70
『う・・・だ、だめだ・・・・・・いくな・・・いく、な・・・。離さないぞ・・・ぜったい・・・たのむ、俺をおいて・・・・・・行くな!!』
ぴちちち、と窓の外からは小鳥の囀りが聞こえ、カーテンからは気持ちの良い陽が差し込んでいる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・夢?」
「ぶっ!あっはっはっはっ!じゃぁシン君はチョコレートプリンに逃げられる夢を見て魘されてたの!?」
「黙れニノ。焼け焦がすぞ」
「あっつい!?」
盛大に笑い転げたニノの頭からぷすぷすと煙が出たが、自業自得なので誰も咎めないしフォローもない。
しかし、一同が笑いを堪えているので、シンの額には青筋が浮かんでいる。
「くくく・・・二十歳にもなって見る夢がそれか」
すっかりいい大人と言ってもいい年齢であるが、いまだに見る夢がソレである。
身体は大きくなったが、中身はまだまだ子供だなとレイルはすっかり親目線だ。
「悪いな、シン。魘されている声が聞こえたから俺が問うてしまったばかりに」
魔物の血が流れているマールとエクシャは五感が優れているため耳も良い。
普段は聞かないように調節しているが、今朝方頭がまだはっきりと覚醒していなかったマールは、その調節がちゃんとできておらず、たまたまシンの部屋の前を通った際に聞こえてしまい気になって尋ねてしまったのだ。
「その顔は全く悪いと思ってないな」
口元がニヤつくマールに指摘すれば、一つ咳払いして表情を引き締めた。
「何のことだ」
バレバレの取り繕いだ。
「あまりからかってやるなよ。プリンの夢は見たことないが、カレーに溺れる夢は見たことある。あれは美味い」
「グレン、お前もにやけてるからな」
「えぇ、俺はフォローしてやったろ?」
笑われている事には変わりない。
カレーが美味いのは同感だが。
「はいはい、その辺で。朝ご飯だよー」
キッチンからシュンとエクシャが朝食の乗ったワゴンを押しながらやってきた。
ハムエッグと焼きたてのロールパン、野菜たっぷりスープが、配膳されていく。
そう、ハムエッグ・・・卵だ。
自力での養鶏は難しいと判断し諦めていたが、エクシャが使役している鳥型の魔物からたまに少しだけ卵を分けてもらい定期的に口にする事ができるようになっていた。
なんならエクシャが独自の判断で、卵を量産するために鳥型の魔物を追加で使役していたりもする。
こうして定期的にチョコレートプリンを口にする事が叶うようになり、シンは更にその魅力に取り憑かれてしまい夢にまで見たのだ。
「ご飯もちゃんと食べようね」
子を持つ母親の心境で、シュンはシンの前にパンを置いた。
周囲にもそれが伝わったのか、完全な子供扱いにシンが拗ねたのは言うまでもない。
朝食の後、シュンは身代わりくんやポーションを作成するために席を立ち、シンはもやしとならないように日課の鍛錬へと向かう。
他はギルドへと向かい依頼をこなして行くが、名指しの依頼が増えすぎて捌ききれないのが現状である。
依頼書の束をギルド本部で受け取り、廃城の一室で手分けして受ける分とそうでない分を分けて行く。
『それ黒の一団じゃなくても良くない?』と言う依頼まである為、最近では不憫に思ったギルド側が、黒の一団でないと難しい任務以外は精査しふるいにかけている。
それでも僅かな人数でこなすのは難しいので、更に盗賊や魔物の討伐など、緊急性の高いものを選んでいる。
「なのでこのどこぞの令嬢のダンスパーティーのパートナーはポイで」
試験開催以来、一団の顔面偏差値の高さが知れ渡り悪ふざけとしか思えない依頼も増えてしまった訳だが、貴族の依頼をふるいにかけるわけにもいかず、ギルド職員は申し訳なさそうに依頼書の束を寄越す事が多くなった。
どんなに金を積まれても受ける受けないの手綱は一団が握っている。
