女の戦い
「侯爵夫人より出席の知らせが来ました!」
最年少の侍女が封筒を手にかけてくる。はしたないが今は注意をしている時ではない。ペーパーナイフで素早く封筒を切り開く。
「出席一追加、現時点の出席者の数は?!」
「総勢約四十二名、返事があった招待客の約半分です」
ドミナが石板に文字を刻みながら答える。招待客の選定はこの国の貴族関係に詳しい彼女と、古参の侍女に任せてある。
「結婚式の出席者が九割以上十割未満だったことを考えると少ないですね」
「まだ返事が来てないのが三割近くありますし」
国王の機嫌を損ねたくない貴族は当然出席を躊躇うだろう。国王と不仲と言うのは、貴族たちにとっくに知れ渡っているらしい。陛下からの招待で出席率が十割近く、わたしが五割というのはこの国における影響力の違いとも言えるかもしれない。
「正直、全員欠席を覚悟していたわ。そう考えると多い方ね」
出席者の目的はエースターとのつなぎを得たい、と言うより、貴族の大半はわたしが何を仕出かそうとしているか様子見、というところだろうけど。
「ところで、何を基準に選ばれたんですか? 王都近くに在住、貴族、女性、という条件はまあ良いとして、鴛鴦夫婦、未亡人も含むってのは?」
「わたしにとって、価値がある人たちよ」
招待状の文面には鴛鴦夫婦として高名な貴女に出席してほしい、とある。褒められるのは悪い気がしないし、断ったら招待者に不仲だと勘繰られるのではないか、と猜疑心を抱かせ招待客を断り難くさせるというのもあるが、主な目的は別だ。
「最終的に五十人くらいになりそうね。となると予定していた部屋では手狭。他に候補は?」
「舞踏会を開いた会場はどうでしょう。結婚式後の夜会を開いた」
「五十人には広いけど、飾りはどうしましょう?」
「あの夜会に招待された客も多いですし、失礼ですが半端な装飾ならどうしても見劣りします」
残念ながら、わたしに自由に動かせるお金は少ない。ドレスや調度品を売る算段をつけなくてはいけないかもしれない。
「庭に咲いた花を飾るのはどうかしら?」
「花を使うくらいなら西の庭園を使ったらどうですか? 今なら薔薇が見頃です」
「管理しているアストラム様なら、許可をくれますよ」
陛下の乳兄弟で、農業大臣で、中庭の管理者。あの方は何者なんだろう。
「早速、許可を得てきます!」
最年少の侍女が走る。また、はしたないと注意し損ねてしまった。
「でも屋外だと天候に左右されるわね」
「え? 今の時期は雨なんか降りませんよ」
そんなバカな、と思ったが、同意見らしく侍女たちは一斉に頷いている。この地の不毛具合、いや乾燥具合を舐めていたかもしれない。
「わかったわ。でも念のため、雨が降った時のために部屋の使用許可を得ておきましょう」
ロサがカートを押しながら部屋に顔を出した。
「料理長よりお茶請けの試作品が来ましたぁ」
ロサには外部との渉外を担ってもらっている。わたしの命だと言うと渋る男共が、ロサが言うと融通を効かせてくれることがあるからだ。わたしの地位より女子力が上回ると言うのか。なんだか釈然としない。
「ちょうどいいわ、休憩にしましょう」
侍女たちの顔が綻ぶ。ティータイムの際は、茶会に臨んで茶器や茶葉の意見や感想を求めたくて、彼女たちにも同席してもらっている。回数を重ねるごとに空気も和やかになった気がする。初っ端に脅迫したので警戒して距離を取られたが、お茶会と言う一つの目標に向かって話し合い取り組んでいる内に段々と打ち解けたように思う。
「本番に出す茶葉の候補の一つです」
「いつもありがとう。ドミナが淹れる紅茶はいつも美味しいわね」
「褒め過ぎです」
彼女ははにかんだが、決して過剰な言葉ではない。侍女であったわたしは知っている。淹れ方ひとつで味は変わるのだ。ドミナは抜群に上手く、仕草に品もある。まだ時間もあるし、他の侍女にも指導してもらった方が良いかもしれない。
「うーん、味は悪くないけど、種類が少ないわね」
「ジャムを使ったものとか、アーモンドやナッツを練りこんだものとか増やした方が良いかもしれませんね」
