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「マールとエクシャは事実ホルガー・サイルスに脅されて仕方なく事に及んでいた。二人に何か罰を与えるつもりはない」
「…どうも納得できないな。言われてやったからといえど、一家揃って命を狙われたのだろう?なぜそう簡単に許せる?」
ローコイド家にやってきて早々に、シュンはサリアに攫われるようにして連れていかれた。
昨夜の事情を聞きたいらしい。
仕方なしにレイルとシンが応接室に通された訳だが、ハルドフォンを胡散臭く思っているシンは真っ向から意見する。
「例えば、私が君達の首に爆弾を仕掛けたとしたら、シュンはきっと私の命令に仕方なく従うだろう?シュンはやりたくもない悪事に手を染めてしまった。そんな彼女を君達は許さないかい?」
「…いや、悪いのはお前だ」
「あぁ、そうだ。それと同じだよ。彼らも仕方なかったんだ」
シンはどこか納得いかない風ではあるが、それ以上深くは追求しなかった。
「分かってもらえて良かったよ。しかし、幼い頃から奴隷として扱われて来たあの二人が今更普通に生活できるとは思えない。だからと言って我が家では子供達が怯えてしまってね…」
「ウチで引き取れと?」
シュンの態度からそうなる予感がしていた為、レイルもシンも顔色ひとつ変えない。
「あんな力のある者達を俺たちの様な得体の知れない人間に預けると?」
「いや、預けるのは君達ではない」
「なに?」
「“彼女だよ”。エクシャの操る魔物達を押さえ込みながら、竜の姿のマールを圧倒した。彼女なら二人がもし暴走しても止めてくれるだろう?」
レイルとシンに同じことができるかと言われたら、無理だろう。
いや、殺すことはできる。
二人の身体と心も同時に守れるかと言われたら否だ。
レイルとシンの内にあるものと、シュンの内にあるものとでは根本的に違う。
シュンは自分が良しとすれば他人も懐に入れるが、レイルとシンは他人はどうでもいい。
ただ、シュンが大事にするから自分達も大事にする。
その代わり、シュンが要らないと言えば二人は容赦なく振り払う。
シュンの目の届かない所へと追いやるだろう。
なんなら殺したって構わないが、それはきっと望まない。
(……)
「あいつが連れて行くというならそうしよう」
「それは良かった」
この場にシュンはいない為、直ぐに返事はできないが、レイルとシンそれにハルドフォンもそれが既に決定事項だと解っていた。
きっと彼女は二人の手を取る。
「お父様に聞いたわ!あなたなんて危ない事を!」
「うぇぇぇ…大丈夫だよ…魔法使えるし…」
「それでもダメなものはダメよ!正直ホルガー・サイルスにはウンザリしていたからお礼は言うわ!ありがとう!でもあなたが怪我する方がずっと嫌なの!」
「えっと…どういたしまして?…」
町での活発なサリアの印象とは違い、キラキラとしたお嬢様らしい品のある部屋にセンスの良さを感じていたが、それもすぐに強制終了させられお叱りを受けるシュン。
すぐそばでは、昨夜のお礼をとサリアの弟アルハルトが苦笑い気味に二人のやり取りを見守っている。
「でもほら、かすり傷一つ無いし…魔法の師匠も一緒に居たから…」
サリアをなんとか宥めようと奮闘するが、サリアはじっとりとした視線で“そう言う事ではないのだ”と訴えかけてきた。
「…シュン、ここは素直に謝った方がいいですよ」
「う、うん…」
見兼ねたアルハルトは、サリアにバレない様にコソッと口パクで伝えシュンもそれに大人しく従った。
「ごめんなさい。もうしないよ…」
内心で“多分”と付け加える事も忘れない。
「本当に?」
「ほ、本当に…」(多分)
「なら信じてあげる。…でも…本当にありがとう。貴女が居なかったら今頃両親や弟は居なかったかと思うとゾッとするわ」
「シュン、本当にありがとう。あの時、空を飛んで現れた君が天使に見えたよ」
本気だか冗談だか分からないアルハルトの言葉に苦笑いを返していると
「でも黒い羽だったから、堕天使って所かな」
と続けられて思わず、あれは鴉の羽だよ、と返してしまった。
(堕天使って何だ!?厨二か!?アルハルトは厨二なのか!?)
