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幸せにしたいのは主人公じゃない!  作者: いたちのしっぽ
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礼から始まり食事の取り方、歩く時の姿勢、会話時の仕草、更にはダンスまでもをコピーし、すっかり令嬢そのものとなったシュンではあるが…。

「言葉遣いは何ともならないよね」

言葉遣いはコピーできなかった…。

「魔法とは凄いのですね…私が何年も掛けて覚えた事を一日で…」

自分の努力は一体…と遠い目をするクリス。

シュンは、そのおかげで今回の無茶な作戦もやれるのだとフォローする。

「そう仰らないで下さい。クリスお嬢様の努力の賜物が、今回大公閣下の助けになるのです。本当に感謝しています」

淑女ではなく、胸に手を当て完璧な紳士の礼でおどけて見せると、クリスは可笑しそうに「紳士の礼も完璧ですわね」とクスクスと笑みを浮かべた。

「コピーした動きをやろうとすると、いかに普段使っていない筋肉が多いか、よく分かるよ。足と背中が痛い」

「あら、大丈夫?ヒールがあるものを履かなければならないのよ?」

「…ヒール…」

あからさまに引き攣るシュンの表情はヒールなど履いた事が無いと言っているも同然であり、ならば今から練習しようと、クリスは自身のサイズが合わなくなった靴を用意させた。

それを見て、ホッとシュンは息を吐く。

ヒールと言うから七センチや十センチを想像していたが、三センチもない可愛らしいものであった。

しかし、だ。

当然ながら自前の靴もドレスなども持っているわけもなく、それを一から材料を集めて作らなければならないと思うと、実に億劫である。

普段着ならば前世の記憶を頼りになんとでもなるが、ドレスとは無縁であった為なんともしようがない。

(友達の結婚式に着たワンピースはドレスとは呼べない…)

この世界のドレスというものは、やたらと大きなリボンやコサージュに、遠慮なく散りばめられたラインストーンやゴテゴテとした宝石たちと、シュンの趣味とはかけ離れたデザインとなっている。

それを着るのは嫌だ!と初めに見せられたクリスのお下がりをきっぱりと拒絶してしまい、「自分はこれを着ていたのに…」と凹ませ、必死でご機嫌を取ったのは記憶に新しい。

「…クリスさんは今回どんなドレスを着るの?」

まさか今でもゴテゴテを着ているわけではあるまい、と少し心配になったシュンは恐る恐る尋ねた。

するとクリスは嬉しそうに、これだ、と胸と腰に大きなリボンと、胸元とスカート部分にこれでもか、と散りばめられたラインストーンが飾られたワインレッドのドレスを持ってきた。

「マジか」

「え!?ダメですの?ラインストーンは今年の流行りでして…」

無表情となったシュンにクリスはオロオロとドレスとシュンを交互に見る。

「ちょっと失礼」

「?」

パチン、と指を鳴らすと持ってきたドレスと今まで着ていたワンピースが入れ替わり、一瞬でドレスを着用した事に驚いているクリスをよそに、シュンは前後左右と様々な角度からドレスを着たクリスを観察し、考えがまとまったのか一つ頷いてまた、パチンと指を鳴らした。

ドレスにフワリと魔法が掛かり、胸元のラインストーンを全て取っ払い、代わりにデコルテ辺りを黒レースへと変え、スカートのラインストーンは量を減らし腰からアシンメトリーに流れるドレープへと変更。

