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神代のパラダイムシフト  作者: 牡丹座の人
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6 ハンス城防衛戦 ‐ 密集形態



(大規模な密集形態ファランクスでこちらの野戦銃部隊を脅威として排除する方針か……射角からの狙い撃ちは確かに微妙な威力で撃ち終えてしまう可能性もあるから野戦射撃はひとまず後回しだが…あれほどに密集してしまえば移動砲台の格好の的になるはずだ……)

 

 立体交差などが生じる複雑な設計となっている水道橋の中位移動部分では忙しなくザパリキア国側の兵士が入り乱れ、国王護送の際に同時にハンス領防衛力強化のため持ち運んできた対野戦移動砲台ウェルキャノンの位置を何度も練り直していた。

 モースの部隊が初期段階で接近してくる大軍に対して攻撃を仕掛けるところまでは可能なのだろうが、大軍の利を生かす突進ではなくあえて密集形態ファランクス呼ばれる攻略に不向きな陣形を組織して接近するあたり、単純に野戦移動砲台で蹴散らしたいという衝動を誘っているような気がしてならず、結果的にウルクとモースはそれぞれの所有部隊の待機命令を出して全面的な戦闘開始を渋っていた。

 そこでモースは条件次第では野戦砲撃と見まごう程の威力を持った愛銃を試しに水道橋の射角を利用して敵陣形の中心に向け発砲。弾速の減少が目立った者ものの、それでもなお強力な破壊力をもった弾丸が敵兵の重圧な装甲を破壊。その装甲が破壊される衝撃と音を感知したのか、攻撃の数秒後には数千という密集形態の内部からほぼ同時に発砲光マズルフッシュが発生、射撃手であるモースめがけて十数発の弾丸が飛び掛かって来たのだ。


「ふっ…」

 彼は素早く身を翻し、それらの被弾を防ごうとしたが、すぐに立ち上がって移動を開始した。

(要は厄介な大砲の狙撃手だけある程度撃破したら突っ込んでくる気か。火器軍事国であるザパリキアの手法をだいぶ警戒してるね……そうでなくても野戦射撃の損害軽減に努めてるってことは、撃たせずに十分な距離まで近づいたら一斉に離散して最終的には突進に移るはず……なかなかよろしくない)

 彼はすばやく水道橋の階段や内部を進み、ウルクの元に事態を伝えようと足を急がせたが、彼の目に飛び込んできたのはなにやら寡黙な表情で黒い布に異様な数の手榴弾を詰め込ませているインフィスの隊員の姿だった。この場合、モースは副官という立場上、インフィスの決定に従うことが求められるのだが、その光景から連想できることはなんとも好ましくない戦闘方針に思えた。

「おい、インフィス隊長は前線に移動してきたのか?」

「はっ!先ほど号令が発令され、戦前迎撃ラインの厚みを増すためにご自身を含め100余名の兵士を移動させられました」

「じゃあ一応聞いておくが、それは何に使うつもりかな?」

 モースは怪訝な面持ちでその手榴弾の塊を指さす。

「私にも詳しくは……しかしこれが必要になるタイミングが必ず訪れると隊長は仰っていました」

(用途を明かさないあたり、インフィスらしいというかなんというか)

「わかった、作業を続けて」

「はッ!!」

 そしてモースは再び走り出す。

 野戦銃が機能しずらい現状、のんびり防衛を固めて構えていても時間の無駄だということは誰にでも明白だ。

 今、手榴弾を纏める作業を行っていたのは三等兵並の新兵だった。インフィスが新兵になんらかの重要な任務を与える場合にはその兵士の『教育』を主として扱う面が多々見受けられる。彼の考え方として戦争に勝つ、というよりは戦争に勝てる、という兵士を望むことはモースにも理解できるのだが、新兵に見せて良いものと悪いものの区別が出来ない彼の行いには少し疑問を覚える。

(駄目だよインフィス。兵を死なさないのが君のやり方でも、もっと心を大事にしなくちゃ…)


★ ★ ★ ★


「さて、始めるか」

 インフィスの中隊が移動を開始してからおよそ一時間。水道橋までの道のりは速度を上げれば三十分ほどで到着したのだが、下準備に想像以上に手間取ってしまい、想定していたよりもプリティア国防軍の密集形態に水道橋付近にまで近づかれてしまっていた。

