どうしてこうなった
〔1〕
その少年、荒川涼太(十七歳)は混乱していた。
気がついたら見知らぬ地、見上げるばかりの大樹がそびえる森林のただ中に放り出されていた。これはまだいい。(いや、よくはないが)
だが、目の前で喜色満面の笑みを浮かべはしゃいでいる金髪緑眼の長耳美少女が、彼の親友にして無二の相棒たる多摩川優理を名乗っているのだ。この意味が分からない。
眼前のソイツは、喜びのあまり小躍りしちゃうぜといった様相もあらわなままに、
「超絶エルフ美少女キタコレっ!!!」だの、
「二次元嫁こうりんっ!! これで勝つる!!」だの、
「イイユメダナー」だのと、
一人ひゃっほい音頭していたが。
実際ソイツの容姿は魅力的だった。
年の頃は、涼太や優理よりも一回りほど下、十五を過ぎたかといったあたりに見える。
長く艶やかな金髪を見事になびかせ、森の木々に日の光がさえぎられ薄暗い中にあってもなお極上の絹織物のごとき光沢を見て取らせた。
作りよい小顔の中にあってきらめく瞳は、新緑の葉のような瑞々しさを躍らせている。
首は細く、体格も細くスラリとしているが、貧弱という感じはしない。むしろ陸上競技選手のような内に秘めた筋肉のしなやかさを感じさせた。
そして、出るべきところが豊満に主張していた。
着ているブレザー制服は明らかにサイズが合わなくなっておりぶかぶかのダボダボ状態なのだが、なおその上からであっても一見してすぐ分かるほどのたわわな実り具合だ。
さりとて膨れすぎて垂れたり曲線美を崩したりもしていない。これが重要で(なぜなら涼太はむやみなオッパイ狂信者どもとは異なり腰くびれ派、もっと言うと“女体の魅力は曲線美にあり!”の教えを礼賛する者であるからだ。むろん柔らか曲線美の極地が一つである胸部もまた賛美の対象内であることは言うまでもない)、まだ十代半ばの青さ抜けきらない果実が徐々に熟そうとしている過程において限られた一時期にだけ見られる魅力、清純さと蠱惑さを紙一重にあわせ持つ背筋を背徳に震わせるような魅力を、非常に高いレベルで総体として身にまとい発散していた。
しかも、まだまだこれから成長しますよ、まだまだ本気はこれからですよと言わんばかりの上向きな元気さを力強く主張しているのだ! なんというナマイキなヤツだ! 尻の方もキュッと小気味よく引き締まって重力様に逆らっていやがるけしからん!
(ズボンもサイズがあまり過ぎて、ベルトめいっぱい締めててもちょっと気を抜くとずり落ちそうになってますがね!)
ぜー、ぜー。
おっと我ながらいつの間にか興奮しすぎちまっていたようだぜと、涼太は一つ深呼吸してから気を引き締め直した。自分まで目の前のヤツと同じ穴のムジナと化してしまうのは危うい。
改めて見やる。
ソイツの身長は、おおよそ170cmほどだろうと見受けられた。
女子としては高めかとも思うが、かの長耳な種族の正当伝統からするとむしろ低身長に抑えられているとも言えるのだろうか。
ただし、ここの見当についてはあまり正確さを断言できない涼太だった。なぜなら涼太の側もまた体格がどうやら変わっているようで、微妙に大きくなってしまっている気がしたからだ(着ている制服も半端に窮屈な感じとなって、袖も少々足りなくなっていた)。相対する両者がともに基準値を見失っているようなものだから、視覚上の遠近比較における細かな違いの見定めなど当てにならない状態だろう。(ちなみに涼太自身の元々の身長は180cm強といったところだった。そこから半回りほど増えたとするなら、180台の半ばあたりなのだろうか……)
涼太の側から見下ろすと、ちょうど口元のあたりに相手の額が見え、また顎下のあたりに相手の目線がくる、そんな高低差だった。
とまれ、この身長の高さ、頭身の高さこそが、コイツの姿態にグラマーさとスマートさを高度に同居せしめている要因であることは、間違いのないところと言えた。
さて、そんな観察を涼太が一段落させている内に、眼前のソイツもまた自身の変身ぶりをくるくる踊るようにしながら全身確かめていた騒ぎが済んだのか、改めて涼太へ向けて話しかけてきた。
「マジすっげぇなこれ何なんだろうな! テラドリームファンタジーって感じ! ところでどうかね涼太君、この美しきエルフっ娘ぶりは。まさに我らの夢の結晶、二次元嫁ここに来たれりとは思わんかね? あーはん?」
後半の一言ごとにいちいち見せつけるようなモデルじみたポージングを決めつつ、同時に口ではスギャーンだのバァァ~ンだのと効果音まで付けてくるコヤツ。
「イラっとくるんで止めてくれませんかねぇ……」
そうとっさに言い返した涼太のことを一体誰が責められようか?