胸元のリボンはレースの薔薇のコサージュに、腰の正面にデカデカと鎮座していたリボンは小ぶりにしドレープの頭に移動させた。

「あとは…これかな」

勝手にクリスのジュエリーボックスを漁り、持ち出したのは大小のパールでできたビジューネックレス。

クリスに屈んでもらいネックレスをつけるとクリスはいそいそと姿見の前へ移動した。

「わぁ…可愛い…少し大人っぽくないかしら?」

これまで散々子供用のドレスを着て、それで慣れている為少し違和感があるようだ。

「さっきよりは似合ってると思うよ。…うーん、ちょっと待ってて」

シュンは部屋から廊下へ顔を出すと、護衛の兵士二人と使用人の女性数名を捕まえ「お嬢様が呼んでる」と適当な事を言い部屋へと招き入れた。

それは勿論、ドレスの感想を聞く為だ。

「…ど、どうかしら?」

緊張気味に問うが、返事はない。

一様に「…ほぅ…」熱い視線でもって見惚れているからだ。

「う〜…やはり大人っぽすぎますか?」

誰も答えてくれない事からやはり駄目かとハラハラと胸元で両手を握り締めれば、それに漸く使用人の女性の一人が反応した。

「おおお似合いです!お嬢様!!」

「えぇ!とても!!」

「不躾ながら見惚れてしまいました…」

次々に返ってくる賛辞の言葉にホッと胸をなで下ろす。

全員に仕事に戻ってもらうと、シュンは得意げに「ね、言ったでしょ」と鼻を鳴らした。

しかし、ここでシュンはハッと我に返る。

自分の事が何一つ解決していないという事を。

悩んだ末に当日シュンはとんでもない暴挙に出るのだった…。


『レイルだ。西側、配置完了』

『シン、南、配置完了』

『マール。会場前配置完了』

『エクシャです。調理場配置完了』

『グレンだ。会場警備、東、配置完了』

『ニノ、会場警備北側、配置完了…シュンちゃん居ないけど大丈夫?』

シンとレイルの突貫作業で完成させたのはインカム。

シュンが考案し丸二日かけて仕上げたそれを、それぞれ耳につけ小声で確認し合うのだ。

『シュンだよ。ごめんごめん、今来たよ。材料が中々見つからなくて。結局生地も自分で作ったよ』

パーティー会場である大公邸では既に続々と招待客が集まっており、会場は賑わいフレイザーやクリスが挨拶回りをしている。

「これはこれは、侯爵殿。このような時にお越しいただきありがとうございます。奥方も」

「いやいや、閣下の招待とあらば勿論馳せ参じますとも。なぁ、お前」

「えぇ、勿論ですわ。それに今日はクリスお嬢様の装い、とても素敵ですね」

「流行の最先端と呼ばれるご夫人にお褒めにあずかり光栄ですわ」

会場は和やかムードに包まれている。

フレイザーが揃えた厳重な警備で安心感もあるが、ご婦人方は見たことのない見目麗しい警備達にほぅと頬を染めていた。

「実は、今日は紹介したい者がおりましてな」

「と、言いますと?」

「私の母側の親戚の子でして」

平民の子であると話せばいい顔をしないのが貴族である。

この話を何人かにしたが、揃って眉を顰める。

「魔力の強い子でしてね。師が付いていたのですが手に負えないと、私に相談が来まして面倒をみる事になったのですよ」

「ほぉ。其れ程ですか」(どうせ腕のない師だったのであろう)

「なかなか優秀ですよ」(考えている事が顔に出ているぞ)

