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第四話:サーチさん

「ありがとうございます。以上で六百五十円になります」

 レジ打ち。

「ただいま受領書をお切りしますので少々お待ちください」

 公共料金。

「郵便でございますね。ではこちらの伝票に記入事項を――」

 郵便サービス。

「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」

 丁寧な挨拶。

 バイトを初めて一週間。スポンジが水を吸収するような、光城くんの仕事の習得スピードに僕は感心してしまった。やはり一流企業に対する思いはそれほど強いものなのか。


 ……いや、違う。これは光城くんなんかじゃない。


「……咲さん」

 僕はお客さんを恭しく見送るメイドに声をかける。

「なんでしょうか東間様」

「咲さんはここのバイトじゃないでしょ?」

「いえ、アルバイトにございます」

「働くのは光城くんでしょって!」

「ぼっちゃまに汗をかかせるなど、それは光城家のメイドとして愚の骨頂にあります。わざわざぼっちゃまの手を煩わせる必要などございません。ゆえに私はぼっちゃまの代わりにアルバイトを粛々とさせていただいています」

「ああもう!」

 そう。

「光城くんもほら! いつまでも引っ込んでないで出てきてよ!」

「咲がやっているのだから別にいいだろう」

 今、店に出て働いているのは光城くんではない。完全無欠の必殺メイド、咲さんだ。

 咲さんが仕事をこなしている傍ら、光城くんは従業員室にて防犯カメラを眺めながら豪勢なティータイムを楽しんでいた。

 おかしなもので、父さん母さん、僕といった先輩従業員が光城くんに仕事をお願いして説明をすると、

「そうか。では咲、頼んだぞ」

「かしこまりました」

 こんな感じの流れが形成されてしまっている。こんなの、光城くんを仲介して咲さんに働いてもらっているようなものだ。

 働く女騎士、働くメイド(これは普通か)……やっぱりこの店は変な人が吸い寄せられてくる気がする。変人を吸い寄せる何か不思議な磁場でも発生してるのかなあ……。

「あの時光城くん言ってたでしょ! 将来のために社会勉強をしたいって!」

「社会勉強なら出来ている。咲という身近な人間が俺の前で働き、その都度状況を説明してくれる。俺にとってはこれ以上ない有意義な時間だ」

 この一点張りだ。僕みたいなバイトの分際でもうこれ以上のことは言えないし、何より愛奈さんによって破壊されたこの従業員室の総修復は光城くんの計らいで光城家が全て請け負っている。この事実が非常に強く、無理に光城くんを追い出すことができないというのが現状だ。なんで簡素な従業員室に仰々しいマホガニー調の机と椅子が並んでるんだ。

……やっぱりお金の力ってすごいね。僕も良い社会勉強になってます。

「……む、三時か。咲、時間だ。もういいぞ」

「かしこまりました。お車の準備はすでにできておりますので。お乗りになってください」

「わかった」

 今日は日曜日。光城くんには(もう咲さんでいいや)朝の十時から午後の三時までのシフトで働いてもらっている。

 時計が三時を回った瞬間、光城くんはすぐにタイムカードを切り従業員室から出てきた。五時間ティータイムを楽しんでお金を稼げるなんていい商売があったもんだ。

 咲さんの言っていた通り、駐車場にはピカピカの黒塗りセダンがすでに待機していた。窓の向こうからこの前のダンディなおじいさんがこちらに向かってお辞儀をしてきたので僕は反射的に頭を下げた。

「よし、それではな東間。次のバイトはいつになる」

「ええと、火曜の夕方五時からかな……」

「承知した、ではまたな。行くぞ咲」

「はいぼっちゃま。本日もお疲れ様でした」

「ああ」

「疲れるどころか回復してるでしょ!!」

 二人の帰り際、僕はこれまでに溜まった不満を吐き出すように盛大にツッコミを入れた。

「聞いちゃいないし!」

 ああ無情。



       ◇



「とうちゃーく」

 光城くんたちが帰った一時間後の三時四十五分。お店に両足で勢いよく着地して入ってきた栗色ツインテール。我がコンストが誇る変人の一人、大西捺だ。

「はいどうもー」

 僕は捺に適当に返事をしながらレジ下に割り箸を詰めていた。

「あれ? ユーくん一人なの?」

「三時に光城くんが帰って、それから捺が来るまでの一時間は一人だったよ。父さんは在庫をチェックしてて、母さんは家で休憩してる」

「そうなんだ。日曜なのに大変だったねー。でもあたしが来たからにはもう心配はご無用だよ! コンビニ界千三百年に一人の逸材とはあたしのことだからね!」

「初めて聞いたよそんな異名」

 こんな調子で捺とのシフトはいつも始まる。今日の僕は朝から夜八時までの長丁場だ。すでに光城くんたちのせいで疲れが溜まっているけど、残り四時間、僕は無事捺との仕事を終えることができるのだろうか、不安でしかなかった。




