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第十八話 運命の出会い

 ...ソフィアが部屋から出ると、部屋の前の廊下で待機していた使用人がどうしたのか尋ねてきた。ソフィアが邸内や庭園を見て回る、と言ったらでは案内役もかねて二人のメイドを連れて行くように言われた。

 まぁこんなお子様が一人で邸内をぶらついていて怪我でもしたら事だろうから、『御守(おも)り』を付けるのは当然だろうな、と思いつつソフィアはそれを快諾した。

 

 そして、すぐにこの上屋敷のメイドであるという二人の使用人がやってきた。

 片方は丁度オルタンス程の年齢で20代後半程度に見える明るい感じの赤毛の女性だった。もう片方はそれより少し年がいった30前後くらいだろう妙齢の...年齢間隔の違うこの世界ではそうでもないかも知れないが...黒髪の落ち着いた女性だった。

 どちらも侯爵家の上屋敷に仕えるメイドだけあって、容姿端麗であった。

 ソフィア個人の考えとしてはそこまで外見に拘らなくてもよいのでは...と思わなくもないのだが、貴族の家に仕える使用人...特に人前に出て客人をもてなすようなメイドや執事などは特に良い容姿が求められる傾向にある。勿論、それ以外にも実務がこなせることやその人が信頼できる人物か、また主人に好まれる...ないし嫌われない程度の性格の持ち主か、など様々な評価項目が存在するが第一印象ほど重要視されにくいのが現実である。

 別にこれは少々露骨ではあるものの、この世界のこの国に限ったことではないだろう。前世でも受付嬢や客室乗務員、アナウンサーにアイドルにetc…という接客業のほか様々な人前に顔を出す職業において容姿が重視されていたことを考えれば、この世界で同じことがされていてもおかしいことはないだろう。

 国や時代によって美の基準は変わろうと、いつの時代であってもどこの世界であっても、人前に出して接客させるのは...特に重要な客をもてなすような場であればあるほど...美しい者をその任に当てようと考えられるのは同じのようだ。いいか悪いかは別にしてこれも一つの真理と呼べるかもしれないな...とソフィアは考えていた。


 さておき、その二人を伴ってこの屋敷の散策を始めた。

 外から見てもとても広大な敷地に感じたが、邸内を実際に歩いて巡っているとその広さは、自分の想像よりも更に広大なものに感じられた。

 離宮だったとは聞いたが邸内を巡っていると、実は離宮ではなく皇宮だったのではないか?と思わされる程、壮大かつ壮麗で、威厳と歴史を感じさせる建物だった。

 この建物が臣下の物であるというだけで、この国の国力と建造技術などを主とした文化レベルの高さが伺えた。

 

 屋敷の中を一巡した後、ソフィアは二階の自室の窓から見えていた屋敷の裏側に広がる美しく広大な庭園へと赴いた。

 彼女は花に、甘味に対するような特別の思い入れがあるわけではなかったが、前世の時から人並み程度には観賞したりするのが好きだったし、その昔、本草学や薬草学などの薬物学と植物学について少し学んだこともあり、その時に様々な花の成分などに関する研究をしたこともあったので多少の思い入れがあったのだ。


 平面幾何学様式の趣きが一部に取り入れられ、丁寧に手入れがなされた西洋式庭園の中を歩いて季節の花々を観賞するソフィア。

 その迷路のように入り組んだ立体的な庭園を観賞に熱中しながら走りながら奥に進んでいると、気づかぬうちに広大な庭園の端まで来てしまっていた。

 最初、二人のメイドもソフィアと一緒に歩いていたが、途中、ソフィアが急に走り出して入り組んだ庭園を勝手に走り回るものだから、すっかり彼女の事を見失ってしまっていた。

 ソフィアとしては悪気があったわけではなく、奥に行くほど珍しい花々が沢山咲いていた為、夢中になり、駆け足でそちらの方に向かっただけのことだった。

 が、離れてしまったのは事実だったし、メイド達が心配そうな声でソフィアの名前を呼びながら探しているのが聞こえてくる。

 見るものは見たし、あまりメイド達を心配させるのはかわいそうだから、そろそろ帰ろう...と引き返そうとしたところで庭園の奥に広がる低く刈り揃えられた草の生えた原っぱの、更に奥にある多少手が入れられていると見える草木が茂っている森の中...宮殿の敷地の中に広がるいくつかの森の一つらしい...で何かがガサガサッ...と動く音が微かに聞こえた。

 

 そこそこ距離があるのにも関わらず、微かな音を聞くことの出来るこの体の耳の良さに感心しながら、音の正体が気になったソフィアは音のした方に歩いて向かっていった。

 森に近づくと手前の方の木は整然と立ち並んでいて定期的に人の手が入れられているというのが見て取れたが、奥の方は自然な感じで草木が生い茂っており、殆ど手を入れていないのだという事が分かった。

 音がしただろう場所に着いて辺りを見まわしたが、何も見当たらなかったので、「気のせいか...?」と思って踵を返そうとした...その瞬間。

 

 『くしゅん、』


という可愛らしいクシャミをする音がすぐ近くの茂みの中から聞こえてきた。

 

 「誰!?」

 

 思わずソフィアがそう叫ぶ。まさか不法侵入者か何かかと思ったのだ。すると...