 彼の予想からして相手がある程度ハンス領を進んだら密集形態ファランクスの構成をとることは容易に想像できた。火器大国であるザパリキアが他国より強力な野戦銃を使用することくらいはサンスク・ラインに暮らす者たちからすればもはや常識事。いくら攻撃対象が本国ではなく一貴族領であるとはいえ、ザパリキアの軍がわざわざ野戦で剣ばかり振るとは考えない。己らの一掃を防ぐためには移動砲と野戦銃の脅威から対策することを考える。となればせっかくプリティア本国から出兵までの時間が確保されているという条件で重装備を用意しない手はない。乱戦では不向きな重厚装甲兵を活用したうえで飛び交う弾丸を防ぐのなら自然と密集形態をとるのはもはや自明である。そうすれば小規模な弾丸は効果が薄いうえに野戦砲撃手を狙って密集形態内部から数少ないプリティアの銃を使ってくるところまで予想が及ぶ。

(と、いうことなので…)

「各特殊工兵に伝達せよ、直ちに作戦を開始する」

「はッ!!」

 インフィスの目に映る何百何千という敵兵の数々。それらは何本もの軍旗を掲げ、CDの象徴である雄トナカイを象った模様を宙にはためかしている。それに反するようにして水道橋付近にはザパリキアの国旗であり軍旗である雄トナカイに向かい合う豹の姿がえがかれた旗が風に揺られて躍っていた。

 旗を揺らす夕方に差し掛かった時分の風はやや強い。追い風である以上、それも作戦の中では好都合だった。



★ ★ ★


「……始まっちゃったか」

 

 突如として巻き起こる熱風。そのあまりの光量に目が眩んだモースは手に掛けようとしてた水道橋の柱を掴み損ねてそのまま落下してしまった。地面に激突する寸前に近くの岩肌を蹴って衝撃をやわらげ、地面を転がるうちにその事態の変貌様に驚いた。

 先ほどまでどこまでも広がるようにして広がっていた大草原が今では巨大な炎の壁に阻まれて、その激しくうねる熱の境界線によって密集形態を築いていたプリティア国防軍隊は早くも巣を乱された蜂のように大きく掻き乱れて混乱の一途を辿っていた。炎は勢いを強めもせず弱めもせずただただ火の手だけを拡大させてゆき、たちまちにその平原を覆い尽くさんという勢いで敵陣の中心を呑み込んでいった。

(そりゃ確かに敵の密集形態ファランクスごと燃してしまえば戦況は大きく揺らぐ。ハンス城攻略に火を用いたという情報が完全に伝わりきっていなかったからこそ、相手の注意は銃に注がれて警戒心は皆無。……だけそれにしたってあの規模の発火を起こすには少なくとも敵の陣の中心に油でも敷かなくては話にならないはず…)

「どんな魔法を使ったんだか……」

 モースは銃を構えた。

 ここまで敵の陣形が崩れてしまえば、炎の境界線より内側の敵は水道橋に突撃するよりほかに手段はない。それもすぐに取り外せない重厚装甲を纏っている兵士など、動きも鈍く、完全に彼の愛銃の餌食となるのはおそらくインフィスの望むところだろう。

 彼は一度だけ深呼吸を行い。次いで己の銃に手をかける。

「小賢しいもんだよ」


 彼は火の手を背景にして突進してくる敵兵に弾丸を叩き込みながら、大急ぎで後退していった。水道橋の連絡楼や通路に渡るための階段に差し掛かったあたりでようやく安定して引金を引ける体制になり、その階段を守護する形での発砲に勤める。

 やはり動きが鈍く、動揺している敵兵からすればその銃の脅威を回避することも対応することも出来ないようで、見るも無残なほどに早々と敵兵たちは己の身を散らしながら屠られていく。爆ぜる同士の肉体を見てもなおその階段に向けて駆けてくる歩兵たちの姿は増えるばかりで、おそらくは水道橋の下を通過しようとする兵士は少数だろう。モースには直接確認する余裕など無いにしろ、先程まで射角からの砲撃を狙っていた移動野戦砲台ウェルキャノンの砲撃音と思わしき轟音が今となっては水道橋の下層柱を過ぎたあたりの箇所から聞こえてくるのだ。つまり、移動野戦砲台の移動を任されているウルクもまた水道橋から離れている可能性が高い。

