこか既視感を覚えながらも、思い出せなかったため気のせいだと思い、次の質問をすることにした。
「それで、アリシアさんはこんな所で何をなさっていたんですか?」
「...もしかして、私の事を怪しい者だと思ってます...?」
「逆に聞きますけど、皇宮の敷地内にある森の茂みに隠れている人物を目の前にして、貴女なら怪しまずに入れますか?」
「...確かに無理ですね、それは...だけど!怪しい者じゃないんです!信じて下さい!」
いきなり息ができないように口を塞いできたと思ったら、今度は半泣き状態で懇願するように、五歳前の幼女に縋り付こうとする少女のどこが怪しくないのか是非聞いてみたいソフィアだった。
...が、言動の怪しさとは裏腹に先ほどより彼女からは悪意や危険性というものがなぜか一切感じられないので、ソフィアとしても彼女...アリシアの事をこれ以上警戒する気にはなれなかったのだった。
「まぁ...別に守衛に突き出したりはしないから安心してください...」
「ほっ...」
「ただし!さっきみたいに飛び掛かってきたら今度こそ大声をあげますからね」
「わ、分かってますよ,,,」
先ほどやったことを反省しているのか少しシュン...としていた。
これなら変な真似はしないだろう...とソフィアは思いながら、何度目かになる質問をした。
「それで...先ほどから聞いてますけど、ここで何をされてたんです?あなたの身なりからして泥棒さんって訳でもないでしょ?」
「だ、誰が泥棒ですか!」
少し大きな声を出し、少々強い語気で抗議してくるアリシア。どうやら盗人と一緒にされたのが相当気に入らなかったようだ。ただ、それにしても反応が一般のそれよりも激しいように感じられる。
しかし、まぁ貴族の子女ならば盗人などと一緒にされることに対して一般市民以上に抵抗を憶えるだろう。なにせいつの時代、どこの世界でも貴族というのは名誉を非常に大切にしがちなもので...場合によっては命よりも大切なものとみなす事だって、洋の東西を問わず昔からよくあったのは歴史を少しでも知っているものには周知の事実だろう。
その事を知っているからこそ、アリシアの少し過剰ともとれるような反応が、却って彼女が高い身分の人物で、盗みや危害を及ぼすためにここに来ているのではないだろうという、ソフィアの推論に合致する自然な反応だという事が見て取れた。
「それじゃあ何してたんですか?」
「そ、それは...」
言いにくそうにもじもじとしながら、何か言いたげな様子でチラチラとソフィアの方を窺ってくるアリシアに、一瞬疑問を抱いたソフィアだがすぐに言いたいところを理解した。
「大丈夫です。違法な事でもなければ誰にも言いませんよ。神に誓って約束します。」
「ほ、ほんとうですね?」
そう言ってソフィアがアリシアの問いに首肯してやると、まだ少し戸惑いながらも、それでは...といった様子で話し始めた。
「実は私、こっそりと抜け出して中心区から少し離れた、市街地北部のはずれの方にある友達が居る小屋に行くところなの」
「あぁ...そういうことだったんですか...」
ソフィアは得心した様子で満足げにそう呟いた。
それなら、彼女がこんなところに隠れて居たのも、異常に人目を避けようとするのも説明が付いた。
ソフィアにはどっちが市街地なのかは分からないが、馬車に乗ってきた時の感覚からして、距離はこの屋敷からそんなに離れていないのだろう。充分歩いても行けそうだった。
それにこの少女は人目につかないよう隠れながら、しかも迷った様子もなくここまで来たようである事から、どうやらこの道を通ってくるのは初めてではないようでもあった。
「...お屋敷を抜け出して向かっている途中で、思いがけず私に見つかってしまって驚いてしまい、動揺しているところで、私が大声で使用人たちに声を掛けようとした...だから急に私の口を塞いできた...という事ですね?」
「さ、さっきは本当にごめんなさい...でも悪気があったわけじゃないんです。ただ、ここで見つかっちゃうと、今迄みたいにこうやって抜け出して友達のところに行くのが二度とできなくなりそうで...それがとっても怖かったから...」
「まぁ謝ってくれるなら、さっきの事はもういいです...それより、そこまでして会いに行くお友達っていうのはどんな人なんですか?市街地北部の小屋...?と仰ってましたがそこがその方のお住まいなんですか?」
普通に考えて、貴族の令嬢だろう人物がそんな町はずれの小屋に居るような人物に、人目を盗んで会いに行くなんて考えられないことだ。
もう少しアリシアが年齢が上なら、周囲には内緒にしている身分の離れた恋人か何かの所に逢引きにでも行っているのではとも考えられるが、彼女はまだそれにはいささか早い年齢のようだし、純真な様子からはそんなに擦れたり、ませたりしているようには見えない。
それどころか、ソフィアのような小さい子供相手でも、おどおど受け答えしているような...所謂一種のコミュ障だろう人物には到底そのような事をする意思があるとも考えられない。
であれば、純粋な友情から会いに行こうとしているのだろうが、先ほど言ったようにそれは普通考えられぬことだ。
そもそも身分に差がある相手とどうして友誼を結ぶ機会が得られるのか?更にはきっかけがあったとしても、このように苦労してまで会いたいと思うような人物とはどういう人物なのか?といった疑問がソフィアの中をぐるぐると駆け巡り、彼女の友達とやらに強い興味を抱いたのだった。
「え?...いや、その...別に普通の友達ですよ...あとその小屋は別に家という訳じゃなくてその...研究室?とか研究所?と彼女は呼んでます。彼女は普段はそこで本を読んだり、何かの実験をしたりしてて...因みに家はその小屋のすぐ近くにある一軒家に住んでます。」
「...!ほう、興味深いですね...」
アリシアはその『ラボ』という単語に馴染みが無いようだったが、ソフィアにとってその名称は前世で何度となく口にし、耳にした非常に馴染み深いものだった。
この世界に転生してからというもの、科学や研究といった言葉とは無縁の生活をしてきたソフィアにはその『友達』とやらがどんな人物で、彼女のいる小屋がどのような場所かは分からないものの...この科学や研究とは無縁の世界で、そのような名称を掲げた場所で『実験』を行っている人物であるという事実だけで、ソフィアの強い興味を引き出させるには充分であった。
ソフィアはアリシアの方をまっすぐ見つめながら笑顔でこう尋ねた。
「貴女のお友達の所に私もついて行っていいですか?」