「何で鴉?もっと可愛い鳥がいたでしょうに…」
「その辺にいっぱい居たから、イメージしやすかった」
スラム街に住んでいた頃にはあちこちに鴉が居たし、今住んでる廃城付近にも鴉はいる。
すぐ目につくものほど変身しやすいのだ。
「…そう」
「そう言えば、シュンは何処に住んでいるんですか?町には住んでいないって聞きましたけど…」
鴉という可愛くない返事に、アルハルトは話題を逸らそうと、シュンの事を聴き始めた。
(きっと父親から聴けって言われてるんだろうな)
不自然な話の逸らし方にシュンは理由を付けた。
「秘密。教えると魔法目当てでいろんな人が来ちゃうからね」(いつかの貴族の老紳士とか)
それで以前苦労して引っ越す羽目になったのだ、と話せばそれ以上の追求は無い。
(嘘は言ってない)
「あとはどんな魔法が使えるんですか?」
「得意なのは家事魔法だよ。掃除とか洗濯とか!お風呂に入らなくても清潔に保てるのとか!魔法って便利だよねー」
家電より便利だと嬉々として話すシュンだが、そういうんじゃ無い、とありありと表情に表すアルハルトに、もっとポーカーフェイスを訓練した方が良いのでは、と要らぬ心配をしてしまうシュン。
(分かり易いなぁ…)「攻撃系は苦手だなぁ。石にするやつと痺れさせるのは得意かも。昨日もそれで乗り切ったからねー」
今のところ手の内を教えるのはこれでおしまいにし、後は教えない方が良いと判断した。
「家事魔法ならうちの使用人でも使える人が何人か居たわね。シュンの魔法はその人達くらいって事かしら?」
ただ純粋に興味深く聞いていたサリアは、シュンとアルハルトの腹の中など微塵も気づかず、「彼女くらいかしら?」と使用人の名前を思い出していた。
「うーん…多分?」
その使用人がどれほどのものかは分からないが、勘違いしてくれているならそれに越したことはない。
(まぁ、他の魔法は使えないとは言ってないしね)
ニコニコと子供らしい笑顔を心がけ、他意はない事をアピールする。
他に聞きたいことはないか問えば、アルハルトが僅かに口を開いた。と同時に部屋の扉がノックされた。
「サリア様、旦那様がお客様をお呼びです」
扉の向こうから聞こえたメイドの声に、サリアは返事を返し、この場は御開きとなった。
サリアはメイドを下がらせ、アルハルトと共にシュンを応接室へと案内した。
応接室にはレイル、シン、ハルドフォンの他にマールとエクシャの姿もあった。
サリアとアルハルトは一瞬表情が強張ったが、怯むことなくシュンを中へと促す。
「話は纏まった。二人を君に預けようと思うが異論は…」
「大ありです!お父様!!」
「…サリア…」
声を大にして物申すサリアには話がいっていなかったようで、両目をかっぴらいて父親の前に立ちふさがった。
このような危険な者達をこんな小さな女の子の居る所に預けるとは何事かと、叱咤怒号で詰め寄るサリアの姿に、当主のハルドフォンもタジタジである。
「サリアさん、大丈夫だよ」
「大丈夫じゃないわ!」
「見ててね」
「え?」
シュンはマールとエクシャの前に移動すると右手をそっと出した。
それが何を意味するのか、誰にも分からなかったが次の瞬間…
「お手!」
と言う掛け声と共に、反射的にマールとエクシャの左手がシュンの小さな手の上に重ねられた。
「ね!」
「どこが!?」
嬉々としてやって見せたのだが、サリアは納得しなかった。
「えー二人とも大丈夫だよ。ねぇ?」
「誓って害をなすような事はしない」
「誠心誠意お仕えします」
「待って、違うよ?二人を使用人とか奴隷とか思ってないからね?同居人だよ?これから家族になるんだよ!?そこ分かってる!?お願いだから首を傾げないで!!家族って何みたいな目をしないでぇ!!!」
