失われた技術
ハロルドの自説披露演説会
僕らは不可視でありながら世界に満ちる精霊に語りかけて現象を引き起こす。精霊を否定したら、力はどこから来ると言うんだろう。マナか、新人類としての超能力か。
「私は魔法使いではないから語りかけても精霊は応えてくれない。だがね、私はこれまで出会った魔法使いたちに常に質問して来たんだ。結果、全員が否と答えたのと同じ質問を君らにもしよう。まず間違いなく君らは否と答えるだろうがね。
君らは精霊に語りかけるそうだが、精霊と対話したことはあるのかい?」
これはなんだか悔しいがハロルドの言う通り、正直に答えるなら、否、と言うしかない。
語りかければ精霊は力を貸してくれる。応えてはくれても答えてはくれない。
「精霊は行動によってのみ応じる」
「皇帝が出した魔導書なるものにはそう書いてあるそうだね。精霊は言語による会話はしないが行動で示す。火の精霊に呼びかけて火が熾れば、それこそ精霊存在の証左だと。
果たしてそうなのか?
そもそも精霊は何故君らに力を貸す? 君らは呼び掛け、そしてイメージする。それらに無償に応えるというのは、なんとも大盤振る舞いな話じゃないか。なんの対価も支払わぬ者のために尽力する。それも何度も。
物語では精霊と契約を結んだりするだろう。だが、現代の魔法使いにそういう制約は一切ない。ただやってくださいと頼むだけだ。精霊は実に親切だ」
僕は精霊に力を借りている。
そういう認識だったがいつも借りるだけでなに一つ返したことがない。ファンタジーなら魔力というものと引き換えにして現象を引き起こすところだが、僕らに魔力なんてものがあるんだろうか?
あると言う話もあるけれど、まったく分からない。自分の魔力も他人の魔力も、そんなものが本当にあるという証拠はなにもない。
なら、ハロルドの言うように僕らはいつも対価を支払うことなしに精霊の力を借りていることになる。返すあてなどないのだから、本当に借りていると言っていいんだろうか?
精霊の存在にしたところで、呼び掛けて願えば現象が起きるから居ると思っているだけだ。
僕はこれまで精霊の存在を疑いもしなかったし、疑う必要性も感じたことがなかった。それは余りにも当たり前のことだからだ。
実際に現象が起こるというのが肝だ。現象が起こる以上は疑いの余地はない。
「なら、どうして火は熾るんです?」
ハロルドだって魔法の実在は知っているだろうに、なんだか魔法を否定するようなことを言う。リズがつい向きになるのも分かる。ハロルドの物言いは、なんだか魔法使いである僕らを馬鹿にしているようにも聞こえる。
ハロルドはポケットから安物のライターを出すと僕らの目の前で火を点けた。
は、とジロウが笑う。
「火は点いたな」
火を点す。結果だけ見れば僕らの魔法とハロルドの行為は同じだ。しかしその課程は全然違う。ハロルドはライターを使って火を点ける。僕らはなにも道具など使わずに火を点ける。それは全然別のことだ。
「君はこのライターの構造を知っているかい?」
一番単純で安価なライターの構造は、
「火打ち石式じゃないんですか?」
「細かい構造を紙に書けるかい? 火が熾るメカニズムも?」
それは、ちょっと自信がない。
大体の構造は知っている。
円形のヤスリを回転させて火花を起こすところまでは知っている。燃料に火をつけるのも知ってるが、その辺の構造は詳しく知らない。
「ま、知らなくてもいいんだ。重要なのは知っていることじゃない。注意すべきは、知らなくても火を熾せるということだ」
そりゃ、ライターを使えば誰だって火を熾せる。構造なんてどうでもいい。火が点くように設計されてるんだから、後はやすりを回転させるだけだ。それさえやれば、ライターが火を熾す道具だと知らなくても火が熾きる。
けど、なにが言いたい?
