02 小径の石――4月19日
「……なるほど」
彼はほうとため息をついてからコーヒーを口に運んだ。
「んで、続きは……こんなにも空いているのか」
「ん……そう」
だってなんだか飽きちゃったんだもん。
そうは言えなかった。
「それにしても……」
彼は何かを言おうとしたが口をつぐみ、再びパソコンに目を落とした。
することのない私たちはコーヒーを飲みつつ、編集をカタカタしている小川を眺めるか、窓の外の明るい並木道をみるかをするしかない。
あぁ――平和だなぁ。
*
朝は部活に行くことにした。私の家は学校のすぐ近くにあるためにそんなに早く起きなくてすむ。それでも朝練がある日にはそこそこ早く起きなければならない。
学校指定のだっさいジャージを着て家を出る。そして学校まで誰にも会わずに着いた。
「おはよー!」
部室のドアを開けた。文芸部と書かれているプレートは今年変えたばかりでぴかぴかだ。
「おはようございます」
中から返事をしてくれたのはもう一人の部員の中沢さん。下の名前は花梨という。小さくてかわいらしい後輩だ。この文芸部は私と中沢さんとの二人でやっている。
「お、今日も早いね」
「いえいえ……それで、今朝は何をしますか?」
「うーん」
私は殆ど物置状態になっている部室と、二台だけ用意されているパソコンを交互に見ながら考えた。
「掃除しよっか」
「はい。……最近やっていませんもんね」
この部室は元々が物置なので少し掃除を怠ると物がドンドン増えていってしまうのである。
そして私と中沢さんは一緒に掃除をした。
「このくらいでいいよね」
「はい」
「そんじゃ、おしまい」
「お疲れ様でした」
中沢さんはそういって先に帰って行ってしまった。私への気遣いでもある。私はいつもここで着替えるようにしている。教室で着替えるわけにはいかない。
制服で登校すればいいのかもしれないけれど、今日のようなこともあるので動きやすい服装で来るようにしているのだ。
「あっ……!」
私が丁度ジャージを脱いでいるところで部室のドアが開いた。
「ちょ! だめっ!」
私はドアに飛びついて押さえ込んだ。そして制服をたぐり寄せて素早く着る。
「……どうぞ」
扉が開き、向こうから――
「おはよう」
「し、柴田先生?!」
柴田先生が入ってきた。
「な、なんでここに!?」
「いや、ここに昨日忘れ物しちゃってさ。体育で使うバトン」
「あ、あぁ……」
私は力が抜けてぽすんと壁にもたれかかった。
「そんじゃ」
バトンを手にした先生は部室をあとにした。
私もそれに続いて部室を出た。
*
「おま……いきなりやっばいシーンかと思ったじゃねえかよ!」
「だって! 本当に入ってきたんだもん!」
「いちいち書くなよ! っていうか見せるか?!」
「だってぇ……」
私がふくれると雄哉がまぁまぁとなだめてくれた。
「まぁ……でもこの部室でいろいろあったんだけどね」
「い、いろいろ……?」
「そうそう。ねー?」
私が雄哉に同意を求めると彼は渋々うなずいた。
*
家に帰ってから私は"彼"にメールをしていた。
仕方なく……というよりは、実験で付き合っている"彼"だ。
男は一体どんな感じなんだろうかと思い、適当な奴――つまり、小川を落とすことに成功した。
小川とのメールは面倒だった。何か、気持ち悪い。
早くに別れたかった。
それだけど、一度くらいはデートしてやろうと約束をした。
柴田先生……その人だけが私の中を占領していた。
考えるだけで顔がほてる。
お母さんにもからかわれてしまった。……まぁ、小川のことについてはいい顔をしなかったけどね。
明日も会えると良いなぁ……。