狸同士が顔面に笑みを貼り付けていると、会場の入り口がにわかに騒がしくなった。

はて?とそちらに視線を向ければフレイザーを見つけたシュンが淑女の笑みでもって近付いて来た。

「お待たせして申し訳ございません、閣下」

そう言い淡いピンク色の袴の裾を持ち上げ、礼をとってみせた。

「……」

「……」

「……」

「……」

無反応を示す一同に小首を傾げ、

「最果ての島国の衣装ですが…やはり場違いでしたでしょうか?」

そう、袴である。

生成り色の生地に蝶と桜をあしらい、淡いピンク色の袴にはサイドにワンポイントの蝶が小さく舞っている。

髪はなんとか試行錯誤し結い上げ、黒の漆塗りに流行りだというラインストーンと小粒のパールで蝶を描いた太めの簪。

それとは対照的に、袴と同じ淡いピンクのコサージュで小さな桜をコラージュした小ぶりの簪。

対照的な二本の簪は可愛らしさと大人っぽさを演出している。

そして、ハイカラさんよろしく編み上げのブーツだ。

「ほほぉ…久方振りに見た。袴か…」

さすがと言うか、真っ先に正気に戻ったフレイザーは懐かしそうに目を細めあご髭を撫でる。

「流石は閣下。ご存知でしたか」

そう、この世界の端の端には日本と同じような文化を辿っている島国があるのだ。

取材に行った小説家がその島国を舞台に物語を書いていた為、存在は知っていたが、大陸から距離が離れている為、飛んで行くにも一苦労だと諦めていたのだ。

しかし、今回生地を調達する為、強行したが残念ながら思い描いた袴の色が無かったので無地の生地を買い、作った次第だ。

着物の方の生地は正真正銘、現地の染めである。

「素敵…。シュン、これは本当に素敵ですわ!」

目をキラキラと輝かせ、純粋に褒めるクリスに恥ずかしさで居た堪れない感情に襲われたがグッと耐えた。

「クリスお嬢様にそのように言って頂けて恐縮です。今度ぜひ一振り贈らせて下さい」

「本当に!?嬉しい!」

「ほっほっほっ、二人ともその辺に。シュン自己紹介を」

二人で盛り上がっている所をフレイザーに止められ、シュンは慌ててそして申し訳なさそうに侯爵夫妻に向き直りクリスからコピーした礼をして見せた。

「シュンと申します。ご挨拶が遅れてしまい申し訳ございません」

平民と言われていたにも拘わらず、完璧な礼に侯爵夫妻だけでなく、周囲の貴族も唖然としている。

一向に返事が無い夫妻にシュンは態とらしく

「…やはり平民の私にはこの場は相応しくありませんでしたね…」

と“侯爵夫妻が平民の自分に気分を害した”と言う体で呟けばそれに面白可笑しく乗っかったのは、フレイザーであった。

「いやいや、すまんな。シュンが魔法使いとしてあまりに優秀なもので、どうしても紹介しておきたかったのだ。私の配慮が足りなかった」

勿論二人ともそんな事微塵も思っていない。

そんな事とは知らないクリスは二人の側でしょんぼりと俯く。

大公閣下の気分を害した、と慌て始める周囲は侯爵夫妻へ「早く何か言えよ!」と視線を集めた。

その視線にハッとした夫妻も慌てて礼を返す。

「申し訳ない!何せ平民と聞いていたので、見事に作法が行き届いていると、驚いていた所です!いやいや、申し訳ない!」

「えぇ。本当に。素敵なお召し物ね。その様な複雑な染物見たことがないわ」

「恐れ入ります」

「…はかま、というのは?」

見た事の無い装いに貴族たちから視線を浴びていると、直前まで話していた侯爵が物珍しそうに問うて来た。

「先程この子が言ったように、最果てにある島国の文化です。新年の挨拶や成人の儀に参加する際用いられるとか」

「閣下はやはり博識でらっしゃいますね」

ほほほ、とフレイザーを褒める事で自分の無知を誤魔化す夫人。

それに倣い周囲も「さすが、さすが」ともて囃す。

周囲のそれに呆れているとシンからそっと通信が入った。

『シンだ。シュン、右の奥を見てみろ』

「!」

敵に何か動きがあったのか、とそれとなく視線を向ければ驚愕の表情の少年と目があった。

(アスベルゥー!!?何してんのぉーー!!?)

見た事の無い正装を見事に着こなし、少年アスベルと護衛のクーが笑顔を貼り付けたシュンを凝視していた。

インカムの向こうからはシンの楽しげな笑いがクスクスと聞こえてくる。

ひとしきり侯爵夫妻との挨拶を終えた後、シュンは足早にアスベルとクーへと近づいた。

余計なことをされる前に釘を刺しておかなければと。

アスベルとクーの前にやってくると、誰が見ているか分からない為、シュンはきちんと挨拶をする。

「…見違えたぞ」

「アスベル様」

クーが社交界の場であると、厳しめの口調で諌めれば、アスベルはコホンと一つ咳をし、胸に右手を当て紳士の礼で挨拶を返した。

「二人とも何してるの?」

魔法学園に留学に来ているのは知っていたが、まさか夜会に出てくるとは思いもよらなかった。

しかし、少し考えれば直ぐにわかる事だ。

「…夜会や茶会で奇妙な事件が起きているだろう?それの調査だ」

正義感の塊であるアスベルらしい回答に、

「他国の事情に介入するな。一歩間違えれば国際問題でしょうが」

と至極真っ当に言い返すが、アスベルがフレイザーに協力を申し出た所快諾してくれたとの事。

勝手にやっているわけでは無いと、予想外の返答が返ってきた。

(じじぃー!私聞いてないけどーー!!)

