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そして目覚めたら金髪美少女の膝枕だったわけですが……(震え声)

   〔4〕


「おーい、おーい」


 と呼ぶ声が聞こえる気がする……

 若く、声音高い、少女のごとき美しい声が……


 おぼろげながらもその声を認識し、段々と意識が目覚めかけて涼太が始めに覚えた感覚は、頭後ろの暖かさと柔らかさだった。

 どうやら横になっているらしい。だが体が全体としてはわりとごつごつした地面の感触を覚えて寝心地も悪いのに反し、首から上だけはそうしたこともなく心地よかった。まるで最上のまくらでも敷いてもらっているような……

 まぶた越しに感じる光の量はまぶしいというほどではなかったが、それでも昼間の日陰程度には差すものを感じて目を細めつつ、片腕で顔に影を作って防ぐようにしながら目を覚ます。


 と、そうして身動きをとったところ、すぐそば、まるで涼太の顔の直上のような位置から、


「おーい。……お、目が覚めたか? おーい涼太、夢だぞ起きろー、って、これじゃ意味わからんけどねっ。ほれほれ起きろー」


 軽くおふざけするような、だがとても耳に快い極上のソプラノの調べのごとき声が、そうして涼太の顔に向けて降ってくる。頬もぺしぺし叩かれている……


 涼太が完全に目を開けると、顔の上から誰かに覗き込まれているようなのだが、しかし、その互いの視線の間には妙に大きな山なりの影があってよく見通すことができない。

 なんだこれはと涼太が疑問を抱くも解く間もなく、続けて声が呼びかけられる。


「意識戻ったんなら体も起こしてくれや涼太君。膝枕ってやってみたら意外と重いし足も痺れるわこれ。そろそろ辛くなってきたんで~」


「膝枕だとっ!?」


 かっと目を見開いて涼太は、相手が少しのけぞって空間が開くのにあわせて起き上がると、声の聴こえていた方を振り返って見やる。

 そこにいたのは、全く見知らぬ、だがものすごい美人で可愛い金髪の少女。両膝をそろえて座りつつも少しだけ足先を崩したような姿勢で、なぜだかニッコニコとやたら機嫌がよさそうな笑顔を浮かべている。わけが分からない。


「なっ!? こっ、おおお? なんっ、ちょ、ええと。ええっと……あのー、どちらさまで?」


「おちつきたまえっ!」


 即座に一喝を受ける。片手を突き出すようにして言い放ってくる金髪少女だった。妙に大げさな、芝居臭い動作であったが。

 これが普段なら、すごくおちついた、などと、とある電子掲示板におけるAA(アスキーアート)定番ネタを返すところだったりする涼太だが、さすがに今はそんなことをしている余裕もなければ状況でもない。


 なにか意味のある質問をするべきだと頭の片隅で理性がささやく声を自覚しつつも涼太は、しかし実際に口から出てくる言葉がまとまらなかった。あまりにわけが分からなくて混乱が深まる一方だったのだ。

 そうこう戸惑っている内に空いた間に対してか、眼前の金髪美少女が言葉を続けてくる。


「混乱する気持ちも分からんではないがね、我が友、荒川涼太くん。そう、まだ慌てるような時間じゃない」


 やれやれという風に首を振ってくる少女。その長くたなびき、わずかな日の光にもきらめくような明るい金色の髪が、振られる首の動きにあわせて左右に踊る。

 しかも、なぜかは分からないがその少女は耳も長い、ような。まるでどこぞの架空幻想譚における妖精種族のように柔らかに伸びて尖った愛嬌のある耳を、ぴこぴことこれまた可愛らしく上下に動かしている。


 こんな愛らしく美しい生物がまさか実在しているはずもない。ならばこれは夢か幻覚かと、思わず己を疑いかける涼太だったが。

 そこで気づく。少女の首から下の格好、それはよく見知った、自らが通う学校のブレザー制服ではないか。サイズがだいぶんと合っておらずぶかぶかに余らせ着崩れてしまっているため少々見分けづらくはなっていたが、デザイン自体は間違いなく涼太自身が着ている制服とも同じものだ。(加えるとおそらくは、男子用のズボン穿きだ)


 どういうことだ? この状況で涼太以外にも同じ制服を着ている相手など、いるとしても優理くらいのはずであったが。

 そうだ! その優理だ! あいつはどこへいったのだと強く思考を集中させる涼太だった。ともかくあいつと合流しないことには何も始まりはしない。はぐれたというならば探さなければ!