 水道橋の射角を利用した狙う撃ちが必要とならない状況になれば当然敵陣形の瓦解が求められるわけであり、平面射撃での破壊力がその点では同じ目線で移動している対象物を破砕するにはもってこいだ。そして水道橋の下を通り抜けられない敵兵の考えとしては水道橋に直接乗り込んだうえでハンス領の中心部にまで動きを進めるしか選択肢はない。

 それらの兵士のやる気はすさまじい、実際、選択肢を奪われた生物の土壇場での行動力と精神力は常識では測れないほどに桁違いな適応力を見せるのだ。今となってはモースの撃ち放つ超火力の拳銃に怯むそぶりもなくあえて接近し、一人でも多くの同士を水道橋に辿り着かせようと奮闘する有様だ。モースもまた悠長にいつまでも殿のような役回りをしている訳にもいかない状況なのだが、一対多数の戦闘に慣れている彼としてはこの場で自分が命を張るだけで損なわずに済む味方兵士の命もあると確信できている。

 そんな自信と焦りの混合状態の際どい精神から成す射撃練度は落ちることがない。しかし、銃を扱う以上は剣が折れれば剣士が敗北を意味するのと同様に弾丸が尽きれば途端に戦闘力を激減させてしまうことに変わりはない。記憶で計算しつつ、彼は残りの段数との兼ね合いで見切りをつけて退却を決めた。

 重厚装甲を纏っている敵兵に比べて圧倒的軽装な彼は階段を使うことなく直接柱に手をかけてよじ登って行った。殆ど疲労を感じていない彼が水道橋の中部移動楼に辿りつくのは難もなくかなり速かったのだが、その辿り着いた先の通路で見た光景に彼は思い出したような悪寒を覚えた。


「あ……」


 その通路に居た者たちの九割九分がプリティア国防軍の装備をしている者たち。僅かに視界に捉えられるザパリキアの兵士の姿はインフィス所有の特殊工兵の姿だった。

 そこで彼は素早く身を翻して、体を宙に預けた。そしてすぐさま体を反転させて再びその手で水道橋の柱を直接つかむと、足場すら不安定な水道橋の最上部に向けて全力でよじ登って行った。しかし、その直後、体全体を揺さぶり落とすような強烈な衝撃が発生し、彼の意識はその柱から振り落とされないようにすることで精一杯だった。

 激しい衝撃が十数回続いた後、彼の頭の中を過った危険性が現実のものとなった。先程の手榴弾が詰まった黒い布袋はおそらく選択肢を奪われた敵兵たちが水道橋に侵入した際、その選択肢すらも打ち砕かんというインフィスの思惑によって用意された水道橋破壊のために用意されたものだったのだ。

 いくら石造りの水道橋とはいえ、内部を構成する柱や部位をある程度理解のある者がある程度効果的な部分に手榴弾の塊を設置して順序良く起爆すれば案外簡単に破壊できるだ。

 崩れ落ちる水道橋の瓦礫に包まれながら、モースはその何故か落ち着いている自分の心境と現状を照らし合わせて今一度状況をよく考えなおした。そのうえで、流れに逆らわずに巨大な瓦礫たちの崩落に押しつぶされるようにして無残にも大地に叩きつけられたのだった。



★ ★


「モース副官が艱難辛苦を乗り越えてまで手に入れた指揮官という立場を退いてまで、それまで自分の部下であった貴殿に隊長の任を譲り渡した意味がたった今理解できた気がした」

 ウルク大隊長は高級感の漂うその椅子に腰かけながら、傍らで古びた肘掛椅子に腰かけるインフィスの方に顔を向けた。インフィスは掌の上でサイコロを転がしながら、指の隙間を滑らすようにして器用にそのサイコロをいじっていた。

「それは、何故でしょう?」

「旧モース隊長の部隊は教育を受けた指揮官の率いる軍にしては攻撃力が異様な純度を誇っていたのを覚えている。それは隊の特徴としてはなかなか重宝される特性でもあったのかもしれないが、問題はモース副官自身の気質に隊が左右されていたからだろう。今でこそ落ち着いたと思われがちだが、それでも実際は彼ほどの残虐な殺傷センスを持った人間など見たことが無い。彼は自分自身の為、あえて指揮する側から前線で身を奮う機会の多い副官という任に着いたのだろう?」

