第十一話 『第一の料理』と異世界の美食家
従者に案内してもらって食堂の前へと来たソフィア。扉を開けて食堂に入ると、中はなかなかの広さの部屋で、装飾もバロック様式...に似た聖帝国様式の格式高い絢爛豪華なものであった。
そしてその部屋の中央には長大な長机の食卓が設置されており、ソフィアが部屋に入った時にはまだレオもオルタンスも来ておらず、給仕達が忙しなく机の上に食器を並べたり、食前酒や食前茶といったものを用意したりしていた。
「あれ?...なんか多いな?」
ソフィアは机の上に並べられている食器の数が多いことに気づいた。ここ何日かは宿泊先の食堂で夕食を食べてきたが、何時も自分とオルタンス、そしてレオの親子三人で食事をしていた。それ故、『なぜ今日はこんなに多くの食器が用意されているのだろうか?』とソフィアは疑問に思い、その場に立ったまま少し考え込んでいた。
まさか部屋を間違えたのではないだろうな...と考えていると自分が先ほど入ってきた扉が開き、レオとオルタンス達が入ってきた。
「あら?そちらの方々は?」
「ああ、ソフィア。もう来ていたのか、遅れてすまないな。こちらの人達はこの辺りに領地を持つ方々でね。わざわざ挨拶に、と私達の下に訪れてくれたんだよ」
ソフィアはレオ達の後ろに並んでいる数人の貴族らしき人物を見てそう尋ねると、レオはソフィアに少し遅れたことを謝りつつ、後ろに控える人達を手で示しつつ紹介を始めた。
紹介された諸侯達が会釈をして挨拶してきたので、ソフィアも礼に則ってスカートの裾を摘み、軽く持ち上げる...いわゆるカーテシー風の挨拶を返した。
「次に、こちらの方はガストロ伯といって、普段は宮廷に居られる『宮中伯』なのだが、所用でこの街に来られていてな。先ほどエントランスにて偶然お会いしたので晩餐にお呼びしたのだ。伯爵、こちらが娘のソフィアです。」
「初めましてソフィア様、ご紹介に預かりましたサミュエル・ド・ガストロ伯爵と申します。御父上には昔からお世話になっております。どうかお見知りおきを」
ガストロ伯爵が右手を左胸に当てながら深々と礼をするという、子供に対するものとは思えないほど丁寧かつ紳士的に挨拶をしてくる。
「お初にお目にかかります。レオの娘のソフィアです。こちらこそお見知りおき願いますわガストロ卿」
ソフィアも先ほどよりも一層丁寧にお辞儀をする事でそれに応えた。
「という訳で少々急ではあるが、せっかくなので今宵はこの方々とも一緒に会食する事とした。いいね?ソフィア。」
「はい、分かりましたお父様。」
これはつまり、会食に際して粗相しないように...とレオから釘を刺された訳だった。ソフィアとしては急な事で戸惑いを覚えるものの快諾するしか選択肢はなかった。
「さて、それでは皆席に着くとしようか。」
レオがそういうとそれぞれ自分の席に向かう。最も上座に当たる席は勿論レオであり、続いてオルタンスとソフィアがそれぞれ両脇を占め、その後はガストロ伯をはじめとして爵位や位階が高い者順に誰に言われるでもなくそれぞれ座っていく。
このように貴族社会では位階の判断が極めて重要であり、このように席一つとってもそこで判断される為、即座に各々のその場での『位置づけ』を理解し判断して行動しなければならないのだ。ソフィアはまだ戸惑いがちだが他の列席者は当然ながらスムーズに判断し、それに従ってごく自然に振舞っていた。
最初に例によって食前茶がソフィアの前に運ばれてきた。他の列席者たちの下には食前酒が運ばれた。...以前言ったように、ソフィアも水で薄めたワインは慣習として水の代わりに飲んだりするが、やはり子供である以上純粋に酒を楽しんだりするという訳ではないので食前酒など純粋に酒を飲む場合には食前茶などで代用するのが普通であった。...ただ、前世では甘党でありながら左党(酒好き)でもあったソフィアとしては早く大きくなって酒を嗜みたいとは常々思っていたのだが。
さておき、こうして晩餐会は始まった。食前酒(やお茶)を飲みながら談笑が始まり、しばらくすると前菜やスープといった『第一の料理』が順に運ばれてきた。
「おぉ、これは中々ですな」
料理を口にした列席している近隣諸侯の一人がそう感想を述べた。他の諸侯たちも似たような反応をしてあれこれと料理に関する話題を始める。
この日の第一の料理は、子兎のアーモンドクリーム添え・子羊のミント煮・鶏肉の出汁を用いたアーモンドのポタージュといった具合である。
前菜という事もあり、どれも見た目こそ平凡なものが多いが、味の方は実に丁寧に仕込みや料理人の工夫がされているとみえて素晴らしいものであった。
特に、全体的に使われている『アーモンド』をソフィアは高く評価した。例えばスープはミルクではなく生アーモンドから作ったであろうアーモンドミルクが用いられていたが、これによってよりさっぱりとした上品な味わいが感じられ、その中にしっかりと取られた鶏肉の出汁が調和されており、スープの温かさとその風味が、長旅で疲れていた体に染みわたり、食欲を刺激した。
「これなら、ガストロ伯もお気に召したのではないですか?」
オルタンスがそう尋ねると、ガストロ伯はスープを飲んでいた手を止めて、満面の笑みで首肯し、返答した。
「お母様?それはどういう...?」
「ガストロ伯はね、宮廷...いや皇国内でも有数の美食家として有名な方なのよ。」
「はは、そんな大層なものでありませんよ...それにしてもこれは、とても素晴らしい料理ですね。特にアーモンドの使い方が極めて良い。レオ閣下ご一家の長距離移動でお疲れの身体への気遣いがうかがえます。この一品だけでも料理人の腕の高さが伝わってきますね」
嬉しそうな様子でそう述べるガストロ伯。
その姿にかつて前世で交流していた『食通達』の面影を見たソフィアは自然と懐かしい気持ちになるのであった。