「そもそも金に困ってないしな」
「衣食住全部揃ってるしね」
一団の金庫は誰でも出入り自由で、ギルドで得た報酬もその時必要な分だけ抜いて、残りは“シュンちゃん貯金”行きな為使っても減るどころか増えていく一方なのでシュンが時々「何かパーっと使おうよぉー!!」とブチギレている。
なんなら金庫、二台ある。
「・・・これも破棄。・・・これも却下。・・・なんだこれ、舐めてんのか?」
「なんですか?」
レイルが依頼書を次々とポイしていく中、苛立たしそうにそれをクシャクシャに丸めた。
次へと視線をやるレイルをよそに、エクシャがその丸められた依頼書を広げると、これでもかと言う程眉間に皺が寄った。
なんだ?とマールとニノ、グレンが覗き込むと一様に感想は一致した。
(シンが居なくて良かった)
と。
某貴族子息よりの依頼、“シュンちゃんと一日デートしたいです”
と書かれた依頼書の依頼人を確認したエクシャは、
「ちょっとお掃除してきます」
と殺気を隠そうともせず出入り口へと向かう。
それに当たり前のようについて行くマールとニノとグレンへと、
「お掃除した後シュンになんて説明するんだ?」
レイルから声がかかりその足を止めた。
「言わなきゃバレない」
「そう言う問題じゃない。もう俺達の顔は大分知れ渡っている。品行方正に振る舞え。俺達への評価は一団の、そして団長であるシュンの評価となる」
そう言われると諦めるしかない。
依頼書を細切れにし、跡形もなく消し炭にして渋々頷いた。
今度は真面目に手分けして依頼書を確認していく中、静まり返った室内にニノの声が響いた。
「・・・明日、大丈夫だと思う?」
と。
アスベルから誘われた建国祭が翌日と迫っていた。
シュンからシンの復讐が始まるタイミングを聞いていた一同は、僅かながらに心配や不安がある。
シンが両親を殺してしまう事ではなく、シュンがそれを止められず嘆く事の方へだが。
「“原作の矯正力”というやつか・・・」
何がなんでも“アスベルの冒険譚”を始めようとする矯正力が働くのではないかという懸念がある。
嫌な予想をしてしまったのか、しんとした室内にレイルの溜息が響いた。
「お前ら、分かってないな」
「しかし、レイル・・・万が一がある」
「万が一が起きようとした瞬間、シュンが力ずくで捻じ伏せるに決まってるだろ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
シンが両親に対して何かしらのアクションを取った場合、一瞬でシンを制圧するシュンの姿がありありと思い浮かぶ。
「なんかごめん。心配するだけ無駄な気がしてきた」
「そもそもシュンがその万が一に備えていないとも思えませんし」
「あぁ・・・ありとあらゆる策を講じてるだろうな」
「なんなら“シン、終了のお知らせ”だ」
魔法だけならシンの方が強いが、魔法に体術や剣術を使われたらシュンの方が上なのだ。
ここにきて魔法に傾倒してきた事が仇となる。
「無駄な心配はよせ。手を動かせ手を」
まだ半分ほどしか確認できていない依頼書片手に、レイルは一同を促した。
(まぁ、シンのあの様子なら何も起きないだろうな。あいつはもう、両親よりもシュンに拒否される事の方が恐怖だ。シュンが側に居る限り、あいつはもう大丈夫だ)
アルファード国建国祭当日。
黒い衣装は纏わず、普段着を身に着けた一団は思い思いに祭りを楽しんでいた。
「今日は誘拐されるなよ」
と冗談混じりにレイルに鼻で笑われ、「されないよ!」と憤慨するシュンの手をシンが取った。
「・・・一応、な?」
「待ってその残念な子を見る目やめて?」
あの時は今よりもずっと小さく、簡単に人波にのまれていったが今はもうそんな事を気にするような年でも背丈でもないのに、相変わらずの子供扱いだ。
(もうすぐ15歳だけどね!)
