第3話 上を向いて歩こうよ。涙がこぼれないように
一瞬だが、眼前で捲れたスカート。
その下のストッキングに覆われた尻。
それは、ストッキング越しに本来見えるストライプやドット柄やレースといった生地が存在しないことにイズミは硬直した。
「すっごい風……て、か、会長!?」
突風の被害に制服を整えていたヤエが声を上げた。
「会長だ……と」
ヤエの声の先、会長という言葉ににイズミは寝転んだままはマズいと気取りすぐさま体を起こし靴を履くふりをする。
「あぁ、一年生かしら? すごい風ね、大丈夫だった?」
イズミはおずおずと顔を上げた。
そこには腰までのロングヘアに切れ長の瞳に泣きぼくろ、細くくびれた腰にスカートからは黒ストッキングの似合う細い足の女生徒、さすがに他人に関心のないイズミでさえ見覚えのある存在。
容姿端麗、頭脳明晰にして生徒会長、全校生徒の羨望の眼差しを一身に受けるこの遠間学園の才女。 不二 トウコ。
度々生徒集会などで登壇するトウコのことをイズミはカバンに忍ばせた黒ストッキングがよく似合うといつも見つめていた。
そんな彼女が眼前に、しかもイズミの見間違いでなければノーパンで、そこにいる。
黒ストッキングのせいで見づらかったのか、それとも……イズミは激しく思案し、彼女の全身を何度も見回す。
「か、会長はケガとかされてないですか?」
珍しく敬語を使うヤエに、トウコはおどけるようにスカートの裾を両手でつまんで広げた。
「えぇ、この通りよ。ヤエさんありがと」
「わ、私のこと知ってくれてたんですね」
「もちろおよ、こんなにツインテールが似合うのはアナタくらいよ。それにあなたたちはいろいろと目立つしね」
感動するヤエと落ち着いたトウコの背後で、イズミは人間の首の骨である頸椎が7つあると改めて認識できるほど、まるで蛇のように首を伸ばしてスカートの中を再度覗こうとしていた。
「もう少し……もう、すこ」
イズミの首はミシミシと音をあげ、明らかに可動範囲の限界を超えていた。
相当の痛みも伴っているのは彼の額に浮かぶ血管と脂汗の量が物語っている。
次第に彼の首筋からは小石が欠けていくような音が響く。
イズミの鼻からは微かに鼻血が垂れてきている。
「見えた!?」
骨ばっておらず垂れてもいないトウコの尻がかすかに視界に入る。
何が彼をそこまで突き動かすか分からないが、彼のまっすぐな瞳には邪心など欠片も見当たらない。
それはまるで勝利を疑わない勇者のごとき清廉な欲求なのかも知れない。
「あれ?」とイズミは額に眉を寄せる。
先ほどは気にならなかったが、トウコの黒ストッキングで覆われた尻には微かに丸いアザのような模様が見えた。
「あら、イズミくんはケガでもしたの?」
イズミは咄嗟に視線を上に向ける。
スカートをつまみ上げたままのトウコの笑顔がそこにはあった。
覗いていたのがバレたとイズミは硬直したが、振り返ったトウコはポケットから黒いハンカチでイズミの鼻血を拭う。
「か、会長……汚れますよ」
「これはキミにあげるね」
そう言ってトウコはその黒いハンカチをイズミの手に握らせた。
咄嗟に断ろうとしたイズミの耳元に、トウコは小さく「ちなみに使用済みだから」とつぶやいた。
「それじゃぁ最近事故も多いらしいからアナタたちも気をつけて帰るのよ」
会長としてトウコはそう言い残し、イズミを少し見つめてからヤエに微笑み去っていった。
「すごいよねー不二会長スタイルもいいし、顔も……どーしたのイズミボーッとして?」
「真面目な女子生徒会長がド淫乱と言うのもあるもんだな」
イズミはトウコから受け取った黒のハンカチを指でなぞると覚えのある質感と気づいていた。
サラサラとしてよく伸びる、たおやかな女性の黒髪のような質感微かに肌が透けて見える60デニールの正統派黒ストッキングだ。
そんなものを後輩の男子学生に与える生徒会長を淫乱と形容するのは自然な流れだろう。
「……何言ってんの、帰るわよ」
「少し待て」
カバンを肩にかけたヤエに、自分の下腹部の膨らみに気づいたイズミは冷静に制止を促す。
「何言ってんの? ほら、帰るわよ」
「いや、お前のために言ってるんだ」
「ずっとそんなしゃがんだままでいるならさ、シャイニングウィザードで顔の左半分つぶすけどいい?」
にこやかに傷害予告をするヤエにイズミは抗うことを諦めた。
「……仕方ない。そこまで言うなら立つがな」
ため息混じりにイズミが立ち上がり、その様子にヤエは顔を咄嗟に背けた。
「どこ立ててんの! この変態ッ!!!」
「お前が立てと言うからだろ理不尽な!」
怒って外に出るヤエの後ろ姿に、とことん女とはわがままだとイズミは肩を落としついて行った。
「ほんっと信じらんない人の下着見て・・・・・・その、興奮してるとか、ライオン柄のことバカにしてたくせに」
校門までの道、少し前を歩くヤエの大きな独り言にイズミは「誰が子供向けパンツに欲情するものか」と言い返したかったが、これ以上この会話を続けると更に怒りを買う予感がしたので黙ってあきらめることにした。
「だいたいね! 今日はたまたまなの、いつもはもうすっごいい大人っぽいので今日は……そう、洗濯機回してなくてたまたま昔のをね」
「なんだ?ヤエは下着を溜めて洗うのか? うちは毎日洗うものだが隣同士でも違うも――」
「うがぁぁぁーーーー!!」
「へぇぶし!」
激昂したしたヤエは声にならない叫び声でイズミに向かい、まるで撃ち放たれた銃弾の様にまっすぐドロップキックをお見舞いした。
いかに女子高生といえど打ち出された体の大きさは戦車のそれだ。
水平方向にきりもみ飛行する彼女の軌跡はらせん状に捻じれる金色のツインテールが如実に伝えてくれた。
「あんたなんか知んない! 死ね」
目に涙をためて家路へ一人走るヤエだが、当たり前の様にスクーターと並走、もとい追い抜かして駆けていく。
印象的な彼女のツインテールだが、興奮して走る猫の尻尾のように見えるほど重力に逆らってたなびいてる。
幼いころから隣家のイズミとしてはそのツインテールを角などと揶揄して遊んでいたが、ここ最近はヤエを尾が二本の猫の妖怪ネコマタかなんかではないかと思っている。
さて、一方のイズミは奇跡的な受け身の賜物か、数十メートル飛ばされはしたものの校門の前でポイ捨てされた空き缶と一緒に平然とした様子で転がっている。
並みの人間ならスプラッタな光景になりそうなものだが、横を通る生徒らの誰も心配する様子もなく、普段からイズミの頑丈さとヤエとの痴話げんかは知られているのがわかる。
「……むなしい」
誰にも気にされずふて腐れたイズミは、空き缶を指で転がしながら空を仰いだ。