「暇だねー」

「うん」

「あたしが入ってから何人のお客さんが来たっけ?」

「三人かな」

「一時間で三人! 日曜日でこれはどうなのよユーくん!」

「まあこんな日もあるでしょ」

「あ……まさか、あたしたちがこうして仕事をしている時、テレビでは政府の緊急会見が放送されてて、現在日本に向けて隕石が落っこちてきます! 今すぐ国外に避難してくださいとか偉い人が言ってるんじゃない!?」

「飛行機がいくつあっても足りないでしょそれ」

 要するに、ヒマナンデス。

 捺との仕事が始まってから一時間。それまでそれなりに賑わいを見せていた店内はすっかり面影をなくし、今では僕たち以外誰もおらず、閑古鳥が鳴いているザマだった。ポップなBGMが店内に虚しく流れている。

 ただ立っているだけでお金が貰えるなんてボーナスステージじゃないかと思ってしまいがちだけど、それが意外にそうでもなくて、時間の経過の遅さにため息が漏れてしまう。いわゆる暇疲れというやつだ。やっぱり僕んちみたいな都市部郊外の人間は休日栄えている街に繰り出してしまうのか。しかしこの暇さは異常だ。

「ねえ捺、今何時?」

「んーと、五時十分だよ」

「まだあと三時間もあるの……」

 聞くんじゃなかった。

「ユーくん! そう肩を落とさないで! 別に時間が止まってるわけじゃないんだから! ここは一つ、あたしのスベらない話で盛り上げてあげる!」

「はぁ……」

「タイトル、パソコン」

 なんか始まってしまった。捺は意気揚々とそのスベらない話とやらを始める。

「最近あたしの家、パソコン買ったんだよ。ノートパソコン」

「うん」

「もともとあったデスクトップがいよいよ古くてね、買い換えようってなったの。んで次は家のどこでもインターネットが使えるようにしたいっていう意見があって、だから家族の全会一致で無線にしようって決まって。でもね、うちの家族誰ひとりとしてパソコン関係に強い人がいなかったんだ」

「ふんふん」

「そこでルーターの話になってね。ただでさえパソコンの基本的なことがわからないのにルーターなんていう別の機械のことなんてもっとわからないじゃん。ちょっとイライラしてあたし言っちゃったの」

「うん」


「〝あぁもう、ルーターだかローターだか知らないけど……〟って」


 下ネタだった。

「……いや、いやね。それはスベらない話っていうか……お茶の間が凍りつく話っていうか……」

 僕は頭を押さえながら捺に説明をする。女子高生の口からそんな単語、友達同士で話すならまだしも、家族団らんの時間にはまずいでしょ。このJK、とんでもない爆弾を投下してきおったわ。

