第十三話 幼女(おじさん)怒る
晩餐会もいよいよ大詰めを迎え、ついにデザートが運ばれてくる段となった。
「さて、そろそろお開きですかな...」
「ん?ノーラン卿、まだデザートがきておりませんよ?」
「あー、そうでしたな!少し酔ってしまったかもしれませんな、はは!」
「それはいけませんね、水を持ってこさせましょう。キャロタン殿も随分とお酒を召し上がっておいででしたが大丈夫ですか?」
ソフィアから少し離れた席で、諸侯たちが何やら話しをしている。どうやら少し酔った貴族の一人がデザートの事を忘れていたようだった。
なんてやつだ!と、叫びたいところをぐっと堪えて黙ってデザートを待っていた。
「ん?あぁ私は大丈夫だとも、お気遣い感謝する。それにしても酔ってはいないが、私もすっかり忘れておりましたよ」
「デザートの事ですか?」
「あぁ、それですよ...仕方がないこととはいえ、最近のデザートときたら全く見栄えもしなければ味も大して美味しくもないものばかりだ。ミルクで煮た米にハチミツを掛けた粥や、何の手も加えられていない果物の盛り合わせ等ばかりを出されては、印象も薄くなりましょう?」
「まぁ...確かに砂糖を用いた菓子の類がデセールとして出なくなって久しいですからね...ただデザート無しではあまりに味気ないでしょう?」
「砂糖を用いた菓子を販売してはならないとの勅令が出ておるから仕方ないが...それなら無理に甘味や果物など出さずに、アントレ(オードブル)のチーズでも代わりに出してくれた方がよっぽどいい気がするがなぁ...」
「....!(な、なんてことを...!)」
キャロタンと呼ばれた初老の貴族がそう話すのを聞いて、ソフィアは我慢ならない気持ちを抑えるのに精いっぱいだった。デザートの意義も料理人の苦悩も知らずに軽々とそのような事を言う人物がこのような素晴らしい料理を食べれる席に居ること自体がソフィアには許せなかったのだ。
ソフィアに言わせてみれば、この貴族はいい年齢でありながら目の前に見えている事しか評価できない近視眼の輩だった。しかも、砂糖という重要な材料が不足する中で工夫をする立派な料理人達に対する敬意のかけらも持ち合わせておらず、そのくせ『デザートが持つ意義』すら理解できないほどに料理の知識を持ち合わせていないというのが見て取れた。そんな人物のために貴重な料理が費やされるのは残念でならなかった。ましてや、甘味が貴重な国での話である。『こんな奴に食わせるくらいなら、その分を私に回してくれ!」とソフィアが思うのも無理のない事であった。
しかし、そうは思っても口にして非難する訳にはいかないというのは内心怒り心頭のソフィアにも理解できていた。だから、彼女は『早くデザートがこないかな?』という事だけを気にして黙ったまま座っていた。
「ふぅ、まだデザートはきてないでしょうな?」
「あら、ガストロ伯お帰りなさいませ。随分と長い間、席をお立ちのようでしたが...どこかお加減でも?」
「ん?あぁ!いえいえ心配には及びませんよ。ただ少し用事をがあったのもので、それを済ましていただけです。」
「そう、それならよかったですわ」
少し早足で席に戻ってきたガストロ伯を見たオルタンスが彼の体調を気遣ったが、大したことはない、とにこやかな顔でガストロ伯が返答したのでオルタンスも納得した様で微笑み返していた。
「ご用事...ですか?」
「まぁ...大したことではないのでソフィア様がお気になさることはありませんよ。」
ソフィアは気になって尋ねてみたが、ガストロ伯がそう言うのでそれ以上は聞かなかった。
「それより...そろそろデザートがくるみたいですよ?」
ガストロ伯が見ている方向を見てみると、数人の配膳係がそれぞれデザートの乗った台を押しながら部屋に入ってきた。