「まぁそういきり立ちなさるな涼太君。せっかくイイ夢見てるんだからもっと堪能しようぜぃ。こんな機会は生涯でもそうそうないぞ! かもしれないぞ!」
「曖昧になるのかよ、ってこんなネタ芸もどこかであったな。いやそもそも、これ本当に夢オチで済むんだったらおれも構わんのだけどさ。もしそれで済まない話だった場合、おまえ、悲惨だぞ?」
「ふむ……。なぜしてかね? 名助手リョータ君」
はい回答どうぞ、とばかりに指差してくるコヤツ。
「おまえが探偵ポジなんか。いやだからな、おまえがモノホンの優理だっていうなら、おれはもちろんおまえの趣味だって承知してるさ。別に性転換願望だとか女装癖だとか、そーいった類いからその姿を選んだわけじゃないってのも理解している」
この涼太の言葉に、ソヤツはうんうんとうなずきながら。
「ざっつ、らいと! そう、オレさまはゲームで遊ぶ際のキャラは必ず女キャラを選ぶ男! なぜなら後ろから男のケツなんぞをずっと眺めている趣味はないから! 目に映すなら女の尻だと決まっている。異論はあまり認めない」
「少しは余地あるのか。いやまぁいい。そんでもって加えると、おっぱいキョウ徒な」
“キョウ”の部分は、教徒の“教”の字であると同時に“狂”の字でもある的な。
「おふこーす! さすが我が相棒にして心友たるリョータ君! よく分かっているじゃないかね」
「で、だ……。そこを振り返ってみるに、今のおまえはどんな状態だ?」
言われたソイツは、何を言っているんだコイツはと言わんばかりの呆れ目になって、涼太へと言い返してくる。
「決まっているだろう、かつて二人で論を極めた『古今東西! ヒロイン理想像』を忠実に再現したまさにパーフェクト二次元嫁の実体化だ! まさか昔日の“火の七日間論争”、忘れたとは言わせんぞ?」
「もはや何もかも懐かしい……。いや、もちろん覚えてはいるが。再現度も、素晴らしいさすが我が相棒の仕事ぶりだすばらしい、と褒めたたえるしかないほどのものだ。そこに異存はないさ」
ちなみに中二の頃の思春期真っ盛りパワーで語り明かした論戦だったので、今から思うと穴だらけな上に赤面することはなはだしい思い出だったりするわけだが。(臆面もなく持ち出してくるコイツのことを少しだけ勇者として認めつつ敬意を払わざるをえない)
「だったら何が不満だってのさ?」
「不満というか、さ。なぁおまえ、スーパー美少女なのはいい。胸とか腰とか、スタイルの良さなら、それなりに確かめられちゃいるだろう。だがたとえば……。顔、自分で見えているか?」
「はぁ? 見えるわけないじゃんそんなの。自分の顔なんて、鏡でも使うんでなけりゃ」
「そうだ。つまり、それが答えだ」
その言葉に。ソイツはピクリと眉を震わすように反応して。
やがて薄っすらと思い当たるフシがありつつも、しかし明確な言葉にはならずといった体で、微妙におそるおそるとしながら。
「つまり……どういうことだってばよ?」
「だからTPS(後背俯瞰)じゃなくてFPS(本人主観)状態だってことだ! ゲームみたいにボタン一発で視点切り替えなんてこともできない状態での! どーすんだもうっ!」
ぐわっと両腕を大仰に振って嘆くようにしながらそう告げる涼太だった。
対し、ソイツはいまだ脳内イメージが追いついていないのか、半ば呆然とした体で。
「え?」
「もうこの際だから全部ぶちまけさせてもらうが! どうせ見るなら女の尻の方がいいっておまえ、いま自分の尻なんて見えちゃいないだろう当然だが」
「え? あ、うん。そりゃもちろん、そーね」
「で。その姿になった意味、おまえ自身にはどれほどあんの?」
「え? ……えーと、えーと。ホラたとえば、おっぱい揉みほうだいだぜイェーイ、とか?」
「そうですかよかったですね。で、ぶっちゃけ聞くが、自分で自分のを揉んだところで、どれほど楽しい?」
「うん。えーと……。あのね、すっごく柔らかいですよ? 弾力もほら」
「ほかには?」
「え? その……。誰に遠慮する必要もなくて、気楽でいーんじゃないかな、みたいな?」
「ほかには?」
「え、うん、その。ぶっちゃけ気持ちよさとかよりもむしろ下手に触ると痛いかなって気がしてきた」
