第十五話 お菓子の謎と美食家との約束
....
「それにしてもソフィア様が、あそこまで料理の事に詳しいとは思いませんでした...特に、料理と料理人に対する思いが実に素晴らしい。」
「いえいえ、そんなことはありませんよ」
ガストロ伯がおだててくるので謙遜しておくソフィア。だが内心では彼女も満更ではない気分であった。
「いや、謙遜なさることはないですよ。あ、そうだ!その事で一つ伺っておきたいことがあったのですが...」
「え?何でしょう?」
「いやね、貴女は先ほどキャロタン子爵に、『あなたには一生かかっても料理人たちの工夫や気遣を理解することなど到底できない』...と仰っていましたが、そこでいう『工夫や気遣い』というのは一体何の事を指していたのか気になりまして...」
「あー、なるほど」
おずおずと尋ねてきたガストロ伯にソフィアは、何か理解した様子でそう反応した。
「なに、大したことではないのです。砂糖のような材料がなくとも何か代用品を見つけて美味しい料理や菓子を作る、という料理人としての素晴らしい矜持と...今宵は『お酒を召し上がり過ぎた方のため』に、『プラチェンタ』のクリームに用いるチーズの配分を少なくして塩分濃度を下げるといった細やかな気配りをしているのだな...といった事などを理解できないだろうな、と子爵に言いたかっただけなのです。」
「なるほど...これを作った方はそんなことまで考えて作られているのですね...感服しました」
しみじみと頷きながらそう言うガストロ伯。しかし、ソフィアはそれを見て愉快そうに笑いながらこう言った。
「あははははっ...ガストロ伯?お見事な演技ですが、そろそろやめにしませんか?」
「っ!?...どういうことでしょう?」
「なるほど...では、はっきりとお聞きします。このお菓子を作ったのはガストロ伯、貴方なのでしょう?」
「な...!なぜそれが!?」
あまりにも見事に看破されてしまい、理由が分からず驚愕するガストロ伯。そんな彼を見てソフィアは愉快そうに笑っていた。
「どうしてですか!どうして私が作ったとお分かりになったのです!?」
「簡単な事です。さっき私は言いましたよね?『酒を召し上がり過ぎた方の為』にクリームに使うチーズの量が減らされているのだろう...と。おかしいと思いませんか?だって料理人はこの食堂に一度だって来てはいないのですよ?どうして客の酔い具合が分かるのでしょう?」
「...っ!」
はっとした表情を見せるガストロ伯。そんな彼をよそにソフィアはさらに続ける。
「ここまでくれば、この部屋を見たものから聞いたか、もしくはこの部屋にいた人物のどちらかにしかこの菓子は作れないと分かります。...なにせこの菓子に使うクリームの『本来の』配分比率である『5:1』の比率をおよそ『4:1』に変えてまで塩分量を下げているのです...事情を知らずにこの配分にする者などそうそう居ないでしょうからね。」
「ならば配膳係から菓子の料理人が聞いたとは考えられませんか?」
「その線も考えましたが、確率は低そうです。そもそも給仕と菓子料理人は働く場所が違います。配膳係も配膳室には居ますが、その中でも部屋の奥の菓子調理をする炉のある場には菓子料理人以外は入りません。料理人は得てして、自分の持ち場を侵されることを極端なまでに嫌いますから、配膳係は基本的に足を踏み入れないでしょう。」
「ならば、受け渡しの際に話したとか...」
「受け渡しの際にはもう菓子は完成していますし、菓子以外の料理の受け渡しが両者間で発生せず、今日は一度しか菓子が出てきていないことを考えればその線はないでしょう。」
「...なるほど...」
ガストロ伯は机に両肘をついて手を組み、その上に頭を載せて俯きながらそう呟く。
ソフィアはそろそろ頃合いだと判断し、そこで最後の結論を彼に告げた。
「であれば自然と考えられるのは...大の食通であり、今宵の晩餐会でただ一人、席を長いあいだ離れておられた貴方が作ったという結論です。...唯一謎だったのは、今ここに至るまであなたがこの事をお教えくださらなかったことですが...それについては別にお聞きしようとは思いません。」
