第44話 ギルドでの忠告
翌日の朝。
ルーキスとフィリスは宿に荷物を置き、装備と石貨の入った袋を持って、イロハを伴いミスルトゥの冒険者ギルドを訪れていた。
たった二人でダンジョンを踏破し、問題になっていたバルチャーの捕縛に成功した二人はミスルトゥの冒険者ギルドに顔が知られ、ちょっとした有名人となっている。
遠巻きに二人とイロハを見て、他の冒険者達は「あの二人が最新のダンジョン踏破者か」と、魔法により二人の顔が記録された貼り紙を見比べて呟いたりしているが、ルーキス達はお構いなしで受付横の依頼提示板の前に立った。
「なんの依頼を受けるの?」
「一つはイロハの鍛練用に恒常依頼であるグラススライムの討伐だな。あともう一つは〜っと、お、あったあった。コレを受ける」
フィリスの言葉にルーキスは依頼書を二枚、提示版から剥がしてそれをフィリスとイロハにそれぞれ渡した。
「スライム退治はまあ分かるけど、こっちの森のゴブリン退治はなんの為に?」
「ミスルトゥに来る時に商人達が困ってたろ?」
「普段いないゴブリンが沸いてて困るってヤツね」
「この依頼の任地は町から見て西の森。コレは漠然とした、予感よりももっと希薄な予想でしかないんだが、恐らくこの町とプエルタとの間に新しいダンジョンが生まれてると思ってな。ちょっと様子見をしたい」
「なんでそう思ったの?」
「魔物、特に知恵をつけたゴブリンやコボルド、オークやオーガなんて魔物は集落を造るくらいには縄張り意識が強い。それに伴って危機感も発達している。魔除けが施された人通りの多い街道に出てくるってのは魔物達にとっても危険な行為ではあるんだ」
「討伐されるからって事?」
「そう言う事だな。でもまあそれも地上で繁殖して進化してきた種族だけの話でな。ダンジョンから出てきた魔物にはそういう危機意識はないから魔力に釣られ、腹が空けば手当たり次第に人を襲う。ミスルトゥに来た時に戦ったヤツらもそう言う危機意識は薄いように感じた。俺たちが加勢した時に、逃げる素振りすら無かったからな」
「だからあのゴブリン達がダンジョンから出て来たのかもって?」
「最初はこの町のダンジョンから溢れてるのかと思ってたんだかな。警備状況から見てソレはあり得ないし。ならもしかしてと思ったんだ。杞憂なら良いんだが、まあ悪い予感ほど当たるのが世の常ってな」
苦笑いを浮かべると、手を差し出してルーキスは二人から依頼書を受け取ると、受付に向かう。
そして、その二枚の依頼書を受付カウンターに置いた時の事。
ルーキスとフィリス、イロハの三人は冒険者ギルドの受付からある話を聞く事になる。
「依頼の受付は承諾致しました。ですが、その前にお二人に話しておかないといけない事がありまして」
受付カウンターの向こう側に立つ女性職員から聞いたのは、先日捕縛したバルチャーのメンバーが一人足りないという事だった。
捕縛したバルチャーは全員で六名。
しかし、通報を聞いて移送に向かった冒険者とギルドの職員が確認したバルチャーは五名だけだったと言うのだ。
「話にあった首魁を務めていたという金髪の青年の姿が無くて、捕縛したメンバーから聞き出した話だと魔道具を使って一人だけ逃げ出したと」
「魔道具か。失念していたな。冒険者を襲ってたんだ、魔法の効果軽減をするような物を持っていたか」
「現場に割れた指輪が落ちていました。もしかしたらそれに。今もダンジョン内は探していますが」
「魔道具がそれ一つとも思えない。もしかしたらもうダンジョンから抜け出して、町で潜伏しているかも知れませんね」
「あり得ないとは言い切れないので。その、復讐してくるかもしれませんのでお気を付けて」
「分かりました。重要な情報をありがとうございます」
任務承諾印が押された依頼書を受け取りながら頭を下げて礼を言うと、ルーキスは依頼書を丸く纏めてイロハが肩から袈裟に掛けている小さな鞄にそれを入れた。
「ルーキスお兄ちゃん」
「何かあっても俺が守ってやる。フィリスもいるんだ、安心しな。なんなら次アイツに運悪く遭遇したらイロハがボコボコにしてやっても良いんだぞ?」
「わたしが、です?」
「そうよイロハちゃん。今までイジメられた分やり返しても誰も文句は言わないわ」
「そうそう。復讐は何も生まないなんていうが、スッキリはするからな。しかも相手は犯罪者だ、思いっきりぶん殴ってやれ。まあ、その前に鍛練だがな」
ルーキスとフィリスの言葉に、不安そうではあるがこれまでのバルチャーからの仕打ちを思い出し、静かに頷くとイロハは拳を握る。
それを見て、ルーキスはイロハに一つの可能性を見る。
(優しくて気弱な子供だと思っていたが、もしかしたらこの子はフィリスと同じで、本来は負けん気の強い気質なのかも知れんな。この子が望むなら、ポーターではなく、冒険者として一緒に旅するのもありかもしれん)
口に出してしまうと、恐らくイロハはルーキスの期待に応えようとするだろう。
しかし、それは果たしてイロハの願いかと言われれば間違いなく違う。
故にルーキスは口には出さず、自分の中で三人で戦う妄想をするだけに留めた。
「フィリスにボコボコに殴られたヤツが復讐してくるとも思えんが。まあとりあえず今は依頼をこなしに行くとしようじゃないか。任地は町の西、森の中だ」
「森の中でハルバード振れる?」
「任せとけよ。しかし、俺もそうだが、フィリスもその蛮刀だとちょっと狭苦しい思いをするかもよ?」
「それは本当にそう。まあ精々頑張るわ」
腰に携えた蛮刀の柄をポンと叩きながら苦笑するフィリスにニヤッと笑い、ルーキスは「では行くとしよう」と、二人を連れて冒険者ギルドを出るとミスルトゥの町の外に向かう為に外壁へと向かって歩き出す。
その三人をギルドから少し離れた家屋の隙間から恨めしそうに睨む青年の影。
バルチャーの首魁の青年は痛む顔の傷を抑えながら、路地裏へと溶けるように消えていった。




