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「…白い」
それが純粋な感想だった。
確か、シンの部屋から出てすぐ自室に戻り一息つこうとソファに横になっていたはずだ。
寝てしまったのか、ならばこれは夢なのかと、シュンは辺りを見回した。
上も下もなく、ただ一面が白い世界は立っているのか、寝ているのか、浮いているのかも分からない。
唯一白く無いのは自分と…。
「…私?」
「っ!!?」
そう、今のシュンになる前の春が驚いた様子でシュンを見ていた。
車に跳ねられた25歳の春だ。
「…私…」
全く以て自分らしくないおどおどとした春は、別人のように見えた。
「なんで…私が…」
「?」
おどおどとした春は、シュンを見て“私”と言った。
それを聞いた瞬間、シュンは現状を把握した。
「もしかして、リュカ?」
「え?」
「やっぱり。私はシュンだよ。お互い死んだんじゃなくて魂が入れ替わってしまったみたいだね」
「…入れ替わり…」
25歳の時より少し老けたかとも思うが、三年経っているのだ。
それもそうであろう。
「…私、またリュカにもどるの?」
怯えたように不安な眼差しでシュンを見つめるリュカだが、シュンにもそれは分からない。
でも、そうはならないのでは無いかと何となく感じていた。
「多分、違う。なぜ今こうしてリュカと会ったのかは分からない。今また入れ替わられても困るし」
「私も、困ります…」
リュカは両手をぎゅっと組み、視線をその手に落とした。
「…ん?んんんん!?それ!!」
「え?」
「指輪!?」
左手の薬指に小さなダイヤモンドがキラリと光る。
シュンはそんなもの勿論知らない。
指輪など持っていないのだから。
「…あの、今日プ、プロポーズされて…」
「はああぁぁぁぁ!!!!???プププップロポーズ!!?誰に!?私彼氏なんていなかったはずだけど!?」
「…同じ職場の…室田良太さんに…」
「……おぅマジか…」
室田良太、それは春が働く会社の三歳歳上のエリートだ。
しかもイケメンだ。
何をどうやったらそうなったのか、シュンにはさっぱりわけが分からなかった。
それを問いただせば、照れながらリュカは話してくれた。
照れる自分という貴重なモノを目にしながら、事故に遭ってからの事を知ることになる。
春ことリュカはまず当然ながら病院で目を覚ました。
車に跳ねられて三日後の事だ。
漸く意識が戻ったのだが、当然リュカは日本の事など知らない。
しかも中身は4歳の女の子なのだ。
それがいきなり25歳の大人になっていたとあらば、混乱必至。
しかし、周囲はそれを事故の後遺症だと判断した。
右も左もわからぬ世界でリュカが何とかやっていけたのは、春の記憶のおかげであった。
考え方は子供のままなのだが、大人としての記憶もあるため、それを参考にしながら何とか生活していた。
そしてリュカはこの日本で、とある才能を開花させた。
語学だった。
知らない世界の知らない言葉は興味を引き、まるで乾いたスポンジのように吸収していった。
さながらシュンが魔法を覚えるかの如くだ。
今現在、英語、フランス語、中国語、ドイツ語、そして日本語の5カ国語も話せるという。
仕事を休職した二年間でマスターし、一年前に復帰。
海外との取引の際、通訳として指名される事も多くなり、その際は必ずと言って良い程、エリート室田と一緒になり接点が多くなってきたのだという。
精神的にはまだ子供のリュカは、さぞかし幼く見えたに違いないのだが、その屈託なさや無垢さに惹かれ、更にはそれが清楚に見えたのだ。
(マジか、室田さん。ロリコンの気でもあるんじゃないの?)
