エピソードIII 【雷霆万鈞】
私はロカ・イオナ。
『Forseti』自警団の医療兼技術担当で、皆からは"ドクター"と呼ばれている。
皆の治療やサイボーグのメンテナンスをワンオペで行っていて、それが皆の為と思えば誇りに思う。
......てのは建前で、実際は私の考えたサイキョーのサイボーグを密かに実現したくて此処にいるだけだ。
その図面がまさに目の前にあるコンピューターに映っており、かれこれ小一時間は自画自賛したままである。
「あとは用途を秘密に予算を上げて貰えば......ふへへへへへっ」
この画面が暗転したら、恐らく欲深く愚かな女性の顔が反射して見えるだろう。
それほどに、私はこのサイキョーのサイボーグを実現したい_____。
「ドクター!! 千斗だ。ちょっと来向を診てくれないか?」
見音クンがノックもせずに入ってきたので、私は思わずノートパソコンのディスプレイを勢いよく閉じてしまった。
閉じられたディスプレイから割れた音が響いた。
しまった、これはデスクトップだ。
「あー......いや、ノックせず入ったのは悪かったが......何で隠すようにパソコンを?」
「あ、あはは......勘ぐらなくたって良いじゃないかぁ」
私はそう濁しながら、無事ではなさそうなディスプレイの角を摘んで液晶画面を確認した。
案の定液晶画面は蜘蛛の巣のように割れ、私の無念の表情が割れた画面に万華鏡のように写り込んでいた。
「はあ......まあ予算で買い換えればいいか。それで、来向クンがどうしたんだい?」
「それが、泡吹いて倒れちゃって」
「えぇ......」
実際、彼の腕に抱きかかえられた彼女は泡を吹き、白目を向いて痙攣していた。
「なに、毒でも盛られた?」
「うーん、恐らく精神的に毒......なんだろうな。丁度その"原因"がこっちに」
彼がそう言うと、ノックされず開かれた扉から彼と同等の大柄な男が入ってきた。
茶色の髪、割とイケてる顔、黒に統一された厚着で......その脚は無骨で白い義足。
「LiPAS-Type0(ライパス・タイプゼロ)......あれ?」
自分の口から無意識に溢れた言葉に驚く。
「ライ......なんだって? 俺は確かに雷なんだけどな」
彼の口は笑っていたが、その目は私の言葉に拍子抜けしたままだった。
「あ、いや。なんでもないさ。うん。それで、キミは誰なんだい?」
「まぁ、俺の名前を知りたがると思ってたよ"お嬢ちゃん"、俺の名は_____」
「彼は蒼鬼魔 雷だ。この前言ってた龍壱の件で、代理として頼むことにした」
肝心の自己紹介をリュウ司令官に奪われた雷クンは、呆気にとられた顔で彼を見つめていた。
「すまないが、来向の方が済んだら彼の義足や能力を分析してもらいたい。彼に特化した装備を作って欲しいんでな」
ワンオペの私に対する圧倒的仕事量の多さ。
私以外の人だったら音を上げてただろう。
「うん、問題ないさ。雷クンはそこに座っててくれよ。あ、刀はその机に置いていいよ」
今サラッと流したけど、なんで刀持ってるんだ?
でも、それは私にとって大した問題ではない。
私が気になるのは、彼の"義足"。
恐らく、私が過去に認知している義足なのかもしれない。
「あ〜......それで卒倒してたわけ......」
目が覚めた来向クンの愚痴を聞いて、彼女が卒倒した理由と、雷クンのことを軽く知れた。
「司令官も司令官で、どうしてあんな男をすんなり受け入れる!?」
「まぁまぁ、リュウクンは先見の明をお持ちだから......(もしそうだったらこんな私を拾うのはおかしいのだけど)」
雷クンの話を聞く限り、確かに彼女とは相性が悪いだろうと思った。
自己紹介を言おうとしてた彼は、私のことを"お嬢ちゃん"なんて言うくらいフランクだし、来向の真面目な性格とは相反する性格なのだから。
「とりあえず、私は別件があるから少し外すよ。調子が戻ったら勝手に出てもいいからね」
「うん......」
彼女は素直にそう応えたが、どこか名残惜しそうに見えた。
彼女のまっすぐな目が、退室するまで常に背中に刺さってるような気がした。
私は医療室から出て、小走りで訓練室へ移動した。
司令官と雷クンがいる個室の扉を開いた瞬間_____。
「ばあっ」
「うわぁっ!?」
開けてすぐ目の前には、あの雷クンが仁王立ちしていた。
私の反応に彼はいたずらっ子のような笑顔を見せていた。
「蒼鬼魔、変なことをするな」
司令官から軽く叱られ、雷クンは肩をすくめて席に戻った。
「待たせてごめんね。改めて、私はロカ・イオナ。皆からはドクターって呼ばれてて、此処の医療兼技術担当をしてるよ。よろしく、雷クン」
「あぁ、よろしく頼むよ。お嬢ちゃ_____」
「とにかく、彼の分析を頼む」
司令官がまた雷クンの会話を遮る。
雷クンは見るからに不機嫌だ。