 ウルクは少しおいてから続けた。

「事実、インフィス隊長が指揮する部隊の行動は殆ど貴殿とモース副官が別隊として機能することでその強さを誇って来た。同じ隊でも耐久力に長けた将兵の貴殿と特攻力に長けたモース副官の合わさった部隊の脅威は多くの認識を凌駕した実力を持っているのだろう。……今回のハンス領吸収にしても、よもやインフィス殿の部隊がその任を任されているとは思わなかった…」

「そうですか」

「貴殿とモース副官はとても似ているように感じるな」

 ウルクは視線を下げた。

「ふふっ、俺とモースは違いますよ」

 インフィスは微笑んでいた。普段は寡黙でいつでもどこでも睨みを利かしているような彼が笑みを漏らすなど、呆れ笑いに違いない。

「これを見てください」

 インフィスはそう言うと五つのサイコロを乗せた掌を彼に見せた。

「んん」

「俺は出る目を全て5の目にしたいのですが、あなたならどうします?」

「……モース副官なら手首などの動きで出る目を操作するだろうな」

「いや、あなたの場合を聞いてるんです」

 インフィスの真剣な眼差しに対し、ウルクは言葉に詰まった。

「それほどの確立を操作することは私には不可能だ。……よってどうすることもできない」

「あぁ、それですよ。こういう考え方人間の違いを有らしめるわけだ。そりゃ俺やモースはこの賽の目を操作しようと試みます。これはあなたとの大きな違いです。しかし、賽を操作する方法が俺とモースでは異なるんです」

「それは、いったい?」

「モースのように『出す目』全てを5に統一させるための工夫はあります。しかしそれには卓越した技術と練度、さらには才能も必要となる。そこで俺のような人間はまず『出る目』の操作から始めるわけです。俺の場合はよくこの手法を取りますね」

 そう言うとインフィスは掌に乗せていたサイコロたちを握り締め、数秒したら拳を開いた。すると、その掌からは細かく砕けたであろう四つのサイコロの欠片が乗っていた。元の形のままで残っているサイコロは一つだけだった。

「サイコロの数を物理的に減らせば、確率は100倍以上に跳ね上がります。そうすれば特別な才能や技術がなくても『実力』で現実リアルを操作することが可能なんですよ」

「それが、今回の戦法に当てはまると言いたいのか?」

 インフィスはその残ったサイコロをまた手の中でいじりだし、燃え盛る前方の景色を眺めた。


「今回の戦いは言ってしまえば物量の絡んだ完全な心理戦。いわば盤上での戦いです。盤遊びを進めるうえで重要となるのは変則的に動いたり、爆発力のある強力な駒の存在ではなく、その駒の升目を支配コントロールすることだと俺は思います。相手の星の数ほどの戦略をあらかじめ数えられる程度の選択肢にまで追い込んでしまえば、あとは順序良くこちらの駒をあてがうだけで勝利が必然として与えられるのです。今回で言えば、モースやウルク大隊長のような優秀で強力な駒を所有している状況でも、その状態のままで戦いを開始することは好ましくなかった。だからこそ、いわば盤外戦術のような形で盤ごと打ち壊してみたわけです。……平野を炎で包めば軍は分断される。ならば分断された軍の選択肢をこちらが考え、それをひとつずつ丁寧に潰していけばいい。橋の下を通さない、橋すらも直接破壊する。そうしたら相手に残されたのは本当に決死を覚悟した特攻のみです」


 インフィスはゆっくりと椅子から腰を浮かせて立ち上がる。

「さぁウルクさん。命令を出しましょう。相手の選択肢が減れば、それだけ我々の成すべきことも限られるわけです。後は成すべきことを成すだけ。軍人として……」

「そうか。そうだな」


 インフィスは息を深く吸い込んで、先に言葉を発する。

「インフィス中隊は即座に離散し、橋の残骸を越えんとする敵兵を掃討せよ!」

 ウルクが続く。

「ウルク大隊は移動砲台を後退させ、この場で密集形態ファランクを組織ッ。マスケット部隊を配置し、前方からの敵接近を迎撃せよッ!!」











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