「君らはこれがライターだと知っている。構造もなんとなくだが知っている。燃料を使っていることも、だ。
では例えば原始人。これがライターと知らず、そもライターとはなにかも知らず、構造など毛ほども理解していない者が偶然にライターを拾ったとしても、ヤスリを回転させれば火が熾る。ライターを使って火を点けるのに必要なのはヤスリを回転させるという実行行為だけ。他にはなにも要らない」
「わたしたちが、ライターを拾った原始人だと?」
むっとした様子でリズが言った。
「物の例えだよ。原始人、猿でもいい。彼らはライターで火を点けてしまう可能性はある。ライターを使うに適した手をしているからね。
実際にチンパンジーがライターを使い、煙草を吸っていたという話もある。
しかし熊だったらどうだろう? ライオンやチーターだったら?
知能が高いとか低いの話ではなく、熊やライオンがライターを使って火を熾す可能性は限りなく低いだろうね。偶発的にであってもヤスリを回転させるのが難しいからだ。なにしろ、ライターは人間が使うものとして作ったものであって、熊やライオン用じゃない。
ライターを魔法に置き換えれば、君ら魔法使いはライターを拾った原始人、我々は魔法を使えない者は人間の手とは全く違う構造の手を持つか、或いは手そのものがない獣だ」
「でも、僕らの間にはそんなに差はないですよね」
原始人や猿の手は現代人の手と似ている。だから現代人用の道具を使えるが、現代人の手の代わりとなるものを持たない他の動物は現代人用の道具を使いにくい。それはそうだとして、僕やリズ、魔法使いとハロルドの違いはなんだ?
「眼に見える部分の構造だけの話とは限らないんじゃないかね」
「なにか言いたい結論があるんだろ。さっさとそこを言えよ」
ジロウが苛立った。
「まあまあ、物事には順序というものがある。確かに私には仮説がある。しかし、どうしてそんな仮説を思いついたかの説明をしなければ、いきなり仮説を話しても納得して貰えないだろう。回りくどいのではない、順序立てているだけだよ。
で、ここでもう一つ考えて貰わなければならない話がある。最終的には魔法へと行き着く話だが、関係ないことに思えるかもしれない。
皇帝は何故科学を停滞させたり、巻き戻したのか?」
人は地球に住まうには自然を蔑ろにし過ぎた。とかなんとか。
皇帝はナチュラリストらしい。
今までそこを深く考えたことはなかった。皇帝はなにを決めるのも自由だ。独裁者なんだから。
それに科学が停滞している事実を僕は知識としてしか知らない。生まれたときにはもう色んな分野の研究が禁止され、それでも僕の生活は困っていなかった。
専門知識のある人に聞けば、研究が進んでいればもっと便利になっていたらしい。ただ、皇帝が君臨し始めてからもう三代。禁止された研究の内容を正確に知っている人も少ない。
それはどんどん減って行く。そのうち、そんな分野があったことさえ忘れられるかも。
「昔の作家の言葉で『十分に発達した科学は魔法と見分けがつかない』という言葉がある」
「魔法は科学だと?」
「皇帝はイカサマをしていると私は思ってる」
ふぇ?
