そして彼は人をやめる
やっとこの過去話も終わりです
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「やあ、はじめまして、だね。君は、私の孫か曾孫か、それ以降の子孫ということになるはずだ」
壮年の男は寂しげに微笑んだ。
「『はじまりの言葉』は私の代では意味をなさないのは分かっていた。完成を見るのは早くて孫の代だろう。これは理論上の話だから、もっと時間がかかったかもしれない。残念ながら人間の寿命には限りがある。私は自分の研究の成果を見届けることなく逝くことになるだろう。
ある意味、林業のような気持ちだね。植樹をしても、その木が生長するまでに数十年かかる。ものによっては百年を超える。自分が植えても自分は使えない。それでも子孫のために木を絶やさぬように植える。
尤も、植樹ほど完成されたプロセスではないけれどね。完成どころか、まだ実験段階と言ってもいいかもしれない。だが、君が私と会っているということは時間経過はともかく最終的には上手く事が運んだんだろう。
不確定要素はいくつもあった。それらをクリアできたというなら、運も良かったのだろう。
まったく、運頼みというのはなんとも皮肉な話じゃないか。けれど、これでも人一倍信仰心は厚いつもりだよ。どの分野でも突き詰めて行けばそこに偉大なるものの存在を感じざるを得ない。
人間の力だけでは届かない最後の一歩。そこに至れるかどうかは神のみぞ知る、だ。
今、君はきっと懸念を抱いていると思う。それとも不安、恐怖? もしそういうものを一切抱いていないというのなら、どうかこの先には進まないで欲しい。
『はじまりの言葉』はとても危険な代物だ。感情の欠落は当人には気が楽ではあるだろうが同時に人類にとっては極めて危険とも言える。合理性のみを重視すれば、人類の滅亡さえ容認してしまうだろう。情に流されれば大きな軋轢を生み、間接的に滅亡に寄与することになるだろう。
人間としての情を知り、けれど情に流されない。合理性を客観的に判断でき、かつ、人類のためを考えられる者。
その人間は徹底して己を消さなければならない。
私が描く理想の使用者は現れないかもしれない。いや、現れない可能性の方が高いだろう。君がどの程度理想に近いかは分からない。少なくとも、この状況に少しでも不安を覚えているのなら及第点だ。
長々と話して今更だけれど、この映像は予め用意したものであって今ここにいる私とは会話は不可能だ。叶うなら、君と言葉を交わしてみたかったがね。今は私は一方的に喋って情報を伝えることで精一杯だ。
ここが最後の境界線だ。ここなら未だ間に合う。ここで引き返せば、君はまだ人間でいられる。人外となる苦悩を受け入れる覚悟があるのなら、そんな覚悟をせねばならないほどに世が乱れているというなら、さあ、人間を辞める道を進むといい」
『はじまりの言葉』を口にしても、すぐにはなにも起きなかった。
けれど、数分後にジェリーは世界を把握した。
すぐ側になにかがいる。そのなにかは世界中にいる。世界中にいて、すべて繋がっている。
何千キロも離れた場所。
友人が瓦礫と見分けがつかなくなった場所のことも手に取るように知ることができた。
遠くが見え、近くが見え、すべてが見え、それらを操れるようになるまでには何度も酷い頭痛に見舞われた。
ゆっくり、ゆっくりと慣らす必要があると分かっていても気が逸って仕方なく、ついつい無理をした。
何度も警告音を聞き、何度も気を失いかけた。
そしておよそ1年後、ジェリーは『はじまりの言葉』の本質を知り、自分はもはや人と呼べないものになったと理解した。
それは人間が扱うには余りにも強大な力。
『はじまりの言葉』は、これまでの世界の終焉を意味する合図だった。
その日、ジェラルド・フォーンは人をやめた。
連休中にもうちょっとアップできればいいか、と




