1.
はじめまして。システムに慣れていないので、最初のうちは色々いじると思います。よろしくお願いします。
18時59分。スマートウォッチが振動する。
「すみません、7時になったので上がります! お疲れ様でした」
私はパソコンをシャットダウンして、通勤バッグを手に取った。
「お疲れ様、また来週ね」
「お先に失礼します」
まだ残業している上司と同僚に挨拶する。私の勤める会社は、滅多に残業はないが、月末月初になるとたまに残業がある。入社時にそういう話は聞いていたので納得はしているが、私はとある事情から、金曜日だけ早く帰らないといけなかった。
会社の休憩時間中にスーパーのチラシを確認して、夕飯のメニューは決めていた。今日のメニューはメカジキのムニエル。それに常備菜の煮物と汁物。短時間で作るから、そこまで凝ったものは作れない。
21時にはお客様がくるから、それまでに着替えや部屋の掃除などしておかないと……。
スーパーで目を付けていた特売品を購入し、急いで家に帰る。
「今日はどんなひとが来るんだろう。お口にあえばいいんだけど」
小さなテーブルの上に2人分の料理を用意する。
一つは私の分。もう一つはこれから来る誰かのために。
毎週金曜日、21時に私の部屋にはお客様が来る。
それは8年前から続いてる。
「こんばんは」
床の一部が金色に光り、長身の女性が現れた。
姿は人に近いけど、おでこから生えた大きなツノが人でないことを主張している。
「ここは?」
「ここは私の部屋。あなたが住む世界と異なる場所にある、ね。お腹空いてるでしょ。ご飯を用意しているから食べましょう」
「は?」
「お口にあえばいいんだけど……。魚は好き?」
女の人が腰にある何かを取ろうとした。
普段、その位置に武器を持っているということなのだろう。
だけれど、いつもの位置に武器がないことに気づいて、驚いている。その後、どうするつもりなんだろう。
こういう人は対処を間違うと面倒くさい。
「モナカ」
【なぁに?】
テレビを見ていたぬいぐるみが振り返る。
「なっ。精霊」
「この人に説明して」
【いいよ~。そこの竜人さん、ここは君たちが住んでいる世界とは違う世界なんだ。君たちの世界には魔物がいるだろう。でも、ここにはいないんだ。おまけに魔法もない。ちょっと不便だけど、平和な世界だよ】
「どういうことだ?」
【難しく考えないでよ。君たちが住んでいる世界と違うとだけ思ってくれれば十分だよ】
「納得できない。なぜ私はここに?」
【竜人さん、お腹空いてるでしょう。だから、この世界に来たんだよ】
「たしかに私は空腹だが、それがどう関係する? いくら希少な精霊とはいえ、容赦しないぞ」
【つんつんしてるなぁ。お腹空くと皆、イライラするよね。竜人さんが僕たちのことを傷つけようとしても、強制送還されるだけだからさ、冷めないうちにご飯食べちゃいなよ】
「説明になっていないではないか」
今日のムニエルの出来はまぁまぁ。一応スマホのブックマークに入れておこう。
今日は仕事終わりにゆっくり買い物ができなかったから、明日朝一でスーパーとドラッグストアに行かないといけない。来週の常備菜の食材と、洗剤を買わなきゃ。そういえば、水筒用のスポンジもなかったかも。ああいうのは予備を買っておいても、いつのまにか無くなってる。
余裕があれば百均にも行きたい。保存用のかわいい袋をいくつかストックしておきたい。
夕方に大学時代の友達と会うから、お昼前には帰ってきたいな。家のことちょっとやって、この間の動画の続きを見たい。数年前のドラマで、今人気の俳優が初主役を務めている。初々しい演技が新鮮で、ネットで話題になっている。
「こいつは何を一人でくつろいでいる」
食後のコーヒー淹れるころ、二人の話合いは終わったようだ。
「それで、竜人さんはご飯を食べるんですか? 食べないんですか? 食べないなら片づけたいんですけど」
「食べる。食べるが、ここはなんなんだ。お前もこの精霊もおかしい」
「私からしたら、あなたもおかしいですけどね。まあ、それはそれとして、ここでのルールの説明します。こちらの時間で午後9時になると、あなた方のいる世界から【お腹が空いている誰かが】この部屋にやってくるんです。午後11時になるか、やってきた誰かが、私かモナカに暴力を振るうそ素振りを見せるか、どちらかに当てはまると元の世界に帰ることができます」
「帰れるのか」
「はい。今まで数年間、この部屋にやってきた人はみんな帰れました」
「ここは何なんだ」
「さあ。私はただ、お腹を空かせている誰かのためにご飯を作っているだけなので」
「……説明になっていない」
【いいんだよ。ここはそれで】
犬のぬいぐるみのモナカが言う。
【ここはそういう場所だから】