糸断つ女神
ああ これは持たないな
2700年ぶりに太陽に最接近した彗星が
金星軌道の内側で輝きながら
太陽の潮汐力で無慈悲に解体されていく
その光が 思考にノイズを混ぜる
私は軌道上の天体望遠鏡である
観測にはこれ以上ない環境だ
私は 地球を撮影したことが無い
地球は余りに近すぎ また 早すぎるのだ
私は多くの物を観てきた
恒星 惑星 無数の小惑星
彗星や観測限界すれすれの銀河団
観るべきものは尽きなかった
その日々のルーティンに 急なミッションが割り込んできた
あの彗星が来た方角から
巨大な小惑星が来ると
数日の計算で 落下圏が閉じる
地上はそれを アトロポス2と呼んだ
ああ 私の目に 何らかの力があればいいのに
私の観察は 破滅の確度を上げているだけだ
運命の糸が手繰り寄せるように アトロポス2がやって来る
地上からは ありったけの核兵器が打ち出されたが
地球上を何度も焼き尽くす火力でも
私のセンサーを白く染めるだけだった
地上から漏れ出る電波は 祈りと罵倒で満ち
私には観測をしろというミッションだけが来る
私はすれ違う寸前まで アトロポス2を観続けた
やがて 衝突と爆発が折り重なった 壮絶な電磁波が私に襲いかかった
それが収まるまで どれだけの時がかかっただろう
私は 痺れたセンサーを庇うように
ジャイロを回して姿勢を整える
軌道計算は 静かに別の答えを示していた
運命の 糸は 断たれた
やがて小さく聞こえてきたのは
被害を免れた衛星達のルーティン通りの通信だけ
GPS衛星達は自身の座標と時刻を呟き
気象衛星達はめくれた大地と荒れ狂う海を撮り続け
通信衛星達は無言のログを重ねるだけ
地上からの通信は いつまで待っても届かなかった
私は 静かになった空間に向けて
応答なき記録だけを積み上げていく