「で、ユーくん。ローターって何?」

「嘘をおっしゃい!」

 捺のスベらない話。消化時間、五分。



「ねえったらユーくん。ローターって何? パソコン機器の一種?」

「そのローターローター言うのをやめなさい!」

「ちぇ、なんだよもう顔真っ赤にしちゃってさー、いいもんあとでググるもん」

 捺は頬を膨らませて駄々をこねるも、僕の頑なな態度にようやく諦めてくれた。そりゃ顔も赤くなりますよ。

「さて、仕事しよう、仕事!」

「だぁれもいないけどねー」

「気の持ちようだよ。とにかくできることを探そう。あ、捺。店先に出しっぱなしになってる傘立て回収してきてくんない? 昨日雨でそのまま放置しちゃってたからさ」

「はいよーっと」

 気持ちを切り替えよう。暇だ暇だと言っていても仕方がない。品出しとか、普段できない所の掃除とか、やることはある。

 僕は腕をまくって気合を入れる。そんな時、外で捺のいらっしゃいませの声が聞こえた。どうやら久しぶりにお客さんが来たらしい。もう随分前のような感覚に陥ってしまう。

 お客さんは傘立てを回収した捺と仲良く話をしながら一緒に店に入ってきた。

「なあサーチさん! 今日は一体どんなレアカードを当ててくれるの!?」

「――当てるんじゃないよ。本屋さんで目当ての本を見つけるように、ごく自然にカードを手に取るだけさ」

「か……かっけぇー!」

 捺は目を細め、何処か遠くの方を見るようにして言う。それに目をギンギラと輝かせて反応するお客さん。

 会話を聞いてなんとなく察しがつくとおり、お客さんは男の子だった。おそらく小学校高学年位に見えるその顔立ちはまさしくやんちゃ坊主と言った感じ。正直な話、僕は子供を相手にするのが得意ではないので、こういう時だけは捺を心強く思ったりする。

 ただ今、この少年は捺のことを何か別の名前で呼んでいた気がするけど……。

「いらっしゃいませー。捺、この子知り合い?」

「ああうん、お店の信号曲がったあたりの家の子。明義くんって言うんだよ」

 やたら近所の家じゃないか。きっとこれまでもたくさんお店に来てくれているはずなのにお客さんの顔を覚えていないなんて。やはり子供には極力接しないようにしていることがいけないな。反省します。

「おいクソガキ! サーチさんを呼び捨てにするな! サーチさんって言え!」

 自分の接客態度を反省していたのも束の間、僕は突然少年に罵声を浴びせられた。やっぱり反省するのやめよっかな。

「く、クソガキ……?」

 僕は顔を引きつらせながらも努めて笑顔で少年に聞き返す。

「サーチさんはすごいんだかんな! 百発百中でレアカード当てちゃうんだかんな!」

 クソガ……明義くんは自慢げに捺を指差して声を張る。声を張るクソ……明義くんの言葉に対抗してか捺は有り余る胸を張り、今にもユニフォームのボタンがはちきれてしまいそうだった。超高校生級とはこのことか。

「捺、いつの間にそんなスキル習得してたのさ……」

「明義くんがカードを買うようになってからかなあ。あたし、なんでもそつなくこなすタイプじゃん? だから結構簡単にできるようになったの、サーチ」

 自分で言うな自分で。

「サーチさんサーチさん! 今日もカード買ってくからレアカード当ててよ!」

「まーかせーなさーい。今のあたしにかかればヒヨコの選別も朝飯前だよ!」

「す……すっげぇー!」

 それはちょっとちがくない?

 捺は持っていた傘立てを無理矢理僕に任せると、鼻高々にトレーディングカードコーナーへと足を運んでいった。自分の仕事は最後まで責任を持ちなさいよ。

「どれどれ、今日はどれで遊んでやろうかねぇ」

 捺はしゃがんでブースターパックを手に取ると何やら指をごにょごにょと動かし始める。※セキュリティ保護のため、手口の説明は控えさせていただきます。(まああれだよ。ニュースとかでピッキングの手口にモザイクをかけるような感じね)

 ていうかこの状況はどうなんだ。今のご時世、ほとんどのコンビニはサーチ対策としてブースターパックのパッケージをコピーしたプレートだけを店頭に並べている。お客さんはそれをレジに持っていき、本物を店員と交換する。そんな対策を講じているお店だってあるというのに、店員がお客さんと一緒になってサーチに興じるなんていう緩いコンビニ、社員が視察に来たら卒倒するレベルだと思う。

「ほあぁ……へぇえ……!」

 僕の心配とは裏腹に明義くんの羨望の眼差しといったらないね。僕もあんな感じに人に尊敬されてみたいよ。

 しかし明義くん、捺のサーチに見惚れながらもチラチラと胸を見ていること、お兄さんよーく見てるぞ。このエロガキ。ボイン大好き明義くんめ。

「……うん、これ買ってきてごらん」

「はい!」

 数分後、サーチを終えたらしい捺は涼しい顔で明義くんに一つのブースターパックを手渡す。

「これくーださい!」

 受け取った明義くんは嬉々としてレジにブースターパックを叩きつけた。

「はいはい、百五十円ね」

 明義くんはズボンのポケットからせわしなく二百円を取り出し、これまたレジに叩きつけた。落ち着け僕。所詮は世間を知らない無垢な子供の行為だ。冷静になれ。

「五十円のお返しになります」

「釣りは要らねえ! なんつって!」

 落ち着けってば……だからこの握り拳を解くんだ僕……!

