第4話 人生LOVEありゃ苦もあるさぁ
「こうなったらもう1人くらいスカートの中身、いや美少女の黒ストごしのパンチラでも拝んでやらねば俺の気がすまん」
校門には端に寝転がるイズミの声が響いた。
「……そうなの?」
「そうなんだ!」
「なるほどね」
憤慨するイズミに声をかけた人物はオウム返しの様に呟いてから、おもむろに隣に寝転がる。
「……お前は何をしてるムサシ」
「イズミのマネ」
「そうか」
「そう」
「ヤエが探していたぞ?」
「そう」
イズミの横に寝転がったのは女子生徒だった。
フードを目深にかぶった小柄な彼女は宮本 ムサシ。
スカートでなければ性別に少し悩みそうな、遠間高校の有名人の一人。
そしてヤエと同じくイズミのお隣さんで幼なじみである。
ムサシは無口な自由人で、可愛い容姿に反して変人として周囲に知られている。
当然、イズミとヤエの二人も校内ではしっかりと奇人変人に数えられている。
「この際ムサシ……お前のパンチラでも我慢するぞ」
「無理」
にべもなく一蹴された。
当然の返答である。
「僕ふんどしだもん」
「……たしかにパンチラではないな」
「うん。残念」
さすがの奇人変人の二人である。
校門に寝転ぶ二人を避けるように生徒たちは帰っていく。
そうとうパンチラを粘っていたが、気づけば辺りは真っ暗になっていた。
さすがに無人の校門ではイズミも諦めるしかない。
「……帰るか」
「…………ん」
イズミはトウコからもらった黒ストッキングをポケットの中で握りしめる。
隣には下駄でカラカラと足音を立てる少女。
「そういえばムサシはどうしていつも下駄なんだ?」
「高校からは下駄箱を使うって入学したときに言われたから」
「なるほど……中学のときは上履き下履きだったしな」
素直と言えば言葉は良いが、やはり変わっている。
「なんか変?」
「いや、ムサシらしくていいと思うぞ」
あくびをかみ殺すイズミ。
ムサシはうつむき加減に口元を緩ませていた。
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「ただいま」
自宅のドアを開ける。
イズミが照明を点けたのは築15年のごく普通の一軒家。
周囲にも似たような家ばかりだ。
この辺りはニュータウンとして一斉に開発された建売の家屋ばかり。
そのためどこも同じような家が並ぶ。
カギをしっかりかけなければ、うっかり間違えた近所の酔っぱらいと朝に同衾してることに気づくなんてこともある。
そしてそれは両隣の幼馴染であるヤエの家もムサシの家も同じで、お互いに間取りも熟知している。
「そっか……父さんも母さんも社員旅行だった」
この普通の家の家主であるイズミの両親。
彼らを含めたこの辺りの大人の多くは近隣の大きな工場の社員だ。
ニュータウン自体がその工場の親会社によって作られている。
そしてその工場が今年も福利厚生として、一週間の海外旅行を企画し出発したのが昨日。
イズミの両親も高校に通う息子を置いて、アロハシャツにサングラスで嬉しそうに旅行へ出ていった。
イズミは玄関のカギをかけ周囲を何度も見回す。
そして大きく息を吐いてから、ゆっくりとポケットより生徒会長からのプレゼントを取り出し広げた。
「父さーーん、母さーーん……いないな。いないな?」
玄関から暗い家の中に家族の不在を念入りに確認する。
「やっぱり……何度見ても黒ストッキング……本当に使用済みなのか? だとしたら生徒会長はとんでもないド変態じゃないか」
大仰な物言いに反して、イズミはストッキングを慣れた手つきで頭に乗せる。
けっして避けたり引っ掛かったりしないように、ゆっくりと慎重にストッキングを首までかぶる。
顔のおさまりを確認して、気道を確保した。
大きく深呼吸をする。
ほんのり甘い香りが鼻腔を満たす。
まるでそこに居ない生徒会長に抱きかかえられているような安心感。
イズミはニヤリと笑う。
「これが……包容力か」
間違えている。
この男は言葉も常識も間違えている。
補足をするならば、イズミはこの一軒家のようにごくごく平凡な育ちをしている。
けっして特別な環境にあったわけでもない。
ただただ、黒ストッキングが好きなだけだ。
特別辛い環境だとか、特別恵まれていたわけでもない。
気が付いたときには、平々凡々な生産性皆無の立派な十六歳の二酸化炭素排出装置になっていた。
「ふふ……やった、やったぞ!! ノーパン美少女からの使用済みストッキングを本人からもらえたんだ!!」
この興奮ぶりだ。
今日からは生産性マイナスの危険人物と認識してもいいかもしれない。
「こんなもの貰えるなど、大富豪か既得権益まみれの政治屋くらいなもの!! それを俺は手に入れたんだ!! この手に、幸福を!!」
他人の使用済みの黒ストッキングにすっぽり顔を覆い、その場でジタバタと身もだえだする変態。
ヤバイ発言と不可解な行動。
すでにただの変態ではなく、相当にヤバイ変態になっている。
ことこうなると少年犯罪の年齢引き下げを切に願いたくなる。
個人のフェチズムとはいえ、あまりにも変質者として完成されている。
男ならば誰しも異性の使用済みストッキングがあれば、おずおずと顔に近づけ臭いをかいだり顔を埋めたくなる。
自然なことだ。だが、これは度を越えている。
「あぁ、ほどよい伸び具合。やはり使用済みか……こんなものを俺に渡すなんて生徒会長は俺に気が!?」
妄想が加速している。
若気の至りとは言え痛々しい。
「そうか、ついに俺にも頭のおかしい幼馴染なんかじゃなくまともなラブコメ的展開が――」
――その瞬間、興奮したイズミの鼻先をかすめるように足元から火柱が噴き出した。
火柱は轟音と共にイズミの住み慣れた家の瓦礫を巻き上げながら空を照らしている。
「な、なんだ!?」
ストッキングをかぶったままのイズミは驚いた。
いきなりの現実を直視できず、ただ呆然と足元から吹き上がる炎をレストランのフランベみたいだなと連想する。
立ち尽くすイズミの眼前で自室に続く二階への階段は吹き上げられ、夜空に架けられた階段のようにとても現実にはありえない幻想的な光景を演出するほど。
吹き上がる爆風と轟音は、イズミの頭のストッキングを電線に引っ掛かったビニール袋が強風で煽られるようにバタバタとはためかせた。
「すげぇ燃えてやがる……ガス爆発か」
まるで他人事。
しかし、散った火の粉がイズミの手を焦がした。
「熱ッッ!? え? あ!? 火事だ。いや、逃げなきゃ、あぁくっそ」
状況をようやく理解し始めたイズミが後ずさりをする。
見上げると、二階の自室に隠していたコレクション、濃淡様々な黒ストッキングが炎をまとって空に消えていく瞬間であった。
燃え上がる炎に飲み込まれ、イズミの愛する黒ストが黒ススに姿を変えていく。
無常、喪失、絶望。
イズミは半身を失ったかのように膝から力が抜ける。。
余りにも無常な光景だが、燃え上がる炎は徐々に小さくはなる。
それでも、家を全て飲み込むほどの勢いはある。
しかし高く上がっていた火柱は、突如として意思があるかのようにうねり動物のように丸くなる。
丸まった炎の球体からは手足が伸び、尾が生え、誰もが見覚えのある、蝙蝠の様な羽と長く伸びた角を備える鱗の生えた巨大なドラゴンの姿に形を変えた。
「またお会いできましたな我が魔王よ」
聞きなれない声がイズミの頭の中にに響いた。