 そこへ考え至った涼太は、とりあえず目の前の美しくも感情豊かそうな少女に尋ねてみることにした。よく分からないが事情に通じていそうだし、人当たりもよさそうだったのであまり気後れせぬままに声を発せられた。

 

「ええと、ぶしつけですみませんが……。ここにもう一人、おれと同年代くらいの男がいませんでしたか? 多摩川優理っていう名前のやつで、おれの大切な友人なんです。もしはぐれてしまったようなら、探さないと……」


 けっこう必死めいてそう問う涼太に対し、しかし少女はもったいをつけるように笑いながら。


「ふっふっふ。大切な友人が心配と。そうかいそうかい。だがそんな焦って探そうとする必要はないんじゃないか? よく見てみたまえよリョータ君」


「いやそんな、よく見ろって言われても……。まわりはやたらドデカイ大樹? ばっかりだし、森の中っぽいけど遠近感おかしくて実感もすぐには湧かないくらいっすよ。といいますか、あなたなんでおれの名前をさっきから……? 優理のやつから聞いたんですか? だったら、あいつはどこだっていうんです」


 当惑が過ぎて弱気に陥りかけたような語調でなんとか応じるばかりの涼太だった。

 しかしそこへ対して少女の方は、しゅたっと勢いよく立ち上がって、


「まだ分からんのかねチミィィ!」


 と言い様、片手を腰に当てるようなポーズでもう片手を涼太へ向けてびしっと指差し、次いで自身の胸元をその手で示し直すようにしながら、


「オレだよオレっ! お前の親友にして相棒、世界でただ一つの変わらない多摩川優理さんだって! 目の前のオレが! ここに優理! もー、なんだよー。わかれよー、もー」


 などと宣ってくるのだった。


「なん……だって?」


 意味が分からない、というより脳が受け取ることを拒んだかのように力なく首を振っておののくことしかできない涼太だったが。

 ただ同時、脳裏にはある一つのちょっとした言葉が反射的に浮かんだりはしていた。――てゆーかそれ本当だとしたらずいぶんと変わっちゃってますがな。なんてね。


 混乱から、けっこうな間を愕然としたまま固まってしまったらしき涼太に痺れを切らしたのか、自称優理であるところの少女はそんなことよりもう次の話題だぜ、といった勢いで言葉をまくし立ててくる。


「で、で? どうだったよ? 『いつか体験してみたい夢の四十八シチュエーション』の一つ、“目覚めたら美少女の膝枕”は?」


 そんなことを嬉々とした眼差しで覗き込むようにして聞いてくる少女のありさまは、あるいは確かに涼太のよく知っている誰かさんとそっくりではあったが。


 認めるほどに、認識が進むほどに、涼太の体は足からおこりのように震えだしてゆき。そして口からは出るものといえば、


「はあ? ……なあああああ!?」


 そんな叫び声くらいしかないのであった。

 もはや意識も遠くなりかけざるを得ない涼太である。視線も自然とはるか彼方へ向けるように定まらなくなってゆく。


 少女(もしくは優理もどきさん)は、なにが愉快なのか、からからと男前げに笑いながらも、


「ちなみに鞄なら、お互いともそこにあるぞ~」

 と、呼びかけてくるのだった。


 涼太は、どこか遠くにそんな声を聞きながら。

 惰性のように緩慢ながらも示された横脇の方向を振り向いてみれば、わりと二人のすぐ傍らに、見慣れた通学鞄が二つ並んで転がっていた。






「――というお話だったのさ」


「なんスか涼太さん、また唐突に。回想シーン?」


「うむ……。いや事態の手がかりがないものかと、ここまでの経緯を振り返ってみたんだがな」


 そこで涼太はあえてあからさまに視線を優理へ向けて合わせ直すようにすると、一つ嘆息を吐きながら、続けて言ってやるのだった。


「やたら気張って苦労したあげくの、目覚めたら“コレ”だからなぁ」


「む! なんやおー? この優理さんを馬鹿にしよるんかっ」


 シュッシュとジャブを虚空へ放ってシャドーボクシングするようにしながら優理が言い返す。やるか? やんのか? と言わんばかりであるが体格が小柄になってしまっているので(特に涼太から見ると)迫力は欠片もない。むしろ子猫のじゃれつくように可愛らしい。いやゴホンゴホン。


