第2話 始まりは突風に
「とっとと起きなさいよ、このバカ!」
「ぐぇッッ!!」
夕日が差し込む教室で机に突っ伏した少年 荒川 イズミ。
すやすやと幸せそうに寝息をたてる彼の後頭部へ、細身の女子生徒が空中で猫のように身を捻りジャンピングかかと落としを炸裂させた。
スカートを片手で押さえつつ見事に着地したその少女は獅子ケ谷 ヤエ。
ヤエは自らの凶行に動じず「帰るわよ」とイズミに吐き捨てて、イズミにカバンを投げつける。
彼女はイズミの足を掴み、慣れたようにそのまま彼を引きずりながら教室を出た。
特徴的なツインテールを揺らしながらスタスタと歩くその姿は、お気に入りのぬいぐるみを引きずる少女のようだ。
「あーあ、イズミが遅いからムサシどっか行っちゃったじゃない。あの子すぐどっか行くんだから」
「……ヤエ、そんなことよりお前は俺を起こしたいのか永眠させたいのかどっちなんだ」
「いいじゃん? イズミ頑丈だし、こんなでもなけりゃ女子高生の柔肌に触れるなんて機会ないんだから」
「だからと言ってこんな衝撃的な接触は望んでねーよ!!」
金髪ツリ目のツインテール青い瞳にミニスカート、キャラクター性に溢れたヤエだが、彼女の端正な顔立ちにそれらの違和感はまるでない。
反対に腕を組み堂々とはしてるが、情けなくも女生徒に足を掴んで廊下を引きずられながら悪態をつく中肉中背、特徴と言う特徴もないイズミの存在はより惨めに見える。
だが、当人らにとっては至って自然なようだ。
「で、今日もまた変な夢見てたの?」
「あぁ、とんでもない化け物が10匹並んでてな……最後には性癖を語って消えていく、いつものや、つ、だ、あ、あ」
ヤエは階段を一段飛ばしで元気に降りるが、その後ろで引きずられるイズミは喋りながらも後頭部をガンガンと階段に打ち付ける。
ヤエがさほど気にしてないところからもイズミが相当に頑丈だという話が頷ける。
「漫画の読みすぎでしょ、だいたいなんだっけ? 1番すごい化け物が最後に言ってたっていう……えーとヒンヌーツイン――」
「――違う! 黒ストッキングだ!」
ヤエの足がピタリと止まる。
「……ツインテール良いじゃない」
「俺は貧乳にもツインテールにも興味ないし、ヒンヌーツインテとか言ってたのは頭がバカみたいに多いデザインセンスの欠けらも無い化け物だったんだよ。1番すごいのは間違いなく黒ストッキングを提唱したドラゴンだぜ!!」
「……変態」と呟き、ヤエはスカートを手の甲で強く抑えた。
イズミは引きずられながらも周囲の帰宅風景から校内の女生徒の足元に目を配る。
「やはり……秋だとまだ黒ストッキングの生徒は少ないな。俺が女神といえるような美しい生徒はそうはおらんか」
嘆かわしいと言わんばかりの表情で、イズミはカバンから未開封の高級黒ストッキングを取り出し眼前の女生徒たちの足に品定めをする。
「また言ってる。ニーハイのが可愛いじゃん」
吐き捨てるようなヤエの言葉に、イズミは目を見開き鼻息を荒くした。
「何度も言うがな、ニーハイは足が太いと絶望的に見えるもんだ。しかし黒ストッキングは引き締め効果足長効果があるうえに、肌を隠すことで貞淑なイメージを付与できる!! さしずめ真面目でお前も好きな女子生徒会長が実はド淫乱なんてギャップも演出できる最高のドレスなんだぞ」
「分かんないけど生徒会長はそんな人じゃないし、私のスカートも覗かないでよ」
冷たく言い放つヤエにイズミは苦々しそうな顔をする。
「黒ストッキングも履いてないライオンさん柄に興味なぞない。俺は黒ストの似合うよう女を集め、ゆくゆくはハーレムをだな」
「ふぅん……まぁいいけど」
イズミの変わらない妄言にヤエは安心したようだ。
しばらくはそのまま歩いていたが、下駄箱前に来た途端何かに気づいたのか顔を真っ赤にしてイズミを蹴り出した。
「この! 変態!」
「やめろ、こら、蹴るな、踏むな、いきなりなんだ」
「いいから早く靴履きなさいよこのバカ!」
「靴を投げる……な」
イズミの顔面にスニーカーがめり込んだ。
顔に刺さったスニーカーをイズミが手で下ろす。
しかし、彼の視界は真っ暗になっていた。
暗い視界に目を凝らすと、艶のある黒ストッキングと細く長い足。
地面に転がったままのイズミは、状況を理解しようとそのまま首を少しずつ持ち上げる。
程よい太さのある太もも、そこから先はスカートで見えない。
誰の足かは分からないが、満点の足だとイズミは真剣に考察する。
しかしスカートの先が見えない。
「ちっ!」
イズミが残念さに舌打ちする。
その時、下駄箱を出ようとした生徒が扉を開けたのか突風が校内に吹き込んだ。
思わぬ強風は下駄箱に居た多くの生徒に驚きの声と共に、イズミの眼前の女生徒のスカートを巻き上げた。
黒ストッキングに包まれたキレイな曲線の先、本来スカートの布地に覆われている女子高生の尻。
イズミの目は、脳細胞は、一瞬の時間の中でその眼前の情報全てを拾おうと神経をとがらせる。
「こ、この女! ノーパンだと!?」