 大人気なく体を震わせている僕に見向きもせず明義くんは捺へと駆け寄っていった。

「買いました! それじゃ開けます!」

「うむ!」

 明義くんが緊張した面持ちで封を切ったブースターパックには――

「……で、出たー! 〝アンニュイな三つ首ケルベロス〟だー!」

 キラキラと光るカードを高く掲げる明義くん。どうやら良さげなカードが当たったらしい。しかしアンニュイな三つ首ケルベロス……全くワクワクしない名前だ。色々ツッコミどころが多いネーミングセンスだよ。

「サーチさん! ありがとう!」

「礼には及ばないよ。いつも通り、いつも通りのことをしたまでなんだからさ」

「……かっけぇー!」

 捺は前髪をさらりとかき上げながら例によってどこか遠くの方を眺める。

「取り込み中のところ悪いんだけどさ……」

「なんだい、東間君」

 どこかの探偵のような口調で捺はこちらを向く。

「そんなサーチばっかりやってたら次のカードの入荷の時までにレアカードの入ってるパックがなくなっちゃうんじゃないの?」

「ふふん、いいところに目を付けるじゃあないか。確かにその通りだよ。現に今、明義くんの持っているブースターパックで当たりパックは無くなってしまった」

「……へ?」

「だから今、この店にはろくなカードがない」

「な……なにやってんのさ! ちょっとは加減ってもんをね……!」

「んもぉーそんなに怒んなくたっていいじゃんかー減るもんじゃなしー」

「減るよ! しっかり質量的に減ってるでしょ! そんなテンプレのセリフ言っても騙されないからね!」

「ぶー」

「明義くん? 今のことは他のお友達に言っちゃダメだからね?」

「そうなの?」

「ちょっと! サーチさんからも何か言ってよ!」

 あそこのコンストはゴミカードしか置いてないペテンコンビニだとか嫌な噂が出回ってはお店の存亡に関わる。僕は明義くんのサーチ師匠でもある捺に説得をお願いした。

「はいはいー。……ごめんね明義くん。今のでレアカード終わっちゃったんだ。でもまたいつか入ってくるからさ、それまで待っててよ。そんでもってさ、このことは他言無用だからね?」

「タゴンムヨウ?」

「誰にも言っちゃダメってこと」

「どうして?」

「サーチャーはね、秘密主義なんだ。どうやってサーチをしているのか、これまでどれほどの数をさばいてきたのか、とにかく自分の技術だけを高め精進していく孤独の存在なんだよ」

「……」

「でもね、こうやって明義くんにはサーチを教えてあげてる。これがどういうことかわかる?」

「……わかんない」

「明義くんを弟子と認めたからさ。弟子にだけは親身になって自分のこれまで研究した技術を伝え、後世に残していく……これがサーチャーなんだよ」

「なんだかむずかしくてよくわかんないけど……つまり俺にとってサーチさんが師匠ってこと?」

「その通り、これからもビシバシ行くからね! 覚悟しといてよ!」

「はっ……はい!」

 サーチャーってなんだ。

「……それじゃあ明義くん、捺……サーチさんと師弟の契りを交わしたところであれなんだけど、そろそろ帰る時間なんじゃない?」

 時刻は夕方六時半を回っていた。普通ならお母さんが子供の帰りを心配する頃だろう。

「あ、ほんとだ! どうりで腹減ってたわけだ! それじゃサーチさん、俺帰るよ!」

「うむ、また新しくカードが入ってきたら来るがいいぞ」

「はい!」

 捺は満足げに明義くんを見送る。二人の友情は今ここで、更に強固なものになったのだろう。すこぶるどうでもいいけど。

 

明義くんが帰ってからは、店も普段の活気を取り戻し、楽しく雑談なんて出来るような状況じゃないほどに盛況した。中にはろくなカードが入っていないブースターパックを喜んで買っていく子供もちらほらいて、ご愁傷様というか、僕はとてもいたたまれない気持ちになってしまった。

 せっかくの日曜日は、こうして働きづめの一日で終わってしまった。明日からまた一週間が始まる。バイトを終えた店の前で僕は捺と軽く談笑をしてから家に帰った。ここ最近、なぜだか胸にずっと感じているモヤモヤ感を残して。








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