「まぁお待ちなさい優理くん。いいかね我々には一つの……といわず“理想”があった。これはご賛同いただけることだと思う」


「むろんだ」

 当然とばかりにうなずいてみせる優理。


「ではその“理想”――これをちょっと空でも見上げながらイメージしてみようか。理想の女の子、理想のヒロイン、理想の二次元嫁、その脳裏における豊かで確かなイメージだ」


「たやすい」

 フッ、と鼻で笑うようにしながらも言われたとおりに上向きの姿勢で目を閉じて想像にふけりだす優理。


 涼太もまた目を閉じて同じく。


「さてそのイメージが……しっかりと紡がれ、脳内で理想のヨメちゃんが活き活きと語り出すくらいに具象化できたところでだ。視線を下ろして改めてこの場の“現実”を見てみようじゃあないか」


 と言いながら涼太が上向かせていた顔を戻して目を開くと、そこに映る人物は光のヴェールをまとうように黄金の髪をなびかせ翠玉(エメラルド)のごとき瞳を元気よく輝かす、小顔でスリムでそのくせ豊満な、文字通りに理想を体現した、どころか肉感的な躍動を帯びて眺めるだけの観賞物にとどまらない思わず両腕ごとで抱きしめたくなるような魅惑にあふれていた。あれ? 可愛い?


「あれ? 三次元さんが大勝利しちゃってる? あっれー?」


「ふっふ、どうしたのかね涼太くん! まさかこの新生優理さまの魅力を否定しようとでも? できまい! キサマにはっ! かつてともに激論あい交わしたほどの信奉者たる己を捨てられぬ以上、そしてここにはキサマの理想もまた映し込まれているのだから……」


 いちいちビシッグイッとモデルじみたポージングを決めながら――まるでどこぞの“サンライトイエローな波紋の技”を受け継いだ一族さんのように――優理は、うかつに墓穴を掘った涼太のことをアワレと見透かしてくる。


「ば、ばかなっ! このおれが失敗者(フェイラー)……だと!? こ、これは夢か……っ」


「ところがどっこい、夢じゃありませんっ!! 現実……これが現実っ!!」


「おおおおお。おおおおおおおををを……」


 がっくりと両膝から崩れ落ちて涼太は、地に突っ伏すような姿勢でうめき声をこぼしゆくのだった。一敗地にまみれし敗者の構図である。

 そんな負け犬をやはりアワレに思ってか、優理が生ぬるく優しげな声をかけてくるのだった。


「そんで? 理想と現実、で何を言いたかったの?」


「うん。あのね、理想のイメージと現実の姿の落差でね、中身がこれもんでポンコツめいてたら意味ねーだろーみたいな、アゲてオトすってのをやりたかったんだけどね」


「ああーはいはい。どこぞのツーフジョブの第三アタイア装束が実装された時みたいなね?」


「そうそう。てかよくそんなマイナーメジャーな話を知ってるな。いやそれはともかく、目に映し直すたびにもう、正直言って中身がどうこう以前の外見がよすぎでしてね?」


「オトすのに失敗しました、と。それはそうだろうこの優理さまをつかまえて失礼なヤツだ。むしろ中身というか言動の不一致を“逆に考えるンだ”できる発想力を身につけてこそ、真の紳士たるべしというものだよキミィ」