短い言葉でハロルドは断言し、僕はなにか聞き間違えたかと我が耳を疑った。
僕の反応がお気に召したのか。ハロルドはにんまりと笑う。
「そう、皇帝はイカサマをしている。まだ確証はないが、この仮説が正解なら、皇帝は史上最高最悪のイカサマ師だ。なにしろ、全世界を世代を超えて騙しているのだから」
そんなことが可能なんだろうか。
一人二人を騙すのは簡単な話だ。複数人でも、まあネズミ講とかマルチ商法とか騙す奴はいるとしても、全世界数十億の人間を騙すなんて。
誰かが気づくものなんじゃないのか。
「おまえはイカサマをやった、って指摘は簡単なんだよ。イカサマってのは証明して初めてイカサマだ。証明できなけりゃただのイチャモン」
ジロウが、たぶん、経験から言った。どっかの違法カジノでの経験からだと思う。ジロウの場合、イカサマをした方だろうけど。
しかし言っていることは間違ってない。ギャンブルでもなんでも不正をしたと言うだけなら楽だ。その不正をその場にいる者たちが納得する形で証明できなければ言い掛かり、難癖でしかない。
そしてハロルドはまだ確証はないと言った。なら、今の時点ではそんな風に思うというハロルドの個人的な考えでしかない。
「ま、そうだね」
とハロルドも自分の説得力のなさを認める。
「だがね、皇帝はイカサマをしている。そのタネが科学だ。だから、科学が邪魔だった。科学が発展すれば、いつか自分のイカサマが、世界を騙しているイカサマがバレてしまう。それをさせないために科学を禁じた。科学の、魔法の力を独占するために」
「でも、僕らだって魔法は使えますよ」
皇帝がイカサマをしていようといまいと、その力は決して皇帝の独占ではない。僕にしろリズにしろ、魔法は使えるんだ。
「話に聞く皇帝のそれとは段違いだろう。水鉄砲と核ミサイルぐらい違う。
本来なら、それは皇帝のために用意されたものじゃないかと思うわけだ。皇帝のためだけに用意された魔法。君らが使えるのは想定外。バグのようなものなんじゃないだろうか。だから威力に大きな差が出る」
皇帝は、それこそ核ミサイルさえ無効にしたとか、撃って来た基地へ送り返したとか、ちょっと信じられない話がある。どんなトンデモ話であっても、独りで世界の軍隊を相手に戦争をした話に比べれば小さいものだろうけど。
「皇帝は科学を封じた。それによって誰も皇帝のところまで辿り着けなくなった。私の仮説を検証することも無理だ。
検証し、特定すれば対応策を講じることもできたかもしれないが、今では仮説で精一杯」
ハロルドは一つ息をつき、
「この仮説とてね、私が知識の保管者であるから行き着けた。現代の科学では忘れ去られてしまった技術から考えついたことだ。
一時はあらゆる分野に応用が利くとして盛んに研究されていたというのに、今や創作物の中に名称を見出すのが関の山。
資料を漁れば実用段階に至る目前だったとの記録がある」
「資料があるなら、そこから研究を続けられないのか?」
「資料も完璧に揃っているわけではないんだ。
皇帝の科学への対応は、実を言えば分野によってかなり温度差がある。生活に密接に関係したものに関しては比較的緩やかだ。だから、まだ自動車も電気も使える。都市のインフラも禁じてしまうと生活に大きな影響が出る。前へ進むことこそ制限をかけられはしたものの、現状維持はできる。けれど、一部特定の分野においては一切が禁じられた。過去の資料も破棄させられた。
私の手元に、知を護る組織の元に資料は残ったが、それだとて全体からすればごく僅かでとても研究を戻せるほどのものじゃない」
「で、具体的にどんな研究なんです?」
順序立てて、と言いながらわざと焦らしているように思えて仕方ない。いい加減、ハロルドの演説会に付き合うのも嫌になって来た。
「かつて、天候すら支配しようと考えた者がいた。同時に人体を内部からメンテナンスしようと考えた者もいた。まるで違う分野のようでいて、実は共通の技術が用いられていた。この世の物質を構成する分子や原子のレベルで制御しようとする技術。つまり」
ナノテクノロジー
いや、僕だって名称ぐらい知ってる。ハロルドが言ったように創作物では時々見られる夢の技術だ。
皇帝以前には研究されていたらしい。けれど、どのレベルにまで達していたかは知らないし、現在その分野の研究がどうなっているかも知らない。僕が知る限りにおいて、その名称の技術について報道されたことは一度もない。だからたぶん、停滞しているか完全にストップがかかっているんだろう。
ハロルドは実用段階には至っていなかったと言った。なら、初代皇帝はその技術をどこから生み出し、どう使ったと言うのか。ナノマシンを使ったところで、魔法はできないと思うんだけど。
仮説は立てることができても、検証する設備がない
正体が分かったとして、対抗しゅる術も……
皇帝攻略は簡単には行きそうもないです