現代日本では15歳は子供とされる年齢だが、この世界では結婚が可能となる。
子供であるが大人でもあるのだ。
「ほら、シュン、これ好きだろ?串焼き」
「こちらにはパン菓子もありますよ」
「すごい子供扱い!そこの兄妹ちょっとこっちきなさいよ」
あはは、うふふと楽しげに少し距離を取るマールとエクシャ。
出会った当初からは考えられないやり取りであるが、シュンはそう言う会話が好きなのだと覚えた二人は今はもう遠慮がない。今も言葉とは裏腹にシュンの口角は楽しそうに上がっている。
しかし、他人がやるとすぐキレる所は健在だ。
「今のうちだからな。あと2、3年もすれば身長ももっと伸びて子供扱いできなくなるからな。お前は美人になるぞ」
「そっかぁ・・・可愛いシュンちゃんから綺麗なシュンちゃんになるのか・・・。さなぎが蝶になる過程を見守れるっていいね」
「やめて!?美人にならなかった時の残念感が凄まじいから!?」
「「「「「「え?」」」」」」
「え!?」
何に対する“え”なのか。
美人になるなんて冗談だよ?本気にしたの?え(笑)
の確率の高さに恥ずかしそうに口を真一文字に結んだ。
自意識過剰でごめんね!?と内心思っていたが、聞こえてきた声は更に身悶えさせるものだった。
「シュン、鏡見たことあるか?」
「シュンは絶対に可愛いより美人になるぞ」
「そもそも俺が面食いなの知ってるよね?じゃなきゃシュンちゃんの事好きにならないよ?あ、勿論シンく」
「それ以上しゃべったら凍らす」
「あ、はい」
「大丈夫です!シュンは誰が見ても可愛らしいです!」
「親の贔屓目無しにしても、お前は可愛いよ」
なんだこの誉め殺しは!!と言葉にはならず真っ直ぐと向けられる言葉にシュンは一瞬で茹だったように全身を真っ赤にさせた。
何か言わなきゃと思考するがいつものように舌が回らず、珍しいものを見たと笑われる始末。
あまり言うと今度は火でも吹きそうだからと、シュンの事はシンに任せて各々好きに見て回ることにした。
面々を見送ったあと、シンはシュンが落ち着いたのを見計らい
「行くか?」
と、尋ねる。
もうすぐ王城前の広場で国王によるスピーチが始まる。その後に王太子であるアスベルも祝辞を述べるのだ。
「・・・なんか、私の方が緊張するんだけど」
「・・・言うな。俺だってあいつがポカやらないか心配なんだ」
しっかりしているようでどこか抜けている弟に思いを馳せながら、二人は広場へと向かった。
そこはもう満員御礼で、ぎゅうぎゅうの鮨詰め状態だ。
一番後ろの方となってしまい、王族が出てくるだろうバルコニーは豆粒程度の大きさにしか見えないので出てきた人は更に小さく見えるだろう。
「・・・」
「・・・」
二人は顔を見合わせると仕方がないかと、その場に留まる事にした。
水晶でこっそりと映像を映し出して見るという事もできるが、折角のアスベルの晴れ舞台なのだから画面越しでなく直接見守っていてやりたいではないか。
それが豆粒サイズだとしても。
暫くすると、シンの実の親である国王夫妻とアスベルがバルコニーに姿を現した。
いつもと違う王子様然とした姿に少し笑ってしまう。
国王のスピーチが始まり、シュンはシンを盗み見るが心ここにあらずで父親のことはなんとも思っていないようだ。
二人で壁に寄りかかり、それでも離されない握ったままのシンの手に少し力が入った。
アスベルの事が余程心配なのだなと、横目で様子を窺うと丁度シンもシュンの方へ向いたところであった。
「・・・さっき、言わなかったんだが・・・」
「?」
はて?なんのことか?と首を傾げるシュン。
少し頬を赤くしたシンはそっと、半歩だけシュンへと身を寄せた。
耳元へと唇を寄せると、自然とシュンは耳を傾ける。
「俺は、一人の女の子としてお前が一番可愛いって思ってる」
「ーーーーーー!?」
いつもと違うテノールが、吐息と共に鼓膜を揺らし先程の比ではないほど、シュンの全身は真っ赤となった。
「な、え?は!?」
「冗談じゃないからな。本気だぞ」
「だって!そんなの!!」
つい声が大きくなってしまい、周囲の視線を集めてしまい思わず繋いでいない方の手で自分の口を塞いだ。
“そんなの、好きって言ってるみたいじゃないの!”