「お、おお。師よ、ご教授いただけまいか」

 優理の方へ向き直して敬虔にひざまずいて両手を組み、頭を垂れる涼太。


「うむ。つまり……ギャップという名の、萌え、だ!」

 片手を、ぐっ、と握り締めながら断言してくる優理さん。


「なっ……んだ、と……? がくがく」


「がくがく口で言うなし」


 返され涼太は一つうなずくと、いきなり真顔にすっと戻るようにして、一息で言い切るのだった。


「理解はしましたがいきなりはおれにはレベル高すぎっす」


「アッハイ。そうっすねまぁ徐々に慣らしていってくださればと」


 ムリムリ、と続けて言わんばかりの涼太に対して、応じる優理は若干乾いた風の薄い愛想笑いでごまかすようであったとさ。




 しばしの間が流れ。

 どちらともなく咳払いをつきあって話を仕切り直す。


 まず口火を切ったのは優理だった。


「あー。そんで、まぁ、やっぱあれかな。あのときオレが“謝罪と賠償”を請求だとかしちゃったせいなのかな。ごめんな」


 受けて涼太も応じる。


「そうかもしれんが、まぁ、ありゃどう見ても予測不能だし、あんま気にすんなよ。誰が悪いってんならあそこに粗大ごみ捨ててったやつと、そんでもって本を放ってきたやつ? がいるとしたらだが……だろう」


「マジなんだったんだろーなぁ。いちおう“賠償”としてくれたモンだっていうなら、そう悪さを働くことはないんだろーけど。安心材料がそれくらいしかないんよね。せめて手元にあの本が残ってくれてたら話も違ったんだけど、影も形もありゃしないし」


「アフターサービスがなってないよな。よくある定番話みたいに白紙化した本が残ってて中身をもう一度充填し直せば改めて使える、くらいの希望とゆーか手がかりを残してくれてもよかろーに」


「ホントになぁ」


 大きめの息を一つ吐き、涼太は仕切り直す。


「ところで優理、おまえ体は大丈夫か? おれの方はなんというか無理やり改造手術受けさせられたようなもんで正直キツイ目にあったが、それでも結果としてはそこまで激変してるってほどでもなく済んだ。だがおまえは……」


 ありていに言ってしまえば、優理の体は改造どころか別物と化している。なにやら理屈を超えたファンタジー現象が奇跡のごとく叶えてくれているだけならばいいが、もしまっとうに生体的な反応や生理の仕組みがそこに厳として働いたままであれば、苦痛を味わうどころか生命活動の維持にすら甚大な支障が生じていてもおかしくない。

 涼太の言葉と表情から伝えたいことを悟ったのだろう、優理は努めて平静を保ったような顔つきで答えを応じてくる。


「ん? ああ、今のところは痛みとか熱とか、体に思う通りにならないところとかは特にない。むしろ調子が良いくらいだ。今なら百メートル走で十秒の壁を切れるかもよ? ってくらいに。あのキャラクリ空間でやったことだってCP振り分けしつつアバターモデリングいじくって整えて反映させただけだし、別にそんな言うほどの苦労はな。手間ならめいっぱい費やしたけども!」


「そうか……。問題ないようならそれでいいんだ。しかし、あれだな、おぃイ? いくらメインとサブだっつっても、おれとおまえでずいぶんと待遇に差があったみたいなんですわ? お?」


「そなーん? つーか、メインとサブって何よ?」


 そこで涼太は優理に対し、“本の使用者”として優理が主たる効果受益者だったのではないかという推論を(あわせて涼太の視点からみた体験経緯も簡単に含めて)説明した。

 これを聞き終えた優理は、


「なるほど、な……。そういう仕組みになっていたのか。悪いが便乗させてもらうぞっ! ってな状態だったと。ほうほう」


 と、うんうんうなずきながら何やら一人大納得状態のようだった。今さら便乗ブラザーズネタなんて分かる人いるんですかねぇ……(涼太はかろうじて分かるが)

 ひとしきり飲み込み終わったらしき優理が、だが疑問があるといった体で、首をかしげながら涼太へ問うてくる。


「効果範囲が便乗式ってのはいいんだけどさ、その後のことがちょっとオレの知ってることと齟齬があるかな。あのさ、あのキャラクリ画面な空間――どう呼んだらいいかなんて分からんから、てきとうに“門の間”とでも仮称させてもらうけど。あの“門の間”さ、オレが聞き出した限りだと流動的受動能動対応インターフェース方式、だかなんだからしーんだよ」


 その優理の言葉に、涼太は大きく一つうなずくと。


「ポーウ? ヒョウジュンゴハワカルカ?」


「はいはい殿下殿下、意味不明オツカレさまです。だからつまりだな、望むことをオープンにしていれば……こうしてくれああしてくれってどんどん口に出していけば、それに言った端から対応して変化していってくれるみたいなんだよね。まぁ叶える望み自体には、一定のキャパシティ総量みたいな制限があったんだけどさ。で、これらは一応、オレとお前で大きな差とかはないはずなんだ」


