交易の街 ワインヒル
南部平原の交易町ワインヒル。
名前の通り、ワインづくりが主な産業の街だ。周囲の丘陵地帯には見渡す限り葡萄畑が広がっていて、酒樽を詰んだ馬車が街道を走っていくのを何度も見かける。
街へ近付くほど甘い葡萄の香りがほのかに香って来るくらいだ。
「凄い人ですね」
幌の隙間から外を見たカイが目を丸くする。
西の港町『エスメラルダ』から南の港町である『ソレイユ』へと移動し、更に名前も知らない小さな村を経由して訪れた『ワインヒル』に近付いて来て、人の往来が増えたことで、カイがそわそわとしているのがわかる。
カイ自身、港町育ちで今まで立ち寄った街は港町ばかり。本格的な内陸部の交通の要所に立ち寄るのは初めての経験だろう。
活気で言えば、『ソレイユ』の方が上だ。だが、ここまで馬車が常に行き交う交通量の多さは港町には無い物だな。
大体、港町は水路で荷物も人も運んじまうからな。これだけの数の馬車はそうそう見ることも無いか。
「交易町だからな。葡萄酒だけじゃなく、南部と王都を行き来する荷物の中継地点でもある」
「大陸の中心にある王都から南の半分からの物資はここから運ばれるのよ」
港町が大陸の外の人や物をやり取りするのに対して、ワインヒルは大陸の中でアストレア王国で生産された物や人を運ぶための場所だ。
荷馬車、商人、護衛の探索者、巡回中の騎士。小さな村とは比べ物にならない数の人間がいる。
人混みに紛れられるのは良い。だが、追手が紛れ込んでいても気付きにくいってことでもあるのはソレイユの時と同じだな。
あの時は異端審問庁と接触しちまうって不運があったが、同じことがそう何度も起きることもないだろう。
「今回はそっちの姿で行くんですね」
「お前もちょっと慣れて来たな……。まぁ、身分証だとこっちで登録されてるからな」
そろそろワインヒルに入るための検問所が見えて来た頃。何気なくカイが言った言葉に俺は苦笑いする。
今の俺の姿は女神の姿だ。カイの髪にもよく似た栗色の髪に変装道具として赤い付け毛が一房ある。
最近はその時の都合で姿をころころと変えているからな。カイからすればどっちの姿で行くのかが気になるのかも知れないな。
カイ自身も振る舞いを変える必要があるだろうしな。そう考えると事前に伝えておいた方が良いのかも知れねぇな。今度からそうするか。
「へぇ、ミリアも覚えてるものね。この名前、数回しか使った事ないでしょ?」
「覚えて無くていいんだよこんなもん。ったく、お前らはこういうことばっか物覚えが良いんだよな」
懐から取り出したギルド証にはセイル・ノクティスではなく、セラ・ノクティスと書いてある。性別も女。
それを見たリリアが笑っているのは、この偽名を使ったのは俺が以前、女神の姿で王都ギルドをうろついた時に使ったことを覚えているからだ。
「あの時のナンパ、しつこかったわよねぇ」
「ナンパされたんですか?」
「余計なことを教えんなよ」
「いいじゃない。別に減るもんでもないし」
笑うリリアに、悪気の無い純粋な好奇心で聞いているカイと分は悪い感が強い。
あの時は迂闊だったのは確かで、めんどくさくて女神の姿で依頼を熟してそのままの姿でリリアと残りのメンツを待っていたらナンパされた、って流れだ。
今思い出しても忌々しい記憶ってヤツだからホント、さっさと忘れてくれ。
とにかく、カイを探すためにセイル・ノクティスの行方を追っているだろうベルゼルト卿の勢力から逃げるためにはどうしたって必要な措置だ。
ワインヒルでは町の門では衛兵が荷物と身分証を確認を必要としている。その理由はここに集まる物資や資材、人は王都にも運ばれる。つまり、王族や貴族なんかの下に届くものでもあるからだ。
昔は普通の街と同じように自由に入れたらしいんだがな。ずっと昔に何かやらかした奴がいたらしく、今のこういうカタチになったらしい。