と飲み込んだセリフが頭をよぎる。
「ずっと前から言いたかったけど、お前がまだ小さかったから言わなかったんだ。でももうすぐ15だ。良いだろ?」
「い、良いって?何が?」
上ずった声。思うように思考が働かない。
シンを好きだと自覚したのはつい数ヶ月前だ。
心臓に悪いにも程がある。
「妹とか家族とかじゃなくて」
待って欲しい。待って欲しい!!そう訴えたいが、言葉が出てこない。
真っ直ぐな視線は魔法をかけられたかのように、シュンを動けなくした。
「・・・好きだよ」
あれかな?ドッキリかな?茶化したいができない。
シンの真面目な表情を見ればふざけてない事が分かる。
「自分に優しくしてくれるから依存してるだけって言われるかもしれないと思って、長い時間かけてちゃんと考えた。年単位で」
「年単位で!?」
そんなに考えたのか!?と思ったらいつものツッコミが出た。安心した。
あと、ちょっと冷静になれた。
「俺が魔法使えなくても構わないって言ってくれたろ?俺もそうだと思った。シュンが魔法使えなくても側にいたいし、居て欲しい。だから、勘違いとか依存とかじゃなくて、ちゃんとシュンが好きなんだ。お前を幸せにするのは俺でありたいと思ってる」
そんな事を考えていたなんて、ちっとも知らなくて歓喜する自分と今ちょっとそれどころじゃない自分がせめぎ合い、“それどころじゃない”自分に軍配が上がってしまった。
「・・・シン、非常に言いにくいんだけど」
「・・・うん」
ダメかと俯いたシン。シュンからはいつも親愛や家族愛しか感じられない。あまり期待はなかったが、シュンが殊更シンに甘いのは自覚していたので、少しだけもしかしてと思う部分があった。
シュンは心底申し訳なさそうに、繋いだ手を掲げた。
「一旦手を離そうか!?私の手は既に血の気がなくなっているよ!?」
「あ」
緊張のしすぎにより、握る手に力が入ってしまったようだ。
最近は魔法は控えて、肉体改造に力を入れていたので昔よりも大分握力はある。
離された手をぷらぷらと振って血の気を戻そうとするシュンに、申し訳なさそうに笑みを向ける。
「ごめん。難しいかも知れないけど、これまで通りに接してくれるとありがたい」
そう言うシンに、シュンは首を傾げた。
「あれ?私まだ何も返事してないけど?なかった事にする?」
「いや、なかった事にはしない。絶対に」
「それは良かった」
「・・・良かった?」
どう言う意味だ?と首を傾げるシンに、シュンは
「私だって、シンが好きだよ」
とさらりと言ってのけるから、自分とは違う好きなんじゃないのこれ?と疑ってしまう。
それが表情に有り有りと出ていたので、シュンはもう一度
「シンと同じ意味の好きだよ」
と今度は真面目な声色で返し、それは、恥じらうように頬を染めて、上目遣いといった見た事の無い表情だった。
「んぐっ!」
「え、何その反応」
心臓が雷でうたれてしまったような感覚となり、変な声が出ないように奥歯を噛み締め、思わず胸を押さえてしまった。
ちょっと変な目で見られ、幻でも見たのかと思うほど一瞬でいつものシュンに戻った。
人を陥れる時以外で使わない必殺“少女の上目遣い”は思いの外効果は高い。
それはさて置き、つまりの事これは、
「んん、あぁ・・・恋人になったって、事で良いんだよな?」
「そうだね」
「・・・淡白だな」
いまいち信用できない返答だ。
後からなにか言いがかりをつけられて有耶無耶にされないか心配しかない。
「ちょっと待ってろ。レイルに証人になってもらおう」
「信用ないな!?私がシンに嘘ついたことある!?」
「あるな。一回」
「記憶喪失の事だね!?ごめんね!?そんな昔の話持ち出されるとは思わなかったよ!でも、直接記憶喪失の話をしたのはレイルだけだからシンには嘘ついてないって事にならないかな!?」
「・・・それもそうか」
「それでどうするの!?やめとく!?」
「やめない」
「それは良かったよ!ここでやっぱり無しってなったらお互い今後どうしたらいいか分からないからね!」
自分より頭二つ分程低い位置に居るシュンを嬉しそうに眺めてシンは手を繋ぎ直し、ピッタリとくっついた。
