エピソードⅠ 【暴風前夜】
日本、5月下旬。
季節の変わり目が近く、春でも特に温もりある時期。
小鳥たちのさえずりと、風に揺れて自然の音色を奏でる青々しい木々で彩られた公園で、僕は独りになり、"疲れた目"を癒す為だけに瞑想をしていた。
此処には僕以外誰もいない......わけではない。
遠くを見れば、子連れの親や若者の集団といった感じで、それなりに人はいるのだ。
だが彼らが此処に近寄ろうが遠目で見ようが、"僕が此処にいることには気づけない"。
何せ、彼らは"此処には誰もいない"と入る時点で思い込んだからだ。
確かに公園の入口から見れば、僕のいる位置は丁度遊具で見えることはない。
その先入観によって、僕は"此処にいない者"として認識されたのだ。
彼らのような不自然な現象は、もはや全世界において普遍的なものとなった。
全ての原因は、30年ほど前に起こった"BIRUS"のパンデミック。
正式には、"症状が活性化した"と言うべきだが。
症状はシンプル、先入観の肥大化。
しかしその症状が世界を狂わせたのだ。
無意識的に生まれる先入観という制御し難いものを肥大化されてしまった人々が営む国際社会の状態など、想像に容易いだろう。
そのパンデミックから今まで、もうすでに幾つかの国家、国民、伝統は滅んでしまった。
日本は紆余曲折あれど、何とか立て直せている状態だ。
......と国民に思わせるだけでいっぱいのようだが。
そんな国で数年前、『Gorgon』と名乗る特殊技術組織が"BIRUSに対しての対策を提示した。
それは"サイボーグ化"だった。
細かく言うと、生物が持ち得る先入観を電子制御云々で抑え込んで対処するのだとか。
そしてその制御装置の電力は、能動義体内部に内蔵したモーターで蓄電するそうだ。
そして実際に開発された"それ"は、軍事での試験運用として生産されるようになった。
そこから数年の試験運用を経て、今や"それ"は警備や護衛等の任務を受け持つ職種にも施されるようになった。
一般市民へ向けた生産及び施術は検討中のようだ。
しかし、例のウイルスに対するその策は、あまり効力を得ていないように思う。
誰も彼もウイルスの影響で気づけないが、ウイルスの影響による誤認逮捕の年間記録は警察が施術される前と後で殆ど差異がないのだ。
僕としては......いや、"僕たち"としては、あの特殊技術組織『Gorgon』には何か裏があるような気さえするのだ。
特に気がかりなのは、大衆向けにすべきその技術をわざわざ軍事で試験運用させることであった。
そんな何処か怪しげな組織を調査するべく、僕が所属する______
「おっ、龍壱見っけ」
「ッ!?!?」
背中から僕の名前を呼ぶ知らぬ声が聞こえ、思わず飛び跳ねた。
僕に声を掛けたその姿は、全身黒で身にまとった暖かくなる時期に着るとは思えない程に厚着な服装、茶髪で、ちょんまげでも余る前髪を流し、顕になっているその顔の左目辺りには、縦に伸びる切り跡のような古傷が目立つ、180cmを優に超える大柄な男だった。
彼の脚は、白く塗装された鉄板の装甲の下にメカメカしいヒールが伸びていた。
義足だ。
警備、或いは護衛の人間か?
そもそも何故僕の名前を?
いや、そんなことはどうでもいい。
今、僕が気になるのは、"何故彼は僕に気づけたのか"だ。
もしや、死角で僕を視認できない公園の入口とは別の所から来たのか?
しかし、彼は明らかにあの公園の入口から入ってきたのだ。
そういえば、彼は僕に「龍壱見っけ」と言ったはず。
となれば、僕が此処にいることを知っていたが故にウイルスの影響がなかったのか?
まさか、本当にそのサイボーグ化によるウイルスへの効力を得られているのか?!
「キミ、オレの顔ジロジロ見てどうしたんだい?もしかして、キズモノが"ド"タイプだったりして?」
「違う。僕に会いに来た理由があるようだけど、そもそもどうやって僕を見つけた?」
とにかく聞いてみるしかない。
警戒心を維持し、彼から一歩退くが、それを追うように向こうから一歩こちらに近づいてきた。
「あー、やっぱ気になる感じ? いいよ。教えてやるよ」
そう言い彼は厚着の下から隠していたものを取り出した。
「なっ、刀?!」
彼が取り出したものは、黒い鞘に収められた刀だった,
「何驚いてんだ、キミも隠し持ってんだろ」
僕が隠し持ってる事に気づいてるだと?!
