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第十話 皇都への旅路と大街道

【正統歴1560年 9月13日 エフェレシア侯爵領 侯爵邸内自室】

 

 そしてあっという間に時は過ぎ、いよいよ皇都へ向かう日がやってきた。

「とうとうこの日が来た...」

 ソフィアはうきうきとした気持ちを隠し切れない様子で自分の部屋の中を忙しなくいったり来たりしていた。

あの日以来、来る日も来る日もマナーや教養に関するレッスンを嫌になるほど受けながらも不平や弱音を一言も漏らさず、懸命に努力を続けてきた...それらの努力を彼女が継続してきた理由は究極的にはたった一つである。その理由というのは...


 「あぁ...一体どんな甘味が待ち構えているんだろうか...」


 ...その理由というのはつまるところコレだ。今の彼女はそれ以外の事になど微塵も関心がなかった。というのも以前の世界であれば甘味を好きな時に好きなだけ食べることができており、『彼』はストレスフリーな生活を送れていた。このように彼にとっての一次欲求である『甘味欲』が満たされていたからこそ、その他の学問や芸事などにも関心を向ける余裕が以前は存在していたのだ。

 だがこの世界に来てからというもの、自由にどころか殆ど甘味を口にすることができないでいた。それもこれも、『彼女』にとってはくだらない事にしか思えない『政治的軋轢』とやらの影響で砂糖の流入量が激減しているのが原因だ。それゆえ彼女はこの時とても『飢え』ていた。

 それは何も栄養失調やお腹を空かせているという本来の意味での『飢え』ではなく単純に甘味が食べられない事への不満や鬱憤といったものに過ぎないのだが、ソフィアにとってそれは自分の人生を構成している主要で必要不可欠な要素の欠落を意味したものだから、今やそれを手にする事のみに集中し、他の事にまで関心が回らないという状況を作り出していたのだ。

 その『盲目的な甘味への恋』こそが、彼女の今後の人生を大きく左右する大きな要因となるのであるが、皇都にはどんな甘味があるのかという事にのみ意識を集中させている今の彼女にはそんな事を考える余裕などなかったのである。

 

 「ソフィア様、旦那様と奥様がお待ちですのでそろそろ玄関ホールまでいらして下さい。」

 「えぇ、わかりました」

 

 そうこうしている内にメイドがやってきて、玄関ホールで二人が待っていることを伝えに来た。どうやら出発の時が来たようだ。ソフィアは二つ返事をして開けられた扉の方へと向かうと、そのまま廊下を少し早足で歩いて二人の下へと向かうのであった。

 

 玄関ホールに降りる階段まで行くと、大きな荷物を抱えた使用人たちが扉を開け放っている玄関を通って屋敷の表に列をなしている荷馬車にその荷物を運んでいた。丁度ソフィアが階段を降り切ると最後の荷物の積み込みが終わったようで、玄関の前で二人がソフィアの方を見ながら待っていた。

 

 「準備はいいわね?ソフィア?」

 「はい、お母様」

 

 ソフィアはオルタンスに二つ返事でそう言った。それを見ていたレオは頷き、

「それでは、そろそろ向かうとしようか。皇都へは馬車で一週間程度で着く予定だ。道中の宿は先行させた者に命じてすでに手配してあるし、道も整備されている。そこまで負担の大きな旅ではないと思うが体調が悪くなったりしたらすぐに言いなさい。いいね?」

「はい、お父様」

 

 幼い子供の初めての長距離移動という事で、レオが心配しているのがよく分かる。確かに馬車での移動とはいえ、近代の道路ができる前の道では揺れなども強く、何より退屈で小さい子供には体力的にも精神的にも少々酷なものだとソフィアは聞いたことがあった。

 だがそこはソフィア、ただの幼女ではない。彼女は座ったまま考え事をして一日を潰すなどということには馴れっこだ。それに、道の先に甘味が待っていると思えばどんなに過酷な道でも耐え抜く自信が彼女にはあった。道が険しければ険しい程にその後に食べる甘味は美味しい、と考えるほどの筋金入りだ。

 当人としてはその甘味への気持ちは、かつて修験道を通って聖地を目指したという巡礼者にも似た気持ちのつもりだったかもしれない。...それにしては欲にまみれ過ぎではあるが。

 

 三人は並んで玄関を出ると、正面で扉を開けて待っている豪奢な四頭立ての儀装馬車キャリッジに乗り込んだ。馬車にはエフェレシア家の家紋である『銀の梟』が描かれた紋章旗と、皇室より掲揚を許可された縁者の印...白地の中央に青の縦帯の入った国旗の上に皇室の家紋である『白の双翼』が浮かび、その両側に皇室の縁者個人(この場合はオルタンス)の象徴である白鳥が一羽ずつ描かれたもの...である紋章旗とが一つずつ掲げられていた。

 

 「わぁ...」

 

 馬車の中に入ってみるとそこはソフィアがイメージしていたものとは違って中々の広さかつ贅を尽くした空間であった。

 長距離移動に備えてであろう、乗客に負担を掛けないように備え付けられた座席は適度にふかふかしたソファーであった。さらに二人掛けにしては幅にゆとりのあるその座席は向かい合うように二つ存在するのだが、その間の通路部分も少し広めになっており、適時足を寛がせられるように設計されていた。