小説のような思い描いていたスマートな告白では無かったが、このぐだぐだ感がこれはこれで自分達らしいものだとお互いに少し笑ってしまった。
気がついたら、国王のスピーチは終了し入れ替わるようにアスベルが壇上に立つ。
お父さんの話無視しちゃったけどいいの?と聞くだけ野暮だ。
メインはアスベルなのだから。
「この建国の日に皆に感謝を!」
とそんな言葉から始まったアスベルのスピーチ。
普段の熱血で真面目で真剣にドジを踏むアスベルは形を潜め、そこにはアルファード国の王太子殿下が居た。
「我らの国が今日という日を迎えるのは235回目。253年もの間民に支えられ国は発展を遂げてきた。人と人の絆を大切にし家族や友人達と手を取り合い、国民一人一人が、弛まぬ努力により築き上げてきた歴史は国の宝であり、これからも守って行くべきものでもある。先人達は荒地から田畑を耕し緑を作り、自然災害と闘いながら、そして戦争という悲劇を乗り越え私たちに緑豊かで安らかな地を残してくれた。それを次の世代へ、また次の世代へと引き継いでいくために、守り、発展させ希望と安心に満ちた国へと導いて行く事を約束する。・・・私は・・・他国へと赴くたびに自分の知識の無さを痛感する事が多い。それでも根気強く諭してくれる友人や導いてくれる師がいます。彼等は私が間違った事をすれば直ぐに飛んできて叱咤する事でしょう。ですがそうならないよう精進し、国を民を、更なる繁栄へと導く努力を続ける事を誓う。皆が、この国の民で良かったと思うような国作りを成し来年もまたその次の年も、更にその先も、今日という日を笑顔で迎えよう!改めて、建国の日おめでとう!!」
もう直18歳を迎える少年は、確かに成長を遂げていた。
王族として感謝を綴った言葉は、沢山の国民へと届き広場は歓声に包まれた。
が、その後が良くなかった。
「私は今年留学先の学園を卒業する。本来なら国王陛下の元で行政を学ぶべき所であるが、あと一年猶予を頂いた!」
なんの話だ?と広場はざわつき、シンとシュンも怪訝そうに眉を顰める。
「私は、冒険者の殆どの者がまだ到達し得ていない、黒の一団の住処を探し出し、彼等に弟子入りを志願する!!!!」
「「・・・・・・・・・・・・・・・はぁ!!!?」」
荒唐無稽な発言に素っ頓狂な声を出したのはシンとシュンのみで、広場内ではドッと笑いが起きていた。
幼少時から町へ降りては町人と触れ合っていた王子様の突拍子の無い発言は、いとも容易く受け入れられた。
「彼等の弱きを助け悪を挫く思想を是非学びたい!」
「いいぞ王子ー!」
「頑張れー!」
「ありがとう!ありがとう!」
「いや、どうするのアレ?」
「・・・仕方ない・・・ちょっと待ってろ」
「?」
シンはシュンを残したまま移動魔法で姿を消したかと思うと、次の瞬間黒い衣装を纏いコートのフードを目深に被りバルコニー上へと現れた。
護衛の兵士が警戒するがアスベルに止められる。
広場の騒めきをよそに、シンは笑みを浮かべている。
「見事な演説だった」
「ありがとう!」
「お前があの場所に自力で辿り着けたなら、お前のその望みは叶えてやろう」
「必ず達成してみせるぞ!」
慣れたように話す二人に、国王夫妻は目を白黒とさせている。
「国王陛下並びに王妃陛下、アルファード国の更なる発展をお祈り申し上げる」
パチンと指を鳴らすと、空に火の玉が上がり盛大に花を咲かせた。
火薬を使わない魔力の花火だ。
ドンドンと色鮮やかな花火は観客を夢中にさせ、国王夫妻やシンから注意が削がれた。
「・・・お前は・・・まさかっ!?」
フードで隠れたシンの顔が、花火の光で僅かに照らされた。
「シンべル・・・なのですか?」
「俺の名は黒の一団のシン。この国の敵でも味方でもない。だが有事の際は力になる。アスベル、先程の言葉違えるなよ?」
「勿論だ!」
その返事にシンは満足そうに笑みを向け、姿を消した。
痣が無く成長した息子の顔を一目見てそうだと気付くのは、やはり親子なのだろう。
アスベルは夫妻に
「兄上は立派になられたでしょう?」
と得意げに笑って見せた。
先程のシンとそっくりな笑顔だ。
アスベルはちょっとドジで熱くなると周りが見えない事がよくあるが、馬鹿ではない。