いや、それはもはやどうでもいい。
「あっ、実はオレもキミと同じように誰にも認識されてないから問題ないよ〜」
「そう......で、それでどうする気だ?」
「はいはい今から教えるから。"オレがキミに気づける理由"を」
彼の髪が放射状に浮かんでいき、彼の身体からビリビリと音が聞こえた。
その瞬間、彼を中心に公園が強烈に青白く照らされた。
まるで、目の前に"雷"が落ちたかのように。
「痛ッ!?」
全身に感電したのを感じた。
が、そこまで大きい電気を喰らった気がしない。
静電気を喰らったのと大差がなかった。
「なんだ、今のは......」
一瞬の出来事に呆然していたが、周囲にどよめく悲鳴と足音で目を覚ました。
「逃げろ!! 刀を持ってるヤツがいるぞ!!」
逃げてく人の一人がそう言った。
「見えている......? 刀を持ってるアイツが見えるのか?!」
「"打刀"だ。で、例のウイルスの症状を起こさない理由ってのは、この"感電"さ」
彼は片手でピースをして二本指の間に放電して見せた。
本人は感電してるはずだが、信じられないぐらい平気そうだった。
「どういう原理かは知らんけど、まぁこれのおかげで"オレは問題なくキミを見つけれた"ってワケ」
そう言い終わって間もなく、彼は一つ言い加えた。
「そうそう、オレって"蓄電体質"なんだ。なんか珍しいみたいだけど」
(蓄電体質......?! というか、感電で抑制できるなんて初めて聞いたぞ?!)
彼が僕に気づけた衝撃の理由。
それは、ここだけの話にすべきではないと悟った。
この人は、仲間にすれば今の問題を解決できるはずだ!
しかしそう思ったのも束の間、彼の発言で僕の望みは叶わぬ夢であると悟った
「で、キミも持ってるだろ? 忍刀。出しなよ」
彼は"戦闘狂"だった。
そうなれば、今の状態は非常に不味い。
僕の居場所、名前、隠し持っていた刀、彼には全てお見通しだった。
なら、僕が所属しているところも、"僕の母"の事も......!
「決闘か? 僕のことをどこまで知ってるか分からないけど、僕の身内に危害を加えるのならタダでは済まさないぞ......」
僕は彼から数歩引きながら、隠し持っていた刀を取り出した。
仮にここで彼を殺すことになっても仕方はない。
僕の身内、特に母には手を出させるわけにはいかない。
「いいねぇ。そう来なくっちゃ」
彼は刀を前に突き立てながらゆっくりと構えた。
鈍重に見えるその白い義足をズリ足で動かしているせいで金属の金切り声が響き、耳障りに感じる。
しかしその構えは、本人の性格から程遠い誠実な本流であった。
「決闘では名乗らねば不誠実極まれり、だ」
「そうか。だがこっちの名前は知ってるだろ。お前の名前はなんだ」
「蒼鬼魔 雷。どうぞ、お見知り置きを」
僕は目を見開き、彼の全体を捉えた。
それは、彼の動きを一瞬でも見逃さないためではない。
「"地獄"を見ろ」
僕の目は特殊だ。
任意のタイミングで相手に錯視を起こすバイルスを発症させる。
見せる幻覚は本人の深層心理にあるトラウマの情景。
どんな強者だろうと自身の弱みには勝てない。
彼も例外ではないはず___
「おぉ、赤かった瞳が黒くなってらぁ」
「何ッ?!」
彼は風を切る速度で接近し、尚且つ僕と目を見てるにも関わらず平然としていた。
予期せぬ出来事に驚きながら、接近した彼から逃げるように距離を取った。
「やっぱりアイツの息子なだけあるな。しかし、まさか効くと思って能力使ったのか? オレ言ってなかったけ?」
彼の声がする所に視線を移すが、そこに彼の姿はいない。
再び彼の声が聞こえた。
しかしその声がする場所は僕のすぐ真横だった。
「オレに"バイルスは効かない"」
今度は逃げず、すぐさま刀で刺突した。
しかし、感じるのは風だけ。
刃を向けた先を見ようとしたが、視界が真っ赤で何も見えない。
目が痛い。
視界が悪くなり、体勢を崩した僕は地べたに突っ伏してしまった。
目元から鉄臭い液体が流れているのを感じる。
(......あぁ、眠い)
ただ、それだけしか感じれない。
向こうから機械の音が聞こえる。
その音と同じ位置に彼の声が聞こえる。
「もしもし〜、人が倒れてるので救急車お願いします〜。はい、はい、〇〇公園です」
救急車を、呼んでいる。
なぜ。
「よし、これであの男がオレと殺り合う口実ができた」
"あの男"......?
あぁ、そうか。
彼は、僕の父を......
......
あの男は、一体_____?!