先程インカムから聞こえてきた楽しげな声で、シンは知っていたに違いない、とジロリとシンを見れば見知らぬマダムに言い寄られていた。

助けろ、と視線を向けられたがにっこりと笑顔で返しアスベルへと向き直った。

インカムからは微かに舌打ちが響いたが、スルースキル全開だ。

「で?乗り込んできたからには策とか何か手がかりとかあるの?」

「無い!」

「だと思ったよ」

一先ず会場の端に寄り、シュン達の作戦を手早く伝え一先ず一緒の行動は避ける事にした。

なぜなら、お忘れかもしれないがアスベルは一国の王子、シュンは平民である。

そんな二人が長々と一緒に居れば嫌でも注目を集める。

シュンの袴だけでも注目の的だと言うのに。

「これを耳に。これでみんなの会話が聞こえるから、何かあったら直ぐわかるから」

と余分に作ったインカムを袖から取り出し二人に渡す。

「こんな風に耳につけて、ここの出っ張りを押しながら喋れば繋がるから」

ひとしきり説明し、すぐにその場を後にした直後、

『あーあー、聞こえるか?』

『へぇー、面白いっすね』

などと聞こえてきて『遊ぶなら返せ』と低音でシュンが叱れば、一瞬で黙った。

その後、一人でうろついていると様々な人達に声を掛けられ、挨拶を交わしているうちにあっという間にお開きの時間となってしまった。

この二ヶ月間毎回起きていた事件が今日は起きなかった。

肩透かしを食らった一同は、アスベルとクーも含め夜会後にフレイザーの応接室へと集まった。

何も収穫はなかった、と落胆する中「そうでもない」とフレイザーが複雑な表情を浮かべた。

察した者はフレイザーの他に二名。

「閣下にとっては複雑だね」

「この邸に裏切り者が居るんすから」

「!?」

それは、シュンとクーであった。

「クー、それはどういう事だ?」

自身の護衛の言うことが理解できないとアスベルはクーを見た。

「え?だって、皆さんを雇って犯人捜しをしてるのはこの邸の人しか知らないんすよね?だったら警戒して犯行に出なかったって考える方が普通じゃないっすか?他の邸の人間が犯人なら警備の顔ぶれが変わったくらいにしか思わないでしょうから、御構い無しにやっちゃうと思うし」

「ふむ、同感だ」

クーの説明に頷くシュンとフレイザー。

「でもこれで、次は犯人が動き易い状況を作ってあげれば良いって事にもなるね」

「動き易い?」

「私たち全員撤退する」

と信じ難い提案にフレイザーは眉をひそめた。

「但し、水晶は大量に配置する」

犯人には自分たちは諦めたと思わせておき、その実、こっそりと小型水晶をあちこちに潜ませておくと言うのだ。

「しかし、それが上手くいくのか?」

「勿論、それだけではないよ」

思いついた作戦を告げればその地味さにげっそりとする者と、香水臭い女に声を掛けられずに済むと安堵する者、シュンが言うなら何でもしますと言う者と三者三様のリアクションを見せた。


年に一度の魔法学園の運営資金の寄付を募るパーティーが催される。(半分は寄付、半分は国家予算)

学園が冬休みとなり、現学生やその保護者、OB、OG達が集うものである。

貴族、平民と区別なく参加は自由であるが、平民達は寄付する余裕などない為参加者はまず居ない。

良くて裕福な商人の家の者が以前はちらほらと居たが、貴族達の嫌味や視線に耐えきれず参加する者は徐々に減っていった。

今では貴族達のみの催し物となっているのだ。


普段は講堂として催し物が行われているが、今回はいつもより煌びやかに飾られている。

保護者と共に会場には学園の子供達もやってくる。

そこには自国に帰らず保護者の代わりに護衛を付けたアスベル王子の姿もあり、それを認めた玉の輿狙いの者達はワラワラと集る。

フレイザーとクリスは胸元に水晶を仕込んだタイピンやコサージュを着け、来賓と挨拶を交わしている。

そして、その横には普通のドレスを纏ったシュンの姿もある。

前回の夜会に参加できなかった者達から、是非シュンを見てみたいと声が上がり、強制参加となったのだ。

会場のシャンデリアや壁の装飾、テーブルに飾られた花の中にも小型水晶を隠し、それを別の場所でリアルタイムで投影しレイル達が監視している。

「さて、今日は釣れるかな?」

「大漁を期待致しましょう」

小声でこっそりと話すフレイザーとシュンはつい先日までいがみ合っていたとは思えないほど、よく似た表情をしていた。

いい加減助けてくれと、いつのまにか近くまで来ていたアスベルの視線をスルースキルを発動し躱していると、挨拶をと、呼び止められた。

フレイザーと同時にクリスとシュンもそちらへと向き直ると、幸薄そうな貴族夫婦とその後ろにはチラリとドレスの裾だけが見えた少女の姿があった。

「本日はお越し頂き有難うございます。リザドール伯爵。ご息女の学園生活は如何ですかな?」

和かに定型文を口にすれば、相手の夫婦貴族は顔色を僅かに変えた。

「?」(おや?)

