トロヤ群小惑星の10億年
私は木星の均衡点にいる
今も目の前を太陽に近づく軌道に乗った
凍った核が通り過ぎていく
もう体がもたないだろうに
あの重力井戸にまたダイブ?
度胸あるなぁ
近よりすぎて
太陽に飲み込まれたり
その巨大な重力によって砕かれたり
コースをそらされて あらぬ方向に放り出されたりと
無事に戻れる保証など 誰も知らない
私は行かない
行けるけど 行かない
でも 行くやつはすごい
木星の軌道のわずかな揺らぎの中に居る
ずっと 踏み出すチャンスはあった
だけど 私は10億年の安寧を選んだ
木星のふらつきが 私を不安定にさせる
木星の巨大な重力に引かれ
つい踏み出してしまいそうになる
ラグランジュ点・L5は
まるで噂に聞く浜辺のよう
波にひかれ つい転げ出してしまいそうだ
時々 近くの小惑星とぶつかったり くっついたりする所もそうだ
不意に 軌道の外側から押しだされる
L5の兄弟だ
衝撃と共に 兄弟と私の軌道が変化する
兄弟は減速して軌道に留まり
私は太陽への長くゆっくりとした軌道へと転げ出した
「Прости... Счастливого полёта.」(プラスチー... スシャスリーヴァヴァ・パリョータ/失礼 良き飛翔を)
そんな声を背に
私は太陽への旅を歩み出してしまった
旅に出るきっかけなど 案外こんなものか
今ならあの凍った核の気持ちも分かる
意思とは無関係な偶然もあるのだろう
名もない私の数千年の短い旅路は
始まったばかりだ
いつか誰かが私に名を与えようとも
それはまだ未来の話
そしてその名から
私はもう逃れられない
先に太陽に向かった凍った核の彼女は この接近で崩壊する(「彗星」後日談)
「私」は後に「惑星になるまで」で「避けられない者(アトロポス2)」と呼ばれる




