展望台
あのメッセージは中央駅銅像前を指定していた。
僕が向かったのはそこじゃない。中央駅銅像前から300メートルぐらい離れた旧テレビ塔。テレビ塔としての役割は僕が生まれるずっと前に終えてる。今では市営の観光名所の一つ。
名所と謳いながら人気スポットとは言い難く、週末でも割と空いてる。僕がいても目立つってほどは空いてないのがいい。程良く人が居るけれど、移動の邪魔になるほど混んでない。
僕は昼前に展望ラウンジに上がって窓際に設置された双眼鏡を覗いた。
展望ラウンジへの入場も双眼鏡も有料だ。
自慢じゃないがお金に余裕はない。こんな好奇心からの行動で散財するのは正直痛い。無視すれば良かった、と思わないでもない。
銅像前じゃなく離れた展望ラウンジに来たのはもちろん理由がある。
あのメッセージは特別なものだった。たぶん、魔法使いにしか聞こえないもの。そんな方法で魔法使いに呼び掛けたのが何者で、どんな目的を持っているのか分からない。素直に現地に行くのは恐かった。かと言って無視もできないから、遠くから眺めることにした。要するに単なる好奇心からの野次馬だ。そのために多くない資産を削るんだから馬鹿みたいだ。
この行為に野次馬根性が満足するということ以外にも意味があったのかどうか。
それは指定の時間になれば分かるだろう。
双眼鏡の円形の視界に遠く離れた中央駅の駅前にある銅像が見えた。
駅周辺には高層建築が多い。ツインタワーは高さ300メートル近くあり、築50年ほどだったか。
テレビ塔より高いのは確かで、僕がいる展望ラウンジもツインタワーに比べたら中程でしかない。視界を遮る位置になかったのが幸いだ。ここから銅像が見えるのは立地条件に恵まれたお陰だ。
大通りという高層の凹み部分が旧テレビ塔から中央駅方面へ伸びている。それが駅前を覗かせる隙間となっている。
都市計画でそう見えるように狙ったとも偶然とも聞いた。どっちでも僕にはどうでもいい話だ。
双眼鏡は有料だけあって倍率は悪くない。ずっと昔、内戦で国が割れたときにこの200万都市を守ったと言う将軍の銅像についた鳩の糞まで良く見えた。
人出は多い。
中央駅には駅の利用客はもちろんのこと、駅前にある数々の施設、映画館、デパート、ビアガーデン、カラオケ、ゲーセン、各種ホテルに好きな夢を見せてくれるドリーミングセンター、ネカフェに合法ドラッグ販売所、etc……そういうものの客も行き来する。
中央駅付近は平日ですら人が多いのに、週末になるとそこから更に倍増する。
銅像は良く待ち合わせにも使われるから、銅像の近くに人がいても数が多過ぎてあのメッセージを受け取った人なのかどうかは分からない。
そもそも魔法使いは外見上の特徴はなにもない。一般人と同じだ。というか、一般人が魔法を使えるだけだ。
魔法使いは黒瞳に多いとか、アースアイは魔力が強い、赤毛は魔法使いになりやすいなどなど噂は多くある。
魔法に関する研究が禁止されていなかったら、誰かがきちんと調べたろうに誰も統計を取ることさえできないからどんな珍説もそれっぽい話も全部噂レベルで止まってる。
もしあのメッセージを受け取って銅像に集まる人がいたとしてもまだ時間が早い。
指定の時間になって見ないとはっきりしない。
今は飽くまでも下見だ。昼食を摂ってからが本番。
「覗きはやめといた方がいいぞ」
急に声をかけられて声をあげそうになった。声を我慢した代わりに双眼鏡に眼をぶつけた。
「ジロウ」
「よう」
ジロウは、偶然だな、とでも言いたそうな顔をした。偶然なわけないだろう。
「つけて来たんだ」
「可愛い弟分が浮気するまで立派になったとあっちゃ、兄貴分としては見過ごせないだろ」
もう、どこから突っ込んでいいんだか分からない。それに、僕がなにを言ってもジロウは気にも止めないのは分かっているから、敢えてそれ以上は言わないことにした。
「にしても、変わったところで待ち合わせだな。旧テレビ塔の展望ラウンジなんて小学校の遠足以来だぞ」
ジロウは懐かしそうにラウンジ内を見回し、それから僕が覗いていた双眼鏡に割り込んだ。
どうせ有料の残り時間は後一分もないだろうからいいけどね。ジロウはその眺望に子供のようにはしゃぐ。観光客たちの視線が刺さるのが分かった。
「言っておくけど、浮気じゃないから」
「なんだ、こっちが本命なのか。まあ、弟分や妹分と言っても色恋に口を挟む気はねえけど、妹分が泣くのは見たくねえな」
果たして、僕との仲が壊れたとしてケイティが泣くだろうか?
僕がボコボコにされるのは確実だけど。
「ケイティは泣いたりしないでしょ」
「は、分かってねえな。なにが良いのか知らんけども、あいつは昔っからおまえに夢中だったんだ。念願叶って付き合い出したのに、別れるなんてことになったら長く引っ張るぞ」
昔から?
僕は、割と小さい頃からケイティが好きだった。鬱陶しいと思うこともあったけどケイティから離れようなんて思わなかった。彼女がいくら乱暴な物言いをしても、実際手を出して来ても、僕は彼女の側にいた。
あの頃は家族に近い感情だった。
それがいつから異性に対する愛情へ変わったのかは覚えていない。気づけば、僕はケイティを女として見るようになっていた。
ずっと身近だったからこそ、告白には勇気が必要だった。
普通なら、断られてもただの失恋だけで済む。
けど、僕の場合は親しい友人、姉同然の相手を無くすことになる。それに、僕にはケイティにさえ明かせない秘密があった。
誰より親しい関係になる相手に隠したままでいいのか。後ろめたい気持ちを抱えたまま、僕は雰囲気というか流れで、おっかなびっくり付き合わないかと打診した。我ながら情けない申し込みだったと思う。
もっと普通に付き合わないか、と言えれば良かったのに。
「なんだ、気づいてなかったのか。まあな、おまえら男と女ってより姉弟の時間が長かったからな。ケイティのは、弟へ対する愛情を勘違いしてるだけなんじゃないかと今でも思う」
双眼鏡の有効時間が切れたらしく、ジロウは小さく舌打ちして僕に眼を向けた。無言で行われる双眼鏡用の料金追加の催促。僕も無言で拒否した。
「え、勘違い?」
「そんな顔すんなよ。そうかもしれないな、と思ってるって話だ」
……僕は、どんな顔をしていたんだろう。鏡がないから分からない。
「愛情自体が脳内物質の起こさせる一種の錯覚みたいなもんだから、家族への愛情だろうと恋愛の愛情だろうと、実は大して差はねえのかもしれないけどな」
錯覚? 錯覚なんだろうか。
僕がケイティに感じている気持ちは、所詮脳の悪戯に過ぎないんだろうか。
「ジロウは、なんだかそういうところ冷めてるよね」
「俺がってより、ミラー家がそうなのかもな。うちは科学者の家系だってのは前に話したろ。伯父貴は変わり種だがな」
伯父貴っていうのはケイティの父親、ジェフリーおじさんのことだ。
ジェフリーおじさんの妹がジロウの母親のミランダさん。ミランダさんは高校で化学の教師をしている。
いやあ、ホントしつこいですね、ジロウ
次回はやっと問題の時間になる……予定です