上座の方から順番にデザートが載せられた皿が並べられていく。そして、ソフィアの目の前にそれがやってきた時、彼女は目を大きく開いて歓喜した。
「わぁ...!」
目の前にやってきた皿の上には、『円形で黄金色の薄い生地』が『幾層も重なっている』大きな生地があり、その上に材質は同じだが長方形に畳み込まれたクレープのような生地が載せられていた。
薄い生地と生地の間には何か、白いクリームが挟まっており、生地とクリームが交互に組み合わされている。生地の上からはベリーソースらしき鮮やかな赤いソースと、中のクリームと同じものであろう白いクリームがかけられており、更に極めつけにと言わんばかりに、その上からハチミツがたっぷりとかけられていた。...この菓子は前世でソフィアが再現したことのある古来から伝わるお菓子の一つで、名を『プラチェンタ』といった。
「はあぁ...」
立ち上る芳醇な甘い香りにうっとりとしながら喜びに打ち震えるソフィア。『やった!こんなお菓子が食べられるなんて!やっぱり皇都行きの旅に出たのは正解だった!』と大はしゃぎする彼女だが、その感情を表に出すと、『はしたない』などと注意を受けそうなのでぐっと堪えた。
彼女は全員に行き渡るのを、今か今かと待ちわびていた。目の前の菓子に手を伸ばしそうになるのをそわそわしながら待っていると、先ほどのキャロタンという初老の貴族がガタっ、と音を立てて席から立った。すると...
「これはどういうことだ!」
と怒声を挙げながら目の前の菓子を指さした。
「キャロタン殿!?一体どうしたというんですか?レオ侯爵閣下の前で失礼に当たりますぞ...!」
オロオロとしながらその様子を見ている周りの諸侯の内、キャロタン伯の隣に座っていた貴族が声のトーンを落としてそう注意した...が。キャロタン子爵は聞く耳持たないといった様子で更に大きな声で続ける。
「どうしたもこうしたもない!この菓子に使われているのは何だ!」
「何って...このプラチェンタに使われているのは小麦とベリーソース、それにハチミツと『クリーム』のようですが...」
「それだ!そのクリームだ!クリームは一体何で作られていると思う!」
「あっ...」
そこまで言って、ようやくキャロタン子爵の言いたいことが分かったのか、隣の貴族は黙ったまま固まってしまった。
「周知のとおりクリームは砂糖を使って作られる。そう、『砂糖』を使った菓子だ!」
まるで、魔女を断罪する聖職者のような口ぶりで力強くそういうキャロタン子爵。彼は怒った様子のままさらに続けた。
「皆様もご存じの通り、皇王陛下は『砂糖を用いた菓子を提供してはならない』という勅令が出されております!しかし、この菓子にはそれが使われている...つまり、この菓子を作った者は皇王陛下の勅令に逆らった大罪人であるのです!」
「....」
キャロタン子爵は強い語気でそう言い切った。この時、それを聞いていたソフィアの中には強い怒りがこみあげてきていた。
「ですので皆さま、分かっておられるとは思いますが大罪人の作ったこのような『如何わしい菓子』を食べてはいけません。即刻給仕の者につき返して処分するように命じなければならないでしょう...それとついでにこの菓子を作った者を呼び出すように命じることとしましょう。私はこの地域の地方高等法院の司法官を務めておりますので、直々に取り調べて『不埒な輩に』処罰を与えてやります。」
ここにきて、遂に忍耐の限界を迎えたソフィアは、勢いよく席から立ち上がった。そして何をするのかとこの場の全員の視線が集まる中で、目の前の菓子を口いっぱいに頬張った!
「...!美味しい!!」
体調不良の為、2日間お休みを頂いておりました。
おかげさまですっかり良くなったので、今日から投稿再開です!
本日は今話を含めて2回更新します!
これからも『甘党賢者の異世界奮闘記』をよろしくお願いします!