「……えっと…お父様、大変失礼致しました…」
「うむ…分かってもらえて良かった…」
ローコイド家から帰る際、シュンがどこかしょんぼりとしていたが、しっかりと挨拶はなされ帰路へとついた。
町中を突っ切る際、町の人々の悪意のこもった視線がマールとエクシャに注がれたが、それを僅かでも軽減できればとシュンは自分にできる精一杯の子供の顔をして二人の間に立ち、手を繋いだ。
こうして、漫画とはタイミングも時期も全く違うがマールとエクシャが城の住人となった。
のだが、物心ついた時からセットで奴隷として扱われてきたせいか家と言う名の城に着いた時は、やはりというか「え?家?」と言う顔で三度見された。
「外はボロボロだけど中は綺麗だよ」
違うそうじゃない、とマールとエクシャの表情は訴えているが、嬉々として二人を城へと促すシュンには届かなかった。
助けを求めるようにレイルとシンを見れば
「分かる。俺もそんな気持ちだった」
「だが現実だ。受け入れろ」
と助けにならない言葉で返されるのであった。
その後もこれまでとは比べ物にならない、家具付きのだだっ広い部屋を一人一部屋あてがわれたり、服を作るからと全身を計測されたり、しかもその場で魔法でぴったりサイズの服を作りクローゼットに押し込められたりと初体験が目白押しでマールとエクシャは精神的に疲れてしまっていた。
「え?ご飯は私の仕事だよ?」
「!!?」
食事すら全員同じテーブルで、しかもシュンがこれまた魔法でチョチョイのチョイとやってしまうものだから、何もする事がない。
ご飯はと言うか、全てシュンがやっているように見える。
否、全てシュンがやっているのだ。
「趣味だからな」
「魔法を使うのが楽しいらしい」
おかげで自分たちも何もやらせてもらえないのだと、レイルとシンは諦めたようにお茶を啜っている。
「まずは慣れろ。これが一番最初の仕事だ」
「シュンのやる事に一々突っ込んでると身が持たんぞ」
「…は、はい…」
「えっと…他には何をすれば…」
「好きに過ごせばいい」
「本を読んだり……そうだな、なら…」
そういえばこっちに引っ越してきてまだ数日だ。
やっていない事が一つあったとレイルはふと思い出した。
「別にやる必要はないが、エクシャには適任だろ」
「は、はい!何でもやります!」
むしろ仕事をくれと言わんばかりに食いついてきたエクシャに苦笑いし、ではと話した。
「城の周囲に魔物の気配がある。時折様子を見るようにこちらを窺うだけで何もしてこないが、危険な魔物がいないか見て回って欲しいんだ。…気づいてるかもしれんがシュンは好奇心が強い…うっかり魔物に何かするかもしれんからな」
あ、されるではなく、する側なんだ…と言う感想は飲み込み、エクシャは「お任せください」と嬉々として拳を握った。
「…俺も行っていいか?」
やる事ないし…とマールも挙手すればレイルはどこか同情の含んだ眼差しで頷いた。
「さぁさぁ!ご飯だよ!今日は奮発しちゃったよ!!」
どどーんと広げられた得体の知れない料理に、そしてその味にマールとエクシャは本日何度目かになる内なる雄叫びをあげるのであった。
「料理はやっぱりシュンだな」
「…お、美味しい…」
「こんな美味いもの、初めて食った…」
「え、泣かないで!?大袈裟だよ!?ただのハンバーグだよ!?」
「…シュン、この際だから言っておくが、飯屋なんかで食うハンバーグはこんなにふっくらジューシーじゃ無いんだ!もっと薄っぺらくてパサパサしてる!それがハンバーグだ!」
レイルの渾身の言い返しにシュン以外が頷き、逆にシュンの方が驚いている。
「そ、それは……………ハンバーグパティじゃない?パンとかに挟む用のハンバーグ」
「いや、ハンバーグを注文したら出てきたぞ。うっすいのが」