「料理長には、色や形も目を楽しませるよう工夫してほしいと伝えて」
「せっかく庭でやるんならお花の形とかどうですか?」
「素晴らしいわ。早速提案してみましょう」
良い意見だ。花なら形も綺麗だし、季節も味わうことができる。手離しで褒めると侍女が嬉しそうに頬を緩めた。こちらまで微笑ましい。
「庭には、机や椅子はおいてある? 室内から机を運んでも良いのかしら?」
「椅子はベンチくらいしかありませんが、確か外用の白い丸テーブルがあったと思いますよ。倉庫にあると思います。王林で狩猟した時、待機している淑女たちが使っていたのを見たことがあります」
丸いテーブルなら四人掛け、いやドレスも着るし、三人掛けにした方が良いかもしれない。三人掛けなら最低テーブルが十六台、椅子が四十八脚必要だ。他にも茶器やお茶請けを一旦置いておく机も要る。
「置くのに充分なスペースはあるかしら?」
「問題ありません。噴水の近くなんてかなり広いですよ」
「前回の狩りの時のテーブルの配置はどうだったか、誰か知ってる? 招待客の数とかも」
「記憶はおぼろげですが、数ならば備品の貸し出しする倉庫に記録してあるはずです」
「確認しておきたいわ。後で書類の写しを持ってきてくれる?」
「わかりました」
「一回中庭を見ておく必要がありそうね。あ、そうだ、席順も考えないといけないわね」
「うわっ、面倒ですね」
侍女の一人がうっかり本音を零したが、席順と言うのは存外厄介なのだ。官職や爵位と言った序列や、何ちゃら侯爵夫人はなんちゃら女伯爵と仲が悪いとか、人間関係を考慮しなければならない。本来なら女主人が頭を悩ませるのだが、何しろわたしはこの国の貴族関係に疎い。
「ドミナ、力を貸してくれる?」
「勿論です。ですがいっそ、席を増やしてお客様が自由に座れるようにすれば如何ですか? 折角スペースもあることですし」
ぱっと視界が明るくなった。自由席にしてしまえば、煩わしいことを思い悩まず済む。しかもわたしにとってはこの国の貴族間の人間関係を観察できる良い機会になる。
「さすが、ドミナ!」
「素敵、惚れそう!」
「よっ、出来る女!」
「もう、みんなったら揶揄わないで。姫様もですよ」
ドミナは照れ臭いのか頬を染めた。因みに、一番親父臭いのがわたしの言である。
とすると、机は二十台と五台、椅子は六十脚必要だ。お茶が終わったら倉庫から出して数や一つ一つの破損、ぐらつきを確認して、ついでに綺麗に拭いておきたい。中庭も見ておいた方が良いだろう。
「では、わたしは早速掃除道具の準備をします」
「わたしは茶器を片付けてから合流します」
「わたしは先に行って係の人に話を通しておきます」
「その狩猟の時の記録もついでに見せてもらいましょう」
「わたしも手伝うわ。雑巾はどこにあるかしら?」
侍女たちのやる気に釣られてそう発言したところ、悲鳴が上がった。
「姫様は大人しくしていてください!」
「王族に雑巾がけなんかさせられません!」
「大丈夫です、人手はありますから!」
「ここに招待客のリストありますから、暗記しておいてください!」
侍女たちは一致団結してわたしに大人しくしているように念を押すと、ぱたぱたと部屋を出て行った。
肩を竦める。そう言えばわたし、一国の姫をやっている立場だった。
「って、あなたは行かないの?」
部屋にはロサが一人座し、ぼりぼり残りのクッキーを食っている。先ほども話し合いには一切参加しなかったし、幾らボイコットに参加せず残留が決まっているとは言っても、やる気のない女だ。
「あたしは、料理長がせっかく作ってくれたクッキーを消費する係ですぅ」
「随分都合の良い係ね」
呆れた顔をしてみせたのに、ロサは動じず、じっとわたしを見ている。
「何考えてるんですかぁ?」
主であるわたしを探る瞳は、底知れない。相変わらず薄気味が悪いが、やることが決まっている今ならば、心安く受け止められる。わたしは唇の端を釣り上げた。
「男を味方につけられないなら、女を味方につけるまでよ」