「なんだと? だが実際には……」


「それなんだが。あー、なんというか、すんごく言いづらいんだけどさ……」

 ぽりぽりとこめかみ辺りを指先で掻くようにして、優理は気まずそうに述べてくる。


 涼太は息を強く吐いて気を整えると、優理へうなずき返しながら応じるのだった。


「構わない。教えてくれ」


「たぶんだけど、涼太ってば始めから警戒心マックスで否定的に構えて、何も望もうとしなかったんだろ? だからインターフェース的には何も対応できなくて“まっさら”のままで始まって、それが更に不信感と警戒心を呼び起こしちゃってなおさら……っていう悪循環かな。願いを叶える段階になってもそんなだったから、ほとんど無理やり最低限の情報を吐き出させられた、ってところかなぁ。なんせオレと一緒に門を越えたのに何も叶えようとしないってのもおかしい話になっちゃうし。あるいは先にオレの方で決めたことに様式を準拠する形で仕方なく処理した、ってな可能性もあるけど」


 その長セリフを受け止めて。

 涼太は少々の思考時間の末、意味するところを理解に及んだ。

 半ば愕然とするように言葉がこぼれる。


「そう、か。そぉか……。つまり、おれの味わったあの苦労とか苦痛とかの大方は」


「すごくすごく申し訳なくて言葉も悪くなっちゃうけど。ぜんぶ取っ払ってありていに言っちゃうなら……骨折り損、だったかも――ってあああっ!? おい涼太しっかりしろっ。死ぬにはまだ早いぞ大丈夫だこれ以上に何が悪化するわけじゃないからっ! オレも心配してもらったこと自体は素直に嬉しいしっ! な、な?」


 優理の言葉の途中で涼太は力尽きるように地に突っ伏して、全力の失意体前屈(orz)を披露するのだった。言葉になりきれない、うなるような音だけが口から漏れ出ている。


 その後、十分近くもの間、優理はなぐさめの言葉をかけ続けていたものの、涼太は完全に力尽きて地面にうつ伏せで全身を投げ出し、いも虫めいた状態でうぞうぞといじけ続けていたところ。

 とうとう優理さんは軽くキレたようにわめいて。


「あぁー、もう! いいからもう別の話に移るぞっ。時間を無駄にできるわけじゃねーんだから、って涼太だって分かってるんだろ?」


「ああ……。ああ、うん。あうあうあー」


「シャッコラー! 立てぃ立てぃ!」


 えりくび掴まれて引きずり起こされましたん。

 がるるるる、と噛み付くように顔を近づけた優理に下からねめつけられながらも、涼太はなんとか自分の足で立ち直しこそしたがやっぱり気の抜けた状態まではすぐに回復できずにいた。


 そんな涼太のことを見やって何を思ったのか、優理はため息一つつくと苦笑を浮かべながら。


「分かった。じゃあ、気晴らしになりそうなことで、一つ頼みたいことがある。本当は急ぐようなことじゃないかもしれないけど、後回しにすると地味に足を引っ張りかねないことでさ」


「なんっす?」


「髪さ。ほら、長すぎるだろう? スーパーロングってゆーにも程がある。そのまま座ると尻の下にまで巻き込むんだよね……。あるいはこのまま森の中を歩き回るなんてしたら、藪だの枝葉だのに引っかかりまくって酷いことになりそうだし」


「いざという時にその手の引っかかりのせいで回避行動が遅れたりしたら最悪だな。意外と重要な話だとおれも思うよ」


「おー分かってくれるか。でさ、涼太ってたしか髪結いとか昔やってたよね? ほら妹ちゃんの。今でもやり方覚えてる?」


「ああ……。あいつも中学上がるくらいまでは可愛いやつだったんだけどなぁ」


 思わず遠い目をして過去の傷を振り返るようにつぶやく涼太だった。

 それを払うように首を一旦横振らせてから涼太は続け、


「まぁ、あれだ、あんま華麗に結い上げるのとかは無理だけどな、三つ編みくらいならできるぞ。鞄が無事だったからゴム紐もあるし」


 ちなみにゴム紐などを所持している理由は、昔からのなごりのほかは姉妹のムチャ振りにいつでも対応するための備えと、案外こうした長めの紐は持っていると役に立つことも多いからということもある。(たとえばノートや参考書をまとめて縛ったりなど。輪ゴム状のものでなく紐状であるのはこのためで、束ねて丸めておけば特にかさばりもしない)