 車内のデザインは白を基調とした瀟洒なものであり、金の刺繡が施されたカーテンや金メッキではない恐らく本物の金を用いて壁と天井に施されている細やかで優美な装飾が豪奢さを示しつつ、基調色の白をより映えさせていた。ソフィアの好みとは少し異なるものの、全体として清潔感と芸術性に長けたセンスの良い造りである...という印象を彼女はこの車内の造りに対して抱いた。

 

 「さて二人とも席に着いたね?それでは出発しよう。」

 レオはそう言うと自分の後ろの壁の上部にある小窓を開け、前の御者台に居る御者に出発するように命じた。

 すると隊列の前部が進み始める音がした。一瞬の間を置いてソフィアたちの乗った馬車も動き始め、馬車の進む振動が伝わってきた。その振動はソフィアに、いよいよ皇都へと向かい始めたという実感を湧かせてくれるのであった。


【正統歴1560年 9月17日 皇国領内中部地域 地方都市ロンダルシア 】

 出発してから4日が過ぎた。ソフィアはここまでの旅程で何点か驚かされる様なことを見つけたり体験したりしていた。

 その中でも彼女が特に目を見張ったのは、ここまで通ってきた道路状態の良さについてだ。ソフィアが前世の文献で見た中世などの昔の街道というのは、極めて簡素な造りで舗装もろくにされておらず、雨が降ればぬかるむことが多いという『悪路』の事だった。

 しかし、今まで主要街道を通ってきたからとはいえ、この国の街道は上記の物とは比べ物にならないほど高度に整備されていた。その幅は両脇の歩道を含めて10m前後の広さが維持されており、車道部分だけでも馬車が十分に並走・対向できるような幅があった。

 例えば道路の表層構造に関して言えば、道路の表層には大きな石の板が敷かれており、道路は中央がわずかに盛り上がるように造られ,雨水が道路のいちばん高い部分から両側の排水溝に流れるようになっていた。そのような構造によって耐久性のある高度に整備された道路が主要街道だけとはいえ、数百キロに渡って続いていたのだ。

 この道路の脇には定期的に『駅』や『駐屯所』が設置されていた。これによって、道路の物理的整備だけではなく、公用使などの役人や軍隊が補給を受けられる『補給所』と盗賊などの発生を防ぐための『治安維持施設』の設置をする事で、この道路を通行する事の安全を保障し、それによって商人などの往来を推進する事で道路に面した地域の商業的発展が期待でき、更に軍の展開を早くして国防の充実化を図る等といった複数の効果が期待できるのだ。

 ソフィアはかつてそのインフラ整備と高度にシステム化された行政・軍隊の効率的な組織構造によって繁栄を極め、『すべての道は~』...というあまりにも有名な下りを遥か後世にまで轟かせた有名な帝国の街道の事を思い出さずには居れなかった。

 

 そんな道をこの数日間走り続けて、彼女らは今、皇国中部地域のロンダルシアという大きな都市に来ていた。時刻はそろそろ日が傾きかけている夕刻、つい先ほど事前に手配してあった宿に到着した所であった。

 「ふぅ、やっと着いたぁ!」

 自分の部屋に着いたソフィアは、ぼふっ、と音を立てて勢いよくベッドに飛び込んだ。誰かに見られていれば、はしたない...と小言を言われた所だろうが幸い今は一人なのだ。だからこそ、ソフィアはこの貴重な一人の時間を使って、人目を憚ることなく伸び伸びとしていた。

 

 「まったく、乗り心地は悪くないとはいっても流石に腰やお尻が痛くなってくるなぁ...」

 

 一日あたり、休憩時間を除いても8時間から9時間は走り続けている。座り続けている以上、どうしたって身体的に負荷が掛かるのは仕方がない。ましてや、長距離移動が初めてでまだ慣れていないソフィアの小さな身体には疲労も蓄積しやすかった。

 

 「はぁ、毎日宿に泊まれて温かいご飯が出るだけ有難い、というのは分かっているんだけど...そろそろ甘いものの一つでも出てこないものか...」

 

 疲労回復には甘いものが一番、というのは彼女が以前から信じている考えの一つだ。だが、砂糖の流通量が低下している今、貴族向けとはいえ地方都市の宿屋の料理に甘味が入っている可能性はかなり低かった。というよりも砂糖を使った菓子に関して言えば、現在販売を禁止する旨の政令が繰り返し出されているそうだから宿ではまず食べれないのだ。

 

 「どうにか甘いものを摂取できないものか...」

 そう言いながらベットの上でうんうん、と唸るソフィアであったが扉をノックする音が聞こえたのですぐさま起き上がった。

 

 「どうぞ」

 「失礼します。ソフィア様、お食事の準備が整いましたので食堂までお越しくださいませ。」

 「わかりました。今行きます。」

 

 従者にそういうとソフィアはベットから立ち上がり、食堂へと向かうのであった。

 ...この時、ソフィアは一切の期待を持たず、重々しい足取りで食堂へと向かっていたのだが、この後の晩餐で『あるもの』が出てくるのを知っていれば、きっと鼻歌でも歌いながらスキップして向かっていたことだろう。無論、この時の彼女にそれを知る由はなかった。

昨日は諸事情で投稿できなくて申し訳ありませんでした。本日からはまた連日投稿して行きたいと思いますので、これからもどうぞよろしくお願いいたします。

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