クリスを見ればクリスも少し良くない表情をしている。

「ほら、リリア。閣下にご挨拶を」

(リリアって…)

聞き覚えのある名前にドキリとし、正体を確認しようとその少女を見た。

両親の後ろからおずおずと出てきたのは、美しい絹のような白い髪と、透き通った白い肌、上げた顔にはルビーよりも美しい輝く瞳が現れた。

(やっぱり!漫画のヒロイン!リリア・リザドール!)

回復と光の魔法に長け、その力で悉くシンの魔法を防いだ凄腕魔法使いなのだが、それより何より…。

「うわっめっちゃ綺麗!」

本来の美しい顔の作りに、更にアルビノ特有の神秘的な美しさが相まってシュンは思わず素を出してしまった。

周囲の視線を感じたシュンは、コホンと一つ咳をし「不躾に失礼致しました」と謝罪した。

しかし、視線は強まり更にはヒソヒソと周囲は声を潜め何かを言っているようだが、会話は聞こえない。

「…ほぉ、シュンはリリア伯爵令嬢を見ても何とも思わないのかな?」

「え…」

あ、しまった、と思っても後の祭りだ。

この世界にアルビノと言う言葉は存在せず、この特徴を持つものは呪われているとされている。

本来の模範反応は“嫌悪”だ。

『シュン』

「!?」

フレイザーの問いに何と回答しようか頭を回転させていると、不意に聞こえたインカム越しのシンの声。

それは寂しさや悔しさの混ざったものだった。

『その子を、何とかできないか?』

“なんとか”とはなんだ、と聞き返すのは愚問である。

シンも同じ境遇であったからリリアに自分を重ねたのだろう。

「シュン?」

インカムの声が聞こえないフレイザーからの問いにシュンは笑顔で返した。

「愚問ですよ、フレイザー大公閣下」

と。

「そもそも皆様は呪いなどと何を根拠に仰っているのでしょう?」

会場の貴族達に問う様に大袈裟に声を張り上げ言えば、周囲は不快感を示す。

国を動かす貴族に対し、自分たちの言う事に異論があるのかと、多数の視線が言う。

「はっはっはっ!」

シンと静まり返った会場から突如響いた自信たっぷりの笑い声に人垣が割れた。

二つに割れた人垣の中心から現れたのは、先日の夜会で話した侯爵であった。

「これはこれは、侯爵様」

マナーに倣い礼をすれば、嫌味ったらしい笑みで

「根拠なら、ほらそこに。リリア嬢の見た目そのものがそうではないかな?」

と人目があるにも拘わらず、伯爵令嬢と間接的にその両親を貶したのだ。

リリアの両親は娘を守る様に抱きしめるが、その瞳には悔しさで涙が溜まっている。

「はて?意味が分かりませんね」

「それは仕方のない事だ。見なさい。あの死人の様な白い肌に血の様な目、年寄りの様な白い髪。呪いとせずなんとする?」

侯爵の意見に賛同する声が次々と聞こえ、まさかフレイザーも同じ意見か、と盗み見れば驚いた事にフレイザーは軽蔑のこもった視線で侯爵を見ていた。

伯爵夫妻の先程の言い方であると、フレイザーはリリアを気にしている様子であった。

それに内心ホッとし、そしてシュンは笑みを浮かべた。

「どうやら侯爵様は死体を見た事がないご様子。見聞を広めるために墓守でもしてみてはいかがか?」

「なにっ?」

墓守など下級民の仕事を勧められて余裕の表情が一変する。

その様なことは御構い無し、とシュンは更に続けた。

「私は平民出です。更にはスラムに居たこともありますので、死体など腐る程見ましたが、肌は浅黒く、リリアお嬢様の肌のように美しく透き通った肌ではありませんでした。それに血はドス黒く、リリアお嬢様の宝石のルビーの様に輝く瞳ではありませんでした。髪に至っては、ご自身の白髪を鏡でご覧になられては如何ですか?張りもコシもないその様なものと絹の様に煌めきサラリとしたリリアお嬢様の髪は似ても似つきませんよ?」

