XIX それってつまり
「リリお姉様の証拠があれば君だけでも王都に帰れるはずだ。手遅れになる前に戻れ」
「王都に帰るのはお前もだ。俺はお前達を連れて帰る」
「私達は帰れない。子供達は……その……あまりにも父親に似過ぎている。あらぬ噂だって立てられるはずだ。私は彼に不名誉を背負わせたくはない」
「そんなの! どうだって良い」
どうだっていい筈がないだろう。シグルドが告白しようとした相手だって、よくわからない女と子供が近くに住んでいる状態で告白なんてされたくない筈だ。
(何故わからないんだ)
シグルドは私を泊めた件もそうだ。好きな女が居るならば他の女に対してとってはならない行動というものが全くわかっていない。
シグルドは小さくか細い声を絞り出した。
「俺はただ、好きな女と一緒に暮らしたいって言ってるんだよ」
ここで、私は全てを察した。
「私から子供達を取り上げると言うのだな……」
確かにシドルファスとルティリアはとても可愛い。二人が自分の子供だとわかったシグルドは手元に置いておきたいのだ。シグルドの好きな女がどんな聖人なのかはわからないが、きっと二人を虐めずに育ててくれるとシグルドは考えているのだ。
「なんでそうなるんだよ」
「しかし、そうだな。君にも当然権利があっていいはずだ。子供達も父親と過ごす権利はある。シドルファスは耳や鼻筋、横顔が君にそっくりだし、ルティリアは目元がよく君に似ている――」
いつの間にか、私を抱えたシグルドの歩みは山道の途中で完全に止まっていた。どうやら付近の住人が日常で歩いてくる付近まで降りてきていたらしい。旅人用のベンチに私を座らせると、目の前に立った。
「認めたな」
「…………言い間違いだ」
「もう苦しいぞ」
そもそもお前の心配していることは何一つ起きない、とシグルドはため息をつきながら横に座った。
「俺が好きな女は『冬至祭』のときに呼び出したがそのまま倒れた女でな。俺があの日、どれだけ惨めな気持ちになったかわかるか? 好きだった女にもう男が居て、しかも妊娠までしていたんだ。顔も知らない男に好きな女をぞんざいに扱われているのかと思って、怒りが湧いた。そんな奴よりは俺の方がまだマシだと思った。俺は一発殴らないと気が済まないと好きな女のお腹の子の父親をどうにか突き止めようと俺は奔走したんだ」
「……!」
「そしたら俺だったんだよ。信じられるか?」
シグルドが何を言っているのかわからない。シグルドが『冬至祭』のときに何人の女を呼び出したのかは知らないが、『冬至祭』の日に呼び出して倒れた女は私だけだろう。それに、その後の流れは私でしかない。
(いや、そもそもシグルドは複数人の女を弄ぶような相手ではない)
「待て。となると君は、私のことが前から好きだったのか?」
「そう言ってる!」
「身分差とか家の宿命とか」
「そんなもの生きてればどうにでもなるだろ」
私のこの数年の悩みは一体なんだったのだろう。
このトンデンス村に来てからもシグルドと知らない女の接触を考えて憂鬱になっていたのに。トンデンス村に来る前だってそうだ。シグルドに優しくされる度に知らない女の顔がチラつくようで不快だったのに。
(あぁ、ずっと。私は好かれていたのだな)
思わず、こんな言葉が漏れた。
「それを先に言ってくれれば良かったのに」
シグルドは両目を閉じて、拳をふるふると震わせた。
6秒の間ほど何かを堪えるようにしていたが、急に大きな声を出してきた。
「お前が言うなッ!」
*
一通り言い争――話し合って、私達はどうやら両想いであるらしいことを確認した。
(…………信じられない)
これからシグルドにどうやって接していけばいいのだろう。リリお姉様にもなんと説明したらいいものか。まだ実感のわかない私にシグルドはこう導くように話してくれた。
「俺は生きてるお前と一緒に人生を過ごしたい。問題があれば一緒に解決していこう。それが、家族だろ。お前がそういう家族の在り方を知らないなら俺が教えてやる」
「シグルド……」
シグルドは今度は私をお姫様だっこにすると、村まで歩いていった。
*
「何だ……?」
村の入り口まで行くとなぜか人だかりができていて、村人達が手でアーチを作ったり花を撒いたりしている。
彼等は私達の姿を見るや否や黄色い歓声を上げた。
村の入り口の一番近くにアルベルトが立っていた。
「あ、ほら。前言ったじゃないですか。僕の村には『異性を抱っこしたら結婚しないといけない掟がある』って」
(アルベルトの作り話じゃなかったのか)
そういえばそんな与太話をしていた気がする。つまり、このブーツは壊れるブーツで、村に来たばかりで掟を知らないシグルドだけが私を抱き上げることを見越したものであったらしい。アルベルトが代わりの靴を差し出したので履き替えると、嘘のように足の痛みが消えた。
(やられた)
アルベルトは私達の様子を見てニヤリと笑った。
「まぁ、でも。その様子なら要らなかったみたいですね〜」
いつもお世話になっている村長さんが一際大きな花の輪を首に掛けてくれる。
「なんかヨクワカラナイケドこの村で結婚!? メデタイ!! 永遠に定住スルヨネ!? オメデト〜!」
「前から言ってるが定住はしない」
「シヨウヨ! 税金軽クスルヨ!」
ちなみにこの変な訛りの喋り方をするのは村長さんだけなので、この土地に妙な訛りは存在しない。
村人達によくわからないままもみくちゃにされていると、アルベルトがそっと耳打ちした。
「リノンさんは関係性に名前があれば大丈夫なタイプみたいなので、シグルドさんのこともきっと、夫婦なら上手くやれますよ」
シグルドはというと、誰かから渡された花束を持っている。それはひとかけらの欠けもない紫の花で、あの『冬至祭』の日に私が欲しくてたまらなかったものだ。
「なんか俺抜きで話が進んでる。まぁ、しようと思っていたから問題はない」
花束は私の目の前に差し出される。
「リノン。好きだ、結婚しよう」