「ほかにも気づいたデメリットがあれば挙げてみようか」
「ええとですね……。たぶん下着とかでちゃんと支えられてないせいだと思うんですが、膨らみちゃんの自重がですね、吊り下げてちぎれるってほどじゃないんですけど長時間続くと辛くなってきそうな予感が。あと、意外とこの重みって肩こってきそうなくらい容赦ないんですね。気を抜くと姿勢も悪くなりそう」
そんな、意外と早くに弱音を吐いてきたコイツだった。既にテンションは地を這うがごとくだ。少し前までとの落差がひどい。
その言葉を聞いて涼太は、とても生ぬるい笑みをもって、ただ一言を返すのだった。
「そうですね」
「やめてよっ!」
途端に跳ねるようにエビ反りめいて頭を抱えながら、わめき出すソイツ。
そのまま頭を抱えつつ言葉を吐き出し続ける。
「え、なにこれ。ファンタジー風味の明晰夢とかじゃなくて? おっぱい触って痛いとかなにそれ意味わかんない。ドッキンバクバクするような夢のおっぱいドリームパワーはどこに行ったの? こんなのオレの知ってるおっぱいと違うよっ!」
夢とドリームが被ってるな、と涼太は気づきつつも指摘しない優しさがここにあった。
「てゆーか最終的に終始するところがソコ(おっぱい)なのか。夢か現かって方をもーちょっとこう、さ」
「そうは言うが、ドリームどうこう言うならむしろソコ(おっぱい)じゃね?」
「それも否定はしないが」
むろん涼太もまた健全な一男子として好きなものは好きだからして。
嘆息を一つ。仕切り直す。
「で、“おれは、しょうきに、もどった”おまえから見て、この事態はどう考える?」
と、そう問う涼太に。ソイツはうじうじといじけてしゃがみ込んだ姿勢のまま。
「ああうん。いわゆる異世界トリップとかじゃないかな、まぁ一般論でね」
「また投げやりな。てゆーか直球で行くなぁ」
「それ以外にどう考えろと。あんな不可思議あふれる謎現象に」
「……だな。そうなると、やっぱりあれかな。あの本、いわゆる魔導書とかそーゆー関係の」
「そうなんだろうなぁ」
そんな言葉を吐きあいながら、互いにどこまでも嘆息をつく。
押し黙って重たい空気のまま、しばしの時間が過ぎ行く。
やがて…………落ち込むだけ落ち込みきって気分に一区切りつくところでもあったのか、アイツが顔を上げて言葉を投げかけてくる。
「なぁ……」
「んー?」
「やり直しの要求とか、出来ると思う?」
「出来るんだったらおれも協力するとこだけどさ。お決まりのコマンドメニューみたいなのが出てきてくれたりもしないし、手がかりっぽいのが一切ないんだよなぁ現状」
「ですよねー。ああああ、どうしてオレってばあそこでもっとこう……」
再び落ち込みだすソイツに、涼太は片手をぽんと肩へと置いてやり、無言でなぐさめるのだった。
「涼太……。あのさ」
「おう」
その短い応えに、ソイツは少しキリッとした真剣味を増した表情で言葉を告げてきた。
「お前も一揉みしとく?」
「やめなさい」
酷かった。
自身のソレを下から手ですくい上げるようにして見せながら、ソイツは言葉を重ねてくる。
「いやでもほら、もしやり直せたとしたら今しかチャンスないよ? もったいなくない? お前も大好きな美巨乳の、揉み放題が目の前に」
「正直言って否定はしないけどね? ひとまずは止めておきなさい」
えーでもー、などと未練たらしくこの話題にこだわり続けるソイツを見て、涼太は「あ、やっぱコイツ優理で間違いないわ、うん」と納得が出来てしまったりもしたが。
魅力が足らないわけがないから、だとすれば角度か? 角度が悪いのか? などとのたまいながらポージングの研究めいたことを始めた優理を横目に見やりながら涼太は、優理なりの現実逃避行動なんだろうなぁと見当はつきつつもなお止めようもない嘆息をまた吐いて、
「どうしてこうなった……」
と打ちひしがれつつ、今日の出来事、今こうなってしまっている原因について、振り返ってみるのだった。
ここまでお読みいただきまして本当にありがとうございました!
今後もこんなグダグダ具合が続きそうではありますがお付き合い願えましたら大変幸いに存じます。
2014年03月31日、表現の不足点を微修正させて頂きました。