「お見事です...全くもって恐ろしいお方だ。どうしてそこまで見抜けられるのでしょうか...」
謎とは言ったものの、ソフィアにも伯が秘密にしていた理由位は察しが付いた。なにせ国務大臣に等しい役職の宮中伯であるガストロ伯だ。そんな彼が、一料理人がするようなマネをしたとあっては他の貴族たちに示しがつかないであろう。
しかし、彼はどうしてもレオ達に自分のデザートを出したかったが故にだろう...途中で嘘をついてまでして離席して菓子を作りに行ったのだ。ソフィアとしては素晴らしい菓子を食べさせてくれたこの『気遣い』に気付いていたし感謝もしていた。
だから、無理に伯自身にその事を明言させようとはしなかったのだ。
伯もその事に気づいたが故に、両手を挙げて、『降参だ』といった様子で上記のようにソフィアへの賛美の言葉を告げたのだ。
ソフィアはこれを聞いて満足そうに笑った。
「ふふっ...いえいえ、こんなものは少し注意深く観察していれば分かる事ですよ。それに、あなたが隣の席に帰ってきた時に微かではありますが、貴方の手...特に指のあたりから、小麦と蜜の甘い香りがしましたからね...あなたがそういった類の物に触ったのはその事からも明白だったのですよ。」
「ふ、はははは!まさかそんなところまで見られていようとは!完璧な演技をしていたつもりでしたがとんだ道化師を演じていたという訳ですか!ははは...!」
途中からではなく、最初から全てを見透かされていたことを知って、額に手を当てて笑うガストロ伯。そんな彼を見てソフィアも笑いながら、すこしわざとらしい様子で返答をする。
「いえいえ!そんなことはありません!役者かと思うほどにお上手な演技でしたよ。...ただ、文字通り爪は甘かったですがねっ!ふふっ...」
「!ッハハハ!まさにそうでしょうな!急いで戻ろうとして手を急いで洗いましたからな!あの時、もう少し入念に手先を洗っておくべきでした!」
悪戯っぽく揶揄ったソフィアの言葉を聞いて、一本取られたと更に大笑いするグルマン伯。
ソフィアは、やはり異世界とはいえ美食家の人物とは馬が合いやすいな、と心から楽しい気持ちになっていた。
やはり人間は年代や性別の違いがあれど、共通の話題さえあれば会話が弾みやすいものなのかもしれない。少なくともこの時のソフィアは今日初めて会った、父の古くからの知り合いだというこの伯爵に友誼のような感情すら感じ始めていた。
伯爵にしてもこの幼いながらも、料理に関する深い情熱と知識を持ち合わせ、大人顔負けの胆力と抜け目ない洞察力とを兼ね備えた幼女の事を大層気に入っていた。
自分の娘...実際にはいないが...ほどの年とは思えないこの聡明な幼女ともっと語り合いたいと思った彼は、ソフィアにこんなことを提案した。
「いやぁ、侯爵閣下から話には聞いておりましたが聡明なお方だ。とてもようやく5歳になられるとは思えません!ここまで楽しい会話ができるのであれば、是非ともまたお話をさせて頂きたいものだ...」
「えぇ、こちらこそガストロ伯とは是非またお話ししたく願います。」
「それではどうでしょう?私も直に皇都へと帰りますので、その時に私の邸宅へお茶をしにいらしてはくれませんか?今日のものよりも更に美味しいお菓子を準備させていただきますので...」
ソフィアにとっては、願ってもない申し出であった。
気の合う人物とお茶ができるだけではなく、美味しい菓子を頂けるとなれば断る理由はなかった。一応近くにいて話を聞いていたオルタンスの方をチラりと伺ったが、微笑みながら首を縦に振り、許可を出してくれたので問題はないと分かった。
「えぇ!もちろん伺わせて頂きます!」
「はは、それは楽しみです。では皇都に戻りましたら、追って使者を使わせて連絡いたしますので、そのようによろしくお願いします。」
「わかりました。楽しみにしておきます。」
こうして、異世界の美食家との初めての邂逅を果たした晩餐会は終わりを迎え、ソフィアにはまた一つ、皇都での楽しみが増えたのであった。