 また、似たような理由ではさみ類……というかコンパクトにまとまった簡易裁縫セットも涼太は持っている。理由はさらに加えて、ときおり“ブッ飛ばし”など行った際に服や裾にほつれやカギ裂きができても大事にせず自前で賄ってしまうためだった。涼太は元々日曜大工的な工作趣味の気質があったのでそうした細かな手芸ごとも嫌いではなかった。


「おおマジか! 助かるわーほんじゃ頼んでいい? あ、櫛ならオレのがあるから使ってくれ」


「おう。ちなみにゴム紐の色、黒白赤に黄色と緑色があるけど、どれがいいとかあるか?」


「んんー。いや特に、そんな髪の色との配色とか気にしたこともなかったし。そうだな、やっぱ状況的には一番目立ちにくい色が無難かな」


「目立たない色ねぇ。おまえのその金髪自体がもう既になぁ。プラチナってほど白けちゃいないが、明るくて柔らかい、ベビーブロンドみたいだしな。その髪の色に合わせて同色的に選ぶなら黄色か白、それとも環境色的に選ぶなら緑を、ってところか?」


「ふんふん。なら……そうだな、緑色で頼むわ。エルフ的な意味で」


「エルフ的な意味ならしょうがない。ってゆーか自分でずばり言っちゃうのな」


「任せたまえよ、はっはっは」


 何を任せるのかは知らないが自信ありげに笑い上げる優理に、涼太は苦笑一つ。

 さっと歩んで互いの鞄を回収すると、周囲を見渡してから優理へ声をかけるのだった。


「そんじゃ、あそこの小岩に移動しようか。腰掛け台代わりに丁度よさそうだ」


「おうおう」


 うなずいて優理は、ひょいひょいと機嫌よさげに歩み出すのだった。靴のサイズが合わなくなってしまっているせいか(がぼがぼに余っているようだった)妙に飛び跳ねるような動き方になってしまっていたが。あわせて後ろ髪が跳ねて踊り、波打つように金色の柔らかな陰影を彩っていた。


 そんな後ろ姿を目に映しながら涼太は、ゆっくりとした大またの歩みで後に続いてゆくのであった。






   ~~ 三つ編み実行中、編み込み工夫中 ~~


 やり方を思い出しながらの髪結いであったため、なんのかんのと小一時間ほどのんびりダベりながら編み編みしていた最中の、こんなこぼれ話。


「あー、ところで優理さー」


「んー?」


「そーいえばなんだが、あの本手にしたときからさー」


「んー」


「ちょっと常軌を逸したくらいにはっちゃけてたけど、あれまたなんでかって、今なら分かるか? 普段のおまえならあそこまで無鉄砲じゃないはずなんだが……」


「あー。それなんだが……。あの本、さ。読んだ印象どうだったよ?」


「んんー? まぁ、なんか見てるだけでも頭が混乱して気持ち悪くなりそうだったかな。ぐるぐる酔いそうなというか」


「そう、それなんだよ、たぶん。涼太はさ、ちらっと脇から覗きこむ程度だったろ? だからそれくらいで済んだとも言える。でもオレは両手でがっちり抱えながら読み通しちゃってたからさぁ」


「深度バッチリ効いちゃった的な?」


「そんな感じ。要するにアレじゃないかな、SANチェックとかゆーの。魔導書的な意味で」


「正気度ロールきたぁぁぁぁー! つまりそれの……セービングに失敗?」


「おそらく」


 うなずく優理。

 要するにステータス異常の「混乱」だか「一時的な狂気」だかといった状態だったと。


「そうかぁ。まぁなら仕方ないな」


「そうだね仕方ないね。――いやマジありがとうねそしてスマンかった」


「おうよ」


 それで手打ちと。この二人の間では、そういうことなのであった。




 そこからもうちょっと続いて、こんな話も。


「――ま、あれだわ。オレが言うのもなんだけど事の成否はひとまず置いとくと、さ。ぶっちゃけ運悪けりゃもっと発狂してそのままどこぞの地平の向こう側の住人にでも成り果てていたかもしれない。そう考えると、まだ傷は浅くて済んだっていう内なのかもな、って」


