はじめのいーっぽ!
さてさて、スコップ猫、第一部のラストです。不条理世界とメルヘンワールドの限界を極めた(?)世界描写をお楽しみください。ではではー
気分が重かった。
だれだ、偏差値なんてシステムを作った外道は?! とにかく気分が晴れない。あたしはその手の中の成績個表を投げ捨てたい気分だった。
志望校の選定。それの基準として全国模試の標準偏差が使われる。でもあたしの進みたい外語大へはあたしの偏差はほんの僅かに足りなかった。
学校の先生などあてにはできない。保身と確実性を求めて、担任は志望のランクダウンを匂わせていた。担任教師の横暴を無視して手前勝手に行動してみてもいいのだろうが、後後の事を色々考えるとそれもまた面倒が多かった。
「あ〜あ」
あたしは大きくため息をつく。と、脳裏をあのスコップ猫の姿がよぎる。まぁ、確かにあいつみたいに気楽に生きれたら、どんなに楽だろうか? そう思ってみても。今のあたしにはどうしようもない。
振り仰げば、空が妙に抜けるように青い。
ちょいと昔にある音楽アーティストが歌ってたが、ホワイトムーンインザブルースカイと言うやつで、空はるか向こうに擦りガラスのビー玉のようにそれは奇麗にあたしの頭上に輝いていた。
え? ちょっとまて? 輝く?
あたしは学校帰りの土曜の午後、さまつな疑問と強い不安にかられる。大体だ、昼間の月が太陽並みに明るいなんてなんか変だ。
あたしは自分自身に言い聞かせるように心の中で必死にへのへのもへじを書いていた。どうかあいつが……いや、あいつらが降ってきませんように。そう必死に神様にお願いをしてみた。
……でも、神様はとーっても意地悪だった。
きらきら光る太陽の光……もとい、月の光の向こう側には、空に浮かぶ手鞠の様に、黒い物が浮かんでいた。それは片手に細長い棒のような物を持っている。先がへら状になったそれは一般に"スコップ"と言う。
それのシルエットが少しづつ大きくなる。それと地上との距離が近付きつつあるらしい。
やばい。
あたしは走り出す。ついさっき考えていた事など何処かに棚上げして。だってそうだ、あこがれと、それに伴う危険性。だれだって危険性の方を先に気にするはずだ。
知らない、知らない。あたしは何も見ていない。スコップを担いだ黒猫なんて。見た事も無いし、知り合いにもいない。あたしの脳裏を走馬灯のように走るシルエットを決死の覚悟で否定する。
でも、神様は本当に意地悪だ。
あたしの脚元に健康ドリンクの小瓶が転がっていたのだ。あっ! っと思ったがもう遅い。脚をすべらせて背中と後頭部を強打する。あたしの頭上にあの黒猫のシルエットが降りてくる、その光景を見ながら、あたしの意識はフェードアウトしていった。
★ (ΦωΦ) ★
えーとー、
あそこに見えるのはお星様。オリオンにケンタウルスにカシオペアにー、
「気がつきましたか?」
そうそう気がつきましたか、っておい!
それまでどこかに寝ていたあたしの脳裏に怒りの炎が吹きあがり、思わず体を起こす。
「あーーーっ! ったたた…」
あたしは後頭部を思わず押さえた。巨大なコブができている、ってなんだこの大きさは?
あたしはそのコブを触って驚いた。
デカイ……ソフトボールくらいはあるだろう。痛みも半端じゃないが、デカさも半端じゃない。でも、なんでこんなにデカいんだ?