「まじで?その店が間違ったとかじゃない?」
おいおい嘘だろ?とまじまじとレイルを見るが、彼は至って真面目で他三人もウンウンと同意している。
「シュンの料理のメリットはデメリットでもあるな。舌が肥える事だわ」
ハンバーグに添えられたキノコをフォークでブスリと刺し口に持っていくシンの発言に、マールとエクシャはまたもや衝撃を受けたらしく、固まってしまった。
手を止めてしまった二人に今度は何かとシュンが向き直れば、まだ一口しか食べていない料理を前に「ご馳走さまです」とフォークを置いた。
「え?なんで?美味しくない?」
さっき美味しいって言ったじゃん、と見れば
「ここを追い出された後の食生活を考えると…」
エクシャが涙ぐんだ。
「なんで追い出される前提!?ここにきて数時間で何か不安な要素があった!?」
「あえて言うなら厚待遇な事でしょうか…」
「……待遇」
当たり前だ。これまで奴隷だったのだ。
自分一人の部屋など無かったし、食事も自分たちはいつも誰かの残り物であったのだと言っていた。
服を作った時も、汚してしまうかもと触ろうともせず今も、以前の服を着ている。
「二人が嫌ならしないよ」
「あ、いえ、そう言うわけでは…」
ビリ、と肌を突き刺す気配。
シュンではない。
「!?」
先ほどまで普通に話していたはずの、レイルとシンである。
“シュンが要らないなら自分達にも必要ない”と何でもない様に食事をする二人の目がそう言っていた。
(この子に見捨てられたら、殺される)
殺すつもりはないが、そう思わせる程のものであった。
「マール、エクシャ、ここはね今までの所とは違うよ。私達は奴隷も使用人も必要としない。自分の事は自分でできるし。でも二人にここに来て欲しいなって思ったの。何でかは分からないけど、きっと楽しくなる様な予感がしたんだ。だから私のわがままなんだ。だから無理しないで。自由にしていいんだよ。我慢できない事も言っていいんだ。どうしても嫌なら出て行ってもいい。でも…できれば居て欲しいな…」
大凡子供がする表情ではない、寂しげな笑顔にエクシャの胸はキュッと詰まるのを感じた。
マールも同じなのか、キュッと拳を握っている。
そんな事を言われた事は、これまで無かった。
いつのまにか肌を刺す気配は無い。
シュンが居ていいと言っているから。
「…俺たちはずっと人に害をなすだけの道具だった。何の見返りもなくただ居ていいと言われたのは…初めてなんだ。…だから嫌なのではなく、どうしていいか分からないんだ…」
自分の心境を吐露するマールに、シュンは一つ頷いた。
「うん、そうだね…」
ゆっくり瞼を閉じ、漫画で描かれたマールとエクシャの幼少時代を思い出した。
父親である竜は人間に狩られ、母親である人間は病で亡くなった。
母方の祖父母に引き取られたが気味が悪いと奴隷商人に売られてしまった。
竜と人間の血を引く珍しい幼い兄妹は、初めは商人に高値で売れた。
魔物を従えさせ、見世物にし、碌に世話もされず、幼い二人に抗う術はなく付き従った。
しかし、転機が訪れた。
エクシャの心に揺さぶられた魔物が、商人を殺したのだ。
二人は商人の元を逃げ出し、彷徨った。
次に出会ったのはまた別の商人であった。
初めは優しく、新しい着替えや食事を与え、痩せ細った体は肉を取り戻し、優しく髪を梳かれた…その後貴族へ…ホルガー・サイラスへと売られてしまい二人はショックを受けた。
以前の主人を殺した事を知り、ホルガーは二人に爆弾付きの首輪をつけた。
それからはもう、言いなりになるしかなかった。
お互いを人質に取られ、魔物を操り人々を脅し襲い、竜となり弱き者たちの住処やその命を奪った。
優しかった者にまた裏切られるのでは、そんな恐怖が確かにある。