幼き日、自分に沢山のことを教えてくれた兄、シンベルとシンが魔法を教えてくれる時のやり方がとてもよく似ていた。
優しさや接し方もそっくりだった。
髪の色も目の色も、自分を見る眼差しも。
ただ、痣が無いだけ。
あれだけの凄腕の魔法使いなのだから、痣を消す事くらい簡単だろうと考えればすぐに答えは出る。
何も言わなかったのは、事情を知ってしまったからだ。
「シンは兄のシンベルでは無いかと思う」と一番信用信頼できるクーにそう言った時、彼は肯定しなかったがアスベルの護衛になる以前の話をしてくれた。
「シンベル様は命を狙われて逃げたんです」
と。
誰に狙われたともどこに逃げたとも言わなかったが、死んだとされた兄は生きていて、王子として姿を現せばまた命が狙われる事だけは直ぐに理解した。
普段なんでも飄々と曰うクーが言葉を濁すと言うことは、地位がある者。
国王夫妻である両親に助けを求めれば守ってくれるはずなのにそうしなかったという事は、つまりそういう事なのだ。
初めは「なぜそんなことを!」と憤慨したがシュンや黒の一団の皆と楽しそうに過ごすシンを見ているうちに、このままの方が幸せなのかもしれないと思うようになった。
だからこの事は誰にも決して言わない。
学園を卒業したら自分はもう一人前として扱われ、簡単には城から出られない。
そして、今や有名人となり、これまで通り気安く会えなくなった兄とどうやったら大っぴらに会えるか思案した結果がこれだ。
期限は一年。
何がなんでも兄との関係は切りたくは無いという願いが、アスベルを冒険へと向かわせたのだった。
こうして、原作の矯正力は働き、アスベルは旅に出る事となる。
旅の途中、仲間を増やしながら一年後にあの廃城へと辿り着き、そこでは仲睦まじく寄り添う二人の大魔法使いやその二人の師匠、兄姉のような魔物の兄妹、親友のような騎士達が出迎えてくれる。
悲劇となる筈だった物語は、ハッピーエンドとなりエンドロールで幕を閉じたのだった。
*******
「それで黒の一団やアスベル王子はそれからどうなったの?」
まだ幼い少女がベッドで読み聞かせをする女に尋ねる。
「シンと王子は兄弟と名乗り合う事はなかったけれど、それから先もずっとお手紙のやり取りをしたり、時々会ってお話を楽しんだりしました。シンの伴侶となったシュンは黒の一団を家族として守り続け今でも彼女の意思を継いだ僅かな家族達が人知れず人々を救い続けているのです」
「・・・私もそのシュンのようになれるかな?」
「えぇ、きっと。貴女にはそれ程に強い魔力がありますから、また明日からお勉強を頑張りましょうね」
「うん!」
女は少女にさぁお休みなさいませ、と優しく髪を撫で寝かしつけるとそっと部屋から姿を消した。
女が向かった先は魔法で一年中花が咲き乱れる、美しい丘だった。
夜中であるがキラキラと花々が煌めき、幻想的な空間を生み出している。
その中心には五つの墓標が立ち並び、それぞれに名前が刻まれている。
墓標の前には男が佇んでいて、女が来るのを待っていたようだ。
「エクシャ、シュリアは眠ったのか?」
「えぇ、マール。安眠魔法をかけたので朝までぐっすりです」
“シュン”と名前が彫られた墓標を前にマールとエクシャは片膝を突いた。
「貴女のひ孫様はとても優秀です。貴女に似られたのでしょう」
「聡明で魔力が強く学校に入れるよりもと、お孫様が我々に預けてくださいました」
「魔物の血が流れる我々はまだ何年も生きる事でしょう。その間に再び貴女の血縁者の側にあれる事がとても喜ばしく思います」
「黒の一団、最後の二人。天に召され、再び貴女と見えた時に胸を張れるよう、最後までその信念を貫いてご覧に入れます」
シュンを挟むようにシンとレイルの名が、更に三人を挟むようにニノとグレンの名が刻まれた石を一つ一つ確認するように眺めながら、二人は腰をあげる。
「今夜の依頼はアルファード国の魔物退治だ」
「なら、直ぐに終わりそうですね」
闇夜に紛れるように消えた二人に、心地よい風が見送る。
懐かしい声で“いってらっしゃい”と聞こえた気がした・・・。
終わり