 と優理が続けていわくに、涼太も応え、


「あれがマジモンの魔導書だとかの類いとすると、まぁそーゆーシロモノだからなぁ。本式は怖えぇわ」


「今からすると、表紙のタイトル読めちゃったのも、先に中見て軽く発狂入った状態だったからなのかもしれない……なんてことまで言えちゃうんだよね」


「なるほ。つーかそれだと今もどこまで正気に復帰できているかなんて分からんしな」


「幻想ファンタジーなんて白昼夢と区別のしようもないしな。己がどうかなんて、けっきょく思い込みで決めるしかねーわ」


「違いない」


 肩をすくめ合って、はっはと軽く笑いあう二人であったりした。


   ~~ 上手に編めました~!(テーレッテレー) ~~






「よっし!」


 と掛け声一つに反動つけて、元気よく立ち上がる優理。編み終えた長く太めの三つ編みが(なにせ髪の総量が多かったので)腰の上ほどでしっぽのように跳ねる。

 出来上がりに満足した涼太は、腕組みしつつうなずいていた。

 優理もまたくるっと身を一回転させると“しっぽ”の手応えだか慣性だかに満足いったのか、うんうんとまずうなずいて、それから周囲の景色を改めて見やるようにしながら述べてくる。


「しっかしこの背のたっけー木々、なんだろうね。ジャイアント・セコイアとか? 百メートルくらいあるんじゃね?」


「まぁ似たようなモンだろ。スギ科のセコイア類と違って樹冠が天蓋じみてびっしりだし、おかげで薄暗くはあるものの低木や下草の類いが少ないから歩きやすそうで助かるが。問題は、こういう“高く伸びて日光を独占”することを生存戦略としている植物種って、要するに動物から見て食料源にはなりにくい、ってことだな。実のなる木なんかを探すならこの範囲から出ないといかんから、どっちにしろ一長一短か。あと水場も探さんとな」


「あー。食べられそうな木の実とか果物とか、あと水場に関してなら……どうやらあっちやそっちにあるみたいだぜ」


「知っているのか優理!」


「別にミンメー書房がどうとかは言わんけどな? なんとなく分かるんだよ、こう、なんて言うか……森の声? みたいな?」


「謎のエルフ特権の発動キタコレェ! さすが我が相棒たるユーリさんは格が違った!」


「それほどでもない」

 鼻の下をこすりつつ自慢げな笑顔で答える優理さん。


「そして謙虚だった! すごいなーあこがれちゃうなー」

 すかさず持ち上げる涼太である。


 はっはっは、と機嫌よさげに笑いあう二人の姿があった。




 一息ついて、仕切り直して涼太から提言する。


「とはいえ……。水場だのに出向く前に、まず装備の見直しが少しは必要だな。特にユーリは、そんなサイズの合わないがっぽがぽの靴はいてちゃあ、まともに走れもしないだろう。危険が危ないので優先対処すべきそーすべきだと思うます。まる」


 水場周辺は野生動物が寄って来る領域であるし、そもそも水中に危険生物がいないとも限らない。生物相が濃くなるということは、糧の恵みと同時に危険も増すことを意味する。対処手段を最低限は備えてから行動するべきだった。

 優理が応じてくる。


「そうだな、靴はどうにかしときたい。あと、どうもこの感覚的に、エルフっぽく森の声だの精霊との語らいだの、それにたぶん精霊魔法みたいなのも使えるっぽい。まぁそういう風にいちおう設定したわけではあるんだが」


「マジっすか。こりゃ本気でテラファンタジーしてるな。ああいや、でもそーゆー話ならおれも、あのシステムメッセージみたいなヤツに“ウィザード”を設定しとくぞみたいなこと言われた気が。その通りだとしたら、まさかおれもか……」