シュンが口を引きつらせていると、リュカは照れた表情を真面目なものへと変え、シュンを見た。
「ごめんなさい…」
「え?」
突然の謝罪にシュンは瞬いた。
「…あなたの人生なのに、私がそれを奪ってしまいました…」
何もできない子供の体を押し付けてしまった、と春の両親を奪い、更には結婚まで決まった。
リュカとしては、人の人生を横取りしてしまった気分なのだ。
「…リュカは今、幸せなんだね」
「…はい…ごめんなさいっ」
「あぁー怒ってるわけじゃないの。安心しただけ」
「え?安心?」
「そう。だって、私は私で幸せだから!」
嘘など一つもない。
寧ろ安心したのだ。
自分がいなくなった世界で、先に逝くという親不孝をした後、両親はどうしただろうか、と考えなかった訳ではない。
だが、こうして代わりにリュカが親孝行してくれてる。
なら、安心して自分はこの世界でシュンとして生きていけるというものだ。
シュンはリュカの体に入ってからの事を話した。
魔法を使えるようになったことや、シンやレイル、マールにエクシャと言う家族が出来たこと。
リュカに負けず劣らず自分も幸せなのだ、と。
「…私が、魔法…」
「すっごいの!天才なんだから!」
自慢げに話す姿に嘘はなく、リュカはホッと安堵の表情を見せた。
「あぁーでも、今日はちょっと良くない…って言ったらあれだけど…」
「?」
「リュカのお父さんに会ったよ」
「っ!!?」
安堵の表情が一転した。
自分に暴力を振るい、売り飛ばした張本人。
恐怖の対象でしかない。
「大丈夫。リュカはそのまま幸せになって」
「でも…」
父親との再会など良い予感がしないリュカは、シュンを不安な眼差しで見つめる。
「あぁー…ごめんごめん。そんな顔させるつもりはなかったんだけど…」
取り敢えずの報告のつもりであったが、リュカには酷いトラウマになってしまっていたようだ。
まぁ、当然と言えば当然である。
「大丈夫だよ。なんてったって、私すっごい魔法使いなんだから!ね?」
おどけて見せる少女に昔の自分の様にはならない予感がしたリュカは、少しだけ笑った。
今目の前に居る“リュカ”は以前の様にただ殴られるだけの少女ではないのだ、と。
「そっちの事は任せたからね。私はこっちで絶対に幸せになるから!てか、今の時点で毎日楽しいけど!」
「うん。私だけじゃなくてお父さんとお母さんの事もきっと幸せにする」
「頼んだ!」
まだ少しの不安は残っているが、リュカは力強く頷いて見せる。
タイミング良く、目覚めの時が来たのだろう。
白い世界に少しずつ光が差し込んできた。
「会えて良かった」
「うん、私も…」
握手を交わすと光は更に眩しさを増し、お互いの姿が認識できないほどの光に包まれ、次に目を開けると見慣れた天蓋付きのベッドだった。
「……あれ?確かソファで寝てたはず…」
とソファを見ればレイルが本を広げていた。
「レイル?どうしたの?」
「起きたか」
ベッドから起き上がるシュンを確認すると、本を閉じレイルはシュンへと向き直った。
「シンから聞いた。明日父親の所に行くんだってな」
「うん。もう会わないって言ってくる」
「…俺も行こう。一応今の保護者だし、子供だけよりは納得させやすいだろう」
それもそうか、と頷くシュンに話はそれだけだ、とレイルは直ぐに席を立った。
「…本当にいいのか?」
扉の前まで来て、レイルはシュンに背を向けたまま問う。
何がいいのかなど、言わなくともシュンは理解した。
“本当に父親と決別してもいいのか?”
「いいよ。私の家族はここに居るみんなだから」
「ならいい」
はっきりとした返答にそれだけ返すと、レイルは今度こそ部屋を後にした。
「…即答、か」
シュンがそれでいいのなら構わない。
レイルは唯一、シュンの酷い姿を見ているため、正直そんな仕打ちをする親の元へなど絶対にやるつもりは無かった。
シュンに迷いがあるのなら断ち切るべきだと思っていたが、いらぬ心配であったようだ。
明日、相手が何かしてきてもこれで迷いなく対応できると言うものだ。
それが分かれば後はどうにでもする、と一先ず本の続きを読むべく自室へと向かうのであった。