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王妃代行、猫曜日  作者: アストロ
王妃代行、猫曜日
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落とし前

「随分舐めた真似をしてくれたわね」


 十数人はいるかと思われる侍女たちを睥睨し、優雅に笑いかける。ロサにくしけずられた髪は艶めき、化粧はよりわたしを美しく魅せている。女にとって、美しさは力だ。相手を羨望と憧憬で威圧する。髪型は兜で、ドレスは鎧で、笑みは刃。ここは女の戦場だ。


「そこのロサから聞いたわ。仕事をさぼっているんですってね」


 ロサがうぇ、という顔をしたが、散々コケにしてくれたのだから、これくらい意趣返しさせてもらう。同僚に余計嫌われたところで、へこたれるようなタマではなかろう。


「どういうつもりかしら。一応言い訳を聞いてあげましょうか?」


 にっこり、蝶のように可憐に小首を傾げる。


「……あなたはわたしたちの主じゃない」


 沈黙ののち、一人が口火を切ったのを気に次々と閉ざされていた唇が開く。


「エースターの兵に年の離れた兄は殺されたわ」

「わたしの従兄弟は首なしで帰って来た」

「領内の村は焼かれた。優しい人ばかりだったのに」

「絶対に許さない」

「こんな結婚、祝福されるわけないじゃない」

「のうのうと幸せにしているなんて許せない」

「陛下だってあなたを憎んでいるから、あなたの存在を無視している」

「この国にあなたの居場所なんかないわ!」

「そうよ、この国を出ていけばいい!」


 扇をぴしゃりと閉じると、攻勢が弛む。


「言いたいことはそれだけかしら?」


 こういう威圧的な態度はしたことはないが、なんちゃら夫人にとられたことはある。伊達に侍女を長いことやっていない。


「あなたたちはエースターという国に個人的な恨みを抱いている。で、目の前をうろつき手近なわたしに不満をぶつけた、と」


 わたしのもとで従順に働く気にもなれなかったけれど、危害を加える度胸もなかったのだ。


「ふーん、かなり幼稚ね。で、あなた方はどうするつもりでいるの?」


 彼女たちのぽかんとした顔に呆れてしまった。


「わたしが不利益を被った償いは、どうしてくれるって聞いてんの」


 確信した。彼女は己の行動の結果、つまり責任について頭にもない。


「あなたの言う通り、わたしはこの国に嫁いできた、所詮人質。しかも元の婚約者は現陛下の兄で、今の陛下ではない。軽んじられて当然だわ。でもその妃に、日当たりの良い部屋を与えている。侍女も十分な数を揃え、調度品も過不足なく整えられている。何故だかわかる?」


 今着ているものも含め、クローゼットいっぱいにあるドレスは全て、エースター風に新しく誂えたものだ。揃えられた靴は磨かれ、装飾品には宝石が煌く。窓にはレースのカーテン、床は東方で織られた絨毯。故郷の王宮の絢爛さには劣るが、侍女のわたしの目から見ても一級品が揃っている。

 確かにわたしは冷遇されているが、文句をつける程ではない。それどころか、王の心情を思えば破格の待遇だ。何故か。


「持参金よ」


 結婚破棄の原因にもなる持参金。嫁ぐ際、エースターは毎年払っていた賠償金以上の金額を用意した。可愛い姫君の、この国での生活を保障するために。そして通常なら嫁いだ嫁が管理し、人件費や宝飾品につかう持参金を、オノグルは受け取っている。


「わたしは自国の侍女をつけるのも許されなかった。その代わり王は最低限の生活を保障している」


 持参金の使い道について、彼は義務を果たしている。顔を合わせないようにしているのは、個人の自由だ。夫婦生活が無いことは役目を果たしてないとは言えるが、わたしに魅力が無い、努力不足だと言われれば黙るしかない。王に危害を加えられたわけでも、脅迫されたわけでもない。王に瑕疵はないのだ。少なくとも経費においては。


「しかしあなたたちが働かないならば、契約違反だわ。持参金の返金を要求します。エースターの体面に泥を塗り、謂れない言葉で姫であるわたしを傷つけた。この代償、高くつくわよ」


 嘘だ。要求したところで応える可能性は少ない。王が正直どう出るかわからない。そんなバカげた話は聞いたこと無いと突っぱねられる可能性だってある。もめ事を起こしたくないエースターに、身代りは黙っていろと指示される可能性だってある。職務怠惰なだけだと、賠償の額だって侍女たちの給金分で終わる可能性だってある。これははったりだ。


「オノグルは貧しい国。相当お金に困っているようね。既に持参金の大部分は使い道が決まっているでしょう。オノグルの王は計算高い男。彼はわたしを顧みない。その代り、あなたたちを守りもしないでしょうね。彼は返金に応じないわ。責任を全てあなたたちに被せ、自分は知らぬ存ぜぬを通すでしょう。給料をもらっている身で、職務放棄をしたのだから当然よね。この国の国庫を潤すほどの額を、あなたたちは贖えるの?」


 ロサが言うように、彼女たちの多くは下級貴族。しかも稼ぎ頭の男手が奪われている。家のため、家族のため、働らかなければならない、その対価を得なければならない立場。


「あなたたちが一生かけても、例え身売りしたって返せる額ではないわ。家財も領地も当然没収ね。あなたたちの家族は路頭に迷うでしょう。あなたたちの軽率な行いが、くだらない復讐心が家を潰したのね。ほほほ、孝行な娘さんたちだこと」


 真っ青な顔が並ぶ。平民のわたしに言わせれば、随分世間知らずのお嬢さんたちだ。エースターの姫の顔に泥を塗ったのだからそれぐらいの覚悟して然るべきだ。わたしたち臣下の首なんて、王族の気まぐれ一つで簡単に飛ぶのに。


「姫様! お許しください、みんな魔がさしたんです、出来心だったんです! これからは心を入れ替えてお仕えします、だからどうか」


 無関係なのに、一人だけ仕事を押し付けられた侍女、ドミナが深く頭を下げる。本当に出来た人間だ。


「やる気のない侍女なんかはっきり言って要らないわ」

「姫様!」


 悲鳴のような声を上がったが、こればかりは譲れない。わたしにとってこの国は敵ばかり。何しろ国主に疎まれているのだから。せめて身の回りにいる人間くらい信頼できる者に任せたい。さもなくば足元を掬われる。


「でも、そうね。わたしもこの国に来たばかりで、あまり事を荒立てたくないの。わたしのやりたいことを手伝ってくれたら、今までの行いを不問にして良いわ」

「やりたいこと、ですか?」

「あなたたちに他の貴婦人と知り合う機会を上げる。そう、上手くいけば、その方たちに気に入られるかもしれない。職務に専念すれば紹介状を書いてあげても良いわ。わたしに仕えるのは嫌なのでしょう?」

「何をされるおつもりですか?」


 恐々と聞く侍女たちに、にっこり笑いかける。


「お茶会を開くわ」

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