ならば初めから奴隷として扱ってくれた方がマシなのだ。
漫画の中のシンは二人に何か与えていたわけではなく、好きにさせていた。
それこそ今、シュンがやっている事を率先してやっていたのだ。
「ごめんね。私が先走り過ぎたよ。ゆっくり慣れていこう。奴隷じゃない生活を、ね。あ、でもお願いする時もあるからね」
「はい…分かりました」
「宜しく頼む」
「それから、レイルもシンも無闇に殺気を飛ばさない事!もうウチの子なんだから!」
バレていないとでも思ったか!?と二人を見ればソッと視線を逸らし「何のことだ」と宣った。
「バレバレだからね!?」
改めて食事を再開しようにも料理はすっかり冷めていたが、それでもマールとエクシャは「美味しい」とそれを完食してくれた。
エクシャは確か料理が得意だったなと思い出し、そのうちキッチンに調理器具一式揃えようと考え、マールは狩りが得意だから自分が教えを乞うのも良いかもしれないと、今後の二人との距離の縮め方を模索するのであった。
“ウチの子”
それがとてつもなく嬉しかった。
相手はまだ幼い少女であるにも拘わらず、そうとは思えない言動をする。
勿論、年相応の表情も見せるのだが、気遣いが大人のそれと何ら変わりはなかった。
食後、落ち着くまでの間マールとエクシャが一緒の部屋にして欲しいと頼めば、直ぐ様それに対応してくれた。
部屋は陽当たりが良くシュン等の部屋と同じエリアに用意され、二人の部屋の間の壁を魔法でぶち抜き、扉を付けた。
これで好きに行き来すれば良いよ、ベッドも大きくしよう、とホイホイ願いを叶える姿は、いつか読んだ絵本の魔法使いの様であった。
いや、実際に魔法使いなのだが…。
寝るときには二つ折りにして消すんだよ、と渡されたのは、明かりの魔法陣が描かれた紙。
開くと明かりの玉が宙に飛び部屋中を照らしてくれて、二つに折ればそれは消えて暗闇となる。
初めて見るそれに開いたり閉じたりを繰り返せば
「陣が損傷したら使えないからね」
と注意を受けてしまった。
気分を害したか、と咄嗟に謝罪するが、
「大丈夫。明かりがつかなくなったら言ってね。直ぐできるから」
と笑って言われた。
閉じたり開いたりする姿に、レイルとシンに一番初めに見せた時の反応を思い出したのだと言う。
「全く同じだった」
「あの二人も…」
まだ表情を崩した所を見ていない為、レイルとシンがそんな反応をするとは思えなかったが、想像したら確かに面白いかもしれないとクスリと笑ってしまった。
“なにが可笑しい!?”
一瞬ホルガーの怒号を思い出し直ぐに口をひき結んだが、シュンにはしっかりと見られており
「笑って良いんだよ」
とまるで眩しいものを見るかの様に目は細まり、口元には微笑みを浮かべていた。
「基本的にそれぞれの部屋以外はどの部屋も出入り自由だけど、地下にある研究室は気をつけてね。魔力に反応して爆発しちゃうものもあるから」
「承知しました」
「了解だ」
自分達の返答に頷き、退室する為にシュンは扉へと向かった。
いつもの癖で扉を開けて待てば、
「そんな事しなくて良いんだよ」
と苦笑いされた。
「でも、ありがとう」
シュンを見送り扉を閉めると、エクシャがポツリと呟いた。
「ありがとう、ですって…」
「あぁ」
奴隷となってからは初めて言われた言葉だ。
以前の主人達は、やるのが当たり前だった。
そんな言葉、もう縁が無いと思っていた。
ここに居れば奴隷では無い、普通の生活ができる。
漸くこの日が来たのだ。
“普通”が何なのか、すっかり忘れてしまっているけれど、彼女は居て良いと言った。
少しずつ慣れれば良いと。
これからがきっと俺とエクシャの本当の人生の始まりなのだと信じて、彼女達と共に過ごしていこう…。