「あー、やっぱりこうなりましたか」
と、聞きなれているが聞きなれたくない声がする。
「出たな妖怪」
「誰が、妖怪ですか?」
あたしの放った一言に渋い顔で半笑いをしているのは肩にスコップをかついだ一匹の黒猫だった。
「あのね、スコップ猫。一つ聞きたいんだけどさ?」
「はい? なんでしょう?」
「これってどういう事?」
と、言いつつあたしは後頭部の巨大なボールコブを指さした。
「それは、あなた……」
スコップ猫は右手で周囲を指さししめす。
「はからずもあなたが私の故郷に来ているからではないのですか?」
「故郷?」
跳ね起き立ちあがり、周囲を見回す。そこであたしは思わず叫んだ。
「こ、ここ……どこ?!」
お空を巨大な魚が飛んでいる。
当り一面が常緑の野原で、色々な高さや形の草花がこれでもかとばかりに咲き誇っている。ただ、その大きさとバランスはあたしの知っている常識的な植物とはまったく別物だ。少なくとも高さ3メートルのピンクのコスモスなど見たことない。
頭上を仰げば"太陽"と、正し書きがされたでっかい電球が空からぶら下がっていた。その電球についた長いコードを、黄色いドカヘルを被った天使が必死に引っ張って取りまわしている。
メルヘン? と言うより不条理だ。そうだここは不条理世界だ。
「あのー、あの方たちは?」
「あー、灯り係の天使さんですか? とっても働き者ですよー」
スコップ猫があっさりとそう言った。
「ひょっとして夜になるとあの人たちが電球のスイッチを切るのかな?」
「よくごぞんじですねー」
「いや、そーじゃなくて」
「それであのお魚が食事係」
「はー、そーですか」
わたしはとりあえずそう言っておいた。
スコップ猫が指差す先には、超巨大な魚が(多分、マグロだろう)無数の子分たちを引き連れて悠然と泳いでいた。その魚たちは一匹また一匹と少しづつ群れを離れ、地上へと落ちてくる。地上にはお腹を空かせて待ち構える猫たちが群れをなしていた。合点はいくが、理解する事はできない。
と、空腹の猫たちの中に見慣れた猫たちがいる。
「あれっ? ねー、スコップ猫」
「はい?」
「あそこにいる子達ってひょっとして」
「あー、覚えておいででしたか」
はるか向こうでスコップ猫と同じ様に思い思いの道具を抱えた子猫たちが群れていた。あーあの子達って先だっての――
「あ〜〜 せんせーーーーーーー♪」
こちらが目線を向けるがいなや、小さい子猫たちは一斉に振り向いた。鍬だツルハシだショベルだと、得物を抱えた猫の群れが一斉に振り向く光景はシュールを通り越して怖い物がある。でも、あたしの心の準備ができる前に彼らは駆け寄ってくる。その両手には食べかけの魚、どうもお食事中らしい。
「せんせー、おーかーえーりー」
「お客さーん。お客さーん」
「いらっしゃーい」
子猫たちの尻尾がピンと真っ直ぐに立っていた。息も荒く飛び跳ねながら、子猫たちはかけてくる。何か懐かしい光景……
あれっ? これってどっかで?
あたしの脳裏を何かがよぎった。
「どうしました?」
「え? ううん何でもないの」
スコップ猫は不思議そうにあたしを見上げると髭を微かに震わせていた。
「それはそうと、先だってはうちの子猫たちがお世話になりました」
あー、そう言いやそんな事もあったっけ。
「それに私がご厄介になった時のお礼もまだでしたしね」
あーあ、そういいや、そうだっだね。あの時の屋根の穴もまだ完全にはふさがってはいなかったしね。
「時にあなた、何か"夢"は在りませんか?」
「夢?」
「えぇ、"夢"です。ここは夢と心が支配する別世界、物理法則だけのあなたの世界よりもはるかに容易に"夢"にたどり着けるはずです」
あたしの脳裏に偏差値の事が沸いてくる。
「夢って言うとあたしがなりたい職業にならせてくらるとか?」
「いいえ違いますよ。それは"将来の理想"でしょう? 私が言っているのは"夢"です。あなたの"心"の中の何処かにあるはずの唯一確かな"最後の夢"、それが何なのか知りたくはありませんか?」
こいつ何を言っているんだ? 夢って何を指して言っているんだ?
でもスコップ猫は、戸惑うあたしの目の前で自分のスコップを頭上に向けてかかげた。
「さぁ! 行きましょう!! とにかく歩き出せばわかります!」
迷う暇があるのなら、答えを探して歩き出す。スコップ猫はそう言いたいのだろう。
あたしは目の前でゆれている、スコップ猫の尻尾を右手で掴んだ。ここから先は、あたしの旅になるのだろう。
あたしたちの足元に大きく"扉"が開いた。
そしてあたしは"はじめの一歩"を踏み始めた。
「第1部 完」
スコップ猫、第一部、まずはこれにて終わりです。続きが出るかは……、今少しお待ちを……、ではまた!