「それじゃあ、雷クンはこの服着てね。龍壱クンのお下がりにはなるけど」
雷クンの不機嫌は治らず、ズカズカと歩きながら訓練場に入っていった。
私と司令官は、個室にある監視カメラで彼が訓練場に入っていく様子を見ていた。
彼がいる場所は、がらんどうになったオフィスルーム。
彼の義足が鳴らす音がその部屋をいっぱいに反響させていた。
そこにある障害物は、その部屋を支える無骨な柱以外ほとんどない。
「そんじゃ、始めるよ!」
彼のいる部屋に繋がるマイクに向かってそう合図し、モニターに表示されているボタンを押す。
すると雷クンを囲むように、武装した人間を模したホログラムが形成された。
「それは物理判定を持つ特殊なホログラムよ。ちゃんと当たるしちゃんと痛いから気をつけてね」
武装されたホログラム人間たちは、刀や自動小銃を雷クンに向けて構えている。
雷クンが少しでも動けば、彼らは速攻で攻撃するだろう。
『"分析"だったかな? 一瞬で終わらせてやるから瞬き禁止だぜ』
そう言った瞬間_____。
「え?! 消えた!?」
何度瞬きしても、確かにそこに彼はいない。
しかし、隣にいる司令官は冷静だった。
「ドクター、このカメラを見ろ」
司令官が指を指したその画面_____壁の隅に設置されたそのカメラには、距離があって小さいが、雷クンを見つけた
天井に掴まった状態で。
『この場所のインフラは残してるっぽいな』
雷クンが掴んでるところは、丁度火災用スプリンクラーが設置されている。
彼が言う通り、実践での火災トラブルに対処するために残しておいたのだが......
それに向かって、彼はなんと自身の髪に火をつけて近づけた。
「火? どうやって......」
「指元に微かだが、電流が放出されていた。それで生じた火花で髪に着火させたのだろう」
火を検知した火災用スプリンクラーは当然、その火を消そうと豪快に水を散布した。
その人工的な雨が、雷クンと武装ホログラム人間達を平等に濡らす。
雷クンが着地した瞬間、周囲の武装ホログラム人間が攻撃を開始した。
その猛攻に対して、まるでゲームを複数回周回してで動きを見切ったゲーマーのように、彼は容易く躱し続けて見せた。
激しい動きに弾かれる水が、その乱闘の過激さを彩らせていた。
「でも、どうしてスプリンクラーなんか作動させたのだろう......このホログラムは防水機能も完備してるから効かないのだけれど」
「それが目的ではないかもしれない。蒼鬼魔の義足を見ろ」
彼に言われた通り、雷クンの白い義足に目を向けた。
通常時と違って、装甲がパージされて中身の機構が剥き出しになった状態だ。
「冷却してるみたい......でもいつから?」
「蒼鬼魔が"一瞬だけ姿を消した"ときだろう......その義足は、恐らく瞬間移動を可能にする」
義足、パージして冷却、瞬間移動......
そのワードの集まりが、私の無意識領域に閉じこもった記憶を掘り起こした。
「"LiPAS-Type0"、別名"義足型粒子加速装甲・零式"」
私の呟きと重なるように、監視カメラに映る雷クンの義足の冷却が終了した。
その瞬間、彼は再び消えた。
その代わり、彼がいた場所に青い電撃が四方八方に走り出し、武装ホログラム人間達に致命的なダメージを与えた。
その電撃は、武装ホログラム人間を撃墜しても止まることを知らず、周囲に点在する監視カメラを破壊していってしまった。
「あちゃー......随分暴れちゃったか」
私と司令官だけが居る個室には、監視カメラを破壊された警告音と訓練終了のアナウンスがやかましく反響していた。
あの時、彼が魅せた電撃は、まるで海の中を泳ぎ回る鮫のように自由な動きに見えた。
スプリンクラーの散水、電撃、自由移動......
そのワードの集まりで、ある人物の特徴を思い出した。
「実験体No.7......"蓄電体質持ち"」
例の義足とその人物が思い浮かんだ事で、私の中で一気に点と点が繋がった。
相変わらずやかましい個室の中、私はそれに怯むことなく司令官に向けて口を開いた。
「雷クン、もしかしたら"私達が昔所属していた組織の元関係者"かもしれません」
「......」
司令官の「何となくそんな気はした」とでも言いたげな表情が、監視カメラを破壊されて暗転した画面に反射して写る。
司令官が見つめるその目の先は、最初に瞬間移動した雷クンを見つけた歳の監視カメラの画面。
遠くに設置されていて無事だったその視点に映る先には、あの雷クンが自信ありげに立ち尽くしていた。
どこまでもフランクで、予測不能な性格。
しかしそんな彼をもはや私たちは、他人事のように思えなくなってしまった。
蒼鬼魔 雷。
それは、生まれ持った蓄電体質と、まだ試作段階だった特殊技術仕様の義足を身につける謎の存在_____。
彼は未だ、ミステリアス_____。




