第91話 失踪事件の黒幕と
「はあヤダヤダ」
そうボヤいたのは予想通りに現れた動く死体をハルバードにてひと突きで仕留めたルーキスだった。
鉱山にて採掘を行う失踪した鉱夫たち、その鉱夫たちを探しに来たであろうルーキスたち以外の冒険者。
着衣の損傷具合から最近失踪した者ばかりではないようだ。
どうやらかつて事故により亡くなった鉱夫や、鉱山内で魔物と戦い死んだ冒険者。そして、そんな冒険者たちと戦い傷付き、息絶えた魔物たちも使役しているようだった。
「死者への冒涜は気に食わんな。サクッと終わらせてやろう」
「ねえルーキス! 本当に魔法使っちゃダメ⁉︎ 数が多くて面倒なんだけど!」
「駄目だぞ? 道がどうなってるかわからんのだがら。もし火魔法を使って坑道内の空気が無くなったらどうする」
「空気? 火魔法使って空気が無くなるってなに?」
「正確には酸素だが、まああとで話す。今は目の前の敵に集中しろ」
「って言われてもなあ。やりにくいったら!」
ルーキスと並んでリスタ武具店で借りた剣を振るフィリスは、ルーキスと違い損壊した遺体の機能を停止させる事を嫌がっていた。
戦えばフィリスの圧勝だ。
イロハですら遅れはとらない。
しかし、遺体を傷付けるという行為はまだまだ経験の浅いフィリスには罪悪感を覚える行為だったのだ。
「これは弔いだ。今のままじゃこの人らは天に昇れない。輪廻の輪に戻れない。だからこれは殺しじゃない。救済だ。それでも辛いというなら下がっていてもいい。フィリスが辛そうにしてるのを、俺は見たくない」
「言い方が狡いなあ。そんな言い方されちゃ、頑張るしかないじゃん」
眉をひそめ、悲しそうな顔で剣を振るフィリスより、そんなフィリスを見て顔をしかめて言ったルーキスを見て、フィリスはあまり吸いたくない坑道の空気で深呼吸するとルーキスより前に出て剣を振った。
その後ろから「それでこそフィリスだよ」とハルバードを腰溜めに構えてルーキスは走り出す。
その横に、イロハも続いた。
どうやらまだイロハには亡くなった人間の尊厳どうのこうのという話は早いらしい。
フィリスの仕留め損なった動く遺体。
その頭部をルーキスに教わった通り、的確に狙って砕いている。
前方もゾンビ、後方にもゾンビ。
ルーキスたちは前へ、ただ前へと進んでいく。
進む先、坑道の天井にコウモリが吊り下がっているのが見えたからだ。
分断された師匠二人もコウモリにはなるが、ルーキスはそのコウモリから二人とは違う魔力を感じていた。
群れるゾンビを薙ぎ払い、ルーキスたちは坑道内を右に左にくねくねと、天井に吊り下がっているコウモリに導かれるように進んでいく。
次第に狭くなる石で整備された坑道内。
前方からのゾンビが途絶え、後ろから迫るゾンビを振り払うために駆け出そうとしたそんな時だった。
キーンという甲高い金属同士が叩かれるような音がルーキスやフィリス、イロハの耳元で同時に鳴り響いた。
「なんだ? ドライアドからもらったイヤーカフから音が鳴ってるのか」
「いやー! 私この音ムリー! ゾワゾワする〜!」
「なんでしょう急に」
突然の音に足を止めるルーキスたち。
直後、ルーキスたちが走り抜けようとした道に煙が噴出した。
白煙ではなく、黄土色に近い嫌な匂いのする煙。
その煙に向かって、咄嗟にルーキスは風魔法を発動、空気の流れを操って追い風を起こして煙を飛ばした。
「この匂い、硫黄か? いや毒性の魔力が見えるな。ドライアドの加護が毒に反応したのか。危なかった、危うく毒性の得体の知れない煙を浴びるところだったな」
「毒? 罠ってこと?」