 「ひッ...!!」


という可愛らしく情けない声をした短い悲鳴が聞こえ、茂みの中から銀色の髪の少女が飛び出した。

 ソフィアは驚いてまじまじと少女の姿を見ていた。彼女は美しい銀の髪を持った見目麗しい少女で、気品を醸し出す身なりと容貌の持ち主であったが、ソフィアに見つかって絵に描いたような様子で見るからにあたふたしていた。

 

 危害はなさそうなものの、明らかに怪しいこの少女を頭からつま先まで見て軽く観察した後、


 「貴女は一体誰...?」


 と誰なのかもう一度尋ねたが、何やらもじもじとしてソフィアと目を合わせず、小さな声で何やら早口でつぶやくばかりでソフィアには彼女が何を言っているのか聞き取れず、また、この少女は何なのかという事がさっぱり分からないので、困惑しきっていた。

 そんな時、庭園の方からソフィアを呼ぶメイドや執事達の声が聞こえてきたので、


 『ここにいる!』


 と、大きい声で返事をしようとした。しかし...


「ここに...」


 「...!?わぁ!叫んではダメ!」

 

 「い...ッ!?」

 

 と、慌てた様子で言いながら、今までもじもじしていた彼女がすごい勢いでソフィアに飛びついて両手でソフィアの口を押えてきた。

 あまりに急の事だったのでソフィアは驚いて目を白黒させながらじたばたとした。

 

 ...やはり不審者だったのか!?...と思いながら口を押えられたソフィアは言葉を出せないのでくぐもった声を出しながら相手の方を睨んで抗議をした。

 

 そのソフィアの抗議に気づいたのか、何やらはっとして冷静さを取り戻した様子の目の前の少女は、


 「さ、叫ばないと約束できますか...?」


 と小さな声でソフィアに言ってきた。

 ソフィアとしては、こんな怪しい奴に約束などしてやる義理はない!と思いながらも、仕方がないので大人しく、こくりと頷いた。


 彼女の手が離されたので、ソフィアは急いで空気を大きく吸い込んで息を吐いた。...じたばたと暴れた拍子に鼻まで覆われてしまって息が出来ずにいたのだ。

 そして、息を整えると目の前の困り顔の少女に向かって凄まじい剣幕で抗議を始めた。


 「貴女、私を殺す気ですか!?」

 

 「え、えと、ごめんなさい...別に私は怪しいものでもないし、貴女に加害を加える気は全くないんですが...」


 「それを信じられると思います...?」


 「まぁ...無理ですよね...はは...」


 苦笑いを浮かべる少女に、ソフィアは更なる追及をする。


 「それで、あなたは誰なんですか?...見たところ貴族の令嬢のようですが、どうしてこんなところに居るんですか?」


 「そ、それは...」


 少女は言葉を濁らせながら言いにくそうなバツの悪い顔をしていた。そんな少女の態度にソフィアは遂に業を煮やして、


 「わかりました。貴女が言わないようなら、今ここで大声を出して使用人を呼んで、そのあとじっくりお話を聞かせていただきます。」


 と、きっぱりと言い放った。つい先ほど大声は出さないと約束したにもかかわらず、見事に手のひらを反すソフィアだったが、彼女としては怪しい行動をして説明もしようとしない目の前の少女こそが悪いのであって、自分には非がないと考えており、その発言は極めて堂々としていた。

 

 「わ、分かりました!言います!言いますから!」


 慌てた様子でソフィアを止める少女。そして一間を置いて、彼女はまだ渋い顔をしていたもののソフィアに対する返答を始めた。

 

 「私の名はアリシア...そ、そう...アリシア・サンクトゥス・ド・ローレンシアといいます!」

 

 挙動不審気味な目の前の少女はそう名乗った。

 

 ソフィアはこの名前を聞いた時、ふとどこかで聞いた既視感を覚えた。...が、どうしても思い出せず、何かの思い違いだろうと断定してその疑問を捨て置いた。

 

「ふーん,アリシア...どこかで聞いたような...ま、いっか....」


 ...この少女(アリシア)との出会いが、ソフィアの人生における非常に大きな岐路だったというのが分かるのは、まだもう少し先の事である。

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