9 LEVEL1-9
次の日の朝、宿屋で持ち金のほとんどを使い果たした空っぽの袋を右手に握りしめると、街の出入り口に向かう。
門には馬車と兵士が待っていた。みんな馬鹿らしく思えてしまう。あの中には、若い者も少なくない。なぜ、自ら死ににいくのか?訳が分からない。
夕べ、逃げようと思ったが、窓の外、ドア、挙句の果てには部屋の中にまで監視がついている始末だ。結局、朝まで監視され結果、此処までついて来られたわけだ。
お前を道ずれにする。そんな気持ちが向こうから漂ってきた気がした。
「来たか、向こうへ逝く準備は出来たか?」
「できる訳ねーだろ。つか、何でこいつら若い衆だろ。あいつらの方が何で逃げねーんだよ」
ウォンは、ダガーを腰の鞘から抜くと、傷がないか確かめた。なかなか成長することはなかった。だが、今までずっと一緒にいた相棒のような存在だ。でもこれは、人じゃないから言える事だろう。
「全員、あの人に助けられた奴らばかりだからな。もちろん俺もだ」
「理由がわからん。助けてもらったんなら、わざわざその命を自分から消さなくても良いだろう?」
こいつらの命の感性がよく分からん。
ウォンは、タガーを鞘に納めると、深くため息をついた。面倒な事を考えるとため息をつく、ウォンの悪い癖だ。
「どうする?逃げたいなら昨日の続きでもするか?今回は少し緩めにいくが・・・」
「いや、別にいいわ」
クルスに連れられ馬車に乗り込むと、馬車は動き出した。
ガタガタと、石を踏みつけるため馬車が小刻みに揺れる。
「その・・・本当にごめんなさい。私のせいで・・・」
同じ場所に居たのは、エルナだった。エルナは昨日と全く変わらない申し訳なさそうな感じは変わりない。
エルナはこちらに近づくと、向かいに足を抱えて座った。
「何がごめんなさいだ。こっちに喋りかけんな。虫唾が走る」
「でも・・・」
「俺はもともと人といるのは嫌いなんだ。だが、何だお前?人の事を詐欺師呼ばわりして、濡れ衣と分かっても、結局殺すんか。」
ウォンは外を眺めながら、エルナに話しかける。
「だから!・・・私は・・・」
エルナが何か言いかけたが、この茶番にもううんざりだったウォンはエルナを睨みつけこう言い放った。
「正直言うけど。お前ら・・・狂ってるよ」
それだけを言うとウォンは馬車を降りた。ウォンは地面に降りると、先頭の方に、できるだけ逃げたと思われない程度に歩を進めた。
馬車の中には、エルナと荷物だけが残された。
「私が何をしたっていうのよ・・・」
自分がしたことにまだ理解できていないエルナはその場で座る事しかできなかった。。
どれくらい移動しただろうか、ウォンは歩き疲れ先ほどの馬車に乗り込んだが、エルナの姿はなかった。
「別にいなくなっても俺は困らないが・・・」
ウォンは床に座り込むと腕を組み眠った。
「おい!エルナ様はどこだ!」
「なんだこいつ!こっち来るな!ぎゃーーー!」
後ろから複数の男の声が聞こえた。それに地揺れがする。
何やら焦っている様子だが、別に俺じゃなくても誰かがこの騒ぎを収めるだろう。
「止めろ!なんてデカさだ!」
「どうしてこんな奴がいるんだ!もっと団体でいるはずだろ!」
騒ぎはなかなか収まらない。
ウォンは「うるせーな」と腕を伸ばし、上体を立ち上げる。が、その瞬間、ウォンの目の前にあった布の壁が消え、倒れた木の幹と外の景色が現れた。
「アギャアァァァアアアァアアアア!!!」
猿の声にも似たその鳴き声はウォンのはるか上から聞こえた。
馬車から急いで降り、上を見上げるとそこにはここいらでは一番会いたくない奴がいた。
「トロール・・・」
確かにここは山奥だが、なんで一体だけでいるんだ?
その緑色の巨体は、一方の肩に布をかけまるで原始人を思わせる雰囲気をしている。ただ、その体さえ大きくなければただの変態で済むのだが。
「ありゃ?あの女はどこ行った?逃げたか?」
ウォンは近くで腰を抜かしている若い兵士に言葉を掛ける。
「あ・・・あれ・・・」
兵士は震えるその手でトロールの足元を指した。
ウォンが指の指した方を見た。
そこには、今さっきまで豪雨が降っていたかのように血の溜りがあり、そして誰かの片腕が落ちていた。
それは、見覚えのある腕だった。
「何だ。俺らよりさっさと死んだのか。向こうで、俺らの迎えの準備でもしてるのか?・・・ックックック・・・あはははははははは・・・!!!」
ウォンは、落ちている腕を持ち上げる、ケタケタと笑い出した。
「な・・・何がおかしいんだ!」
こちらに走って来たクルスがウォンに怒鳴りつける。
確かに、他から見ればウォンは狂人そのものだ。恩人の腕を持ち狂ったように笑うその様は誰が見ても人の皮を被った化け物そのものだ。
「だっておかしいだろ!?俺らもうすぐ死ぬはずっだのに、逆にあの詐欺師女が死んだんだぜ?これを笑わずにしてどうする!」
気が付くと、トロールがウォン目がけて大木を振りかざした。
ウォンは腕を投げ捨て森の方に逃げる。
「待て!ふざけるんじゃねー!」
後ろで兵士が叫ぶが、今のウォンにそんな声など届くはずもなかった。
だが、どうも運という物はこういう時に効いて来るものだ。
「おおお?あああお・・・あああぁぁぁぁあ・・・」
トロールは方向を変えると、ウォンの方へ歩き出した。
「なんだ?トロールが森の方へ・・・チャンスだ・・・」
傍にいた兵士がトロールに切りかかろうとした、その瞬間、トロールが血だまりに足を滑らせ転んだ。
そして、切りかかろうとした兵士を踏みつけ、さらに別の血が大量に増えた。
手に着いた血を見るとトロールは馬車の布に拭い、ウォンの方向に歩き出す。だが、トロールの視界からはウォンの姿は消えていた。
だが、まるでもともと木などなかったかのようにトロールは一直線にウォンの走る方向に歩を進める。
「なんで、俺の方に来んだ?もっと別の方に行けよ!」
ウォンは右に方向を転換し木の陰に隠れながら逃げるが、やはりトロールは右斜めにウォンを追いかける。
人を信用できないんじゃない、したくないんだ。そんな俺は生きていていいのか?俺は別にここで死んでもいいじゃないのか?