「さて、天然物か人工物か。それは一概にはわからんね。すまない、少し時間を稼いでくれ、あの煙を封じ込める」
「分かった、時間は稼ぐわ」
「任せてください」
フィリスとイロハに背中を預け、ルーキスはまず土魔法で煙の噴出口を塞ぎ、風魔法を操り煙を一か所に集約。
一点に圧縮していった。
「よし。これで大丈夫だろ」
圧縮した毒煙を土魔法で作った石の箱に封じ込め、魔法陣を刻んだあと後方で戦うフィリスとイロハに「もう大丈夫だ、行こう!」と言い放つルーキス。
その言葉を聞いて、フィリスとイロハは接敵していたゾンビを弾き飛ばすと踵を返して走り始めた。
ルーキスは二人が来たタイミングを見計らい、逸れないように横並びで速度を合わせて走り出す。
そして、後ろに向かって封じ込めた毒煙入りの石の箱に刻んだ魔法陣の魔法を発動。
石の壁を作り出してゾンビと自分たちを隔てた。
「ふう。これでしばらく大丈夫だろ。ちょっと休憩だな。お爺ちゃんは疲れたよ」
「たまにお爺ちゃんって自分で言うわね。ルーキスがお爺ちゃんなら私はお婆ちゃんかしら」
「一緒に歳取ってくれるってか? そいつは」
壁が突破されないのを確認し、足を止めたルーキスは自分が言おうとした「プロポーズみたいだな」という言葉にデリカシーに掛けるか? と、思い、口を噤んだ。
「そいつは、何?」
「ああいや。なんでも無い」
「そう? 変なルーキス」
「おやおや。これは手厳しいね」
ゾンビの大群は隔離したが、またどこから敵が来るかも分からない。
そんな状況で一か所に留まっているわけにもいかず、ルーキスたちは歩きながら水魔法にて水分を補給したり顔を洗ったりする。
そしてバックパックないから携帯食として持参していたベーコンを頬張りながら歩いていると、それまで石で整備された坑道からやたらと広い空間に出た。
どうやら採掘現場らしい。
壁際に採掘道具やらが放棄されている。
その四角いのであろうだだっ広い空間に似つかわしくない王様が座るような椅子、玉座のようなものが佇んでいた。
「うわ。いかにも」
「最奥まで誘われたか。招待ならもうちょっとスマートにして欲しいもんだね」
玉座が佇む様子に顔を引きつらせ、眉をひそめるフィリスの横で、ルーキスはやれやれと言いたげに肩をすくめると首を横に小さく振った。
するとその玉座に、どこから現れたか、コウモリたちが無数に集まり、人型を形成していく。
どうやら師匠二人のアテは当たったらしい。
肌の青白い白髪の痩せた男が玉座に現れた。
「ドライアドの森で見た冒険者だなあ。私の回復の邪魔をしたかと思えばあ、まさか潜伏先まで暴き出すとはなあ。やるではないかあ、だが貴様らの相手などしておれんのだあ。私は真祖を倒すために」
「黙れよ失踪事件の元凶。夫妻の手を煩わせるまでもねえよ。弱った吸血鬼一匹程度、俺たちが代わりにぶっ殺してやる」
「っち。やはり頭の悪い下等種族は話も出来んらしいなあ。良かろう、手始めに貴様らを私の糧にしてやる。光栄に思うが良い」
「キッショ。死ね」
「ちょっとルーキス、言いかた気を付けて? イロハちゃんが真似しちゃうわ」
「あー。そうだな、言い直そう。気持ち悪い事言ってんじゃねえよレッサーヴァンパイア! 死ね!」
「あんまり変わってないわね。まあいいか。気持ち悪いのは本当だしね」
「貴様らあ! 黙って聞いておれば下等種族の分際でえ! 上位種の力ぁ! その身に刻んで死ぬが良いわああ!」
痩せ細っているとはいえ吸血鬼。
生物としては確かに上位種。
だが、それを理解した上で、ルーキスは吸血鬼を煽った。
それも全て勝利のため、短期決戦にて勝負を決めるためだった。