「お、そうか、やったじゃん。上手くいけば当面のサバイバリィなことには困らずに済むかもよ」


「だといいが、な……」


「ただそうなると、確認しとくべきことがいっぱいに増えるなぁ。どこから手をつけようか」


 その優理の言葉に。ふむ、と互いにしばしの黙考を挟むと。


「ならまずは――」


「そんじゃあさ――」


 と言い出し合って発言がぶつかる二人。


「む」


「む?」


「どうぞ?」


「どうぞどうぞ」


「どうぞどうぞどうぞ」


 そう(ダチョウC)なれば、そう(戦争開始)なるやろ。

 開戦の鐘(ゴング)の音をどこからともなく聴いた――というわけでもないが、やにわに手刀めいたツッコミ撃をビシ、バシ、ズビシィと交わしあう二人である。


「シェイシェイハ!! シェイハッ!!」


「シェシェイ!! シェイハッ、シェイ!!」


 と理想のテンポでせめぎ合う。打ち合い、防ぎ、受け流したりもするものの、ついに、


「「ハァーッ、シェイ!!!」」


 二人同時に気合を入れて決めの一手を繰り出したところ、お互いの肋骨の隙間に横にした手刀が入りあう。


「かふ」


「ぐほふ」


 反射的に息を吐ききってしまい、その後は吸い直すこともままならずに息が詰まった状態でうずくまりあう二人だった。

 ダブルノックアウツッ!!(カーン、カーン)


 やだ…………なにこれ…………






 はてさて、数分ほど過ぎて、地に突っ伏した二人の荒い息も収まってきた頃。


「……で、けっきょく話はどうすんのんさ」

 地に伏した姿勢もそのままで問う涼太に。


「んんー、あのさ。そーいえばと、いっちゃん優先度高いっぽいのを思いついたんだけど、さ」

 と、やはりこちらも地に伏したままで答える優理。


「なん?」


「名前さ。ちーとばっかし変えといた方がいいかもねって」


「ほう……。名前をね。別に構わんが、またなんでさ?」


「これが本当にファンタジーな事態で、魔法みたいな不可思議があふれているとしたらさ。よくある展開の一つに、“本当の名前”を知られると危ない、ってのがあるだろ?」


「ああ、はいはい。真名だとか魂の名だとかをもって存在を縛るとかってゆー、ね」


「それそれ」


「つっても、丁度いい偽名なんてそうそう都合よくは思いつかんぞ?」


「そこはあれよ、たぶんだが漢字表記の本名そのものでなきゃいーんじゃないかと思うからさ。名前部分はてきとうにカタカナ置き換えとかでいいと思うんだよね。呼びやすいし」


「ふむ……。つまり、リョータとユーリって?」


「そうそう。ただ、苗字の方はさすがにそのままだとヘンテコすぎちゃうから、少しはひねった方がいいな。たとえばお前だと荒川だからランペイジとかレイジングとかにリヴァー足し付ける、みたいな?」


「うっへソレ系か。ああ、まー、いいや。それの後ろのヤツで」


 もし普段の涼太なら、うっ左手がうずきやがる静まれ……っとか系ですか勘弁してください、くらいのツッコミから再工夫をこらすところなのだろうが、この時はもう疲れていたのでそのまま流されたのでしたん。(激流に身を任せ同化する奥義っ!!)


「ほいよっ。んで、問題はオレの方の多摩川なんだけどさ。まんま海外呼びだとタマ・リヴァーだけどこれは嫌だ、ってゆーかそう呼んだら殴る」


「呼ばねーよ……そんな見え見えの地雷に。多摩川って言ったら、昔は“ギョク”の方の字の“玉川”ってのも呼んだんだろ? この場合の(ギョク)ってのは宝物とか宝玉の意、もしくは翡翠のことだから……」


「翡翠か。なら、ジェイドだっけ?」


「あるいは貴石として価値が高い方の硬玉とかってヤツをジェイダイト、それと区別して価値低めの軟玉って方をネフライト、だったっけか? あんま自信なくてすまんが」


「おうおう。だいじょぶ、オレの方も聞いた覚えがあるから。それならあれだな、こっちはジェイダイトリヴァーでいってみるわ。どよ?」


「いんじゃね? 語呂もいいし」


「よしよし。それじゃー」


「おれが今日からリョータ・レイジングリヴァーで」


「オレがユーリ・ジェイダイトリヴァーってね。よろしく相棒」


「おうっ」


 ごろっと仰向けに寝転がり直しながら二人は、互いの手が届く程度に距離を詰めると。

 軽く握った片手の拳同士を打ち付けて、不敵に笑いあうのだった。

 2014年03月31日、冒頭シーンの後半部に描写文を微少追加させて頂きました。

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