03 空――4月28日
私に、リアルカレシができた。
名前は小川和義だ。
たいしたイケメンでもなく、特技もこれと言ってない。いわゆる普通の凡人ってやつ。
そんな彼とつきあい始めたのなんて理由もない。強いて言うなら、研究材料? 柴田先生との関係の発展になるようにいろいろ都合良く使ってやろうと思ったのだ。
*
ここまで読んだとき、僕の頭は真っ赤に染まっていた。
そんな……僕は本気だったのに。
もう、最後まで読む気なんて無かった。
僕はUSBメモリーを引き抜いた。ガゴンとパソコンから音が鳴る。
「……どうしたの?」
香里野が訊ねてくる。僕はかまわずにパソコンを閉じ、席を立った。
「……ごめん、僕にはできない。あまりにも酷すぎる。そんな気持ちで僕と付き合っていたのかよ! もう、忘れた記憶を掘り返さないでくれ」
「ごめん」
「もう――忘れたはずなのに」
僕はそのまま喫茶店を出た。
途端、目眩を感じた。長時間座っていたのと、外があまりにも明るく感じたからだ。僕はパソコンが入った鞄を片手に近くの河原まで歩いて向かった。途中、何度かため息をついた。なんで香里野は今になってあんな酷い文章を僕に見せようとしたのだろうか。
「あ」
勘定を忘れていた。まぁ、柴田が持つだろうと僕は自分で納得して考えにふけった。車数が少ない道路を歩く。ゆっくりと包み込むような春の風。僕は考えるのをやめて空を見た。
「あぁ……変わらないなぁ」
思わずそうつぶやいてしまうほど変わらなかった。思わず立ち止まってしまう。
この空の下で僕らは出逢い――みたいなことを言うと青春ドラマみたいな感じか。実際はそんな爽やかな感じじゃなくってどろどろしたものなんだけどね。
蒼い空、白い雲。
周りに高い建物がないせいか、やけに広く感じた。その大きな空に吸い込まれそうな感じになったとき、
「よ、小川。帰ったのか」
「ん?」
そのどこか懐かしい声に僕は我に返り、後ろを振り向いた。
「伊藤!」
「はは、そんなに驚くなんてな」
久々に見る親友の姿は変わらなかった。どこかぼやんとしたような感じなんて特に、だ。
「どうしたんだ? お袋さんに会いに来たのか?」
「……ん、まぁ、そんなところだ」
「家と反対方向へ向かってるじゃないか」
「ちょっと、河原に行こうと思ってね」
「お、いいね。俺も行こう」
「あぁ」
そして僕らは話しながら河原へと向かった。
「高校は……入れたのか?」
僕は彼を心配していた。高校さえ行けそうにない学力を持った彼だ。ちなみに僕は普通の高校へ行った。こんな田舎にあるはずないから下宿をしながら通っていた。
「あぁ……なんとか。今は、こういうことさ」
彼はそういって両手をひらひらさせた。つまりは、そういうことか。
「悪い」
僕が詫びると彼はいいよいいよと言って空を仰いだ。
「俺さ――もう、死のうと思うんだ」
「は!?」
「こんな俺が生きていてもしょうがないしなーって。親にも迷惑掛けるしさ」
何こいつ、爽やかな顔をしながらさらりと言ってんだ!?
「あーっ、空は蒼いなぁ」
*
彼は私のことでいっぱいになっているみたい。ははは、騙されてるなんて感じてないでしょうね。
私は柴田先生一筋なのに。
今日は柴田先生と一緒に帰った。下校の見回りのついで……ということにしてある。先生は嘘をついてまで私と一緒にいてくれるのにはわけがあった。昨日――つまり、4月27日に私は柴田先生のせいで怪我をしそうになったのだ。先生が抱えていた重い荷物をうっかり落としてしまって私に当たってしまったのだ。そのことを気遣っているのだろう。
今、隣にいるのは柴田先生ただ一人。唯一、訊きたいことがあった。それを訊こうか訊かないかで迷っているとすぐに家に着いてしまうので思い切って訊いてみることにした。
「柴田先生って……その……カノジョとかいますか?」
「は……? 何をいきなり……」
彼は明らかに困惑したような表情をした。
「つ、付き合っている人とかいるのかなーって……」
私は真正面から先生の顔を見ることができなかったので視線を地面に落としながら訊いた。
「いや……いないよ」
「ホントっ!?」
私はぱっと顔を上げた。
「う、うん……」
よかったー! 私は心の底からそう思った。
「先生!」
「ん?」
私はすっと空を見上げた。
「空が――空が、こんなにも、蒼いです!」
「……ホントだな」
その短い、数秒にも満たない時間が私にとっての永遠だった。