シュンが反論すればするほど侯爵や周囲の反応は苛立ちと怒りに顔色を変える。

それが面白いのか、シュンからはクスクスと笑い声まで聞こえてくる。

「動物や魔物界にも稀に白い毛並みに赤い目の個体が生まれる事が有りますが、皆仲間として守り合っていますよ?このように同種族同士で差別し貶し合うのは人間だけ。動物や魔物の方が余程思いやりの心があるというもの。…知的で民の手本となるべき貴族様方が何とも低俗な事をなさる。何とも嘆かわ」

「黙れ!」

堪忍袋の緒が切れたのか、侯爵は顔を真っ赤にしシュンの話の腰を折った。

「学のない平民出が知ったような口をきくな!!貴族に対する礼儀がなっていない!呪いでないと言う証拠はあるのか!?」

「それを言うなら、逆に見た目以外で呪いであるという証拠もない。まさか各地で起きている自然災害がそうだと、ふざけた事を言うつもりではありますまい?それに、この見た目が呪いだと言うのは自分たちと違う見た目だからでしょう?」

「その娘が産まれてからというもの、リザドール伯爵家は領民は減り、商人の行き来は減り貧困状態だ!これこそ呪いだろう!?」

「いいえ、それは裏切りと言う人的な被害です。“呪い子が産まれた。この地はもうダメだ”と思い込んだ人々によるものです。それでも領が潰れず現存するのはその様な思い込みに惑わされる事なく留まった領民と、伯爵夫妻の努力の賜物。呪いならとうの昔に潰れておりましょう」

「ぐぬぬ…小娘が…」

「他に反論が無いなら、リザドール伯爵ご一家に謝罪をお願いいたします」

「何だと!」

ギリギリと拳を握る侯爵に、シュンの表情からはいつのまにか笑みは消え、無感情となっていた。

この様な浅はかなものが“侯爵”という高い地位についていて、これから先この国は大丈夫だろうか、と寧ろ心配の域だ。

「このっ」

「シュン」

侯爵が何か吼えようとした時、間に入ったのは傍観していたフレイザーであった。

「はい、フレイザー大公閣下」

侯爵や周囲の表情に笑みが浮かぶ。

「リリア嬢の様な者が産まれる原因は何だと思う?」

誰もが大公閣下は侯爵の味方をするであろう、とそう思ったが、シュンから予想外の返答が出てきた。

「…母胎にいる際、自身の体内で作られるはずであった色素が生成されず、遺伝子情報の欠損だと思われます」

「!!?」

何を言っているのだ、と侯爵を含め、全員がそう思った。

シュン以外の二人を除いて。

「…メラミンでしたっけ?」

「メラニンだ。それは…別物だよ」

声を上げたのは退屈そうにグラスの中身をくるくると回す、クーと質問をしたフレイザーであった。

その返答に、シュンは理解した。

壁を豆腐の様に切ったクーと、一代で平民から大公に上り詰めた二人の男の正体を。

(要するにどっちもチートだったってわけかぁーー!!)

この世界にはメラニンもメラミンも無い。

それを知っているという事は、つまりそういう事なのだ。

話の内容が理解できない一同は驚きに目を丸くしている。

「た、大公閣下…めら…何とかとは?」

「ホッホッホ、私の研究チームが発見した生き物の体内に存在する色素だよ。まだ詳しくは分かっていないから、秘密にしていたのだがね、これ以上リリア嬢に辛い思いをさせたく無くてね」

「…それは…つまり?」

「先程シュンが話した様に、遺伝子疾患であり呪いとは程遠いものだという事だ。いやいや、シュンよ、その若さでよく学んでいる。これからが実に楽しみだ」

「恐れいります、大公閣下」

唖然である。

貴族を蔑ろにしただけで無く、平民を褒めたのだ。

侯爵は吼え疲れたのか、使用人のトレーからグラスを奪い、飲み干した。

どこかで舌打ちがした。

続いて「これだから平民出は」と。

「反論なら大きな声でお願いします。全て論破してみせますよ」

と声を大にして言えばシンと静まり返った。

「無いようですね」

勝ち誇った笑みでリザドール一家に振り返ったシュンは

「また何か戯言を言う輩がいましたら、フレイザー閣下にお知らせください。閣下経由で私が赴き、完膚無きまでに叩きのめしてご覧に入れますよ」

そっとリリアの手を取り、その手の甲に触れるか否かのキスを贈ればリリアの頬は薄っすらとピンクに染まった。

「は、はい」

刹那、

「ぎゃぁーーー!!!化け物!!!」

先程まで吼えていた侯爵が叫んだ…。













ブクマ&誤字報告ありがとうございます(*´・∀・)*´-∀-)

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